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2015年8月

2015年8月31日 (月)

夏のおわり~。

 sprinkle

 先週半ばから週末にかけて、沖縄にいました。

Dsc_3011 (写真は、西原にある東浜ビーチです)。

 もちろん、観光ではなく、帰省です。沖縄には嫁の実家があり、沖縄のお盆は旧暦の7月13・14・15日で、今年はそれが、新暦の8月26・27・28日だったので、この時期の帰省になりました。

Dsc_2996 毎年、夏には、わたしの実家である長野、嫁の実家の沖縄、そして、師匠の別荘にお呼ばれするという「夏の3つの行事」があるのですが、これで、本年の3つの行事、すべてが終わりました。

 (写真は、フジTV「逃走中」でお馴染みの北谷・美浜地区です)。

 で、帰熊してみたら、もうなんだか涼しくなってきましたね。♪「夏の終わり~」のような感じです。

Dsc_3020 沖縄はまだまだ暑かったので、沖縄にしかないファースト・フード店「ジェフ」(Jef)にいって、ゴーヤー・ジュースほかをいただきました。このジュース、はっきり言って、強烈でした。ゴーヤーそのまま。ちなみに、バーガーは「ぬーやるバーガー」という商品ですが、具はポークとゴーヤーチャンプル風でした。

Dsc_3024 例によって、自分へのお土産。沖縄のスタバにあった、沖縄限定のマグカップです。

 もう、あすから9月。そろそろ「夏の課題」の進捗が気になる頃になりました。










2015年8月22日 (土)

夏合宿。

 sun

Dsc_2969 一昨日、昨日と、師匠の別荘で夏合宿しました。

 この合宿、はじめた頃は、外書購読とかしていたと思いますが、いまは、専らスポーツと作業(薪割りやお庭の手入れなど)。今年はあいにくの天気が予想されていたので、着いた早々、雨が降りはじめるまで、テニスしました。

Dsc_2970 「西の軽井沢」と呼ばれる地なので、もう、色づきはじめた紅葉もありました。

 師匠は、本年度末で、定年を迎えられ、それを期に、研究からも引退されるようです。これまで読んでこられた蔵書も整理されつつあり、何冊か、いただきました。心身共にまだまだ研究できる状態だと思われるのに、なんだかもったいないようにも感じます。まだまだ、書かれた物で勉強させていただきたいとも思うのに。

 ただ、弟子としては、これを期に心機一転して、また精進のし直しをしないと、と思います。いつまでも師匠の後にいたのでは、学問の発展も覚束ないので。また、有り難いことに、ある研究テーマを提示され、その継承と完成を依頼していただきました。師の学恩に応えられるようになりたいと思います。

 という感じで、あんまちおセンチになってばかりもいられないので、「夏の課題」(あと3つ)を書く準備に戻りたいと思います。

 

 

 

2015年8月17日 (月)

帰省@長野。

 raincloud

Dsc_2951 先週末、長野に帰省しました。

 高校のとき以来、久しぶりに戸隠に行きました。これは、戸隠中社です。そういえば、こんな感じだったなぁ、と思い出しました。

 たまたま涼しい日に行ったので、実に涼しさを感じました。最近は、長野とはいえ、平地はそう涼しくもないので。(ただ、熊本よりは、涼しい)。

Dsc_2965 道中、時間が長いので、芥川賞受賞作2本、読みました。又吉直樹さんの「火花」と、羽田圭介さんの「スクラップ・アンド・ビルド」。

 又吉さんの「火花」は、大きな話題となった作品です。スパークスが解散するという終盤は高揚しました。

 わたしは、羽田さんの作品により興味をもちました。介護という社会問題をモチーフにしているようでいて、それを直接説くのではなく、純文学に仕立てている。相手に「そんなことないよ」と言ってほしいために言う自己否定の言辞って、わかるように思います。

 ついでに、ONE PIECE の77・78巻、進撃の16・17巻も読みました。

Dsc_2964 で、今回の自分へのお土産は、スタバの長野限定マグカップにしました。

 この間、戦後70年ということで、巷話題でしたが、わが家にとってはいつもと同じ、3泊4日の帰省でした。







2015年8月12日 (水)

