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2011年2月

2011年2月28日 (月)

憲法訴訟の潮流を読む

 久しぶりに雨が降っています。

 週末に、法学セミナー674号(2011年2月号)の特集「憲法訴訟の潮流を読む」を読みました。

 憲法訴訟は、ここのところ「救済志向」になっている、とされます(宍戸[イントロダクション]参照)。

 たしかに、平成17年の「在外邦人選挙権訴訟」も、20年の「国籍法違憲訴訟」も、決め手は救済方法にあったと思われます。つまり、ある法制度が「違憲的」(あるいは「差別的」)であったとしても、その法制度を改正し、不利益をうけている対象を救済するのは、行政府と立法府の役割だと考えられます。ただ、ある法制度が「違憲的」で、かつ、その救済方法が一義的(形式的には違っても、憲法の精神からするとひとつ)なら、司法府が救済方法を指定しても、権力分立原理に違反することはない。このような思考法のもとで、上記二判決は下された、と思います。

 このように救済志向になっている憲法訴訟をどうみるか、また、アメリカ発祥の二重の基準論に対して、近年わが国で盛んに唱えられるようになっているドイツの「三段階審査論」どう位置づけるか、といった興味深い論文が特集されていました。救済志向の憲法訴訟、ドイツ三段階審査論は、わが国でもLSではあたりまえに、法学部でもその概要については、うえの2つの判決を紹介するところや猿払判決の読み方のところで講義されている(はず)なので、その理解を深めるためにも意味ある特集になっていると思います。

 この特集は、さらに憲法訴訟における国際人権法の法源性について、職業の許可制におけるいわゆる規制目的二分論について、また最高裁判決における最高裁人事の影響など、まさに近年の「憲法訴訟の潮流を読む」ことができます。春休み、ということもあり、このブログを読んでいる法学部生はあまりいないとも思われますが(授業期といっても、それほど読まれているわけではない)、長期休業の自主学習の参考までに紹介してみました。

 【ついでに】 ついでに・・・というより、こっちも興味深い記事ですが、この法セミには「『朝日訴訟』を顧みて」という記事があります。これは、朝日訴訟東京地裁判決(原告の勝訴判決)で左陪席裁判官をつとめた小中信幸さんの回顧録です。小中さんによると「この訴訟の合議体を構成した2人の先輩裁判官は既に亡く、この訴訟の思い出を語れる元裁判官は、今や私だけになってしまった」そうです。憲法25条の精神ってなんなのか、それを考えてみる切っ掛けを与えてくれる記事です。

 【そして業務連絡】 法学部HPの「学生のリレーエッセイ」が更新されています。熊大には「オレンジデイズなキャンパスライフ」もあるそうです。

 ここからどうぞ。

2011年2月26日 (土)

日本の国会

 よく晴れています。が、明日から天気は下り坂の模様。

 そんななか、大山礼子『日本の国会 - 審議する立法府へ』(岩波新書、2010年)を読みました。買ってはおいたもののなかなか手が伸びることはなく、ようやく読み終えることができました。

 本書は、明治憲法下の議会から現在の「ねじれ」た議会まで、その審議体としての実像を、歴史的に、また比較法的に、そして理論的に、また実務にも目配りして描いた好著です。

 わが国の〈議会-政府〉関係は、英のウエストミンスター・モデルを範型として、制度化されてきたといわれています。ウエストミンスター・モデルというのは、簡単にいえば、下院の過半数をもつ政党が単独で内閣を組織して、その首班が強力なリーダー・シップを発揮して統治にあたる、という統治モデルです。そこで昨今、政治主導の統治を実現するために、その純粋形態を志向した改革が行われています。ところが本書は、日本の政治制度は、英とは異なり、首相の権限をチェックする「拒否権プレーヤー」が多数配置されている、といいます。そのひとつ(しかも強力なそれ)が「強い参議院」であるといいます。

 たしかに、かつては「参議院不要論」というのがありました。それは、政党化された参議院は、衆議院の「カーボン・コピー」に過ぎないので、という理由ででした。ところが、ここのところの「ねじれ国会」が、実はわが国の政治制度は、諸外国と比べても希有なくらい上院(参議院)に強い権限を与えている、ことを顕在化させました。そこで、今度は違う意味での「参議院不要論」が唱えられ始めています。それは、小選挙区制のもと、より直接民意を反映していると思われる下院(とその信任の下にある内閣)が実施しようとする政策を阻止する強い権限が与えられすぎている、というのがその理由です。

