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2009年1月

2009年1月31日 (土)

イル・ポスティーノ

 曇りです。気温は生暖かいという感じです。

 勉強の合間にDVDを観ました。今日観たのは、この作品完成後、間もなく心臓病で亡くなったマッシモ・トロイージ(享年41歳)とフィリップ・ノワレの友情がにじみ出ている「イル・ポスティーノ」です。

 亡命詩人パブロ・ネルーダ(ノワレ)のことろに郵便を配達するマリオ(トロイージ)。パブロの手ほどきでマリオは隠喩を覚え、故郷の美しいものを詩に詠います。パブロが、詩の内容を別の言葉で説明することはできないことをマリオに教える場面での、「理解しようと思えば感じるはずだ」という言辞は、まさに詩歌の本質をつくものだと思いました。

 作品には、チリでの共産主義革命や甘言を弄して票を得ようとする地元名士の姿なども描かれています。

2009年1月30日 (金)

国家の読み解き方

 雨が降っています。

 今日は、午後から、ある審議会に出席するため外出します。その前に、途中まで読んであった原田武夫『国家の読み解き方』(勁草書房、2006年)を読みました。

 全体としては、立憲主義、「国家からの自由」を標榜している「戦後日本憲法学」(宮沢-芦部-以下、東大の人たちとつづく(?))が国家権力の縮減を目指す議論を展開し、「官から民へ」を旗印とする最近の国の政治もそれに同調しているため、国家そのものの存在が希薄化してしまっていることに警鐘を鳴らす本です。

 元外交官という著者の経験から得た知見をもとに、国家や憲法というのは、外交交渉の場面でその機能がもっとも先鋭化するとの立場から、以下のように述べています。

 「・・・『官』を解体することが、結果として国外の第三者の利益になっていないかというチェックも必要ではないでしょうか。日本の島国を一歩でも踏み越えた瞬間、国外では世界各国が『国富』の奪い合いを演じているのが国際社会の実態です。そのような中で、思慮なく自分から丸腰になっていくような国があり、かつその国が人一倍、『国富』を溜め込んだ国家であったとしたならば、他国の目には一体どのように映るでしょうか」(174-175頁)。

 これは職業官僚制の「非効率性」、「不透明性」を批判し、いわゆる構造改革(「官から民へ」)を唱える言説に対する批判という文脈で述べられています。規制緩和により外国資本が続々とわが国に入り込んで来て、一方でわが国の消費者の利益になっている反面で、他方わが国の「国富」が外国に移転してしまっているようにも見える現状に、国家が担う本当の役割は何なのかを考える上で参考になる視点が、随所に散りばめられていました。

 この本の副題には「憲法学という教養」とあります。わたしは本書の内容に全面的に賛同するわけではありません。ただ、とくに統治機構論を考える際、はたして国家とは何者なのか、その役割は何なのかを思索するための副読本として好適書であると感じました。

 著者の略歴からドイツを専門としていたようで、この本のなかにもシュミットやスメントの見解が引用されてします。

2009年1月29日 (木)

期限のある仕事と、時間の拘束を受ける仕事。

 今週はこればっかりです。投稿中の論文の校正やシラバスの作成・入力などは、期限のある仕事(頑張ったので、シラバス作成・入力は終わりました)。授業や会議は時間の拘束を受ける仕事です。(ただ、授業の方は、大学院を除いて終了しました)。

 今学期は定期試験を課すような科目を担当していないので(講義科目はありません)、随分と楽ですが、それでも、まだまだ「春休みモード」とはいきません。

 明日は明日で、外部で、時間の拘束を受ける仕事があります(某審議会への出席)。これで、今週も終了です。ふぅ~。

 そういえば、大学院時代の指導教官が本日の日経新聞朝刊の「交遊抄」で、京三製作所社長の西川勉さんなら「悪ガキの友」として、紹介されていました。(関係者の皆様、必見です)。

 本日は、比較的暖かいのですが、雨が降っています。

2009年1月26日 (月)

あまみや

 おさむう、ございます。

 昨日、娘の幼児教室の帰りに、熊本・上通りにある「あまみや」に行きました。

 あまみやHP

 わが家が食したのはこれ。

Cimg1943 Cimg1944

 バニラアイスあんみつ(左、650円)と、特選ショコラパフェ(右、900円)です。

 なんだか、久しぶりにこの手のものを食べました。

 この「あまみや」さんは、甘味処なのですが、普通のコース料理もやっていて、宴会等の予約も受けるそうです。わたしが勤務校の宴会幹事になった暁には、厳めしいおじさまたちをお連れしようかなぁ~。