「熊大カフェ」。

 rain。久しぶりに本降り。

Cafeh2782_2 きのうの午後、安全保障関連法案の勉強会「熊大カフェ」に参加しました。

 政治学の先生が多い中でのゲストで、「必要性ではなく、適法性を説かなければならない。憲法に反する行為を国家機関はできない」というわたしの主張は、随分と分が悪かったと思いますが、わたしとしても勉強する機会になりました。主催してくれた院生に感謝いたします。

 ところで、カフェがおわった後、同僚先生と議論することができました。

 議論は、法案を国会が通せば、それが憲法を具体化したことになるのではないか、というテーマをめぐるものでした。

 憲法(一般に言えることですが、とくに)9条は、その文言の意味するところが不明確である典型的条文だと思います。とくに、自衛隊が設置された昭和29年、条文の文言上の意味と結論の妥当性との間で、難しい状態に置かれてきたと思います。

 それでも、9条1項の「武力の行使」にあたらない防衛活動を認め、そのための実力は9条2項の「戦力」にあたらないとする憲法解釈が、学界的に言えば、国防にあたり①必要性の要件(防衛活動に出る以外に手段がないこと)、②違法性の要件(外国からの侵害が急迫、不正なものであること)、③均衡性の要件(自衛権行使としての措置が侵害を排除するためのものとして均衡していること)をみたす防衛行為は、9条1項にいう「武力の行使」にあたらない、そのための実力は9条2項のいう「戦力」にはあたらない、とするものだと思います。また、実務的にいえば、自衛権行使に関する「旧3要件」(①わが国に急迫不正の侵害があること、②他にこれを防衛する手段がないこと、③必要な限度の実力行使にとどまっていること)であったと思います。

 以降、この9条の枠組の下で、わが国の防衛行為は実施されてきたと思います(少なくとも、法的な建前としては)。9条の文言をみて、誰もが上の枠組を理解できるわけではない(明文でそう規定されているわけではないので)、しかし、当の政府がこの枠組に長く拘束されてきたことで、上の枠組は、9条の規範内容として確定した、と考えられると思います。しかも、それは自国を防衛する統治作用(個別的自衛権)は国家固有のものである、という国家論にも適合します。ということで、政府の行為を反復継続的に拘束してきた上の枠組は、そのことにより憲法になった、と言えるのではないでしょうか。

 時間外にこう話したわたしに、上の同僚先生は、それを変更するには、閣議決定にもとづく法律ではダメなのか、と質問されました。

 それに対して、わたしは、かりにそれを許すとなると、日本国憲法の硬性憲法性は失われる、と回答しました。たしかに、憲法9条の規範内容を確定させたその端緒には、かつての政府見解があります。それを、いま、政府見解+法律制定でというのだから、改正できそうにも思われます。ただ、そうであるとすると、憲法の内容は、下位規範で変更可能だということにならないでしょうか。

 「必要性ではなく適法性」。わたしの原点はここにありますが、それでも、法学は結論の妥当性も要求されます。9条をめぐる適法性と結論の妥当性という、ある種の二律背反的な要求をギリギリのところで説明してきたのが、国家の防衛活動を拘束してきた上の「3要件」だと思います。ここが、現行9条の下でのギリギリのところで、それを超えるものについては、憲法改正が必要なのではないでしょうか。そうでないと、そもそも憲法は国家行為を統制していると言えるのでしょうか。憲法に基づく統治(立憲主義)の意味が失われてしまうと思います。

2015年8月10日 (月)

先週末のこと。

 sunsunsun

 先週末の土曜日、勤務校ではオープンキャンパスが開催されました。

20150810111902 わが社では、午前中の形式的意味での「オープンキャンパス」のあと、午後から「体験入学」というのが実施され、大きな教室での講義を聴いた後、20名程度のクラスにわかれた模擬ゼミを「体験」してもらいました。

