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2008年11月19日 (水)

太郎が恋をする頃までには・・・

 冷え込んできました。阿蘇には昨日、雪が降ったようです。

 本日は午後、教授会があります。ということで、朝からあまり調子がでないので、新聞広告をみて途中まで読んであった、栗原美知子さんの『太郎が恋をする頃までには・・・』(幻冬社、2008年)の続きを読みました。

 主人公は、被差別部落出身のハジメとその結婚相手。これは、作者の私小説でもあります。差別の壮絶な経験を話すハジメと、それを全身で受け止めようとする作者。二人はわかりあえているのですが、でも・・・。

 わたしの陳腐な言葉ではこの小説の全容を紹介することなできません。断念します。この本は、凄い本だと思います。後頭部を鈍器で打たれた感じと、大きな虚脱感。これがわたしの読後感です。学問の無力さを感じます。

 この本の最後に紹介されている本のうち、角岡伸彦さんの『はいじめての部落差別』(文春新書)は、わたしも読んだことがります(以前、ブログでも紹介しました)。ただ、島崎藤村の『破戒』。内容は知っています。栗原さんの本を読みながら、藤村の『破戒』も読んだかな?・・・と記憶をたどっても、はっきりと覚えていません。本棚をもてももっていないところを見ると、読んだ気になっているだけで、きっと読んだことがないのでしょう。その内容は、国語の時間とか文学史のなかで、聞いただけなのでしょう。

 最近、若い頃にもっと読書しておけばなぁ~と感じています。大学生のときには、岩波文庫を買い込んで、少しは小説を読んだのですが。高校のときには赤川次郎さんばっかりでしたから・・・。

 こう思うようになったというのは、年をとった証拠なのでしょうか。

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コメント

初めてのコメントです。
中学の時から相当数の多岐に渡る小説、哲学書云々を読み続け、本棚が常々足りていませんが未だに読み足りない(もっと読みたい)気がしてなりませんよ。
人間の好奇心の已むところはないような気がする大学1年生でした。

 それは立派ですね。わたしは、中学生のときの読書の記憶など、ありません。記憶がないというより、そういう事実がないのでしょう。
 本棚の問題は深刻ですよね。わたしは仕事柄、人より少し多めに本をもっていますが、その代りといってはなんですが、仕事場に本を置くスペースをもらっているので、家族にそれほど迷惑は(いまのところ)かけていません。

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