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2017年4月

2017年4月27日 (木)

憲法Ⅱ(第6回)。

 sun。わたしはすでにGW突入です。

 で、きょうの「憲法Ⅱ」のレビューです。

 (0) いつものようにSBSから。

 ① なぜ、明治憲法と日本国憲法の法的連続性を確保することの意味とは何か、法的連続性がなければ何か弊害が生じるのか、という質問について。講義中にもお話ししましたが、これ、いい質問ですよね。なぜ、この先生、「八月革命説」・・・とか「事実としての力」が発動されれば・・・なんて、熱っぽく言っているのか、と。

 こうした抽象的な議論をする意義は、ズバリ「日本国憲法の正当性」、「日本国憲法下での統治の正当性」を論理的に説明するためである、と講義しました。これがうまくいかないと、日本国憲法下での統治の正当性は失われ、制定後70年間に実施された法的行為のすべての正当性を失ってしまうからである、と。

 でも、それは「頭の中だけでのこと」であって、現実社会では、それでも統治はなされるのでしょう、ともいえます。ただ、それ、全部、法外の「事実としての力」による統治になってしまわないでしょうか。もし、これを認めてしまうなら、講義でもお話ししたように「内閣による解釈改憲」といったって、それを批判する論拠を失ってしまうであろうと。だって、日本国憲法そのものが法外の「事実としての力」によって制定されていることになってしまうので。

 SBSで下線で示したように、日本国憲法の制定がそもそも法的には説明のつかないものであり、政府によるそれ以降の統治だってそう、これからもそう・・・、それでよいでしょうか。

 ということで、日本国憲法の正当性を論理として確保することは、日本国憲法に基づいて現在の統治のあり方を検証するために、さけては通れない一里塚だと思います。

 ② ちなみに、法令用語の基礎知識であり(1年生の基礎演習Ⅰで学んでいるよね~~)といった「その他の」と「その他」の違いを含めて、法令用語の用法について確認してください。その名もズバリ『法令用語の常識』なんて本もあります。

 (1) 本編にはいって、まずは前回の積み残し、君主でも元首でもない天皇が憲法上なし得る行為とは何か、ということで、国事行為について検討しました。

 ① 国事行為は、憲法6条及び7条に列挙されています。これは、もともと儀礼的なものか、それとも、憲法上の他の規定により実体的決定権が他の国家機関に与えられたあと、形式的に天皇の国事行為とされているものに分類できる、とお話ししました。いずれも、国政に関する権能を有しない天皇(4条)なので、国事行為として6条、7条に列挙された時点ですでに形式的・儀礼的なものになっている行為です。

 で、このうち、国会の召集(7条2号)と衆議院の解散(同3号)については、実体的決定権の所在が憲法上明確になっていない、とお話ししました。いずれも内閣に権限があると思われるけれども、前者(召集)については国会が自ら召集を決定できるか(自律的召集が許されるか)、後者(解散)については内閣はいつでも解散できるのかそれともなんらかの制約があるか、という論点があることを紹介しました。それぞれ、国会及び内閣の章で解説します。

 ② つぎに、天皇に憲法上許される行為はこの国事行為と私人としての天皇の行為に限られるのか(国事行為限定説)、それとも、それ以外に憲法上なんらかの行為が許されているといえるのか(国事行為非限定説)があることをお話ししました。

 そして、天皇は、国会開設のさいの「おことば」にはじまり、地方巡幸、外国要人の接受等を行っているので、国事行為限定説は実務的にはないとお話ししました。

 ただ、では、その中間領域にある行為(公人としての行為とも象徴としての行為とも)は制限なくできる(内閣は制限なく助言と承認を与えてよいか)というと、そうではいはず。なによりも天皇の政治利用を防止するために(為政者は天皇の存在及び天皇制の「社会統合機能」を巧みに利用して統治してきているので)、天皇を国政に関与しない地位に留め置くような運用がなされなければならないはずです。

 (2) そして、講義は9条解釈にはいりました。「9条論」の冒頭では、日本国憲法が前文及び9条で採用した国際協調に基づく安全保障の実現について、戦略的あるいは情緒的思考に陥らないために、戦争観をめぐる歴史の流れ、9条制定の背景、9条の文理解釈、そして、裁判例をいう柱をたてて、このテーマを解説することを確認しました(参照、青本P81)。

