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2014年3月

2014年3月31日 (月)

もう一つの卒業式。

 くもり。

 きょうは、本年度「2回目」の卒業式の日です。レギュラー・シーズン(学期末に行われる定期試験)で合格して卒業単位を満たした学生は、先日、3月25日に卒業していきました。

 これに対して、惜しくもレギュラー・シーズンでは決められなかった学生には、ポスト・シーズン(再試験)で合格すると卒業が認められ(わが社では「追卒」とよんでいる)、その卒業式が、例年、3月31日に挙行されています。

 もっとも、卒業ということには変わりなく、3月25日には、判定も済んでいるので、卒業証書(学位記)は手に入れられないものの、その後の卒業パーティなどには出席している場合が多いと思います。先日のパーティに出席していたわがゼミ生のなかにも、きょう卒業の学生もいました。

 さっきそのうちの1人にあい、あすから仕事なので、これから東京行きとのこと。たしかに、31日の「追卒業式」に出席すると、大変だわね。

 ところで、こうした卒業再試験制度、いつからの制度でしょうか。わたしが現役生のときにはなかったと思います。その当時なら、1単位不足していたとしても、留年。なんだか、考えてみれば当たり前なのですが、きっと監督官庁の指導の下、どこかの段階で全国的に再試験制度が導入されたはずです。今まで勤務したどの大学にも、この制度がありました。

 大学は学生を甘やかしているわけではないと思いますが、それでも、大学生が勉強しなくなったといわれて久しい昨今(勉強しなくなったというのは、わたしの時代にも、いわれていましたが)、こういう制度のあり方も、再考の余地があると思います。そもそも、必修科目がごく僅かになっているのですから。

 とまぁ、この制度があったおかげで、わがゼミ生も救済されたわけで、それはそれで、めでたいことではあるのですが・・・。

2014年3月30日 (日)

研究会@九大。

 雨 → 曇り。

 きのう、九大の研究会にいきました。今回は(も)、報告を聴講するだけ。

 第1報告は、最近話題のヘイト・スピーチに関する昨年、平成25年10月7日の京都判決を題材としたもの。同判決は、名誉毀損、教育業務妨害に対する損害賠償額を加重するにあたり、人種差別撤廃条約を、民法・不法行為法のいわば法源としていると考えられる注目判決です。この点、控訴審でどのように扱われるのか、興味深いところです。

 第2報告は、中国の環境行政に関する博士論文報告でした。留学生が流暢な日本語で報告し、フロアーからの質問にも、適切に対応していく。それだけで、立派なものだ、と思いました。これからの展開次第では、大きな研究になっていくのでは、との予感を抱かせるものでした。

 そのあと、雨でしたが、博多駅近くの「手羽屋」さん(本店とのこと)に移動して、懇親会。九州にきて6年と半、ようやく、名前、存在を知っていただけたようで、アウェー感が薄らいできました。

 【業務連絡1】

20140403  ところで、もう来週早々にも、新年度になります。新入生は、もちろん、在校生も進級にあたり、各学年でガイダンスがあります。そのうちの、新3年生について、全体のガイダンスのあと、「大学院進学希望者」を対象としたガイダンスを企画しています。

 大学院といえば法曹、研究者という感じですが、近年、公務員採用にも「院卒枠」ができ、大学院進学 → 公務員 というルートもできつつあります。そこで、公務員を目指している人も、話だけは・・・という感じで、気楽に参加してほしいと思います。仮に話を聞いた後、自分にはやっぱり関係ない、と思ったとしても、そのこと自体、無駄なことではないと思いますので。

 【業務連絡2】

 同業他社様で「欠員募集」しています。よい学生を集めようとした「英断」が背景にあったと思われます。

http://www.niigata-u.ac.jp/top/pickup/260328_01.html

2014年3月26日 (水)

卒業式を終えて。

 あめ、涙あめか。

Dsc_0076 きのう、本学でも卒業式がありました。

 そのときの、学長先生の「式辞」です。

 ここからどうぞ。

 わがゼミの卒業対象者は19名。追卒の2名もいれて、無事、全員が卒業できました。

 なんだか、大学の卒業って、すごいですよね。小学校の卒業は6年の、中・高の卒業はそれぞれ3年の卒業という感じですが、大学の卒業は、通常、学校教育の終了ですものね。6・3・3・4で16年の学校生活。ほとんどの人にとって、物心ついたころは学校生活の最中で、それがなくなる。本当の意味で、大人になる、大人にならなければならない、そういう感じでしょうか。(学校生活継続中のわたしは、依然として、大人には成りきれていないのですが)。

