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2016年12月18日 (日)

橘玲『言ってはいけない』(新潮新書)。

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 先日の東京出張の途上、読みかけていた橘玲さんの『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書、2016年)を読了しました。

 現代の進化論、遺伝学、脳科学等の最新知見に基づき「不都合」、「口外できない」けれども「真実」とされることが勇気をもって書かれています。ただ、それぞれのテーマにはきちんと参考文献が掲載されていて、しかも、そのほとんどは邦語のものなので、だれでも検証できるはずということでしょう。参考文献の方もいずれは読んでみたいと思います。

 (この手の話の真偽の検証はきっと興味深いこと。のめり込みそうなのでほどほどにしようと思います)。

 Img_1086_2この本のオビには「警告」とあり「この本の内容を気安く口外しないで下さい」とあるので、ここではわたしがとくに注目したところだけ・・・

 まず、最近は大学の講義でも教員にプレゼン力が求められることがあります。ということで、パワポとか使って・・・なんてことを、わたしもときにすることがあります。そして、同じ内容の講義なら、たしかにプレゼン力の高い講義の方が学生による学期末の授業評価でも高い評価を得られたそうです(P128)。

 ところが、では、そのプレゼン力が学生の成果につながっているかというと・・・。必ずしもそうではない、とのこと。講義内容が同じなら、プレゼン力がよかろうが悪かろうが、学生の期末試験の成績には影響がなかったとのこと。つまり、「元になるアイデアが無価値ならなんの意味もない」(P129)と。

 こう言ってしまえば当たり前のように感じますが、1点、本書には講義の善し悪しをはかるヒントも書かれていました。それは、講義を映像で見るのではなく(本書ではYouTubeで見るのではなく、と表記されていますが)、「紙に書き起こしたものを読んだ方がいい」ということです。なるほどなぁ~と思いました。

 講義内容の薄さはときにプレゼン力でごまかされますが(これも、教員の技のうちでしょうが)、講義の善し悪しはたしかにプレゼン力(見た目)ではなく、内容で評価されるべきですよね。(って、どっちも心許ないわたしとしては、まずは、内容を高めるか、ごまかす技を身につけよ、ということでしょうね)。

 もうひとつ、どの親でも自分の子どものことには一生懸命になるはず。そして、さまざまな能力を身につけてくれたらいいなぁ~、とか感じながら子育てしているはず。

 ただ、子どもの成長、発達に影響する要因を、①遺伝的要因、②親の教育(これを「共有環境」)、③非共有環境(学校とか友だちとの関係など)とわけたとすると、認知能力(学業成績、一般的知能など)、性格(神経症傾向、外向性、調和性、誠実性など)、才能(音程、外国語、数学、スポーツなど)、社会的態度(自尊感情など)、性役割(男性性、女性性)、発達障害、物質依存(アル中、喫煙など)のどの要因をみても、①遺伝と③非共有環境でほぼ決まる、という研究結果があるとのことです。

 ということで、著者は「わたしはどのようにして『わたし』になるか」という問いに対して、それは親の教育ではなく、「遺伝と非共有環境」であるとしています。(ということは、家庭より、学校や友だち関係が重要ということなのですね)。

 子どもの人格形成に親の影響は皆無であるとするのは、なんだか身もふたもないことですが、でも著者は、それでも「子育ての経験があるひとならば、(この結果には)どこかで納得しているのではないだろうか。なぜなら、子どもは親の思いどおりにはぜんぜん育たないのだから」(P213)としています。子育て真っ最中(といっても、わたしはほとんど育てていませんが・・・)の身としては、残念なようですが、一面で、まぁ、思い通りにいかなくてもしょうがない、ということなのでしょうね。諦めもつく、というものでしょうか。

 というところで、当たり障りのないところだけ、紹介してみました。

 著者は「あとがき」で本書の企画についてつぎのようにいっています。

 話は2015年のフランスの諷刺雑誌「シャルリー・エブド」へのイスラム過激派襲撃からはじまります。この事件に、日本の「リベラル」な新聞社は「テロは言語道断だが下品な風刺画を載せた方も問題だ」として「ひとが嫌がるようなことをする表現の自由はない」としたといます(P248)。著者は、この言説に噛みついています。いわく「誰も不快にしない表現の自由なら北朝鮮にだってあるだろう。憲法に表現の自由が定められているのは、ひとが嫌がる言論を弾圧しようとした過去の反省によるものだ」と。

 そしてさいごに「不愉快なものにこそ語る価値がある・・・。きれいごとをいうひとは、いくらでもいるのだから」との言葉で本書を締めくくっています。

 本書の内容には批判も各方面であるのでしょう。でも、その批判は批判として論拠を示して文書で表現する、そういう国でなければならない、と思いました。

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