2009年1月24日 (土)

宣誓やりなおし。

 よく晴れた土曜日の朝となりました。ただ、これから天気は下り坂のようです。

 昨日の新聞に20日にアメリカ大統領に就任したオバマさんが、大統領就任式の際に行われた就任宣誓をやり直したとの記事がありました。

 アメリカ合衆国憲法2条1節8項には、以下の規定があります。

 大統領は、その職務の遂行を開始する前に、次の宣誓または確約を行わなければならない。――

 「私は、合衆国大統領の職務を誠実に遂行し、全力を尽くして、合衆国憲法を維持し、保護し、擁護することを厳粛に誓う(または確約する)」

 これは就任宣誓の際に立ち会ったロバーツ連邦最高裁長官が「宣誓の言葉」の語順を間違えオバマ大統領もそのまま復唱したために、「念のため」やり直すことにしたようです(朝日新聞の記事による)。

 宣誓を間違えたからと言って大統領就任が無効になることはないと思われますが、念には念を入れてということでしょうか。後世、なにか恥ずかしいですものね。

 というわけで、一日の始動の前に、ブログを書きました。ブログを書くと、あと2・3日書かなくてよいと思い、気が軽くなります。

 (なお、合衆国憲法の訳文は、岩波文庫『新版 世界憲法集』の土井真一先生の訳を見ました)。

2009年1月23日 (金)

時間の習俗

 小雨が降っています。この分だと雪になるかも。

 本当は、今日も先週末に実施された大学入試センター試験の振替休暇の日ですが、2日も連続で休む時間的余裕も精神的余裕もないので、出勤しました。この世界、一寸先は闇ですから・・・。

 とはいっても、昨日途中まで読んだ松本清張『時間の習俗』(1962年作)の続きが気になったので、紀要論文の校正の仕事の前に読みました。

 正月に読んだ『点と線』で活躍した警視庁の三原警部補と福岡県警の鳥飼刑事が今回も活躍しています。

 今回のものは、カメラ・フィルムの順番のトリックをどう見破るかが謎解きの中心です。昭和37年当時は、カラー写真の現像はまだ街のお店でできなくて、直接フィルム製造会社に依頼していたようです。デジカメ時代になった今では、少し、信じられない話ですね。わたしも憲法の講義で法実証主義をお話しするときに、ネガの状態にある法理論ではなく、ポジの状態にされたものだけを(したがって制定法とそこから演繹される法規範だけを)分析対象とする法思想であると説明するときに、写真のフィルムの話をするのですが、今の学生にはフィルムそのものに馴染みがないようです。

 ということで、またまた内容には関係ない話ですが、まぁ、内容はいつものように読んでもらうということで・・・。

2009年1月22日 (木)

振替休暇

 今日は、一日中、雨が降りました。

 昨日、教授会の後、昨年11月の野球の勝利を祝う祝勝会ということで、熊本・下通りアケードから武蔵小路通りに入ったところにある「すや村 さくらぐし」という居酒屋に行きました。

 すや村 さくらぐし HP

 野球の勝利を祝うという会でしたが、わたしたちの周りにいる「愛すべき人びと」のおうわさで、随分と盛り上がりました。

 先週末に実施された大学入試センター試験で休日出勤をしたので、今日と明日は、その振替休暇を「いただきました」(意味深長)。

 ということで、今日はちゃんと休みました。朝、遅く起きて、今年気になっている松本清朝の文庫本を少し読んで、昼のランチは、熊本市大江5丁目にあるラオス料理「シンカム 黄金の獅子」に行きました。

 シンカム 黄金の獅子(「ひごなび!」より)

 娘は幼稚園なので、久しぶりに夫婦だけのランチでした(会話なし (笑))。口当たりはマイルドですが、あとから辛さが訪れる、おいしい料理でした。ここはちょっと、おススメです。

Cimg1936  ← ランチはバイキング形式で、平日は1100円(土日祝日1300円)です。こんな感じ。

 このお店、1階は、タイやラオスの民芸品などのショップになっています。2階で食事ができますが、階段を上ると秋篠宮さまにお出迎えしてもらえます。

2009年1月19日 (月)

生誕100年の作家たち

 今日は、晴れの予報です。

 一昨日・昨日と大学入試センター試験が実施されました。わたしの担当した試験室では、大きな混乱(小さな混乱も)なく、無事に試験が実施できたように思います。受験生のみなさま、そして監督者の方も、お疲れ様でした。

