無料ブログはココログ

わたしの著書

  • 憲法Ⅰ 総論・統治機構論
  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
  • ロールズの憲法哲学

« 最終講義の告知。 | トップページ | 答練会のプリントを掲載しました。 »

2014年3月 3日 (月)

哲学者が走る

 快晴!花粉~。

 週末の鉄路、マーク・ローランズ著『哲学者が走る 人生の意味についてランニングが教えてくれたこと』(白水社、2013年)を読みました。本当は、熊本城マラソン前に読もうと思っていたのですが・・・

 本書は、「人はなぜ走るのか」という問いについて、アリストテレス、プラトン、ショーペンハウアー、シラー、サルトル、ハイデガーなどの、哲学者や思想家の言説をとり入れながら説いたものです。そして、著者は、何かのために走る(これでは、走ることは「道具的価値」しかないことになりますが)のではなく、走ること、それ自体に「固有の価値」があるから走るのである、と答えています。走ることには、そのこと自体の「内在的価値」がある、というのです。

 では、その走ることの「固有の価値」、「内在的価値」とは何か。それは、走る過程において、人生に内在する価値が姿を現し、あるいは、その姿を知らせる、とします。実は、こうした価値は若い頃には知っていたはずである、とも言います。そのかつて自分が知っていた人生にとって重要なことをとり戻そうとすることに、走るということは関係していると。

 む~、さすがは哲学者。わかったようで、わからないような~~。

 ということで、いつものように、わたしが、ほほっー、と感じたところを。

 まず、わたし、ランニング中になにか思いつくことがあるのですが、それについて「思考というものは、すでに用意されているときにだけやって来る」(71頁)といいます。読み進めると、「規則的なリズムをきざむと、左の前頭部皮質、左の頭頂皮質、および右の小脳が活性化される。この活性化の部位と同じくらい重要なのが、その周波数である。この周波数はガンマ帯、つまり25~100ヘルツであるが、典型的には40ヘルツである。ガンマ振動における最適な情報処理の鍵で、注意とか、おそらくはまた意識体験のようなプロセスの基礎をなすと、考えられている」ともいい、この40ヘルツ前後のリズムをランニングは刻みやすいのである、と。

 ええっー、ホンマかいな?と思いつつも、そうならいいなぁ、と感じつつ、また、“走ること”と“書くこと”について、

 「書くということは、輝き、閃光を放ち、きらめく考えと遊ぶことなのである。・・・とはいえ、書くことは、従来の意味での楽しみとはほとんど関係がないか、まったくない。それよりも拷問に似ていることが多く、キンセールの坂を駆け上がるようなものだ」(121)と。

 キンセールの坂というのは、著者のランニング・コースにある難所のこと。著者によると、走ることと書くこととは、よく似ているのでしょう。それは、何かのためではないのです。その営為に没頭することで「とり戻せる」ものがある、ということでしょう。

 たしかに、わが文章ながらよく書けているなぁ~と思う部分、あとから歩くとこんな坂、よく走ったなぁ~という場所、あれは、「書く」、「走る」という継続的行為のなかで一種の「トランス」状態、あるいは、なにかが「降りてきた」状態であったからの、仕業なのでしょう。スイッチひとつでその状態になれればいいのでしょうが・・・

 ということで、本の紹介なのか、それとも、勝手なたわごとなのか、いつものようによくわからないブログになってしまいました。

« 最終講義の告知。 | トップページ | 答練会のプリントを掲載しました。 »

読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/499918/55216393

この記事へのトラックバック一覧です: 哲学者が走る:

« 最終講義の告知。 | トップページ | 答練会のプリントを掲載しました。 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31