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2008年10月 6日 (月)

赤紙

 曇り。少し蒸し暑し。

 新しい週のはじまり。講義と会議があるため、少し、気が重い1日です。

 先週末に読んだ本です。小澤眞人+NHK取材班による『赤紙:男たちはこうして戦場に送られた』(創元社、1997年)。

 なにかのTV番組で富山のどこかの村に本来なら廃棄処分になっているはずの「赤紙」(召集令状)が保管されているという報に触れて以来、気になっていたのですが、つい最近、本屋さんでそれに関する本を見つけたので読んでみました。

 太平洋戦争にはいろいろな分析・検討が行われていますが、本書は、国家総動員態勢を支えた、徴兵システムの全容を現在可能な限りの取材をもとに明らかにしようとした注目すべき本だと思います。

 往時の総力戦構想を取材する中で、本書は、当時の国民の姿をつぎのように記述しています。「戦争遂行という国家的な大事業に際し、すべての国民は必要な社会的な役割を与えられた。有限の資源の最大効率の達成のため、人の存在は数値に還元され、分類され、統一的な運営の対象となった。すべての人をむだなく利用する上で、個人の属性は単に技術や資格、健康程度でしかなかったのだ。そこには国民一人一人の顔は見えてこない」(191頁)。

 すべての国民は、戦争遂行のために、必要とされていた。ただ、それは軍隊組織の歯車の一部として必要とされていただけで、特定の個人として、その存在自体に価値を見出されていたわけではないということでしょうか。残された家族にとってはかけがえのない人であったとしても。

 また、本書のエピローグでは、以下のような警鐘が鳴らされています。「現在の日本は、世界的にも有数の軍隊をもっている。実際に戦争となれば、兵士をどう調達し訓練するのか、武器や資材の生産体制をどうするのか、きわめて現実的な問題に直面する。戦争に備えて、国家が平時からどのような準備をするのか、それはかつての日本が敷いた軍動員、軍需動員の制度と大きく違わないだろうことが想像できる。ここで、参謀本部で毎年膨大な作業を費やして作られていた年度動員計画が、平時において、戦時への対応と準備のために作られていたことを思い出していただきたい。(原文改行)元参謀の話から明らかだが、軍事専門家の認識では、軍隊のあるところには何らかの動員制度に近い準備制度が、平和な時代から継続して必要だと考えられているのである。平和憲法をもつ日本としても、実質的には軍隊が存在している以上、例外ではなさそうである」(319~320頁)。

 みなさんは、どのように考えますか。それにしても、玉音放送直後に大本営から出された「軍の機密に関わる一切の資料を焼却せよ」という秘密裡の指令に抗して「赤紙」の保存、整理に尽力した人がいたお陰で、後世がこの書物に接することができたこと。このことは非常に意義のあることのように思います。

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