Dsc_0077 ということで、卒業生が去ったあとの、きょうの熊大です。桜が咲いています。入学式までは、もちませんね。熊大の桜は、卒業生用です。

 そういえば、きのう、夕刻に学内で「祝賀会」があり、そのさいに掲示されていた、わたしの卒業生宛メッセージです。学長先生のような立派なものではありませんが。

  卒業式が終わったので、つぎは、新入生を迎える準備です。そして、春本番、というところでしょうか。

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2014年3月22日 (土)

概説書出来!(でも、まだ半分)

 はれ!

1071 近頃、お騒がせしたいた概説書、ようやく刊行されました。4月からの講義で使用します。自分の本を教科書にするとは、夢にも思っていませんでした。

 ただ、書き上げてみて、あらためて、師の高い壁を感じました。まだまだ、“三蔵法師の掌で踊る孫悟空”状態というところです。師の本と同じ出版社、同じ編集担当者、(であるからか)、ひらいてパッと見た感じもよく似ているような・・・、で、よりこういう感覚に陥ります。

 師の高い壁を超えることは、わたしにはできない、と思います。それでも、その壁に小さくとも風穴をあけていく。それが、わたしにあと20余年ほど残された学者生活の課題です。

 ということで、わたしは、本書で、学界にわが憲法体系を問う、なんて大それたことは思っていません。読者も、わたしの講義の受講生がほとんど、という状態でしょうから。

 ところで、この拙著、わが社に所属する先生、皆様に献本いたしました。それは、日頃からお世話になっていることにくわえて、是非、拙論を批判的(肯定的も含めて)に評価していただきたい、と思ったからです。そして、「憲法で○○と聞きましたね、あれをより詳しくいうと△△ということです」とか、「憲法では××といっているが、わたしはそう思わない。◎◎だと思うけど、みんなはどう?」とか、学生の前で語ってほしい、そして、わたしも、その見解を聴き、また思考を深めたい。そう思っています。

 政治や経済の先生方にもお渡ししました。憲法学は、政治学や経済学の上に成り立っていますので。

 わたしの本を読むほど暇な人はいないと思います。が、是非、パラパラしてもらって、目についたところだけでも、お読みいただければ、と(お目汚しではありますが)。わが社の先生の知見も頼りに、改訂の際には、師の壁に向かいたいと思っています。

 それと、通常は、他人から本をもらうと、それなりの御礼を(ときに封書や葉書等で)述べる作法があると思うのですが、わたしに対しては、不要です。御礼をいわれることに、慣れていませんので。ただ、返品も不可です(笑)。不要になったら手放し易いよう、「タメガキ」もしておりません(これをすると、価値が落ちるそうなので・・・笑)。

 なんだか、同僚先生宛のブログになってしまいました。同僚先生は、どの程度、このブログを見てくださっているのか知りませんので、この思いは、あまり伝わらないかもしれませんね。

 

2014年3月20日 (木)

教授会、送別会。

 きのう、送別会だったということで、きょうは、涙雨でしょうか。

 月の第3水曜日ということで、きのうは、教授会がありました。入試の合否判定や再試による追卒業判定とともに、新年度の委員会業務の布陣も発表されました。

 そこでわたしは、通常の委員会にくわえて、投票で選ばれる委員にまで選出される始末。通常の委員会は応分の負担ですが、投票で選ばれるものになってしまうなんて、もう、終わっている。これは、目立っている証拠でしょう。ひじょ~~に、よろしくない。気配を消す修行が必要。

 夜は、3月で定年を迎える先生の送別会でした。学部では、ことしも30年以上にわたって奉職された先生が、わが社を去られます。LSでも、設置以来、活躍されてきた先生が。わが社とLSも、ここにきて、転機をむかえている予感がします。

 そのあと、いつものように二次会。わたしにツイッター自慢(って、たいしたことつぶやいていませんが)炸裂(でもなかったか)。大学業界は、4月はじまり3月〆のサイクルなので、3月の教授会が終わると、1年の業務が終わった感じがします。ということで、いつもの愚痴大会(笑)。

 気づけば、もう、20日。うぇ~~、な気分です。研究しなければ、講義準備しなければ・・・と、気持ちがとても焦る、いつもの年度末です。

2014年3月18日 (火)

