無料ブログはココログ

わたしの著書

  • 憲法Ⅰ 総論・統治機構論
  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
  • ロールズの憲法哲学

« 日本国憲法 オカノススム起源論 | トップページ | ブームか。 »

2010年8月 4日 (水)

これからの「正義」の話をしよう

 きょうも、あじ~・・・感じの一日です。

 きのうの夕刻に非常勤先の追試も終わり、その成績処理も済ませたので、ようやく前期の業務が完全に修了しました。

 そこでようやく、このブログでも何度か触れた、マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房、2010年)を読み終えることができました。

 この本は、NHKの“ハーバード白熱教室”と同じように、つぎの「暴走する路面電車」の事例からはじまります。

 「あなたは路面電車の運転士で、時速60マイルで疾走している。前方を見ると、5人の作業員が工具を手に線路上に立っている。電車を止めようとするのだが、できない。ブレーキがきかないのだ。頭が真っ白になる。5人の作業員をはねれば、全員が死ぬとわかっているからだ(はっきりそうわかっているものとする)。

 ふと、右側へそれる待避線が目に入る。そこにも作業員がいる。だが、1人だけだ。路面電車を待避線に向ければ、1人の作業員は死ぬが、5人は助けられることに気づく。

 どうすべきだろうか?」(32頁)

 功利主義からすれば“1人を犠牲にしても多くの人の死を避けた方がよい”(できるだけ多くの命を救うことはつねに正しい)ので、迷わず路面電車を待避線に向けろ、となるのでしょうが、それでいいだろうか・・・。

 心臓、腎臓、肺、肝臓、膵臓がそれぞれ悪い5人の患者がいて、そこに1人の健康な人が健康診断にきたら・・・。

 サンデル先生の設例は面白いですよね~。といいながらも、これお馴染みの議論ですよね。わたしも大学院の頃、このような“倫理学の本”をよく読みました。

 またこの本にはわたしが学位を取得したロールズの理論も登場します。最近、ロールズから離れているので、懐かしく読みました。

 ロールズは、いわゆる所得再分配政策を“不平等”であると正しく認識した後、ではなぜこのような再分配政策が正当化されるのか、を検討します。こういう視点、学部生だったわたしの目には新鮮にうつりました。ロールズは、道徳的功績(とそれが生み出す経済的成功)を、“道徳的には恣意的なもの”であるといいます。つまり、たんなる偶然だ、というのです。サンデル先生の本にも、ロールズの思考法を紹介する文章が、随所に見られます。たとえば、

 「成功している人びとは、自分の成功がこうした偶然性の影響を受けていることを見逃しがちだ。」(212頁)

 「実力主義の社会ではほとんどの人が、世俗的な成功と自分の価値を同一視している・・・」(214頁)

 つまり、成功している人で、その成功に真に“値する”人はいない、というのです。家柄によるものはもちろんですが、持って生まれた才能も、また、努力ですら、偶然性の影響を受けている、とロールズは考えます。(努力する人に生まれたのは偶然だというのです)。

 このように考えたロールズは、分配の正義を道徳的功績から完全に切り離す政策を(つまり、再分配政策を)正当化する理論を構築しました。ロールズによれば、実力社会の結果を政府が平準化することこそ“公正”ということなのでしょう。

 ロールズの思考法にはさまざまな批判があるのですが(サンデル先生も批判者の一人)、再分配政策を一旦“不平等”と捉えて(再分配政策が“平等”であるという言説は数多あるところ)、この“不平等”がなぜ正当化されるのかを追究したところに、ロールズ理論の真価はあると思います。

« 日本国憲法 オカノススム起源論 | トップページ | ブームか。 »

読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/499918/36024428

この記事へのトラックバック一覧です: これからの「正義」の話をしよう:

« 日本国憲法 オカノススム起源論 | トップページ | ブームか。 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31