 ① で、まず、戦争、武力行使違法化の歴史についてみました。そこには、第一次世界大戦前のものとしてH・グロチウスによる正戦論にはじまり、無差別戦争論、第一次世界大戦後のものとして国際連盟規約、不戦条約、そして、第二次世界大戦後のものとして国連憲章などがあることをお話ししました。

 ここでのポイントは、「不正戦争/正戦」、「侵略戦争/自衛戦争」、「戦争/武力行使」といった区別(いずれも前者を禁止し後者を例外とする戦争防止論)を経て、現在では、国際社会は戦争のみならず武力行使一般を違法化する流れにあるので、日本国憲法9条もこの流れのなかで解釈されなければならない、という点です。日本国憲法だけ真空のなかで平和主義を採用したわけではないのです。

 また、国際社会は武力行使一般を違法化(国連憲章2条4項)しているとはいえ、自衛権の行使については例外としている(同51条)ことと日本国憲法の関係もポイントとなりますよね。きょうはあまり深掘りすることができなかったので、連休明けの講義では、このあたりを詰めることになると思います。

 ② 講義の終盤では、9条の2条項に逐条解釈を施しました。そこでは、9条1項で全面放棄とするか1項・2項合わせ技で放棄とするかは学説の分岐があるけれども、9条は(侵略的なものにしろ自衛のものにしろ)戦争(実質的意味でのそれ)を全面的に放棄しているという見解が一般的である、とお話ししました。

 ③ ただ、それでは、戦争を全面的に放棄するために保持しないとした「戦力」とはなにか。現在の政府見解は「近代戦争遂行能力」をもたなに「必要最小限の自衛力」はそれにあたらないとしている、ともお話ししたところで、時間になったと思います。

 この政府見解と自衛隊、自衛権(集団的、個別的)のお話しから連休明けは講義を再開します。

 それでは、みなさん、よい連休を!!!!!

 

2017年4月25日 (火)

演習Ⅰ(第3回)。

 きょうの3年生のゼミ(演習Ⅰ)のレポートです。検閲して(笑)、掲載しています。

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 今回ブログを担当させていただきます、H・Kです。きょうは、よく晴れた絶好のゼミ日和でした。

 ゼミではディベートをしました。このゼミではじめてのディベートということもあり、みんな少し緊張した面持ちで授業に臨みました。

 論題は「夫婦別姓について」で、夫婦同氏を定める民法750条1項を憲法に反するものではないとした平成27年12月16日の最高裁大法廷判決(民集69巻8号2586頁)について、この多数意見及びその理由付けについて賛否にわかれてディベートしました。

 最高裁の判決が夫婦同姓について合憲の判断を出している手前、別姓を認めても良いという意見を通すのは少し難しそうに思えましたが、各班とも戸惑いながらも意見を出し合えていました。

 写真を撮りたかったのですが議論が白熱していてディベートの様子を撮り忘れたのが残念です。

演習Ⅱ(第3回)。

 sun

 きのうの4年生のゼミ(演習Ⅱ)のレポートが届きました。当番はK・Iくんです。

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Photo 今回の演習では、「抽象的違憲審査制を導入するか、否か」というテーマでディベートを行いました。

 抽象的違憲審査制を肯定する側は、「現在の付随的審査制の下では、具体的な事件が発生しない限り違憲の疑いのある法律を改正することができず、手遅れのリスクが発生するのではないか」、「客観訴訟が許されていて、抽象的審査が許されないのはなぜか」といった主張をしました。

 それに対して、否定側は、「そもそも裁判所の役割は、具体的事件に直接の利害関係を持つ当事者の主張を踏まえてどちらが正しいかを判断するものであり、この基本姿勢を離れると司法や行政の均衡を失うこととなってしまう」、「客観訴訟においての違憲審査は、特定の者の具体的な法律関係を擬制しうる紛争において、法律命令等の合憲性を判断することに当たるので、法律の根拠があれば憲法上例外的に許される違憲審査といえるから、抽象的違憲審査とは異なる」、さらに、「近時、最高裁は違憲判決に対してある程度積極的な姿勢を見せているため、抽象的審査制の導入の必要はない」といった反論を行い、活発な議論がなされていたように思います。