 本書は、わが国の政治制度がウエストミンスター・モデルとは、実は相当程度違うのだということを明らかにして、そのなかでわが国の政治制度、とくにあるべき参議院の役割などを述べています。

 ところで「憲法」には、形式的意味でのそれと実質的意味でのそれがあります。形式的意味の憲法といえば、平たく言えば、「憲法」という名前のついた法典のこと(わが国でいえば日本国憲法)です。イギリスにはこの意味での憲法はありません。

 実質的意味の憲法とは、国家の組織や権限に関する基本法、というのが一般的説明方法でしょうか。形式的意味でのそれとは異なり、実質的意味の憲法は、どの国家にも必ずあります。というよりも、そもそもこの実質的意味の憲法の効果により、国家が存在している(と思わされている)ともいえます。

 というのも、わたしたちは「国家が○○する」とよくいいます(たとえば戦争など)。これは国家さんという実在者が○○という行為をした、ということをいっているのではなく、実際にはある国家機関(についている自然人)が○○という行為をしたことをあらわしています。そう、実際に行為しているのは、実際に存在しているAさん(自然人)なのです。でもある国家機関の職についているAさんの行為は、国家の行為とされる。このロジックを成立させているのが実質的意味の憲法です。ぱっとみーはただの人であるAさんの行為が国家の行為である、なぜそうなるのかというと、このAさんの行為は実質的な意味での憲法の従った行為だからです。こういう「約束事」はどの国家にも必要です、というより、うえでいったように、こういう「約束事」があるからこそ、国家が存在している(あるいは、わたしたちは国家が存在していると思っている)のです。

 この実質的意味の憲法の例としては、通常、国会法や裁判所法などがあげがえるところです。が、これらの法について憲法の講義で詳細にとりあげることは、通常できません。ただ、実質的意味の憲法の理解は、憲法のとくに統治機構論を理解するときに非常に重要になります。本書は新書版で入手もしやすく読みやすいので、こういう実質的意味の憲法という考え方を理解するためにもよい本だなぁ、と感じました。

 【業務連絡】 ということで、わたしの親HP(obinatanobuharu.com)の“文庫と新書で憲法学”に追加しました。

 こちらからどうぞ。

2011年2月24日 (木)

Nudge

 よく晴れています。温暖な一日です。

 講義などの拘束がなく、洋モノを読んだり、自著の校正をしたりして、まったりと過ごしています。ということで、ブログ・ネタもありませんので、きょうは久々のカテゴリで。

 Thaler & Sunstein, Nudge (2008) を紹介します。最近、わたしの本棚にくわわったものです。

 リチャード・H・セイラー(1945~ )はアメリカの行動経済学者。キャス・R・サンスタイン(1954~ )は、わが国では憲法学者として名が通っていると思います。まぁ、American Legal Scholar はなんでもできますから。

 本書では、人びとの意識を利用して、人びとの行動を right directions へむけることについて、述べられています。

 たとえば、小便器にハエのシールを貼り飛び散りを防いだり、児童がジャンクフードばかり食べないようにカフェテリアのレイアウトをかえサラダに誘導する、というたぐいのものです。

 こうすれば、われわれの「選択の自由」を制限せずに正しき行動へ導ける、というのでしょう。

 興味深い本だと思います。読み手により、いろいろな読み方があると思いますが、わたしはパラパラっとみて、わたしたちの「自己決定」ってなんなんだろう~、と感じました。人格的に自律した個人が合理的な理性にもとづいて・・・、なんて、観念論でしょうか。

 わたしたちの選択もアーキテクチャに影響されているということでしょう。きょうのお昼はセブンで購入しました。わたしが選んだおそばも、自分の意思で決定したものとはいえ、セブンの商品配置に大きく影響されたということですか。正しい方向に導かれたならよかったといえるのですが・・・。

 【きょうのひと言】 あすは全国的に大学入試です。

P1010155 五高日記は受験生を応援しています。こんな感じで、サクラ咲くといいですね・・・。って、ちょっと季節的にソメイヨシノではないまがい物ですが、そこはご勘弁を。

2011年2月21日 (月)

