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2007年12月17日 (月)

監視社会

 朝方は清々しい寒さでしたが、昼からは曇り。さむっ。

 週末に読み残していたデイヴィッド・ライアン【著】、河村一郎【訳】『監視社会』(青土社、2002年)を読み終えました。この本は、先週読んだ大屋雄裕『自由とは何か』(ちくま新書、2007年)でも言及されていたものです。

監視社会

著者:デイヴィッド ライアン

監視社会

 ライアンは、個人データの収集・保存・処理・流通の過程を全般的に捉えて、個人情報の「監視」という概念を定式化しています。このように理解した場合、わたしたちは、さまざまな場面で、「監視」の恩恵を受けているといえるでしょう。もちろん治安維持、セキュリティを確保することもそうですが、商取引における信頼、利便性確保の場面にも、「監視」の有用性が見て取れます。さまざまな生活場面で個人情報を収集されていることも、ピンポイントなダイレクトメールが届くことにも、ある種の気味悪さを感じますが、それでもなんらかの権益を侵害されたというような実害を感じることなく、日常生活では、上記の有用性が際立っているように思います。すでにわたしたちは、監視によりもたらされた「社会的オーケストレーション」のなかでしか生きられないのでしょうか。

 今日、個人情報の保持機関は、国家機関に限られていません。多くの民間機関もわたしたちの個人情報を多種多様な媒介を通して収集しています。「社会的オーケストレーション」のなかに組み込まれてしまっているわたしは、わたしの情報をもつ人がわたしの利害を尊重してその情報を利用してくれることを、好意的に期待するしかなさそうです。わたしたちは、日常生活における有用性と引き換えに、不気味な「ビック・ブラザー」(オーエル『1984年』)を作り出してしまったのでしょうか。

 なんとなく薄気味の悪い読後感です。

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