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2014年5月 9日 (金)

自由か、さもなくば幸福か?

 はれ。ご近所高校、運動会の練習か。

 連休後半、実家の都合で帰省する途上、大屋雄裕先生の『自由か、さもなくば幸福か? 21世紀の〈あり得べき社会〉を問う』(筑摩書房、2014)を読みました。

 萱野稔人先生の書評(朝日新聞2014.5.4)にあるように、究極の監視社会は究極の犯罪防止社会であるとの視点から、監視社会の意義を積極的に評価した挑戦的書物です。

 ここでいう監視の主体は、何も国家権力だけでないことは、いまの監視カメラのほとんどが実は民間によって設置されていることに例証されているとしています。監視の客体は、われわれ。しかし、われわれは、また、監視主体を監視すること(アカウンタビリティを求める)で、監視の正当化がなされるというのです。

 こうした監視がアーキテクチャとして備わっている社会は、理想社会ではないとされつつも、社会を構成する全員が平等に監視の対象となっているという意味で「一応の正義」に適うものである、とされています。

 本書は、著者の研究者としての任務(それは、社会科学者の役割でもある)で閉じられています。いわく「私に可能なのはただ、少なくとも正義に反することがなく、特定の人物・集団に対する差別や人権侵害を内包することのない社会のモデルを提示し、人民の判断を仰ぐだけ」と。

 著者の豊富な読書と、それを記録してきたことが窺われる構成に、わたしは舌を巻かざるを得ません。法人化以降の大学行政負担についての愚痴もご愛嬌でしょう。

 たしかに、監視によって自由が生み出されている昨今。監視は自由の敵か、それとも、守護者か。上の萱野先生は「きわめて挑発的」書物と評しています。

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