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2008年9月10日 (水)

熊本県の歴史

 よく晴れた日が続いています。でも、なんだか台風も近づいている模様。

 9月になり、徐々にですが、学務も入ってきました。夏休みも後半というところでしょうか。

 そんななかで、ふと書棚にあった『熊本県の歴史』(山川出版社、1999年)を読みました。

 熊本の歴史が古代から書き上げられていて興味深い本でした。

 以前から疑問に思っていた加藤氏から細川氏への藩主交替事情(加藤氏が徳川家光暗殺計画にかかわっていたとされたことが原因で、当時小倉城主だった細川氏が肥後に転封してきた)や、熊本市内の現在の地名の由来となる熊本城下町の建設事情などが記載されていました。

 西南戦争時に消失してしまい、近時、復元がなった熊本城の天守閣の焼失エピソードには2説あること(熊本鎮台が自ら焼き払ったというものと、薩摩軍のスパイによる放火であるとするもの)など、上述の加藤・細川の交代劇とあわせて、まだまだかいめいされていない真実も、多々あるようです。

 また、ペルーの元大統領フジモリさんの父親・藤森直一さんは、熊本市の出身なのですね。この本ではじめて知りました。

 古代・中世・近世の記述に比べて熊本の近代・現代についての記述が薄いのですが、これについては、姉妹編の『熊本県の百年』を読めとあるので、いずれ読んでみたいと思います。

 

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