無料ブログはココログ

わたしの著書

  • 憲法Ⅰ 総論・統治機構論
  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
  • ロールズの憲法哲学

« えっ、休講! | トップページ | アメリカ最高裁とレーンキスト・コート »

2009年7月23日 (木)

ブログで補講 憲法Ⅱ

 きょうは晴れです。

 昨日の「憲法Ⅱ」の最終講義が休講になってしまったので、この場をお借りして、「補講」をしようと思います。もちろん定期試験には関係ありませんが、あと1回で憲法の統治機構論の全範囲を講義し終わると思っていた矢先の、大雨洪水警報だったので、達成感を得るために簡単にですが「補講」をと思いました。

 以下、長々と「補講」していますが、定期試験の最終科目であろうS先生の「政治過程論」が終わった後、当日は徹夜で挑んでいることでしょうから、一眠りして、そのあと時間があったら、この「補講」を読んでください。

 このブログをみていただいている受講生の方、お友達にもブログで「補講」していることを、できれば伝えてください。

 Ⅰ 地方公共団体の条例制定権と法律の関係

 配布済プリントの94~95頁にかけて、最終課題としてこの問題があります。この問題については、徳島市公安条例事件(最大判昭50年9月10日刑集29巻8号439頁、百選Ⅱ235事件)を参考にして考えてください。この判例を読むと、つぎのことがわかると思います。

 (1)ある行為を法律と条例という二法規で規制している場合、

 ①法律が条例の適用について明文で規定している場合はそれによる。【例】売春防止法附則4項は、売春規制条例の失効を定めている。

 法律に規定なき場合、

 ②法律と同一目的で同一事項を条例は規制できない。(法律なき場合でも、それが当該事項を規制しないという国会の意思表示である場合にも同様)。これを国法(法律)先占論といいます。

 ということは、法律とは異なる目的、対象なら、条例による規制が許される場合もある。但し、その場合でも、条例による規制の必要性、正当性は問われなければならない。

 ③法律と同一目的、同一対象(事項)ではない条例は、つぎの二類型に分類されている。

 ○「上乗せ条例」(法律と同一の対象を別目的でより重く規制する条例)

 ○「横出し条例」(法律と同一目的で法律が対象としていない事項を規制する条例)

 これらの性質をもつ条例の適法性は?

 ④国法先占論の見直し。条例が法令と明確に抵触する場合以外、地方公共団体の地域性、自主性を尊重し、条例による規制を認める方向へ(教科書269頁にある規制限度法律、最低限度法律)という考え方も、ここから生まれている。

 (2)この枠組みで徳島市公安条例事件をみると、

 ①道交法と公安条例の規制目的

 ○道交法77条1項4号→道路交通秩序の維持

 ○公安条例→地方公共の安寧と秩序の維持

 道路交通秩序の維持は公共の安寧秩序の維持の一部に含まれと考えられるので、公安条例の規制目的に道交法の目的が包摂されていると考えられます。したがって、本件公安条例は「上乗せ条例」の一種だと思われます。

 ②本件「上乗せ条例」の適法性

 「上乗せ条例」の典型例とされている公害規制条例で考えると、環境保全、生活環境維持という事柄の性質上、地方の状況、実情に合わせた規制が許されるものと思われます。このことを想定し、公害規制条例の多くは、法律中に条例での規制も許容する旨の規定があります。【例】水質汚濁防止法29条、騒音規制法27条、悪臭防止法24条など。

 道交法には上記のような規定がありません。

 ここで問題になるのは、集団行動の態様について、地方の状況に合わせた規制をする必要性があるのか、という点です。この条例で規制される行為が表現の自由という重要な基本権に関するものだと考えるなら、法律(道交法)による規制をもってすべてであると考えるべきだとも思われます。

 ③最大判の見解(百選Ⅱ235事件から引用しました)

 「道交法と条例が、重複して集団行進等に対する道路交通秩序維持のための規制を行っている場合でも『両者の内容に矛盾抵触するところがなく、条例における重複規制がそれ自体としての特別の意義と効果を有し、かつ、その合理性が肯定される場合には、道路交通法による規制は、このような条例による規制を否定、排除する趣旨ではなく、条例の規制の及ばない範囲においてのみ適用される趣旨のものと解するのが相当であり、したがって、右条例をもって道路交通法に違反するものとすることはできない。』」

 最高裁の見解が適切がどうか、みなさん考えてみてください。

 Ⅱ 発展課題(そんなの、あったか?)として提示していた国税専門官試験の(3)について

 これは投票の結果に長および議会の決定を法的に拘束する住民投票条例の憲法適合性を問う問題でした。この問題については、海上ヘリポート基地の移籍について住民投票を行ったことに関する那覇地裁平成12年5月9日判決(判時1746号122頁、百選Ⅱ224事件)を参考にして考えてください。

 ①この住民投票条例は、市長のヘリポート受け入れ可否の判断について、「有効投票の賛否のいずれか過半数の意思を尊重するものとする」と規定していました。ところが、条件付きのものも含めて「反対」が多数を占めたが、市長は「賛成」(ヘリポート受け入れ)を表明し、辞職しています。

