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2009年12月

2009年12月30日 (水)

ようやく掃除まで。

 雨が降っています。

 この年末に研究室の大整理をしようと思ったのですが、結局、不要になった本と雑誌を捨てただけで力尽きました。まだ未整理状態にある複写物の類の整理は「年度末」までの課題になりました。もっともこの業界にいると年末としての区切りの感覚があるのは、12月ではなく3月だと思うので・・・(研究室の整理が完全には終わらなかったことの言いわけでしょうか)。

 というわけで、本日は研究室の掃除をしました。大掃除とまではいかず「小掃除」ぐらいでしょうか。それでもこれで一応は掃除をしての新年が迎えられます。これで思い残すことなく実家に帰れます。寒いのであまり帰りたくもないのですが、そうもいかないので・・・。

 それでは、みなさま、よいお年をお迎えください。

2009年12月28日 (月)

ぼくらの頭脳の鍛え方

 ときどき陽がさします。が、くもりです。

 先週末、研究会の行き帰りで、立花隆・佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』(文春新書、2009年)を読みました。

 現在の知性2人による、対談形式での書評集です。それにしてもお二人の読書量はすごいのでしょうね。

 まず驚かされるのは、その蔵書数です。立花さんは、もうおそらく数えられなくなっているのでしょう、推定で7・8万冊のようです。佐藤さんも1万5千冊とのこと。いやはやすごい。いまわたしは研究室の整理をしているのですが、研究室の本と自宅にある文庫・新書の類を合わせても、せいぜい2000と少し、という感じでしょうか。そして研究室は本を捨てつつ整理しているので。

 また「読書の効用」については、興味深いことが話されています。たとえば、

 「人間にはもともと読書をする遺伝子は備わってはいない。実際、人類において書き言葉の歴史より話し言葉の歴史の方がはるかに長いんです。要するに、本の世界以前に、音声による伝承の世界がある。伝承文化が積み重なった結果として、文字文化が生まれるわけです。だから、文字を読む、本を読むための脳回路は親と教師が育てる必要があります」(立花・18頁)。

 子どもへの絵本の読み聞かせ、初等教育段階での国語授業が重要のようです。

 さらに、太平洋戦争当時、京大教授田邊元の『歴史的現実』が「個人の生命は有限であるが、大義のために死ねば永遠に生きる」と説いたことについて、

 「田邊元が京都帝国大学で昭和十四年に行った六回の講演をまとめたものですが、当時の京大生は、田邊の声を直接聞くことで『これだ』と直感し、本を携えて特攻機に乗っていったわけです。ですから、音の世界、声の世界に騙されないようにする、読書による知的トレーニングは現代でも必要ではないかと思いました」(佐藤・19頁)。

 「目で追って読めば論理は相当怪しい」ものでも、直接、声で聞くと「『ああ、やっぱり悠久の大義のために命を差し出したい』と身体が反応する」。ここにも読書の効用があるようです。

 ところでこのお二人は戦争についての書物もよく読んでいるようです。とくに光人社NF文庫のような。わたし、恥ずかしながら、この手の本は読んだことがありません。でも、

 「戦争では、民族性も国民性も科学技術も文明も、すべてが凝縮されて表れますからね。戦争について知ることは現代人にとっても必須の教養でしょう」(立花・113頁)とあります。

 年末にあたり、来年は光人社NF文庫も、2・3読んでみようと思いました。

2009年12月27日 (日)

勉強納め。

 はれ!

