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2012年4月 2日 (月)

共同幻想論

 温かくなっています。桜cherryblossom、満開です!みささま、健やかに新学期をお迎えでしょうか。わたしは、相変わらずのあっぷあっぷぶり。もっとも、新学期を健やかに迎えている大学人は、いまとなっては希少でしょうか。

 先日、といっても3月16日のことですが、「戦後思想界の巨人」いわれ、日本の言論界をリードしてきた吉本隆明さんがなくなりました。

 はずかしながら(ほんとうに恥ずかしい!)、わたしは吉本さんの書いたものを1冊も読んだことがありませんでした(こんな人でも大学に勤めることはできる。わたしだけかもしれない)。ということで、これを機会にちょっとは読まなければ、と再び思いました。

 「再び」というのは、BRUTUS という雑誌の2010年2月15日号が吉本隆明さんの特集を組んだのをみてからです。

 この週末には、2年前から“積ん読”になっていた吉本本のうち、角川ソフィア文庫から「改訳新版」としてでている『共同幻想論』をよみました。

 吉本さんは、ご自身の関心を民俗学や古代史学がとりあげてる対象と重なっているといいます。ただ、民俗学や古代史学そのものが関心なのではなく、つぎのようにいいます。

 「ただ人間にとって共同の幻想とはなにか、それはどんな形態と構造のもとに発生し存在をつづけていくのかという点でだけ民俗学や古代史学の対象とするものを対象としようと試みたのである。」(38頁)

 そしてみずからの国家論をほかのものと区別して、つぎのようにもいいます。

 「現在さまざまな形で国家論の試みがなされている。この試みもそのなかのひとつとかんがえられていいわけである。ただ、こかの論者たちとちがって、わたしは国家を国家そのものとして扱おうとしなかった。共同幻想のひとつの態様としてのみ国家は扱われている。」(39頁)

 わたしは講義で、“国家なるものは存在していない。各国家機関の行為を俯瞰してみたとき、わたしたちには、そこに国家が透けて見えているだけである。国家とは、わたしたちの頭のなかにあるゲシュタルトにすぎない。”と教えています。が、学生にはいま一歩、うまく伝わっていないとも感じています。それは、わたしの理解が乏しいからだと思うのですが・・・

 ということで、吉本さんが国家を「共同幻想」ととらえていることは以前から知っていたので、ちょっとヒントをいただこうと思って読みました。ただ、やっぱり難解でした。さきの BRUTUS の特集で吉本さんの次女・ばななさんが、父君のものを「難解だ」としながら、「『共同幻想論』は読みましたけど、ギリギリですね(笑)」とインタビューされているのをみて、わたしならしょうがないなぁ~、と自分を慰めた週末でした。

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