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2013年5月 8日 (水)

書斎の窓

 いや~、よく晴れていますsun。もう半袖でちょうどいい感じですね。

Dsc_0595 「読書」というほどでもありませんが、有斐閣さんのPR誌『書斎の窓』の今月号を読みました。法学部にいる先生に送っていただいているのだと思いますが、ときに興味深い記事もあるので、毎回、パラパラさせていただいています。

 今月号には、最近少し交流がある、東大の斎藤誠先生のご高著『現代地方自治の法的基層』についての書評がありました。斎藤先生のご本の方は、なかなか手が出なく、いまだ本棚の肥やしなのです。ただ、書評を読ませていただいて、やはりいずれは読まなければならない本だなぁ~、と感じました。

 また、たしか本学に赴任する直前の時期に、ある企画でご一緒させていただいた中島琢麿さんのご高著『沖縄返還と日米安保体制』の書評も掲載されていました。風の便りに大学にポストを得られたことは聞いていたのですが、立派な研究書を出版されたようです。

 この他にも、上智の名誉教授・澤田先生による「法学部教育の手直し」をテーマとした文集も目にとまりました。LS教育の衰退のなかで法学部の教育をどうすべきなのか、これから各地の法学部では議論が盛んになると思われます。この記事には、澤田先生独自のカリキュラム案が書かれていました。

 さいごに、一番、興味深かったのは、九大教授・野田先生による「割愛」をテーマとした文章です。表紙のすぐ裏にそれはあります。大学の教員は移籍のさい、赴任先の大学から現任校に対して「割愛」という手続をします。野田先生によると「割愛とは、転任により教員を失う大学の部局が行う、異存のない旨を通知する確認行為であり、法的意味はない」とあります。ようするに、「教員を持って行かれる部局にとっては(通常は)迷惑千万なことになるから、礼を失しないように、相手方大学の部局長が当該部局の了承を取り付けるという儀礼」です。(引用文中の「(通常は)」という留保はご愛嬌でしょうか)。

 大学教員の世界には、この「割愛」に象徴されるように「儀礼慣行」の根深く残っています。儀礼慣行、慣例を破ったりすると、「あいつはなっていない・・・」ということになります。なんだか、可笑しいですね。“進歩派”に限って、古式ゆかしかったり・・・

 ところで、この「割愛」、かつては部局長が割愛先にまで出向いて、先方の部局長に割愛状を手渡すのが慣例でした。わたしも最初の異動のときには、転任先の学部長先生に、この儀式をしていただきました。わたくしごときの異動手続のために丸一日もかけてA4紙1枚を大切にお運びいただき、非常に恐縮したことを思い出します。有り難い気持ちになりました。(そのわりには、3年半後、また異動してしまいましたが・・・。こういうやつが「あいつはなっていない・・・」の対象なのですね)。ただ、最近では、この非効率的な慣例を、まさに「割愛」して、郵送のようです。それはそれで、なんだか味気ないですね。

 と、『書斎の窓』の清々しさに反して「割愛」の話題などブログでしてしまいました。

 そういえば、そろそろ「教員の割愛について」が教授会の議題にのぼる時期ですね。

 

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