 きのうは研究会に出席するためQ大に行きました。これがわたしの本年の勉強納めです。

Cimg2540  この研究会に出席するときにはよく、地下鉄箱崎Q大前駅近くにある「カフェ ティンカーベル」で昼食します。どうやら年末でチラシを配っていたらしく、それをもっての来店者には100円引きのサービスがあるようでしした。わたしは、もちろん、そのチラシを持ってはいないのですが、100円引いてくれました。

 関西にいるときにもKyo大やKan大での研究会に出ていましたが、どうもそっちの研究会はアウェイ感が抜けませんでした。でもQ大の研究会では、持ち前の厚かましさを発揮して、徐々にホーム感を得てきたと思います。本年のひとつの成果でしょうか。

 研究会では、表現の自由に関する研究報告を2本聴きました。

 第1報告は、言論が「故意に精神的苦痛を与える」ような場合に不法行為に該当するか、に関するアメリカの判例研究を中心にした報告でした。日本法ならこのような言論行為は人格権の侵害といいそうですが、かの国には“No Mental Distress Only Rule”(精神的苦痛だけでは訴訟原因にならない)という法理がコモン・ロー上の原則としてあります。アメリカ法と日本法で表現行為が不法行為に該当するか否かについての考え方が全く異なることを再確認できました。

 第2報告は、「思想の自由市場」論を経済学、とくに新制度派経済学の「制度/組織」論をもとに捉え直す試みでした。制度(institution)と組織(organaization)概念を駆使して表現権論を説き直そうとする新理論がここから生まれそうです。ちなみに、これ、わたしの先生の報告でした。老いて益々盛ん、という感じでしょうか。いつもながら、舌を巻くばかりです。

 ということで年内の勉強はこの辺にして、きょうは大急ぎで年賀状の準備です。

2009年12月22日 (火)

Congress and the Cnstitution

 寒さも一息つき、きょうは晴れています。穏やかな一日です。

 さてブログのネタがないということで、わたしの「積ん読」本を紹介します。きょうは、Neal Devins & Keith E. Whittington, eds., Congress and the Consttitution, Duke University Press, 2005 です。

 議会は、国民に選挙された代表者で構成されています。したがって、憲法の内容を具体化する役割を果たすことが、憲法上、期待されている(想定されている)はずです。ところが本書は、これまでのアカデミズムがそうは捉えてこなかったことに注目します。そのことはこれまでの学界の研究対象がもっぱら裁判所の判例であり、議会の作り出す法は、そこでは憲法に脅威をもたらすものとされていることに現れている、というのです。

 本書は、裁判所を憲法解釈の機関(憲法の内容を明らかにする機関)と捉えていたこれまでの学界の姿勢を批判的に検討し、憲法の内容を具体化する機関であるはずの議会の意義を再定位しようとする13本の論説からなります。その中では憲法上、大統領の訴追、戦争権限の領域においては議会が憲法問題をめぐる責任機関であるから、その領域では議会が自由に憲法解釈を展開できるはずだと説く Mark Tushnet の論文が興味を引きます。

 いままでは裁判所こそ憲法の有権解釈機関であるとされてきました。それは裁判所に違法審査権が付与されていることから演繹される思考法だと思います。ところが本書は議会こそ、その役割を憲法上負わされているはずだという視点を読者に与える点で、意義深い本だと思いました。

2009年12月19日 (土)

真冬の食事会。

 晴れています。いよいよ年末です。

Cimg2525

 熊本の山もちょっと雪化粧した昨日、仲間うちの食事会に行きました。

 お店は、熊本・上通町にあるトラットリア・フェデリコというイタリア料理店でした。評判のよいお店のようです。主催した先生の(そのお顔から想像できる)趣味のよさが表れたお店でした。自分で選べるワイン・セラーもあり、ワイン初心者のわたしでも好みと予算に合わせたセレクトをできるので、楽しいお店でした。

 二次会を通して、なんだか久しぶりによいお酒をいただいたように感じます。それなりに飲んだように思うのですが、本日も快調そのものなのは、楽しいお酒だったからでしょう。

 この食事会に参加した女性陣の“お酒好き”ぶりも判明し、次回会合も楽しみです。

 トラットリア・フェデリコ

 (※)お店はカタカナ表記ではないので、ご注意ください。

2009年12月17日 (木)

