無料ブログはココログ

わたしの著書

  • 憲法Ⅰ 総論・統治機構論
  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
  • ロールズの憲法哲学

« マスコット・バット。 | トップページ | 只今、採点中。 »

2009年8月 4日 (火)

Media Concentration and Democracy

 晴れ、暑い、暑い。昨日は、雷が鳴ったり、地震があったりで、忙しい晩でした。

 今日の「積ん読」本は、Edwin C. Baker, Media Concentration and Democracy:Why Ownership Matters, Cambridge U.P., 2007. です。

 著者のBakerは、現在、ペンシルヴァニア大学LSの教授です。言論の自由を中心に研究を進めているBakerは、1980年代にはロールズとサンデルに関する研究があり、また近年は言論の自由と著作権との関係にも研究の触手を伸ばしています。なんとなく親近感を覚えます。

 本書は、アメリカのメディア法政策におけるメディア所有規制の基礎づけを検討したものです。

 彼の国ではかつてはFCC(連邦通信委員会)が、放送における電波の希少性、社会的影響力という特性を理由に、広範な規制(とくに内容規制)を行っていました。ただ、CATVや衛星放送の発展により、電波の希少性が解消され、特定メディアの社会的影響力も限定的になったために、1996年の電気通信法制定以降、一転して規制緩和に向かっています。この規制緩和論を主導したのが、いわゆる思想の自由市場論者でした。思想・情報が自由に市場に提供されているなら、その内容の当否については国民が判断できるので、政府の役割は市場への参入障壁を撤去すること(そこには政府自身による規制も含まれる)である、という考え方です。

 ところが、Bakerは、規制緩和によりメディアの集中状況が生まれている、と自由市場論を批判します。民主制の下、視聴者の利益および公共の利益を増進させるためには、議会・政府にメディア規制の積極的役割がある、と彼は言います。その根底には、メディアの自由は自然権的なそれではなく、憲法上の制度としての権利である、との思考法があります(わが国では、東大の長谷部先生が「公共財としての人権」として分析されています)。この見解によれば、当該権利は社会・公共の利益のために憲法の保障を受けるものであり、メディア所有の分散化をもらたす法政策も、民主制の充実・発展という公益から基礎づけられるというのです。

 憲法の講義でもお話しするように、トーマス・I・エマソンは、言論の自由の価値について、①自己実現、②自己統治(民主制)、③真理到達(思想の自由市場)、④社会的安全弁、をあげて説明しています。わが国ではあまり議論されませんが、アメリカでは、このうち、民主制を重視するのか、それとも思想の自由市場を重視するのかで、議論が分かれています。本書でBakerは、民主制論を重視し、その視点からメディアへの一定の規制(ときに内容規制もあるか)の正当性を論じています。彼の目的は、ロナルド・レーガン政権以降、主流派となったメディア規制緩和論(自由市場論)への批判書を、言論市場に提供することだったのです。

 本日はこれから憲法Ⅱの定期試験があります。明日から鬼のように(鬼になってではない)採点します。

« マスコット・バット。 | トップページ | 只今、採点中。 »

英米の法理学、米国憲法」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/499918/30827311

この記事へのトラックバック一覧です: Media Concentration and Democracy:

« マスコット・バット。 | トップページ | 只今、採点中。 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30