追いコン@鳥達。

 きょうも晴!ました。

P1010151 さくばん、ゼミ4年生の“追いコン”をしました。県道337号線沿い、熊大目の前“鳥達”で。この世代のゼミ生は6名。憲法の知識はおいておいて(おいておくな!)、“ひとのいい”学年でした。

 ただわたしとしては、わたしの力不足もあり、また世相もあり、全員が必ずしも希望通りの卒業後をむかえるわけではないことが、心残りです。わたしがなにもできなかったことに心を痛めています。てなことを思っていたら・・・

P1010153  お花までいただきました。本当に“ひとのいい”学生で幸せでした。彼・彼女にも幸せが訪れることを切に願っています。

 一昨日の最終講義といい、昨日の追いコンといい、もうこういう季節になりました。年をとったせいか、最近なんだかオセンチになりやすくなったように思います。

 【きのうのひと言】 花をかかえて帰ったわたしに妻から「きょうは、あなたの送別会だったの?」って、縁起でもない!

 

2011年2月20日 (日)

最終講義。

 晴れです。

P1010146 毎年今頃になると、本年度末で定年退職される先生の「最終講義」が各部局ごとに開催されています。

 法学部で主催する最終講義はないのですが、法学部に長年在職され、学部の発展に多大な功績を残された先生の最終講義が昨日ありました。

 お話によると、法文学部が法学部と文学部にわかれたときに、法学部の法社会学講座担当として赴任されたとのこと。いまの法学部のまさに礎を築かれた先生の最終講義でした。

 わたしが現勤務校に赴任して4度目の年度末をむかえました。この4回の年度末で、30年以上勤務された先生の最終講義に何度か出会いました。こうした先生方がいろいろな場面でご苦労され築いてこられた勤務校の“資産”を食いつぶさないよう、後進として心してお仕事していかねば、と思いました。

2011年2月19日 (土)

おてもやん@青柳。

 はれ!ました。

 きのう、京都と福岡からの来客と、熊本・下通り・ダイエー奥の“青柳”さんで夕食をご一緒しました。客人は2名の若手憲法研究者。同僚先生を訪ねて来熊、夕食のお誘いをいただきました。

 「青柳」といえば舞妓さんなのですが、いつもは水曜日が勤務日のようで、金曜日はダメかなぁ~、と思っていたら、いまは県外からのお客さんもおおいので、毎日お会いできるとのことでした。

P1010141  お食事もひととおり済んだところに、舞妓さんが大女将さんと来られて、まずは“おてもやん”を舞ってくれました。

 「おてもやん」とは、ご存じの方も多いと思われますが、熊本の花柳界でのお座敷唄です。ただ、普段熊本で生活していても「正調のもの」にお目にかかることはありません。ユーモラスな歌詞にのり、かわいいおてもやんをみせていただきました。

 そして、もう一節・・・

P1010144 “東雲節”を披露してくれました。「東雲節」というのは遊郭にお勤めの方による「ストライキ節」です。発祥は、明治33年の熊本二本木の遊郭・東雲楼のストライキにあるとのこと(異説あり)。

 また昭和33年3月31日にも遊郭の娼妓さんによるストライキがあり、そのときにも東雲節が踊られたとのこと。

 昭和33年3月31日というのは・・・、売春防止法が制定されたのが昭和31年5月24日。翌32年4月1日から施行されたのですが、実際に刑事処分されるまでには、1年間の猶予期間がもうけられていました。ということで、いよいよ明日から売春防止法による刑事処分が実施される前日のS33・3・31に、ストライキとなったのでしょう。

 とにかくよいものを見せてもらいました。いままで青柳さんで舞妓さんには数回お会いしたことはあるものの、踊りを見せてもらったのははじめてでした。2人の客人だけでなく、わたしも大満足の昨晩でした。

2011年2月17日 (木)

選挙のあと、リフる。

 あめになりました。

 きのう、勤務校では次期学部長を選ぶ選挙がありました。まさに2年に1度の“はれ”の舞台です(・・・でもないか)。結果は、現職再選!と、長期安定政権です。

P1010136 そのあと、今年度最後の“FD@リフレッシュ・ルーム”。写真は宴のあとです。

 本年度最後ということもあり、いつもにもましての参加者がありました。そうそう昨年4月から中国地方のH大学に移ったT先生(この名を聞くと、4割の法学部生が震え上がるはず)の参戦もあり、さらに盛り上がりました。 