 ②【Q1】市長は本件住民投票の結果に法的に拘束されるでしょうか。

 ③那覇地裁の判断 那覇地裁は大要つぎのようにいい、市長の判断は本件住民投票の結果に法的には拘束されないとしています。

 「・・・市長がヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、右有効投票の賛否のいずれか過半数の意思に反する判断をした場合の措置等については何ら規定していない。そして、仮に、住民投票の結果に法的拘束力を肯定すると、間接民主制によって市政を執行しようとする現行法の制度原理と整合しない」。

 ということで、まず条例の規定が住民投票の結果を「尊重する」となっていること、その結果として、投票結果に反する判断をしたさいの措置に関す規定がないこと、またもし結果に法的拘束力を認めると間接民主制を採用する現行法制度と整合しないことをあげて、本件条例に市長の判断は法的には拘束されない、との判決を下しています。

 では、ここから発展して、

 ④【Q2】長の決定を法的に拘束する条例を制定できるでしょうか。

 地方自治法138条の2は、地方公共団体の執行機関に当該地方公共団体の事務を「自らの判断と責任において、誠実に管理し及び執行する義務を負う」と規定しています。この法律の規定を下位法であるところの条例で覆すことはできないと考えられるので、地自法138条の2により、地方公共団体の長の決定を法的に拘束する条例は制定できないと思われます。

 また那覇地判もいうように、現行法制度が間接民主制を採用していることとの平仄を合わせるためにも、長の判断を法的に拘束する条例は制定できないと思われます。

 ⑤【Q3】議会の決定を法的に拘束する条例は制定できるか。

 これも那覇地判を参考にすれば、間接民主制と整合性あるよう条例制定されるべきでしょうから、議会を法的に拘束する条例も制定できない、となりそうです。

 ところがここには悩ましい問題が残っていると、わたしは感じています。【Q3】のような問いについての解答は上記でよいと思いますが、【Q3】は地方議会の決定を地方議会の決定である条例で法的に拘束する・・・という問題ですから、いわゆる自己拘束の有効性の問題も絡んでいると思います。これ以降は憲法論というわけでもないでしょうから、「補講」としては、このような視点もあることに言及するに止めておきます。

 Ⅲ 憲法Ⅱ(統治機構)全体を通して

 この講義、初回から抽象的概念のオンパレードで、かつ、担当者の講義下手もあって、難解で眠たい講義であったと思います。そこでここで一体この講義で言いたかったことはなにかを、ごく簡単にお話ししておきたいと思います。

 この講義でお話ししたかったことは、日本国憲法の統治に関する規定を、法の支配の要請(表れ)という視点から読み解くことです。法の支配を積極的に定義することは困難ですが、それでも、それが目指していることは、有り体にいえば国家行為に謙抑性をもたせること、これだといえると思います。このことは講義で何度も、何度も繰り返しました。

 国家行為に謙抑性をもたせるために憲法がとる仕組み(憲法の基本原理)として、大きな枠組みとしては権力分立があること、また国会と内閣の間に議院内閣制を採用し両者の間に「政治方針一致の原則」をもたらそうとしていること、またミクロ的視点では司法権について、「法律上の争訟」性、付随的違憲審査制の採用など(この他にも国会や内閣などのところでも、これらの権限を制限しようとする法理論を縷々、講じました)、これらはすべて、国家機関の行為に謙抑性をもたせる仕組みという視点から分析可能であると述べてきました。さらに統治権については、中央政府と地方政府にその主体を分割し、地方政府にも自治権を与えていること、これも権力分立の要請であるといいました。

 なぜ国家行為は謙抑的でなければならないのか。この点については、そのことによって、結果として国民の基本権が守られるとお話ししました。この視点は日本国憲法下における政府の役割をあまりにも消極的に捉えていると言われるかもしれません。ただ、まずは日本国憲法がなによりも国家権力を制限しようとした近代立憲主義の系譜に属するものであることを明らかにすることが、この講義の目的であると考えて、「教科書に沿って」このことを講じてきました。

 わたしとしては、この[Ⅲ]で述べた視点から憲法条文を理解し、憲法理論を展開するという「感覚」が朧気ながらもつかめたなら、その学生には優秀な単位を付与したいと思っています。わたしの「眠たい講義」にちゃんと出席されていた方なら、この「感覚」は頭のなかには備わったと考えています。現に、研究室を訪れ話をしてくれる学生のなかには、個別の問題についての知識には欠けるものの、憲法構造を全体的に俯瞰して意見を述べてくれる学生も多くいます。

 ところが、定期試験による単位付与は、そうはいきません。ここが教員としてちょっと辛いところです。というわけで、本日からはじまる定期試験期間。憲法Ⅱの対策は、8月にはいった頃からでしょうか(笑)。憲法Ⅱを受講してくれたみなさまの、各科目定期試験のご健闘を心よりお祈り申し上げます。

« えっ、休講! | トップページ | アメリカ最高裁とレーンキスト・コート »

講義」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/499918/30660172

この記事へのトラックバック一覧です: ブログで補講 憲法Ⅱ:

« えっ、休講! | トップページ | アメリカ最高裁とレーンキスト・コート »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31