 私が所属する班は否定側に立ち、私個人としても抽象的審査制の導入には否定的な立場でした。たとえ、抽象的審査制を導入するとしても、要件が緩いと政治や行政が司法へ介入するおそれがあり、要件を厳格なものとすると、抽象的審査制の効果が薄くなるのではないかと考えたからです。よって、導入の必要は無いとしました。

 今回のディベートを良いきっかけにして、このテーマに対して興味を持って今後勉強していきたいと思います!

 次回のブログは、ウィスキーを水のごとく飲むことで有名な我がゼミ長の担当です! 笑いあり、涙あり、全米が泣くほどの超大作を期待しましょう!!

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 はやくも次回の担当者に「バトンをわたす」という慣例ができ上った感がありますが、同時に、ハードルも高めているような、、、

 今回のゼミテーマは、新井誠先生編の『ディベート憲法』(信山社、2014年)を参考にさせてもらいました。

2017年4月24日 (月)

憲法Ⅱ(第5回)。

 sun なのに~、憲法Ⅱ~。

 で、きょうの憲法Ⅱの講義のレビューです。

 (0) まず、いつものようにSBSから、

 ① 「リベラル」の意味ですが、これ、自由主義と訳すのは、ハッキリ言って「間違っている」か「誤導的である」と講義しました。リベラルは、自由を制限してでも実質的平等という名の結果の平等を実現すべきであるという政治思想です。あえて訳すなら「社会民主主義」であろうと。で、こうした政治思想を私有財産の社会化を通じてでも実現すべきであるという政治思想を「社会主義」というとも講義しました。日本国憲法は、社会権規定により、リベラルな政策は許容されているでしょうが、社会主義化は29条1項により禁止されていると思われます。

 ところで、リベラル派によって占められていたGHQによる日本国憲法制定の意図については、いずれも保守派の論客によるもののようですが、下記二冊をあげておきます。

 ② 憲法改正における「事実の力」による改正について。憲法改正権は実体的/形式的/手続的な拘束をうけるけれども、なおその拘束を超えて改正されるというような現象が起きたとすると、それは「事実の力」による改正ととらえるしかない、と講義しました。

 で、その例はあるのか、という質問について、この「事実の力」は正規の法からするとある種の違法状態とも考えられるので、法治国家では望ましいものではない(したがって、具体例としてあげられるものはない)とも。但し、憲法改正案の発議について(これは96条に権限者が規定されていてそこに国民はない)、「憲法改正手続法」(国民投票法)の附則には憲法改正過程にも「間接民主制」の拘束がある旨、規定されているので、かりに国民による発議がなされてそれが成立したとすると、これ「事実の力」による改正であった、と評価されるのでは、とも回答しました。

 (1) 本論にはいって、まず、憲法改正に形式的限界はあるか(憲法改正規定を改正権により改正できるか)について検討しました。わたしは、制憲者が改正権を現在の形式と手続に厳格に固定する意図ではなかったはずだとして、発議においていずれかの議院に優越を認めるとか国民投票をなくすというようなことを禁止し、しかし「いくぶん」かの改正は許されるとしている通説的見解を否定する論陣をはりました。改正規定をいまのもの(5分の3でもなく2分の1でもなく「3分の2」、要国民投票など)としたのは制憲者であり、これを改めることは改正権の設定と同じなので制憲者にしかできないのでは、と。青本のP45~P46を吟味してみてください。

 (2) つづいて「象徴天皇制」の項目にはいり、憲法1条の意義を検討しました。

 ① まず、1条前段の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であ〔る〕」の法的効果は、政治的に中立な存在であってはじめて象徴としての機能を果たせる考えるなら、機能を失われるような行為を天皇に禁止し、その機能を毀損するような行為を天皇にとらせることを政府に禁止しているものである、としました。

