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2014年5月

2014年5月31日 (土)

地域に学ぶ憲法(Part. 1)。

 本ブログの読者各位におかれましては、時下、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。ということで、「告知」を。

20140617
 熊本大学法学部では、以下の日時に、憲法シンポ「地域に学ぶ憲法」を開催します。

 日時:2014年6月17日(火)、14時30分~16時00分。

 場所:B1講義室。

 わたくし、常々は、標準的な憲法教科書(といいても、自著ですが、)を使用して、標準的な憲法講義をしております(自称ですが、)。そこでとり上げる憲法判例、憲法理論は、きっと、全国のどの憲法講義でもほぼ同じものである、と思います(この意味での、標準的教科書・標準的講義)。

 ただ、そこでとり上げられている憲法裁判、憲法問題は、それぞれ、個別の「地域・地方」で発生しています。でも、いわゆる標準的憲法論は、本当は上のような法的紛争が実は個別の「地域・地方」で発したものであるという事情を捨象したなかに、普遍的憲法理論をみようとしています。ところが、実は、ここで捨象された、捨て去られれしまった「地域・地方」の固有の事情にこそ、当の法的紛争の本質的な意味を理解するための重要な視点が提供されているのではなかろうか。

 こうした視点から書かれた本に、2011年に日本評論社から出版された『地域に学ぶ憲法演習(新井誠・小谷順子・横大道聡編著)があります

 「地域・地方」に固有の事情のなかで生じた憲法問題から、その特殊事情を捨象してしまった憲法議論は、現実性に欠け、したがって、逆に普遍性が弱められているのではないか、というのです。

 6月17日(火)4限の「憲法シンポ」では、上の『地域に学ぶ憲法演習』の編者、著者である3名の先生(新井誠先生、木下和朗先生、横大道聡先生)をお招きして「地域・地方」の特殊事情をと普遍的な憲法の議論を架橋する試の一端を、お話いただこうと思います。

2014年5月28日 (水)

ゼミ会@よねビアー。

 快晴!の雰囲気。おはようございます。

Dsc_0259 あさから、刺激的な看板ですが、昨晩、3年生のゼミ生と「ゼミ会」しました。

 会場は、安政町リボン館2Fの“よねビアー”さん。公私ともに、はじめてのお店でした。店内、少し、レトロ感あり。お料理も学生が満足する内容のものでした。

 ところで、この3年生、多くのメンバーは、公務員受験組。わが社の公務員受験者は「コーザ」と通称される公務員講座を受講しています。これ、つい最近はじまり、授業期はおもに平日の夕方から夜にかけて、実施されています。ということで、昨晩は、公務員組は21時10分までコーザをうけての参加、あと1名はキプロス選観戦後、もうひとりは「大人の学校」(介護系のビジネスらしい)でインターン後の参加ということでした。みんなそれぞれに目標に向かいつつ、まだ、楽しい時期という感じでしょうか(とくに、キプロス戦)。

Dsc_0255そうそう、もう一名、ゼミ生がいます。早朝の愛馬のお世話で、コーザの後の「飲み」は、さすがにきついとのこと。生き物、それも愛馬相手なので、それも仕方なしでしょう。次の機会には、もう少し早い時間帯での開催が叶うといいなぁ、と思います。そのときには、画像のような、キンキンに冷えたおビールを。

 ことしのわがゼミ生は、4年生17名、3年生12名です。わが社に赴任して、いまの4年生が6期目、3年生が7期目のゼミ生になると思います。そして、この4年生と3年生は、演習中の発言を聞いていても、また、こうした集まりの雰囲気を見ていても、とくによい学生が集まっていると思います。学生のお蔭で、わが社でも上質のゼミになっていると思います。4年生にとってはいまが正念場。3年生にとってはいまはある意味で迷いの時期かもしれません。わたしにできることは僅かですが、せめて、気休めのおしゃべり相手ぐらいにはなりたいと思います。

Dsc_0258 ということで、デザートです(まだポン酒もあります)。クリームブリュレをいただきました。先に届いた2人にはバナナが上にのっていたはず・・・。かわいい子にはサービスがあるのだろうか。







2014年5月25日 (日)

週末。

 くもり、薄ら、晴。

Dsc_0224 きょう、娘の通っている小学校で、運動会がありました。

 運動会といえば、秋の10月10日の体育の日では、と思いますが(昭和か!、昭和だ!)、ここでは毎年、春に運動会をしています。

Dsc_0245 4年生の「出し物」(?)は、エイサー。ここ、熊本の地で、なぜ?なんて思いますが、まぁ、細かいことはいいのでしょう。「あんたがたどこさ」では、様にならないのでしょうか。それにしても、エイサー、上手でした。

 ということで、上は、今年のわが家のお弁当です。コリラックマ、リラックマ、嫁が一生懸命、作っていました。

Dsc_0215 「週末。」という題のブログということで、時間的には前後しますが、土曜は光の森界隈に行きました。ランチは「龍の家」さんというラーメン屋さんで。なんだか、ラーメン、久しぶりでした。

