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2016年7月18日 (月)

坂井豊貴『多数決を疑う』(岩波新書、2015年)

 sun。梅雨明け!

 この3連休は10月の学会の報告者による「打合会」ということで上京しました。

 この機を利用して、坂井豊貴さんの『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(岩波新書、2015年)を読みました。

 本書は、多数決という多を一に結びつける意思集約方式を関数として数学的に表そうとした書物です。多数決に対する「違和感」(必ずしも多数派に有利なわけではない)を科学的に分析しています。

 というのも、多数決は、選択肢が3以上あるときには「票割れ」現象により、意思集約ルールとしては不完全なものとなります。このことを捉えて、本書は「民主制のもとで選挙が果たす重要性を考えれば、多数決を安易に採用するのは、思考停止というより、もはや文化的奇習の一種である」といいます(6頁)。

 そこで、いかなるときにも「ペア敗者」を選ばないというボルダルールや同ルールを批判して定式化されたコンドルセ=ヤングの最きゅう法の分析へと進んでいきます。

 本書は「結局のところ存在するのは民意というより集約ルールが与えた結果にほかならない」(49頁)と冷静です。

 本書の中盤では「多数決のもとでは、正しい判断をする者が半数をわずかにでも越しさえすれば、結果が正しくなる」という大数の法則の応用(統計のデータが増えるにつれて、そのデータの平均は真の平均に近づく)が紹介されています。このコンドルセの理論によれば、多数派の判断はルソーの「一般意思」に適う確率が非常に高いことになります。本書は、ルソーが提示した少数派が多数決の結果に従うべきことの正当性の一旦を示しています。

 さらに、終盤では、オストロゴルスキーのパラドックスによると、代表制と直接制(人民主権)とのあいだには想像を絶する隔たりがあると論を展開し、その流れのなかでアローの一般不可能性定理(二項独立性と満場一致性を満たす集約ルールは、独裁制のみである)にもふれられています。

 また、実務的な分析では、憲法改正条項の理解や國分功一郎さんもコミットされている「都道328号線問題」にも非常に興味深い検討が加えられています。

 数学的知識に乏しいわたしにもサクッと読めた社会的選択理論入門でした。

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