 で、なにが「政治的なるもの」なのかがここでも問題になりますが、これは青本のP64~P65のあとP76~P77を読んでください。わたしは「政治的」という概念も形式的にとらえるべきであると考えているので、何が政治的であるかを実体として検討するのではなく(そうすると百家争鳴)、政治というのは人間社会における人為的営みの集積であろうから、人為的でなければ(非人為的)「政治的ではない」ととらえればよく、たとえば、天皇特例会見における「30日ルール」のようなものを守ったか否かで、政治利用されたか否かを判定するのがよい、との見解を表明しました。

 ② つぎに、1条後段の「〔天皇の〕地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」の意味について。これは、天皇の統治を天孫降臨神話による神勅にもとめた明治憲法の「日本版王権神授説」を否定したものである、と述べました。ただ、これはフィクションであるので、国民の総意により天皇の地位は変更可能かというと、そういう法的効果はやはりないのでは、とも述べました。

 (3) では、こうした天皇は一体何ものか?

 ① 天皇は君主だろうか? これについては、君主とは、国家の統治権の重要部分を行使し、対外的に国家を代表する外交交渉権をもつ独任制国家機関をさすという一般的定義によれば、天皇は憲法4条により国政に関する権能を否定されているので、君主ではないことになります

 ② 天皇は元首だろうか? これについては、元首とは、現在では対外的に国家を代表する機関をさしているとする一般的定義によれば、対外的に国家を代表しているのは内閣(外交交渉権をもつ)であると考えられるので、天皇は元首ではない講義しました。

 ③ これに対して、政府見解は、明治憲法下におけるものとは異なるが日本国憲法下においても天皇は君主であり元首であるとしている、と解しているようであると(参照、第71回国会参議院予算委員会における内閣法制局長官答弁)。しかし、この君主・元首には法的権限の伴うものではないので、そういっても「形式的・名目的」なものにすぎないはずである、とも講義しました。

 (4) さいごに、天皇の特殊な地位に基づく天皇の法的責任についてお話しました。

 ① まず、天皇の刑事責任について。

 (ⅰ) 天皇に告訴権があるかというと、天皇、三后および皇嗣の名誉に関する告訴については内閣総理大臣が代行するとする刑法232条の2からすると、天皇にも告訴権があると考えられると思います。

 (ⅱ) では、逆に、天皇が訴追されることがあるか。天皇が訴追されることがあるか否かについて規定したものはありません。ただ、皇室典範21条は摂政について「在任中、訴追されない」と規定しています。また、国事行為の臨時代行に関する法律6条によると、国事行為を代行している皇族はその間には訴追されないと規定されています。これらの規定からすると、在任中は常に国事行為を担っている天皇には、もちろん、訴追権は及ばないと考えられるのではないでしょうか。

 ② で、天皇の民事責任ついては、かつて最高裁は天皇の象徴としての地位に鑑み、天皇には民事責任も及ばないと判示したことがる、と講義しました。ただ、天皇も財産権の主体であることを考えると、その範囲で、民事責任を肯定するのが適切であると思います。

 ということで、次回(27日木曜日)は、では、君主でも元首でもない天皇が日本国憲法上なし得る行為とは何か(国事行為、「公人としての行為」が許されるか)を説いたあと、「戦争放棄」、9条の規範的意味について検討しようと思います。

 

2017年4月23日 (日)

研究会@九大。

 こんなに sun なのに、、、講義準備、、、

 きのうは九州大学で開催されている「九州公法判例研究会」に出席しました。「判例」とついていますが、判例だけの研究会ではありません。というより、どっちかというと、論文テーマの報告が多いと思います。

 で、きのうは、ドイツの行政法理論を基盤とした「機能的自治行政」の民主的正統性論についてと、西宮市の市営住宅で起こった暴力団員退去処分をモチーフにした「暴力団員の人権」に関する研究報告をききました。

 前者の「機能的自治行政」というのは、きっと一定の公的業務を担うことを目的として国家によって設立された法人のことだと思います。これ、法治国家、法律による行政の原理からすると、法律によって厳しく規律される行政組織体外の存在なのに一定の行政業務を担うので上の原理からして正統性がないけど、、、どう考えればいいのか、、、という研究だったのだと思います。わたしの知力の限界を超えていました。

