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2014年12月 1日 (月)

甦る上杉慎吉

 寒い~、雨~。

 先週末、原田武夫さんの『甦る上杉慎吉』(講談社、2014年)を読み終えました。

 明治期の日本は、近代国家として生まれ変わったばかり。そこで、往時の憲法学者は、国家や社会の「現実」を憲法という「規範」の上に位置づけるための法理論の構築を目指しました。

 その一人が美濃部達吉です。美濃部の学説は、公法実証主義を背景にもつもので、国家法人説に基づく天皇機関説でした。ただ、時の通説的見解であった彼の理論は、高等文官試験的な通説であり、官僚機構内におけるものとされています。

 その対極にいて、常に美濃部学説を批判しつづけたのが、上杉慎吉です。ともに東京帝国大学の憲法講座を担当していながら、上杉は、天皇主権説を美濃部の向こうを張って展開します。ただ、上杉説は、市井の天皇感覚にはマッチするものの、純理論的には美濃部説に及ばないものだったと思われます。

 著者は「むしろ舶来ではない、我が国自身の法の背景に一般大衆の確信を求め、それをベースとした『天皇』と『臣民』との関係性を突き詰めようとした上杉こそ、その次に向けたパースペクティヴを広げる可能性を見出していた」としています(111頁)。

 本書は、上のような二人の「好敵手」関係を、上杉の目線から説いたものです(美濃部は、当初は比較法制史、行政法担当。天皇機関説を手にしたあと、「憲法第二講座」教授。上杉は「憲法第一講座」担当とのこと)。また、上杉の学問が今日の政治状況、デモクラシー論にもたらす影響に言及しようとする点で、意欲作だと思います。著者はこう言います「日本人に必要なこと。それは『自分自身で問題を設定し、これに対して答えることである』」(158頁)。久しぶりに一気に読みました。

 また、当時から大学教授は安月給で待遇が悪いとされていたこと(33頁)、また、当時は「現代と大きく異なり」法律学の教官になったらすぐに自らの見解を概説書にする慣例があったこと(45頁)など、当時の法律学教官をとりまくエピソードもふんだんにあり、読んでいて飽きませんでした。

 異端とされても、後世名を残す人の学問には鋭いものがあります。美濃部、上杉なんで「高み」にとっても及びませんが、せめて、自分では納得できる学問人生を送りたいものだ、というのが本書の読後感です。

 

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