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2011年1月 5日 (水)

伊藤正己

 どんよりと曇っています。

 昨年末の帰省中に、東京大学で英米法を教え、最高裁判事にまでなった伊藤正己先生の訃報に接しました。12月27日に、91歳で亡くなったそうです。ご冥福をお祈りいたします。

 伊藤先生は、憲法、英米法の領域で、多くの業績をあげられています。また、最高裁判事としては、とくに表現の自由や信教の自由が問題になった事案で、独自の見解を表明されています。その一部は、わたしも講義のなかで紹介したりしています。

 たとえば、青少年の憲法上の権利は成人のそれとくらべて相対的である、と述べた平成元年の最高裁第3小法廷判決(岐阜県青少年保護育成条例事件)や、パブリック・フォーラム論を展開した昭和59年の第3小法廷判決(駅前ビラ配布事件)などが、その例です。これらは、判例百選でも伊藤裁判官の補足意見として、紹介・解説されています。

 また、公選法の戸別訪問禁止規定の合憲性が争われた昭和56年の第3小法廷判決では、哲学者ジョン・オースティンの理論に依拠した「構成ルール/統制ルール」論を展開し、「構成ルール」である公選法の規定については厳格な違憲審査の基準がなじまないことを論じています。「構成ルール」というのは、ゲームそのものをつくるルールのことで、それがなければいわばゲームそのものがない、という性質のルールです。

 わたしは「構成/統制」ルールの違いを講義では、バスケットボールのルールになぞらえて、“バイオレーションとファールの違い”と説明しています。なぜダブルドリブルやトラベリングがルール違反なのかといえば、それがバスケットボールそのものをつくっているルールだからです(打ったらなぜ3塁側ではなく1塁側に走るのかと同じ)。でもプッシングやチャージングがルール違反なのは、これとは違う理由からです。この違いを知っていた伊藤先生は、選挙運動のルールはそもそも「構成ルール」だから、それがなければ選挙運動というゲームそのものが存在しない考えて、厳格な違憲審査にはなじまないと考えたのでしょう。

 英米の法理論や哲学を熟知したその「少数意見」は、切れ味鋭く鮮やかで、後学の指針ともなっています。わが国の法学界は、また偉大な碩学を失ったといえるでしょう。あらためてご冥福をお祈りいたします。

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