 後者は、よくわかりました。違法行為を行ったらそのことを事後的に制裁するのは当然なのですが、反社会的行為(違法の場合とそうでないグレーの場合があると思います)をくり返してきた組織のその構成員であるという点に着目して、憲法上の権利、法的な権利・利益を制約してよいのか、という問題でした。たいへん興味深いものでした。

 ともにわたしよりずーーっと若い人の研究報告でその意味でも刺激的でした。

Img_1814 で、研究会といえば懇親会beerbottleなわけで。地下鉄中洲川端駅改札でてすぐのお店で。わたしのように遠方(でもないが)からきている人にも配慮してもらったお店セレクションでした。

 ここでは、まぁ、いろいろお話ししたのですが、きのうは、ひとつは、わが社の教育への協力依頼をしました。これは、実質的にはもう走り出しているのですが、いずれ「かたち」も整えられると思います。

 もうひとつ印象的だったのが、各大学の人事、予算状況です。まぁ、この時期に大学教員が集まると、こういうお話しになってしまうのですが。旧帝国大学と公立大学の同業他社様は、まだ、そこまで教員数の削減、人事凍結、、、的にはなっていないとのこと。たしかに、両者様も後任補充してますものね。こういったところにも、わが社のおかれた「びみょう~な立ち位置」みたいなものの影響があるのでしょうね。

Img_1816 という感じで、わたしは二次会は失礼して帰路に。

 ことしは「大役」が依頼されているので、その前にこの研究会でも報告して、そのご指示をいただきました。ちゃんと勉強しようと思いました。

 それにしても、昨年の熊本地震以降、いろいろなお仕事をいただく機会が増えたように思います。きっと、あの地震があって「そういえば、熊本に、おびなた、とかいうのいなたなぁ~」と思い出していただいたのではないか、と思っています。生きているといろんなことがあると思うので、なんでも人生の糧にして、いいようになっていけばいいなぁ、と思います。

2017年4月20日 (木)

憲法Ⅱ(第4回)。

 cloudsprinkle。午前様からの午前講義。ちょっと疲労気味で失礼しました。

 ところで、わがゼミのツイッターアカウント「熊大法学部 大日方ゼミ」ができましたhappy01happy02

 ゼミ生ではない人のフォローも絶賛、大歓迎ですsign03

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 ということで、告知のあとは、きょうの第4回目の「憲法Ⅱ(統治機構)」のレビューをします。

 (0) いつものようにSBSから。

 ① まず、前回講義(第3回)のレビュー(4月17日付(2)(ⅲ))でもふれましたが、マッカーサー三原則のうちの封建制廃止に関する「財産権の社会化」について。日本国憲法が施行されていたとはいえ「農地改革(農地解放)」では「土地所有権の社会化」が実施されたといえます(1946年制定の自作農創設措置法による)。この「財産権の社会化」の意味ですが、一言でいうと、財産権を政府が強制的に収用して、しかし、その損失を(僅かしか)補償しないこと、と講義しました。これ、本来なら憲法29条1項が禁止している「私有財産の公有化」にあたると思われるので、占領下という特殊な状況下でのものとして理解されるべきであるとしました。

 そして、こういった「財産権の社会化」、「私的財産の公有化」を日本国憲法は禁止していて(29条1項)、この点において、わが国の憲法は経済自由主義(資本主義)を採用していると、わたしは理解しています。つまり、わが国の憲法は上のような財産権規制を許す社会主義憲法ではなく、かりにわが国が社会主義国家になるなら、憲法29条を改正する必要があると思います。

 ② 同じくマッカーサー三原則との関係で「天皇制存続」について。これ、なぜ天皇制は維持されたのか、とい質問が複数ありました。これについてのわたしの回答は、西欧諸国の為政者が統治の安定のために「宗教の社会統合機能」を巧みに利用しているのになぞらえて、GHQはこれから日本の占領統治を実施するにあたり、わが国では西欧の宗教の役割を天皇の存在、または、天皇制が果たしていると見抜いて、だから、象徴として天皇制を残すことで自らの占領統治をしやすくした、としました。「天皇の社会統合機能」を巧みに利用して占領政策を実施していったのです。