フランス料亭「七彩」

 ちゃっぷい、ちゃっぷい。ちょっと小雨。夜、雪になるのでしょうか。

 今日のランチは、幼稚園ママ御用達、水前寺にある「フランス料亭 七彩」(ひちさい)に行きました。ここは市役所14階のお城が見えるレストラン「彩」の姉妹店です。

Cimg2514 前菜は、こんな感じでした。この後、パンとスープが来ました。

 妻と行ったので、しばしの沈黙の後、メインが来ました。

Cimg2519_2

 メインは、豚バラのポトフでした。その後、デザートとコーヒーです。

 これは平日限定のランチで1350円でした。

 住宅街の一角にある隠れた名店、という感じでしょうか。ただ時間がゆったりと流れているため、主婦か大学の先生か定年後の夫婦しかいませんでした。

2009年12月15日 (火)

ポール・サミュエルソン

 ちゃっぷい。くもり。

 休刊日あけの今朝、新聞を読んでいたら、ノーベル経済学賞受賞者でマサチューセッツ工科大学名誉教授のポール・サミュエルソンさんの死亡記事にふれました。94歳とのこと。失礼ながらというか、わたしの無知からですが、まだ健在だったのですね。サミュエルソンの『経済学』が経済学の古典中の古典なのも、わたしのそのような意識の原因かもしれません。

 サミュエルソンは、新古典派とケインズを融合した「新古典派総合」経済学を樹立した、と紹介されることが多いと思います。好況時には自由な市場を維持する反面、不況時には一転して政府による思い切った財政出動を要請するその経済学は、いわゆるリーマン・ショック、ドバイ・ショック以降の世界経済にも、重要な示唆を与えるものだと思います。

 近代経済学の父の訃報にふれ、謹んでご冥福を申し上げます。

2009年12月10日 (木)

宴会プリン。

 きょうも雨が降っています。昨日も雨でした。

 みなさま、お目覚めはいかがでしょうか。わたしは少しダルイ・・・。それもそのはず、昨日は忘年会でした。

Cimg2510_2

 なにもないのも寂しいので、一次会のデザートに出てきた「かぼちゃプリン」です。一次会は、やんやかやと、仕事の話しが中心でした。

 二次会は、仕事のグチと結婚についての話題で盛り上がりました。といっても誰かが結婚する、ということではありません。ボーナス支給日を前に、厳しい現実にどう向き合うのか、について深く思索をめぐらせました。結婚するのはBMWに乗れたのに、ekワゴンで我慢する(しかも助手席はチャイルドシート)ということなのです。

 三次会もありました。このあたりにくると、その場では盛り上がったのですが、なんの話題で盛り上がったのか忘れてしまいました。

 忘年会が終わって一年が終わったような気になっていますが、実は全然、終わっていません。講義もまだあり、会議も盛りだくさんです。ゼミ紹介の文書や非常勤先のシラバス作成もあります。年賀状もまだぜんぜんです・・・。ふぅ~。

2009年12月 9日 (水)

思考の整理学

 どんよりと、曇りです。このまま天気がもつとよいのですが。というのも、今日は、勤務校の忘年会で「街」に行くので。

 週末の学会の途上で、外山滋比古さんの『思考の整理学』(ちくま文庫、1986年)を読みました。カオス状態にあるわたしの頭の中を「仕分け」したいと思ったので・・・。

 本を読むこと(積ん読でもよい←これなら、得意)、忘れること(これも得意)、それでも忘れなかったことをとにかく書くこと、じゃべること、これらが思考を鍛えるために重要だ、というのがこの本のエッセンスでしょうか。

 ただ、得るものがなかったわけではありませんが、内容は、若者むきのように思いました。帯に「100万部突破。東大・京大で1番読まれた本」(2008年大学生協調べ)とあるのも頷けます。

 また、かえってリタイアした方にも、お薦めだとも思います。十分にある時間を思索だけに使えるのは、リタイア後だけかもしれませんから。

2009年12月 7日 (月)