業務連絡。

 暖かくなってきました。でも、これから、三寒四温っていうやつ、あるのでしょうね。

Dsc_0047 ところで、【業務連絡1】。桜、開花しています。 卒業式あたりが、ちょうどでしょうか。いつものように、入学式までが、またないでしょう。

 ということは、熊本城あたりも、そろそろでしょでしょうか。

 で、【業務連絡2】。出版社のHPに拙著の概要が紹介されています。

 ここからどうぞ。  

 まだ実物は手にしていないのですが、昨日(17日)には、各地にむけて、配送されているとのこと。

 

2014年3月16日 (日)

雑感。

 sun
 3月も中旬となり、そろそろ「先」のことを気にしないといけない感じに。新年度、講義開始は4月の第2週なので、あと3週間で、春休みもおしまいです。
 ここまでの春休みをふり返ると、まず、研究面では、概説書の出版が間近です。ただ、これは、この春休みの仕事ではありません。それよりも、このたび出版されるのは、憲法全体のうち、基本権に関する部分だけです。つまり、概説書のお仕事は、まだ、半分しか終わっていません。ということで、この春休みには、統治論を、ある程度は、書かないといけないのですが・・・。「遅々として進む」という感じでしょうか。 さらに、今年の年末のは、師匠の記念論文集の〆切があるので、それとの兼ね合いからも、概説書、できるだけ進めておきたいところです。
 つぎに、そろそろ新年度の準備が気になる頃になりました。ということで、講義準備をしないといけないのですが・・・。とくに、新年度は自分の本を教科書指定するので、それなりに講義ノートも改訂しようかと。少しは、はじめました。
 そのほかにも、やりたいことがあったはずですが・・・、研究室の本や資料の整理とか、積読本を読むとか、精神鍛錬とか・・・、これらは、現状では「遅々として、進まず」というところでしょうか。
 残された3週間、よい準備をして、新年度を迎えたいところです。

1071 出版社のHPでみつけました。

 この表紙、どんなイメージですか?

2014年3月15日 (土)

ミュンヘン

 春だろう。

 DVDライブラリー(っていうほどたいそうなものではないが)にあった、ミュンヘンを観ました。スピルバーグ作品。

 ミュンヘン・オリンピック開催中におこったパレスチナ・ゲリラによるイスラエル選手襲撃事件を契機とした、アラブとイスラエルの対立が舞台。テロに対する報復、そして、その復讐のなかで、家族、同胞、祖国、そして、国家とはなにか、が描かれています。パレスティナ問題なんかには、とんと疎いわたしにも、楽しめるDVDでした。

 同胞殺害に対して、復讐という形態で応じる国家。その国家=政府から、存在しない人間とされた主人公が、それでも、祖国、仲間のために、ミッション(暗殺)を遂行します。ただ、ひと段落ついて、家族のもとに戻っても、安らぎは得られません。家族には慰めてもらえるのですが・・・

 家族と共になら明日の命がわからなくても安らぎがある。でも、ひとたび暗殺に手を染めると、そのあとに得た家族との生活には安らぎは、ない。なんだか、考えさせられるものがありました。

 また、政府から存在しない者とされたので病気には気をつけろ(医療保険が効かないので)とか、暗殺という大そうな命を下しておきながら、経費の領収書を依頼する政府といった、ときにウィットの効いた描写もありました。

 なんだか、ふっ、とした拍子に観てしまいましたが、大作でした。

 

2014年3月12日 (水)

 晴、後期入試日でした。

 第150回の芥川賞を受賞した、小山田浩子さんの「穴」を読みました。

 穏やかな読みやすい文体でした。それでも、主人公が落ちる「穴」が意味していることは、わたしにはわかりませんでした。

 今回の芥川賞は、150回の「節目」ということで、文藝春秋の3月号は、受賞作、選評の他に、選考の舞台裏や受賞作家の本音を伝える特集が組まれていました。

 「文壇」というと、とっても遠~い存在で、とっても恐~い人の集まりかと感じていましたが、本当は、人間味のあふれる人びとの集まりのように感じました。選考の会合でも激論交わされることもあるそうですが、そのことを思い出深く明らかにしてしまうところなど、お互いを認め合う存在なのだぁ~、と。こうしてお互いをリスペクトしあう人たちが支えているソサエティーって、いいですね。「文壇」のイメージが変わった特集でした。