 はじめて担当試験室の主任監督官を務めたので、いい得ぬ疲労感が残り、あまり勉強する気になれません。そこで、中央公論2009年2月号を読みました。これを買った目的は「生誕100年の作家たちを読み直す」という特集を読みたかったからです。

 1月4日のブログで今年は松本清張が生誕100年であることを書いたとき、そのとき太宰治も生誕100年で、ちょっとびっくりしたといいました。

 この特集では、その他に、中島敦、大岡昇平、植谷雄高が生誕100年であることを上げ、5人をめぐる特集がされていました。

 この特集の冒頭では、高橋源一郎さん、加藤典洋さん、関川夏央さんによる「20世紀の落とし子たちの文学」という座談会が掲載されています。その中で同じ年生まれの作家、「学年が一緒」の作家、という視点で書いてきたものを分析するということがあまりなされてこなかったとこが指摘されています。大変、興味深い指摘だと思います。わたしが松本清張と太宰治が「同じ年」であったと思っていなかったことも、不思議ではないようです。そもそもこれまであまりそういう視点で、文学評論されてきなかったようです。高橋さんが「『学年が一緒』というのは同じ時期に同じものを見て、同じものを読んで、同じものから影響を受けている。それが30年後、40年後にいろいろな形で表れてくる」(193頁)といっています。そういうものかなぁ~、と思いました。

 そういえば、勤務校の同僚先生の中には、同じ年の方が多いのですよね~。同じ時期に同じものを見て、同じものを読んで、同じものから影響を受けても、それが40年後にはいろいろな形で表れてくるのですね~(深い意味はありません)。みなさん立派な方ばかりなので、わたしが1歩も2歩も成長が遅れているという感じです。

 生誕100年の作家たちの特集を読んだあと、どうしても気になったので、もうひとつの(むしろ目立っている方の)特集も読んでしまいました。その特集とは、ズバリ「大学の絶望」!。せっかく入試監督が終わったのに、あんまり「絶望」、「崩壊」といわんといて!、という感じです。ふぅ~。

 (なお、引用中の漢数字の部分は算用数字に改めました)。

2009年1月16日 (金)

準備ОK!

 曇っていました。

 明日・明後日は、大学入試センター試験が実施されます。今回で20回目のようです。国立大学法人である勤務校も会場になっています。

 いま監督者説明会から戻ってきました。心配することはいろいろあるのですが、何事も起こらないことを祈るばかりです(とくに英語リスニング試験)。

 受験生の皆さんの試験準備はいかがですか(といっても、受験生がこのブログを読んでいるとは思えませんが・・・)。監督者も大変ですが、受験生はもっと大変なので、お互いに頑張りましょう。

 Yes,We Can!

 話は変わりますが、昨日(15日)、第140回の芥川賞と直木賞が発表されましたね。芥川賞には津村記久子さんの『ポトライムの舟』(群像11月号)が、直木賞には天童荒太さんの『悼む人』と山本兼一さんの『利休にたずねよ』が選出されました。おねでとうございます。時間を見つけて読んでみたいと思います。

 それでは、今日は早く帰って、早く寝ようと思います。

2009年1月13日 (火)

天皇家の財布

 朝、雪がちらつきましたが、いまは晴れています。それにしても寒い週末(連休)でしたね。

 わが家の連休は安・近・短ということで、プリキュワの映画を観にいきました。といっても、わたしは実際の映画館までいったのですが、大人1800円にビビって、本屋さんで本を購入し、スタバで時間を潰していました(妻はレディース・デーで1000円でした)。

 スタバで読んだ本は、森 暢平さんの『天皇家の財布』(新潮新書、2003年)です。

 この本は先日の「慰労会」(1月6日)の席上で話題になり、気になったので読んでみました。

 まず著者は、皇室には4つの財布があるとします。そのうち3つは、憲法の講義でもふれる宮廷費、内廷費、皇族費です。宮廷費は公費、内廷費と皇族費は「御手元金」よも呼ばれているように私費です。このほかに、宮内庁費があるというのです。これは、もちろん公金です(広義の皇室関係経費としては、このほかに皇宮警察に関するものもあります)。

 「4つの財布」のいずれも宮内庁が管理しており、同じものを買うにしても、その使途に応じて違う財布から支出しているようです。(たとえば、同じ鉛筆でも、「天皇陛下の公務用であれば宮廷費、愛子さまのお絵かき用ならば内廷費、秋篠宮さまのナマズの研究用だったら皇族費、職員の事務用なら宮内庁費」(14頁)というように)。また、同じ学習院の授業料でも、愛子さまのものは内廷費からなのに、もし愛子さまが男の子なら、宮廷費とのこと。これは女性天皇が認められていないことに関係しているようです。皇位継承者の教育は公費で(したがって宮廷費で)支出するとのことです(75-76頁)。