 わたしも「代理出産 是か非か」というテーマで、模擬ゼミをしました。

20150810111956 子どもをもつこと、家族をもつことは「憲法上の権利」であると考えられるけど、夫婦の約1割が不妊に悩んでいるとのこと。そんななか、生殖技術の進歩により、さまざまなかたちでの人工生殖が安全に利用できるようになってきています。そのうちのひとつに、代理出産があります。そうした手段を利用してでも子どもをもつ権利はあるのか、他人に子どもを産んでもらうという契約は、はたして公序良俗に反しないか・・・、ゼミでは、ひとしきりわたしが基本知識をお話ししたあと、ゼミ生に手伝ってもらって、5~6名ずつのグループになって、いろいろ議論してもらいました。

 翌日の日曜日は、久しぶりのオフということで、佐藤幸治先生からいただいた『世界史の中の日本国憲法 立憲主義の史的展開を踏まえて』(作品社、2015)を読みました。

 本書は、本年6月6日に石川健治先生の招きにより東大法学部25番教室で1400人の聴衆を集めて行われた講演に加筆されたものです。

 前半は、 「8月15日」とは、「ポツダム宣言受諾」の意味、そして、立憲主義とは何かといった、戦後70年を迎えようとしているわが国へのメッセージとも言える内容です。

 そして、本書の本体部分で、佐藤先生は、

 ① 否定的見方があるとはいえ、立憲制度の定着発展に漸進的にとり組んだ明治政府の経験。

 ② その結果「大正デモクラシー」という憲政の常道をもちえたこと。

 ③ これにくわえて、ポツダム宣言の趣旨を含めて当時の世界動向についての知識や経験を持ち得たならば、

 当時のわが国の国民は、自らの手で日本国憲法に近いものを作り得たのではないか、と推測されています。そして、

 「日本の国民が70年近くにわたって日本国憲法を支持し、様々な問題や困難に直面しつつも真面目にその運用に努めてきたということは、自らの手でこのような憲法を作った可能性を結果的に証明しているのではないか」(85頁)とも。

 最後に、歴史的経験的蓄積の中で築かれてきた規範(憲法)が各国の統治の「土台」として根づきつつある中で、日本国憲法という「土台」に基づく統治が揺らいでいるとさ、有力な政治家から“日本国憲法無効論”が説かれるわが国の現況を悲観されています。

 これから憲法学を継いでいかなければならない者(わたしは、送りバントをする2番打者か、相手のエラーでもいいから塁に出てトップバッターにつなげる9番打者ですが)にとって、憲法学の碩学の書物は眩しく輝くばかりです。

 

 

2015年8月 4日 (火)

速報! 憲法Ⅱ。

 sun。相変わらず、暑っつい!

 7月30日(木)に実施された「憲法Ⅱ」の採点が終わりましたので、その状況を速報値でお知らせします。

 登録者総数:223名。受験者:207名(92.83%)。

 秀:28名(13.53%)。

 優:60名(28.99%) ← 大盤振る舞い

 優秀な方:42.52%。

 良:33名(15.95%)。

 可:43名(20.78%)。

 単位取得率:79.23%

 不可:43名(20.78%)。

 憲法Ⅰと比較して、中の上位層が増えました。多くの人に「そこそこの学力」をつけることができたように感じます。わたしにとっても嬉しいことです。

 ただ、反面で、2割の学生に不可を付けなければならなかったこと。これは、やはり反省しなければならないと思います。勉強は学生がするものとはいえ、勉強させるのがわたしの仕事だったはずなので。

 講義が中心ですが、教科書、プリント、SBS、これらにくらえて、確認プリントという手法で、憲法Ⅰ・Ⅱを運営してきました。それぞれを手直しし水準を上げるとともに、よりオーラ発する魅惑的な講義ができるよう精進したいと思います。

 これから、SOSEKI 入力等にうつります。

 

2015年8月 3日 (月)

出前講義@甲南高校。

 sun。きょうも猛暑の予定。

 きのう、鹿児島の甲南高等学校で「出前授業」させてもらいました。

Photo_4 (いきなり「ご静聴、ありがとうございました」写真ですが・・・)。

 テーマは、一応、「憲法と国際貢献」としました。ただ、オーダーは、つぎのような論題で英語のディベート大会があるので、その勉強会も兼ねて、PKO活動と憲法、あるいは、立憲主義というあたりをお話ししてほしい、というものでした。