P1010134 きのういただいたもので、一番印象に残っているお酒は、これです。うさぎさんマークが可愛いモンテプルチアーノ・ダブルッツォです。赤・ミディアムボディのDOCワイン(イタリア)です。軽い口当たりながら、赤の醍醐味を十分にもったワインでした。

 そしてきのうのお話しで一番印象に残ったのは、O先生(わたしではない)の不動産取得です。ついにやってしまったようです。いやはやエライですね~。やはり、ローンを組んでこそ、一人前ですよね~。もっとも、この業界、なぜか不動産取得すると他大学からお声がかかる、というジンクスがあります。はてさて、O先生(わたしではない)の場合はどうでしょうか。わたしなど、この大学にずっといたいので、これからも官舎住まいです。(本当は金銭面における不都合が原因ですが・・・)。

 そしてまた自宅とは逆方向のタクシーに乗って・・・。

 【きのうのひと言】 二次会でのあねさんの「わたしを待たせないで!」も印象にありますが(もっとも文脈は忘れた・・・)、あえて教授会でのI先生( ← この色も簡単そうで難しい)の発言「若手って、いくつまでですか?」をあげておきます。お互い気になるお年頃ですものね。

 

2011年2月14日 (月)

財政民主主義と経済性

 つめたい雨が降っています。

 西南学院大学の石森久広先生からご高著『財政民主主義と経済性』(有信堂、2011年)をいただきました。謹んで御礼申し上げます。

 石森先生は大学院の先輩で、会計検査院の権限をはじめとする財政法学の当代随一の研究者です。もう3冊目の単著。わたしも見習わなければ成りません。

2011年2月12日 (土)

博士課程研究経過報告会。

 寒い一日でした。小雪がちらつきました。

 きょうは「博士課程研究経過報告会」なるお仕事で出勤です。勤務校の大学院博士課程の1年生が、博士論文を書くにあたっての構想やいままで研究してきたこと、そして今後の研究計画を報告する会です。わたしも指導している学生がいるので、報告会に出席しました。

 それにしてもキョービの博士課程では、博士論文の作成がシステマティックに義務づけられているのでしょうか。もっとも、よく考えてみると、これ、あたりまえのようにも思います。が、でも、わたしの頃はそうではなかった( ← これがおかしいのかもしれませんが)。少なくとも、システマティックではなかった。3年生のときに、エイヤッー、と博士論文は提出するものでした。もっとも、勢いだけでは書けないのですが・・・。

 いずれにしても、最近の学生は大変だなぁ~、と思いながら、いやっ、恵まれているのか?とも思いながら、お仕事しました。

 そのあと、著書の校正作業を進めました。校正は、一応、終わりまでいったのですが・・・、あと「はしがき」なるものを執筆しないといけません。ここには、この本を出版する目的やら、先生・みなさんありがとう、という謝辞を認めるのですが、なんだかきょうはもう疲れたので、あすにします。

 やっぱり、三連休は炎上してしまいました。そういえば、後期の採点、成績入力の締切が近いようで(わたしは終わった。もっとも講義科目なし)、昨日、きょうと、出勤されている先生も多いようです。炎上したのは、わたしだけではない模様。

2011年2月11日 (金)

2つのゲラ刷り。

 寒波再来のようですが、ここはちょっとだけ、寒いだけ。

P1010129 みなさま、よい連休をお過ごしのことと存じます。わたしは、ゲラを2つかかえていて、また休日炎上です。

 ひとつは、わたしの先生の近刊書のゲラ。出版に先立ち、読ませてもらいました。ただ、もうこっちは校正し、ちょっとコメントなど書いて、すでに送付ずみ。(ふぅ~)。

 もうひとつが、わたしの近刊書のもの。ちなみに、「近い」「遠い」は、あくまで“相対概念”です。この3連休はこれと格闘しなければなりません。しかも、あすは博士課程研究経過報告会なるものがあり、それに出席しなければなりません(この忙しいのに!)。

 わたしのゲラ刷り、パラパラっとみていたら、奥付のところに“2011(平成23年)3月10日第1版第1刷発行”とあります。ぎょえ~、ムリだって!