学会出張 in ルミナリエ。

 まぁ、晴れです。

Cimg2504

 先週末に学会のため神戸に行きました。神戸といえばルミナリエということで、土曜日の夜、ルミナリエに行きました。

 兵庫・姫路にいたときにいつかは行こうと思っていたままになっていた希望が、ようやく叶いました。

 なんでも電飾の雰囲気は毎年違うようです。

Cimg2509

 学会が終了した日曜日の午後、中華街にいく会員のみなさまを横目に、いそいで新神戸駅に向かいました。わたしはあまり“空飛ぶ移動手段”は好きではないので、だいたい陸路(鉄路)です。関西あたりなら、絶対に、鉄路です。帰りの新幹線のなかで、淡路屋の神戸ステーキ弁当をいただきました。冷めてもおいしいように調理されていました。

 というわけで、週末の学会報告は終わりです。勉強の話しは・・・・。

Cimg2502

 最後にもう一枚、ルミナリエ。人での多さがわかるでしょうか。

 

2009年12月 4日 (金)

リフる。

 きょうも晴れ。温暖な気候です。

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 きのう、3年生の演習メンバーの個人面談をしました。といっても単位取得状況や希望進路・就職活動/入試準備状況を確認する程度の簡単なものですが。各人がそれぞれ希望進路を模索し、それに向かってそれなりに活動/準備をしていることを知り、頼もしく思いました。教員が頼りないとゼミ生は成長するものだと感じました。

Cimg2482

 その後、リフレッシュ・ルームでリフりました(※)。2枚の画像は大学内では相対的に高級な食堂にお願いして用意してもらった食料です。この他に“泡の出る麦茶”を・・・。3年生なので気兼ねなく飲めるところがいいですね。

 今度は4年生も併せて忘年会(新年会かも?)をしたいものです。

 (※)リフレッシュ・ルームでリラックスすることを「リフる」といいます。本年度の流行語大賞の選に漏れたので、来年度の流行語大賞を目指しています。

2009年12月 1日 (火)

大学の未来

 きょうから12月。でも暖かい一日になりました。

 勤務校では、きょう、季節性インフルエンザの予防接種が実施されました。昨年までなら希望者全員に行き渡ったワクチンも確保できなかったようで、今年は接種希望者の中から実際に接種できる人を抽選で選んだようです。普段ならくじ運の悪いわたしなのですが、これには当たりました。わたしの行きつけの医院では2000円するところを(これでも相場より安いのでは)、なんと1000円で注射できました。お得でした。

 ワクチン接種のあと、現代思想2009年11月号「特集・大学の未来」を読みました。

 どういうわけか昨今、大学論が喧しく論じられています。業界人以外にはそれほど関心のある問題でもないと思うのですが・・・。そんなに危機なのでしょうか。ちょっと、不安・・・。

 この特集には、高等教育の公共性理解(「高等教育そのものが社会全体の自己再生のプロセス」であるという理解)が新自由主義のもと、高等教育の〈私事化〉が行われ、そこでは受益者負担の原則が強く求められたとあります。それを象徴するのが現在の国立大学授業料のようです。1975年には36,000円(月3000円×12)だったのが、現在では535,800円にまで高騰しているとのこと。そういえば、たしか私の現役時代は35~6万円ぐらいだったのでは。高くなったものです。

 でも授業料がかかる(高い)のは、教育サーヴィスを受けるにあたり、当然のことと思っていました。でもどうやらそうでもないようです。本特集に掲載されている諸論文、対談の論調は、高等教育は無料であるべきだ、ということのようです。なぜなら、それは公共的なものなのだから。社会の自己再生プロセスなのだから、というのがその理由のようです。

 わたしは知を商品化して販売するのが大学だと思っていました。これはこの「現代思想」の論調からすれば、新自由主義にどっぷりとはまった発想のようです。啓蒙されました。

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