 ところで、記念特集のひとつに、宮本輝さんと村上龍さんによる「選考委員特別対談」があります。そのなかの宮本さんの発言に、つぎのようなものがありました。

 「才能のある書き手には、自分でもうまく言葉で表現できない、マグマみたいな体内から噴出しようとするものがある。たとえそれが的確に描写されていなくても、行間から滲み出てくるんですよ。それをおそらく文体というんだと僕は思う。・・・不思議なことやけど、文章というのは実際に文字で書かれていないことまで読者に想起させますからね。」(259頁)

 なんだか、宮本輝さんにこう思わせる文章って、すごいですね。ところで、学問の世界でも、学術論文となると行間を読ませるというのではなく、ゴリゴリの論証を積み上げることが必要だと思うのですが、概説書の類となると、行間を読ませるような文体にしないと、疲れてしまうように思います。少ない言葉で、その先までイメージさせないと・・・。読み手に「もっと勉強したい」と思わせる文章は、辞書のようなものではなく、「行間になにかある」文章だと思うので・・・

 なんてことを、宮本輝さんの発言を読んで思いました。

2014年3月10日 (月)

同期会、20年ぶり。

 曇り空。
 先週末、沖縄にいました。大学の同期会に、出席したのです。
 1年以上前、同期のなかでも、親しくしてもらっていた友人から、卒業後、はじめてメールをもらいました。突然のことだったのですが、懐かしくて、嬉しいことでした。簡単な近況報告と、わたしのアドレスを知った経緯のなかに、来年の(つまり、ことしの)3月8日に同期会をする、との案内がありました。
 これまた、嬉しいお誘いでした。さっそく、1年後の予定に入れていたところ、遂に当日になった、というわけです。
 案内をもらってから、参加したい気持ちでいっぱいだったのですが、同期の皆さんに会うのに、ためらいもありました。わたし、大学時代(いまでも、ちっとも、変わっていないのですが)、気位だけ高く、付き合いにくい人間でした。遠くから沖縄まで来たわりには、沖縄に馴染もうともせず。なんだか、気を使ってもらっていたと思うのです。今回、こうして同期会に誘ってもらって、嬉しい反面、あわす顔もないと・・・
 卒業後、はじめての、同期会でした。沖縄でも、同期で顔を合わせたことも、ほとんどないとのこと。ぞれぞれが、20年ぶり。卒業式の、あれ以来。
 長いようで、短かったと感じた20年。男子は頭とお腹に過ぎた年月が、女子は・・・(以下、自粛)。あの頃に戻った、とはいいませんが、それでも、仕事のこと、子どものこと、有り難い時間でした。
 みんなが、それぞれ就職したあと、わたしは修士まで行って、2年後に、広島の博士課程に進学。沖縄を離れました。妻が沖縄の人なので、沖縄自体にはたびたび行くのですが、なんだか、沖縄に行くと切ないのです。それは、沖縄に「忘れ物」をしているからです。
 沖縄での忘れ物、それは、同期の人たちに別れを告げずに沖縄を離れたことです。あんなによくしてもらって、感謝も言わず。
 今回、この忘れ物だけは、とり戻そうと思っていました。でも、なんだか、言い出せなくて。また、忘れてしまいました。ただ、こんどは、また会える。そのうち、どこかで、また会える。そんな気がします。
 その日がいつなのかわかりません(また、20年後?、笑)。いつでもあえるように、そのときがいつでも大丈夫なように、日々、精進して待ちたいと思います。

2014年3月 6日 (木)

WG → 飲み。

 くもり。

 きのう、教授会のあと、法学部の将来を語るWGの会合をしました。昨年7月から、現状を展望を語って、はや8か月。ようやく最終段階まできた、と思います。

 きのうは、研究環境を充実させるためにはとか、学生支援策とか、法学・政治学・経済学の関係性について、爆論(笑)。とくに、国立大法学部として希少種(奇行種ではない)である経済学を学べる法学部であるわが社としては、この長~所をどう行かせていけるか。なんとか、かんとか・・・

Dsc_0023 という感じで、終了後、「飲み」。熊本・上乃裏の餃子屋さん“弐ノ弐”さんへ。

 ここでは、「こんなWGやって、俺たち、目立ってね~」という話題に。目立つ、あぁ、一番いけないこと。とにかく、仕事面では、ヒッソリ、していたいところ。

 ただ、この3月に報告書を出せれば、それで、市井の記憶から薄れていくには、そう、時間がかからないとは思います。

Dsc_0025 そのあと、同じく上乃裏の“SUNNY”さんに。

 ここでも、来年度の「委員会業務」(大学、学部を支える管理運営業務)の人員配置の憶測とか、つぎは、いつ、わが社のウェブ・ページが更新されるのか(「いま」ではなさそう)とか・・・