 このように結構詳細に使途目的に応じて財布が使い分けられているようですが、実は、これほど単純ではないと著者はいいます。公使の区分はそれほど明確ではないでしょうし、実際の生活には、さまざまな費用がかかりますから。その辺のところは本書を読んでみてください。本書は、プライヴェートにかかわるような事柄についての紹介もあり、興味深く読み切れます。天皇家も株式投資をしているとか、宮廷費・内廷費・皇族費は非課税だが、それ以外の収入(たとえば印税収入など)は、天皇陛下の場合なら住所のある千代田区に、皇太子殿下の場合には港区に、それぞれ納税していることなろ、「天皇家カルトQ」ネタもありました。

 また、日本国憲法88条で「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」とし、8条では「皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基づかなければならない」と規定しています。この理由を著者は「戦前の皇室が巨額な財産を持ち、政治・軍事上の支出に充てられた反省に立っている。財産が莫大になり影響力が膨らむことで、皇室が国会の統制外に陥る事態を憲法は禁じているのだ」(88条の文脈で106頁)としています。ただ88条にいう皇室には宮家は含まれないと考えられていることから、宮家の財産は、一般に宮内庁そして国会の統制からは距離を置かれているといいます。この理由は本書には書かれていませんが、おそらく天皇(家)が日本国および日本国民統合の象徴(1条)である(したがって政治的・社会的影響力からより中立的であることが要請される。中立的であるからこそ、象徴としての機能を果たせる)のに対して、宮家はそうではないからだということでしょう。

 憲法の講義では詳細に触れる余裕のないお話がされており、統治機構を読んじる際には紹介したい1冊でした。

2009年1月10日 (土)

古今亭志ん朝

 時折日差しもありますが、寒い日になっています。

 以前から興味をもっていた落語ですが、数日前の新聞広告で、小学館から「落語 昭和の名人 決定版」というCDブックが全26巻で発売されると知り、生協に定期購読をお願いしました。今日は、その第1巻、三代目古今亭志ん朝の「夢金」と「品川心中」を聴きました。

 志ん朝(昭和13年生)は、昭和の名人と言われた五代目古今亭志ん生の次男です。24歳で真打ちに昇進し、以後、平成の世まで活躍した江戸落語の旗手です。わたしも志ん朝の落語をTVでみた記憶があります。

 このCDの「夢金」は、志ん朝がわたしと同じ年のときの独演会が音源とのこと。すでに円熟の域に達していた落語が堪能できました。また「品川心中」は、品川の遊女・お染に心中を依頼されたお人よしの貸本屋・金蔵がお染に騙されて品川に飛び込む場面までを描いた「上」が収録されています。巧みに江戸弁を駆使する志ん朝の小気味よい落語が楽しめました。

 第2回配本は、志ん朝の父親・五代目古今亭志ん生のようです。

 (なんか小学館の営業の人のようなブログになってしましました)。

2009年1月 8日 (木)

立法学の新展開

 曇り、のち、晴れの一日でした。

 最近はなんだか煮え切らない日々です。先日火曜日に、数人の同僚の方と、飲食しました。この会は、来年度の授業担当者と時間割が概ね決まったことを祝しての慰労会で、ということは担当した方を慰労しなければならない立場なのに、わたしはただ飲み食いしていました。ちょっとだけ(ちょっとだけです)反省。

 水曜日にはパンキョー会議がありました。3時間程度の長丁場で、しかもなんだか険悪な感じもながれた、ちょっとだけエキサイティングな(ちょっとだけです)時間でした(つねに、前向き)。ただ、わたしの理解とは異なる発言により、わたしが利益代表となっている集団の不利益となりそうな見解が提示されたように思われたので、来年度以降も、心休まらないことがありそうです。誰かにこのことを詳細に説明した上で、客観的な意見を聞いてみたいとも思うのですが、なんせ本学のパンキョーに関する事柄は、複雑怪奇でわけがわかりません。“郷に入っては郷に従いたい”ところですが、新参者には従うべきものがどれかわかりません。また、従うべきものの解釈・理解も、人によって違うようです。わたしの理解が我田引水的でないか、少し恐れています。(なんのことかわかりませんね(笑)。なんとなく、大変そうだということは、伝わっているでしょうか)。

 そんななかでも少しは勉強をと思い、あとで読もうと購入しておいた法学雑誌を読みました。読んだものは、ジュリスト1369号で、「立法学の新展開」と題する特集が組まれています。