 そのディベート大会の論題とは、「日本国は、自衛隊の参加制限を緩和し、国際連合の平和維持活動に、より積極的に貢献すべきである。是か非か」というもの。

 この論題にある「参加制限」というのは、1992年制定の「PKO協力法」に付された「PKO参加5原則」のことです。この5原則を緩和して「より積極的に」国連の平和維持活動に自衛隊を関わらせることは、憲法に反するであろうか、それとも反しないであろうか、という論点を考えるために参考となる講義をしてほしい、ということでした。

 ということで、まず、PKO5原則の背景からお話ししました。上にあるように、1992年にPKO協力法が成立します。このときに、PKO参加5原則というのも同時に表明されるわけですが、当初は、PKO協力法に附則があり、その附則により「PKF活動」への参加は制限されていました。

 ところが、このPKO協力法は2001年に改正され、そのさい、自衛隊のPKF活動への参加を制限していた上の附則が削除されます。こうして、2001年以降は、わが国の自衛隊もPKF活動に参加できるようになったのですが、それでも、このPKFへの参加が憲法9条1項で禁止されている「武力の行使」にはあたらないとするために、附則の削除以降も、なお、PKO参加5原則は維持されました。つまり、PKO参加5原則の維持は、自衛隊のPKF活動が憲法で禁止された「武力の行使」に該当しないための憲法上の要請であると考えられることになります。

 こう考えると、論題への回答は「」という結論になるとお話ししました。

 ただ、憲法は前文、98条2項で「国際協調主義」を採用している、というお話しを皮切りに、つぎは「」という結論を導くお話しもしてきました。

 それは、上の憲法上の要請をうけ、わが国は国連の「集団安全保障」体制に参加しています(集団的自衛権ではありません。集団的自衛権は、わが国の行為としてなされるのに対し、集団安全保障は国連の指揮下のもとで実施されるものです)。その集団安全保障の施策のひとつに、国連軍や平和維持活動(PKO、PKF)があります。つまり、こうした国連監理下の集団安全保障施策への協力も憲法上の要請といえるのです。

 さらに、わが国の憲法が統制しているのは、国の活動ですが、それは、日本国内外におけるわが国の指揮・監理が及ぶ国の活動であると言えます(最近話題の砂川判決も、在日米軍はわが国の指揮権が及ばないので9条2項が禁止している「戦力」には該当しない、と判示しています)。ということは、国連指揮下で行われる平和維持活動への自衛隊の参加は、日本国憲法の統制が(及ばないわけではないけど)弱くなると考えられるのでは、という見方もお話ししました。日本国憲法の意義は、第一義的には、なんといってもわが国の政府の行為から国民の基本的人権を保護することにあるはずなので。

 というわけで、「是/非」の両論がありうるはずで、あとは、みなさんの議論の説得力にかかっている、と。わたしは、法学者なので、ここでも政策論ではなく、なるべく法解釈から軸足が離れないようにすることを心掛けて、講義したつもりです。

Photo_5 聴講してくれたのは、事前の話では75名の高校生+10名程度の先生方でした。英語ディベートの勉強会ということもあり、会場となった甲南高校生だけでなく、ラサール高校、鶴丸高校、鹿児島中央高校、育英館高校、志學館高校、鹿児島情報高校、ほかにもいたのかな、というインターハイスクールな「出前講義」が実現しました。実際のディベートでは、県大会で敵味方になるかもしれないこうした高校生が、事前の勉強会、練習試合をしながらディベートの力量(しかも英語での)を高めていく雰囲気にふれて、彼ら、彼女らの高いポテンシャルを感じました。一応、わが社のパンフレットも配布させていただきましたが、わが社(が一番いいのですが)だけでなく、是非、こうしたポテンシャルの高い生徒のなかから法学部に関心をもってくれる人がでてきてくれたらなぁ、と思いました。

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