 【追伸】 きょうの熊日にわたしが登場しています(ふりがな、ほしかったなぁ~)。さぁ、どこでしょう。こたえは、きょうの熊日で!(なんだか“しつもん!ドラえもん”みたいになってしまった)。

 

2011年2月 8日 (火)

リレーエッセイの更新。

 きょうも、温暖か。なんだか黄砂な感じ。

 法学部HPの「リレーエッセイ」が更新されています。今回は、学生版と教員版、同時更新のようです。

 ここからどうぞ。

 まだ、続いていなんですね~(って、またひとこと多いか!)。

 そういえば、教員のなかには、センター試験世代/共通一次世代/一期校・二期校世代、と3世代が同居していますね。そのうち、もう数年で学界デビューをはたすであろう「平成世代」が加入してきます。ときの流れは速いですね~。

 学生のエッセイをみると、Y先生のまじめさがゼミ生に伝わっていることがわかります。わたしも来年度はもうすこし“締めぎみで”いこうとおもいます。

2011年2月 6日 (日)

修論審査準備。

 ここ数日、温暖な気温です。

 週明け早々に行われる修士論文の審査の準備のため、昨日も今日も、出勤です(勝手に出勤しているため手当なし)。

P1010126 ことしは3本の審査。例年3~4本なので、例年並みか、ちょっと少なめか。それにしても、いまは審査する側なので、審査される側よりは、やはり気が楽です。

 思えば修士のときが一番苦しかった(ということは、きっと充実していた)と思います。わたしの場合、大学院に行くことが決まった4年生の後期から、朝から英文を読み、そして余力で独文を読む、という日々が続きました。二カ国語勉強するのがいまでもスタンダードな大学院だと思います。(わたしの場合、学部と修士は同じ大学なので、学部生の頃から指導してもらえたことはよかった)。日本語もあやしいのに・・・英・独なんて・・・。そうこうしている間に、修論も書かなければいけなくなり、そして博士の受験と・・・。あぁ、もう二度と戻りたくない(きっと充実していた)日々です。あの日々を思い返すと、いまの堕落ぶりが・・・。

 修論を書くのは、本当にきっつい、ですよね~。でも読み返すと、ときにいまでは書けそうにない卓越した文章や論理展開が。やはり人間、きっつい状況の方がよいものを生み出せるのでしょうか。てなことを感じながら、もう1本読まないといけません。

2011年2月 4日 (金)

はやくも来たか。

 きょうも晴れそう。

 季と季ける「節分」が過ぎ、きょうは立春です。暦の上でも春なら、実際にも春のようです。

 ところでみなさん、恵方巻、食べましたか?わが家は一時期関西(の隅っこ)にいたことがあり、またなんとなく全国的広がりを見せているので、昨晩のご飯は恵方巻でした。(もっとも、無言状態で南南東をむいては食べていない)。

 という感じのなか、本日から勤務校では定期試験がはじまります。運命まではわけないが、それでも普段とは違う2週間です( ← これ、文科省的に書いてもよいのだろうか?)。また、教員側でも、普段の業務とは異なる“採点(と成績評価)”という業務が課されます。これ、けっこう大変なんですよね~。まぁ、わたしにはこの業務、後期にはありませんが。みなみなさまのご検討をお祈りしつつ、試験監督業務に従事いたします。

 おぉ、そうそう。タイトルのことですが、春になりはじめて、例のあれ、はやくも来ていませんか?わたしは、なんだか、目や鼻に、症状が現れているように感じます。ことしは例年よりも多いようなので、なんだかブルーです。

2011年2月 1日 (火)

もう2月。

 晴れましたね。ちょっと温暖?

 気がつけば、もう1月が終わりましたね。31日で講義が終わり、後期には定期試験を課す科目を担当していないので、あとはゼミと大学院の成績をつけるだけになりました。

 なんだか2011年がはじまったかと思ったら、もう1ヶ月が過ぎてしまいました。よく“時間が早く過ぎるときは充実している”といわれたりしますが、わたしの経験・感覚では、やっぱり早く過ぎたときには、ろくに仕事をしていないときが多いように思います。試みに1月にしたお仕事を思い出してみても・・・。

 長かった~、と感じるときの方が、成果が多いってこと、ありませんか。“2月は逃げる、3月は去る”なんて、いわれますよね~。そしてもう新学期、とならないよう、かきいれどきのはずのこの時期に、お勉強したいと思います。

 でも、ちょっと、のどが・・・。わたしの風邪はノドからか?何色のベンザでしょう?

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