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2016年4月24日 (日)

『民法学を語る』。

 cloudsprinkle。まだまだ、余震、続いてます。

 すこし時間ができたので、大村敦志先生と小粥太郎先生が「往復書簡」をいう形式で「民法学とは何か、何をしようとしているのか」を語った『民法学を語る』(有斐閣、2015年)を読みました。ずっと気になっていながら、まだ読んでいなかった本でした。

 このてのものは、定年後の大家が後世に「遺言」を残すようなものが多いなかで、大村先生はわたしより11歳うえ、小粥先生は5歳うえという、現役真っ只中世代。この2人が「民法学の存在意義を言語化」しようとしたもの。実に意義深い本です。

 内容は、お互いのこれまでの著書、論文をとりあげつつ、就職までの論文としてはどのようなものがよいのか、大学にポストを得たあとはどのような想いで仕事を続けてきたのか、そして、これからはどのような方向性の下で研究・教育していこうというのか、これらについて清々しく語られています。

 わたし、学生の頃は、民法、あまり好きではありませんでした。民法の講義では、甲さん vs. 乙さんの争いとか出てきてどうすればよいか、とか学んでいたのですが、つい、わたしは「そんなの2人で話せばいいんじゃ?」とか思っていた口でした(話しあいがうまくいかなかったから訴訟になっているんですよね)。

 でも、この本は違います。民法は市民社会の基本法であることが語られています。わたしがやっている憲法が「統治者の基本法」なら、民法は「市民の基本法」なんですね。そして、民法は近代社会の基本法よろしく、基礎的な法概念についても語り得る(語らねばならぬ)もの。この本、学生時代にであっていたら、民法を専攻していたかもしれません(ああ、道を誤らなくてよかった! わたしのような頭脳では、民法では太刀打ちできませんので)。

 また、ここで語られていることは、憲法学においても当てはまるものだとも感じました。若い頃の「基礎研究」の重要さ、そのあと「応用研究」をしつつも、それらを融合させて「基本研究」として自らの研究を体系化していく。その個々の研究が学界全体として「学説」を構成するというイメージでしょうか。

 このお二人は、概ね、20年から25年のキャリアの先生。わたしは15年を超えた感じのキャリア。わたしはまだまだ中途半端な憲法学者、法学者ですが、そんなわたしにとっても法学、憲法学をする「希望」を語ってくれる本でした。

 

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コメント

大日方先生

御無沙汰しております。地震の事で、心配しておりましたが、ひとまず、安心しました。

ふと、気になり、先生のブログを訪問しました。

民法学を語る・・・読ませていただきました。
私が学生時代に、大村敦志先生と小粥太郎先生の論文等は読んだことがなく(考えてみると、約20年前ですから)、新しい先生方が活躍されているのだなぁと感じました。

今回の地震で、私も家の片づけをしていると、1998年の消印で、当時、債権法で有名な池田先生から頂いた郵便物を見つけ、中身を再度読みつつ、過去の思い出にふけっていました(苦笑)。

今回、大日方先生のブログの中で、私の好きだった民法について書かれていたので、思わず、コメントしてしまいました。

税理士も法律家であるべき、云々、ありますが、純粋な法律家ではありませんし、プロはプロの世界があると思いますので下手に書けませんが、税の世界でも、民法の基本解釈は必要だと感じて仕事をしております(あくまで私見ですが、苦笑)。

忙しさにかまけて、先生に挨拶ができておりません。その際は、連絡して行きます。宜しくお願い致します。

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