Dsc_0216 いただいいたのは、「とんこつ、こく味」のチャーシューメン。まだ、ラーメン初心者なので、ただ美味しいとしか言えませんが、美味しかった!もやしやピンクショウガをいれて、味のアクセントを変えたりもしました。

 という感じの週末。これから娘が帰ってきたら、外食予定です。

2014年5月22日 (木)

縦書きか、横書きか、それが問題だ。

 まぁ、晴れ。

Dsc_0214 きのう、教授会後、わたしの誕生会、おっと違った、教員の雑談会、おっとまたまた違った、教員交流会がありました。わたしがゼミ生からもらったシャトー・バーモンを差し入れました。

 昨晩のネタのひとつに、論文は縦書きか、横書きか、がありました。教授会に付随した「紀要」(学部教員の論文雑誌)に関する会議で、掲載原稿の「縦書き統一」が提案されたのです。

 昨今の法学論文、公文書のA4横書きへの変更以来、横書き論文が随分と増えました。概説書、教科書の類も、もう、ほぼ横書きです。わたしの『憲法Ⅱ』(有信堂刊)も横書きです。

 というような、横書きの一世風靡をうけて、わが社の紀要(熊本法学)は、縦横混在している状況です。また、同業他社様でも、同じような状況にあります。これ、たしかに、見た感じは美しくありません。

 というような状況下での「縦書き統一提案」。わたしとしては、掲載される論文が縦でも横でもいいのですが。内容に影響あるとは思えないので。 まぁ、たまにしか論文書けないので、そのときくらい、編集委員会の指示に従おうと思います。

 でも、法学論文、より一般的に、日本語論文、いまの時代、統一するなら、縦でしょうか、それとも、横でしょうか。もう横になれてしまったから横か、とか思いますが、それでも、縦の方が「格調高い」ようにも思います。「復古的」でしょうか。でも、体系書に横書きが出てきたとこいには、相当、違和感があったように思います。のど元過ぎれば何とやら、でしょうか。

 縦か、横か、あぁ、どっちでもよさそうだが、では、どっちだ?

2014年5月21日 (水)

行間を読む意義。

 清々しき、あさ(から、ブログ)。

 よく「教科書を3回読みなさい」といわれます。3回、1回でわからないとは思うけど、暗記するには3回というのは少なすぎるしーー、とか思います。でも、よく「3回読みなさい」といわれます。どうしてでしょうか。

 これは、わたしなりに解釈すると、「教科書は行間を読まなければダメだ」というのと同じ意味だと思います。教科書を書いてみて思うことは、そこに理詰めですべてのことを書ききることはできない、ということです。この点、研究論文とは、随分と違います。もっとも、研究論文でさえ、すべてを書ききることはできないのかもしれませんが。

 ということで、教科書、概説書の類は、行間にさまざまな「余韻」、「伏線」のようなものが「書かれている」(!)のです。そこを読み取るためには、最低3回は、ということなのだと思います。1回目では文字を負うことで精いっぱいだった読書が、回を重ねるたびに、読み手の日常生活で得ていた「知識」とか「考え」とかいうものと書物に書かれた意味、意図が重なり、行間が「パーーっと」浮かび上がる・・・。ああーー、学問って、楽しーーー。

 ちょっとドン引き気味かもしれませんが、上のようなこと、わたし、何回か経験したことがあります。昨年までわたしは、師匠の本を教科書にしていたのですが、その本は、原稿段階でも読ませてもらい、それを使った講義にも参加させてもらい、その後、自分でも講義準備のために読むということを繰り返していました。回数でいうと、きっと、10回は、通しで読んでいるはずです。それでも、その度に、ぎょぎょ・・・、と思う発見がありました。何度も膝をたたき、あぁ、先生はこういうことを言っていたのか、そう考えていたのか・・・、この段階を超えると、まてよ、この説明はうまくいっていないのでは・・・なんてことを感じたり。

 さて、わたしの「教科書は3回読め論」では、権威も有難さもありませんので、是非、高橋和之先生の『立憲主義と日本国憲法』(最新は第3版、有斐閣、2013年)の最後「学習の手引き」を読んでください。そこには、高橋先生の「教科書は3回読め論」が書かれています。

 ということで、今年から、わたしは、自分の本で講義しています。受講生には、是非、教科書を3回は読んでもらいたいと思います。と、同時に、実は、ひとつの疑問をもっています。この読む回数を重ねると「行間が浮かび上がる」という現象、当の著者にも起こるのでしょうか。「おお、そうだったのか」、「著者はそう考えていたのか」と、著者本人が感じるのか。これは、概説書を書いたことのある人にしかできない「実証研究」だと思うので、やってみる価値ありそうです。

2014年5月17日 (土)

潮干狩り@長浜海岸。

 くもり。いつもなら「くもり」というのは中途半端な天気ですが、きょうのわが家にとっては、絶好の天気。

Dsc_0198 なぜなら、潮干狩りに出掛けたからです。潮干狩り、雨では残念ですが、日光があるとそれはそれで、キツイ。ということで、潮干狩り日和。

 宇土市、熊本からなら宇土マリーナ手前にある、長浜海岸に行きました。

Dsc_0197 1時間半ぐらい、腰イタイイタイといいながら、わが家の3人での収穫です。

 ところで、この貝の山には3種類の貝があります。貝の殻に縦横の溝があるのが「あさり」。一応、これを目当ての潮干狩り。殻に横の溝だけあるのが「ウバガイ」。僅かしかなく、大きさは小さいものですが、すべすべの殻が「ハマグリ」です。