Cimg1928  この巻頭には井上達夫先生による「特集にあたって」という文章があり、それは、これまで法案の立法・審査過程の制度と慣行を体系的に記述する「立法実務研究」や、立法の一般的指針をめぐる「立法政策理論研究」が「立法学」の名で行われはしてきた。ただ、現在は、個別のり立法の内容の是非ではなく、立法システムの在り方、そのあるべき姿を構想する「立法学」の発展が要請されているといいます(9頁)。

 立法過程論ではなく、立法システムを規範論的観点から検討する「立法学」(Legisprudence、これは立法 legislation と法理学 jurisprudence を組み合わせた造語のようです。)の発展を、というのがこの特集の趣旨でしょう。まだ第1部の論文しか読んでいませんが、興味深い特集でした。

 また、アメリカにおける立法学の先駆的業績である Hart & Sacks, The Legal Process : Basic Problems in the Making and Application of Law (1958) を紹介する田中英夫=谷川久の論文(ジュリ225・227号)や、高見勝利先生のわが国における立法学の先駆的業績を含む『現代日本の議会政と憲法』(岩波書店、2008)、さらに、立法学を体系的に論じた大森政輔=鎌田薫編『立法学講義』など、この特集に収められている諸論文が依拠しているものも読む必要があると思いました。

2009年1月 5日 (月)

「坂の上の雲」のメイキング。

 もう日が暮れています。今日は、晴れのち曇りでした。本日から仕事始め。結構、忙しかったです。

 昨日、NHKドラマ「坂の上の雲」に関する正月番組を見ました。2日放送分は見逃したので、サザエさんを見たいという娘の許しを得て、午後6時10分から6時40分までの番組を見ました。

 「坂の上の雲」の撮影は勤務校の五高記念館でも昨年の5月に行われ(わたしは講義中でした)、その様子も昨日の番組内で紹介されました。五高記念館前で、桃太郎侍(じゃなかった)高橋英樹さんが馬に乗っていたのには驚きました。あんな大がかりな撮影がされていたのですね。

 ロケについてはここを参照してください。

 司馬遼太郎さんの本もあまり読んだことはなく(『この国のかたち』を数冊だけ)、『坂の上の雲』も読んでみたいのですが、時間があるかどうか・・・(確か、文庫本で7、8冊あるのですよね・・・)。番組案内役の菅野美穂さんに「『坂の上の雲』、読んだことがありますか」と聞かれたときには、思わず「ありません」と答えてしまいました。みなさんは、お読みになっていますか。

2009年1月 4日 (日)

点と線

 みなさま、新年、あけましておめでとうございます。本年も、どうぞご贔屓に。

 本日は「正月晴れ」です。

 みなさまは、正月三が日、どのようにお過ごしでしたでしょうか。わたしは、箱根駅伝の合間を縫って(合間って?)、藤崎宮に初詣に行きました(2日)。

Cimg1874  元日が寒かったことと、二日に多くのお店で初売りを行うとのことで、人出が少しだけ多かったと思います。妻と娘は着物だったので、少し、目立っていました。

 ところで、本年は松本清張生誕100年であることを、元日の新聞広告で知りました。松本清張の本、これまた読んだことがないのですが、驚いたことは、なんと太宰治と生年が同じ(というわけで、太宰治も生誕100年)であるということです。これ、新潮文庫の広告で知りました。へえ~、という感じです。太宰治は昭和初期の作家、松本清張は結構最近まで活躍されていたので、生年が同じとは思いませんでした。松本清張がデビューしたのは、太宰治が39歳で入水自殺をした1948(昭和23)年より後の1950(昭和25)年とのことですから、わたしの感覚はここに原因があるのでしょう。

 というわけで、早速、自宅近くのブックオフで松本清張の本をいくつか購入し、とりあえず出世作といえるであろう『点と線』(1958年)を読みました。

 いままでなんで読んでこなかったのだろうと思うくらい、卓抜した文章力に裏打ちされた推理小説でした。またまた内容は読んでもらうことにして(そもそも推理小説を紹介するのは難しいですよね~)、わたしが感じたことを。

 1.平野謙さんが「解説」を寄せていますが、完璧と思えた清張の本にも欠陥があること、そして、それに気づく人がいることに驚きました。

 2.わたしの知り合いにも「時刻表派」の「鉄ちゃん」がいるのですが、少しその方々の気持ちがわかりました。

 このような面白い本ばかり読んでいたいところですが、それでは生活できないので、ほどほどにしようと思いました。

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