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2010年1月 5日 (火)

対論 昭和天皇

 どんより曇り、寒い一日です。

 帰省の途上で、原武史さんと保阪正康さんの『対論 昭和天皇』(文春新書、2004年)を読みました。

 わたしから見て世代の離れたジャーナリストの保阪さんと、比較的年齢の近い大学教員・原さんによる対論で、天皇制、昭和天皇に関する面白い視点が提供されています。

 たとえば、天皇の胸中を知るために「御製」(ぎょせい。天皇が詠んだ和歌)を分析するという視点。これは保阪さんの視点です。昭和天皇が詠んだ和歌は1万首を下らないはずだが、公表されているのは900首程度とのこと。時勢の影響を考えて公表されたり、されなかったりと、意図的なものがはるはずだと言うのです。

 また「時間支配」という視点。たとえば即位○年の祝賀式のとき、その式に参列していた人だけでなく、同時刻に全国民が一斉に万歳をする。植民地でも行う。また海軍記念日などのときに、全国民一斉に黙祷する。指定された時刻を間違えないよう、徹底した広報をする。このような「時間支配」には国民精神を総動員することの象徴としての意義、また植民地においては日本型の支配を徹底して行うという意義があるようです。

 また天皇支配・天皇制と、天皇は国家機関のひとつであるという天皇機関説の、昭和から平成にかけての思想的変遷も興味深かったと思います。「制度的には、明治天皇が敷いたレールの上を進むしかなかった昭和天皇も、摂政時代に親閲式や地方視察を通して〈見えない天皇〉から〈見える天皇〉へと変わることで、一種の能動的な君主になっていった面がある。地方視察ができなくなり、〈時間支配〉が大々的に導入される日中戦争以降も、宮城前広場では〈視覚的支配〉がなおも続けられる。天皇は機関ではないということを、まさに天皇機関説が否定されたあとになって証明していくというんですからね」(原、205~206)。

 これは天皇支配に天皇の身体そのものが重要な役割を演じていたことを示しています。まさに天皇の〈視覚的支配〉です。ところが、平成以降のいくつかの儀式では、天皇の姿がまったく見えないのに、人びとが万歳をし、「君が代」を歌うという光景がみられるといいます。「天皇陛下御即位祝賀式」(平成2年)や在位十年の「国民祝典」(平成11年)、内親王の誕生を祝う「国民の集い」(平成13年)が皇居前広場で行われるのですが、

 「そのとき天皇と皇后はいずれも二重橋に現れるわけだけれども、三回とも時間帯が夜のため実体がまったく見えない。直接見えない天皇や皇后に向かって、みんなが万歳したり『君が代』を歌うという光景が出てきたわけですが、いうならば天皇の身体はなくてもいいということ。そこが、昭和天皇とは全然違うんです。(原文改行)見えないのに人々が万歳をするという、非常に奇妙な光景が平成になって現れたというのは、皇室の存在自体が希薄になってきていることを示す反面、天皇の身体性が失われて『機関』になるという意味では、天皇制はかつてないほど安定した段階に入ったことを暗示しているように思ったものです」(原、237~238)。

 天皇支配に必要とされていた〈天皇の視覚的支配〉は失われたけど、天皇という存在が国家機関のひとつのような意味あいをもつようになった今日(したがってその身体性、〈視覚的支配〉は失われたけど)、かえって天皇制は安定した段階に入ったという評価。なかなか含蓄のある視点を提供していると思いました。

 ところで、学生さん。昭和天皇を知っていますか。大学生の多くが平成生まれになった今日、改めて昭和という時代の再検証が必要ではないでしょうか。

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