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2014年3月12日 (水)

 晴、後期入試日でした。

 第150回の芥川賞を受賞した、小山田浩子さんの「穴」を読みました。

 穏やかな読みやすい文体でした。それでも、主人公が落ちる「穴」が意味していることは、わたしにはわかりませんでした。

 今回の芥川賞は、150回の「節目」ということで、文藝春秋の3月号は、受賞作、選評の他に、選考の舞台裏や受賞作家の本音を伝える特集が組まれていました。

 「文壇」というと、とっても遠~い存在で、とっても恐~い人の集まりかと感じていましたが、本当は、人間味のあふれる人びとの集まりのように感じました。選考の会合でも激論交わされることもあるそうですが、そのことを思い出深く明らかにしてしまうところなど、お互いを認め合う存在なのだぁ~、と。こうしてお互いをリスペクトしあう人たちが支えているソサエティーって、いいですね。「文壇」のイメージが変わった特集でした。

 ところで、記念特集のひとつに、宮本輝さんと村上龍さんによる「選考委員特別対談」があります。そのなかの宮本さんの発言に、つぎのようなものがありました。

 「才能のある書き手には、自分でもうまく言葉で表現できない、マグマみたいな体内から噴出しようとするものがある。たとえそれが的確に描写されていなくても、行間から滲み出てくるんですよ。それをおそらく文体というんだと僕は思う。・・・不思議なことやけど、文章というのは実際に文字で書かれていないことまで読者に想起させますからね。」(259頁)

 なんだか、宮本輝さんにこう思わせる文章って、すごいですね。ところで、学問の世界でも、学術論文となると行間を読ませるというのではなく、ゴリゴリの論証を積み上げることが必要だと思うのですが、概説書の類となると、行間を読ませるような文体にしないと、疲れてしまうように思います。少ない言葉で、その先までイメージさせないと・・・。読み手に「もっと勉強したい」と思わせる文章は、辞書のようなものではなく、「行間になにかある」文章だと思うので・・・

 なんてことを、宮本輝さんの発言を読んで思いました。

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