 このうち、あさりとハマグリは、3~4時間、海水で砂を吐かせれば、調理可能とのこと。ただ、ウバガイは一晩海水につけたあと、ボイルして、さらに潮吐きさせてから調理するとのこと。でも、お酒のみにとっては、ウバガイの方が美味しいとのことでした。

Dsc_0201 ということで、ひとしきり潮干狩りしたあと、宇土マリーナ「おこしき館」(道の駅)にいって、アイス・ソフトをいただきました。右は網田(おうた)ネーブルソフト、左はイカ墨のアイスです。潮風にあたったあとの嬉しい栄養でした。

2014年5月12日 (月)

阿蘇合宿。

 あめ。

 一昨日、昨日と、恒例の1年生阿蘇合宿がありました。

Aso2014_2 ← これが、概要を記した「しおり」の表紙です。なんだか、幼少の頃の遠足を思い出します。

 この合宿は、毎年、法学部行事実行委員会という「半官半民」の組織が、企画・運営のすべてを「仕切って」くれています。この「行実」、1年生を引き連れての合宿やスポーツ大会、そして、卒業生を送り出す祝賀会等、法学部を盛り上げる諸行事を実施してくれています。いまや、法学部教育に欠かせない、頼もしい存在です。

 今年も、この「行実」運営により、1日目は教員・上級生との懇談会と「熊法クイズ大会」、そして、2日目は阿蘇ファームランドからの「熊法大運動会」と、新入生を歓迎する最後の行事に相応しい企画が実施されました。1年生も友達が増え、そして、教員とも話す切っ掛けになったと思います。

 ところで、こうした学生組織、そして、それが主体となって実施する合宿研修のようなもの、全国の大学では、いまはなかなか難しくなってきていると思います。かつてはこうした行事が学生中心で実施されていたと思うのですが、学生気質も時代に応じて変化するなか、いまでは大学が何らかの形で関与して、何とか存続させているというところも多いはず。それからすると、わが「行実」、法学部の誇れる学生組織でもあると思います。

 ということで、わたしも1日目の土曜日と2日目の日曜日(の朝まで)、参加させてもらいました。学生がしっかりしているので、夜は、飲む、打つ、(買ってはいない)で、楽しめました。

2014年5月 9日 (金)

自由か、さもなくば幸福か?

 はれ。ご近所高校、運動会の練習か。

 連休後半、実家の都合で帰省する途上、大屋雄裕先生の『自由か、さもなくば幸福か? 21世紀の〈あり得べき社会〉を問う』(筑摩書房、2014)を読みました。

 萱野稔人先生の書評(朝日新聞2014.5.4)にあるように、究極の監視社会は究極の犯罪防止社会であるとの視点から、監視社会の意義を積極的に評価した挑戦的書物です。

 ここでいう監視の主体は、何も国家権力だけでないことは、いまの監視カメラのほとんどが実は民間によって設置されていることに例証されているとしています。監視の客体は、われわれ。しかし、われわれは、また、監視主体を監視すること(アカウンタビリティを求める)で、監視の正当化がなされるというのです。

 こうした監視がアーキテクチャとして備わっている社会は、理想社会ではないとされつつも、社会を構成する全員が平等に監視の対象となっているという意味で「一応の正義」に適うものである、とされています。

 本書は、著者の研究者としての任務(それは、社会科学者の役割でもある)で閉じられています。いわく「私に可能なのはただ、少なくとも正義に反することがなく、特定の人物・集団に対する差別や人権侵害を内包することのない社会のモデルを提示し、人民の判断を仰ぐだけ」と。

 著者の豊富な読書と、それを記録してきたことが窺われる構成に、わたしは舌を巻かざるを得ません。法人化以降の大学行政負担についての愚痴もご愛嬌でしょう。

 たしかに、監視によって自由が生み出されている昨今。監視は自由の敵か、それとも、守護者か。上の萱野先生は「きわめて挑発的」書物と評しています。

2014年5月 2日 (金)

研究業績表。

 はれている。

 GWとはいえ、報告書、評価書、計画書といった、いわゆる「行政文書」の作成をしないといけないのです。ということで、まずは、いままでの研究業績を出せ、といわれたので、業績表を作成しました。

 なんだか、こうみると、やぱり貧弱ですね~。ときに教授会における別人の業績表とかみると、ずずず、ずらっ~~と、研究業績のある人がいるので。まぁ、でも、それなりにキョウ~ジュにしてもらっているので、これでよいのでしょう。なんて、自己満足ですが。

 つぎは、本年度の「研究計画書」とやらにとりかかろうと思います。

 【5月2日】よく見えないという声があったので、PDFも。

 「paper_list_(2014.05.02).pdf」をダウンロード

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