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2013年3月16日 (土)

からくり民主主義

Dsc_0541 sun 。満開も近そうです。

 高橋秀実さんの『からくり民主主義』(新潮文庫、2002年)を読み終えました。

 著者は「平和」、「平等」、「命」といったテーマをとりあげ、そこで語られている言説が、どうもおかしいと言います。本当は個人一人ひとりが存在しているのに、そこでの言説は「みんな」という主役がつくられ、それを「代弁」するかたちで繰りひろげられている、というのです。その例として「世論」、「国民感情」、「国民の声」などがあげられています。こうして、わが国での言論は、ときに「みんな言っている」、「みんな思っている」という後ろ盾を用意しながらなされている、と。本書の題名は「からくり民主主義」、これは“わが国には本当の民主主義が根づいていない”ということではなく、わが国の言論は、「民主」(みんな)というからくりのもとに存在している、という意味とのことです。

 「わたしの意見である」、「誰がなんといおうとも」・・・という発言は、わが国では、あまり好かれない言論なのかもしれません。でも、“わたしのものである”と明言しない言論ばかりでは、それこそ無責任主義ではないでしょうか。(もっとも、民主主義というのは、特定の者が責任を負わない、その結果、だれも責任を負わないことでしょうね)。

 ところで、「世論」「みんな言っている」・・・というようなマジカル・タームのひとつに「社会」というものもあります。わたしの先生は、こうした主体なきものをあたかも存在するかのように説くことは避けなければならない、と口酸っぱく言われていました。わたしの周りにある法学テキストでも、よく「社会(的)○○」というタームが使われています。たとえば「正義」、「弱者」、「権力」、「地位」・・・という言葉には、その頭によく「社会(的)」と付けられているものが散見されます。これ、どいう意味なのでしょうか。枕言葉?

 なんてことを考えながら、開成高校野球部を題材にした『弱くても勝てます』に引き続き、高橋秀実さんの本を読みました。

 

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