 そうそう、わが社もSNSに参戦したらという話題も。

 まぁ、われわれレベルは自由奔放にしゃべれますが、上に立っている人たちは、やっぱり、大変なわけで。いろいろ諸事情もあるでしょうし・・・。

 という感じで、僅かに、午前様。

 

2014年3月 5日 (水)

答練会のプリントを掲載しました。

 ようやく、雨、上がったか。

 ところで、昨日で最終回だった答練会(H25)の配布プリントを Web-CT に掲載しました。

 答練会で扱った、裁事、国税・財務試験の予想問題10問のポイントと解答、それと、オマケとして、いくつかの答案例と、国税・財務の予想問題をつけています(といっても、1問だけ)。

 答練会で扱った10問から出題されることを、切に、願っています。が、外れることもあるので、本番では、冷静になってありったけの知識を絞り出して、一語、一語、試験用紙に記載するように。

2014年3月 3日 (月)

哲学者が走る

 快晴!花粉~。

 週末の鉄路、マーク・ローランズ著『哲学者が走る 人生の意味についてランニングが教えてくれたこと』(白水社、2013年)を読みました。本当は、熊本城マラソン前に読もうと思っていたのですが・・・

 本書は、「人はなぜ走るのか」という問いについて、アリストテレス、プラトン、ショーペンハウアー、シラー、サルトル、ハイデガーなどの、哲学者や思想家の言説をとり入れながら説いたものです。そして、著者は、何かのために走る(これでは、走ることは「道具的価値」しかないことになりますが)のではなく、走ること、それ自体に「固有の価値」があるから走るのである、と答えています。走ることには、そのこと自体の「内在的価値」がある、というのです。

 では、その走ることの「固有の価値」、「内在的価値」とは何か。それは、走る過程において、人生に内在する価値が姿を現し、あるいは、その姿を知らせる、とします。実は、こうした価値は若い頃には知っていたはずである、とも言います。そのかつて自分が知っていた人生にとって重要なことをとり戻そうとすることに、走るということは関係していると。

 む~、さすがは哲学者。わかったようで、わからないような~~。

 ということで、いつものように、わたしが、ほほっー、と感じたところを。

 まず、わたし、ランニング中になにか思いつくことがあるのですが、それについて「思考というものは、すでに用意されているときにだけやって来る」(71頁)といいます。読み進めると、「規則的なリズムをきざむと、左の前頭部皮質、左の頭頂皮質、および右の小脳が活性化される。この活性化の部位と同じくらい重要なのが、その周波数である。この周波数はガンマ帯、つまり25~100ヘルツであるが、典型的には40ヘルツである。ガンマ振動における最適な情報処理の鍵で、注意とか、おそらくはまた意識体験のようなプロセスの基礎をなすと、考えられている」ともいい、この40ヘルツ前後のリズムをランニングは刻みやすいのである、と。

 ええっー、ホンマかいな?と思いつつも、そうならいいなぁ、と感じつつ、また、“走ること”と“書くこと”について、

 「書くということは、輝き、閃光を放ち、きらめく考えと遊ぶことなのである。・・・とはいえ、書くことは、従来の意味での楽しみとはほとんど関係がないか、まったくない。それよりも拷問に似ていることが多く、キンセールの坂を駆け上がるようなものだ」(121)と。

 キンセールの坂というのは、著者のランニング・コースにある難所のこと。著者によると、走ることと書くこととは、よく似ているのでしょう。それは、何かのためではないのです。その営為に没頭することで「とり戻せる」ものがある、ということでしょう。

 たしかに、わが文章ながらよく書けているなぁ~と思う部分、あとから歩くとこんな坂、よく走ったなぁ~という場所、あれは、「書く」、「走る」という継続的行為のなかで一種の「トランス」状態、あるいは、なにかが「降りてきた」状態であったからの、仕業なのでしょう。スイッチひとつでその状態になれればいいのでしょうが・・・

 ということで、本の紹介なのか、それとも、勝手なたわごとなのか、いつものようによくわからないブログになってしまいました。

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