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2014年8月12日 (火)

沖縄陸軍病院。

 熊本、sun

 あすから「お盆」ですが、沖縄のお盆は、旧暦の7月13日(ウンケー)、14日(ナカビー、ナカヌヒ)、15日(ウークイ)。新旧の暦の関係で、毎年、新暦での日にちが変わります。今年は、新暦8月の8・9・10日が沖縄のお盆でした。

 ということで、今年もこの間、妻の実家のある沖縄に帰省しました。沖縄のお盆は、いまでも親族一同が集うものなのですが、わたしは、まぁ、外の者ということで、毎年、とくにやることがありません。で、今年は、妻の実家のある南風原町にある「沖縄陸軍病院南風原壕群20号」に義父に連れられて行きました。

Dsc_1296 この陸軍病院、もともとは、1944(昭和19)年5月に熊本で、第32軍の陸軍病院として編成されたものとのこと。その6月に那覇市内で活動し始めたのですが、それが米軍による空襲で焼失したために、南風原の地に移ってきたようです。

Dsc_1299 なかは、こんな感じです。崩れないように、天井および壁が補強されています。縦横1.8メートルくらい、ここに2段のベットをつくり、負傷者を収容しひめゆり学徒(沖縄師範学校女子部・県立第一高等女学校の生徒)が看病にあたったとのことでした。

 壕は第1号から第30号まであったようですが、まだ明確には確認されていないとのことでした。見学したのは第20号。ガイドの方に「ここで手術したのだ」、「ここは士官の部屋に続いている」などと案内してもらいいながら、約70メートルの壕を通りました。

Dsc_1297 また、だいたいこういう施設は、天然の鍾乳洞とかを利用するそうですが、ここは「手掘り」とのこと。病院がこの地に移るということで、南風原の住民総出で手掘りでつくったようです。その道具、つるはしも展示されていました。こういう狭い、鬱屈した空間で過ごさなくてはならない苦労はいかほどか、と思いました。

 1945年4月1日には米軍が上陸し、外傷患者は激増したとのことです。5月下旬には、第32軍司令部は摩文仁(糸満市)への撤退を決定。そのさい、重症患者には青酸カリが配られたようです。

 すぐそばには陸上競技場、野球場とかがあり、わたしが行ったときにもく草野球の試合をしていました。ここにも、戦争跡地で生活する沖縄の一風景がありました。







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