 このように、まず、わが国は一般に無宗教国といわれますが、その代わりに社会統合機能を果たしているものとして天皇の存在、天皇制がある。この社会統合機能をときの為政者は巧みに利用している。したがって「天皇の政治利用」には要注意であると講義しました。このことについては、まだ講義ではお話していませんが、青本P76にある【特別会見と「30日ルール」】を読んでみてください。

 それから、西欧諸国でも見られるように、為政者は「宗教の社会統合機能」を巧みに利用して統治をしています。ということで、これは、昨年の憲法Ⅰでお話ししたように、政教分離原則は、統治の正当性を分析する上でも重要な法原則であると考えられます。政府と特定の宗教団体との過度の結びつきは、やはり要注意です。

 ③ もうひとつ、明治憲法における統帥権の独立条項(11条)と軍部大臣現役武官制により、統治が軍部の意向に左右されるものになっていったことも復習的に講義しました。

 明憲11条は「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」と規定しています。この条項は、天皇の軍事権限に議会関与を許さない(いわゆる大権事項とする)根拠とされました。また、軍部大臣現役武官制は、陸軍大臣及び海軍大臣を現役の大将・中将に限るとすることで、内閣に軍部の意向を直接反映させると同時に、軍部の意向に沿わない政策を実施しようとした場合には軍部大臣の退任をちらつかせる(退任後の後任を軍部から得られなければ内閣総辞職)ことでやはり軍部の意向のつよい内閣が形成されることになりました。

 こうして、明治憲法体制の後期には、国務のうちの軍務については、議会そして内閣の統制が及ばない、軍部の独走を許してしまうものになってしまったのです。

 きょうは、SBSをすこし丁寧に解説したので、講義の本体部分はあまり進みませんでした。ごめんなさい。で、本体部分でレビューすべきところは、、、

 (1) 日本国憲法制定過程の歴史的事実を確認しました。青本P36~P37をもう一度、読んでください。そこでは、当初は日本側主導で憲法改正を実施しようとしていたものの、極東委員会が立ち上がるまえに日本の占領統治をはじめたいと考えたアメリカの思惑やいわゆる松本委員会の改正案が毎日新聞のスクープにあい、その内容があまりにも保守的だったことから、GHQが主導して憲法改正を実施することになった経緯について記述していあります。

 そのさい、「押しつけ憲法論」とはなにか(青本P37)とか、日本国憲法に社会権条項(それは財産権制約の論拠の明示)と国務遂行に「適正さ」を要求している適正手続条項(憲31条)から慎重に「適正」の文言を抜いていること(ロックナー判決の経験)からマッカーサー元帥は「社会主義者」であったのでは? なんてお話もしました。余談とはいえ、とくに後者は日本国憲法制定の背景にあり、いまなおわが国の基本方針(Constitution)の重要な一部を占めている実質的平等保護の観念に大きく影響している法理論です。

 (2) で、最後に「日本国憲法制定の法理」と題して、憲法改正に限界ありやなしや、の問題を検討しました。そのうち、きょうは、時間の都合で、憲法改正に実体的限界(内容的限界)があるか否かについて学説の分岐を紹介しました。内容的限界とは、たとえば、国民主権原理や平和主義は憲法改正できないのではないか、というものです。

 ① まず、憲法改正を定義したあと、憲法とは、憲法制定権(制憲権)者によって制定された法である、ということから説明をはじめました。これから憲法を制定しようという場面を想起すると、まだ憲法がないのだから、制憲者はどのような法にも拘束されないで、憲法制定権を行使し得る。そして、制憲権を発動して憲法を制定し、憲法上の権限としてたとえば立法権とか司法権とかを規定しその権限を国会や裁判所という国家機関に帰属される。このとき、同じように、憲法改正権という権限を憲法上の権限として規定し、その権限を国会と国民(国民投票を通じて)に帰属させている。

 こうして憲法が制定されると、その後は、実定憲法上の権限(立法権、司法権、、、改正権など)は、憲法の規定・手続に従って行使される。つまり、改正権の行使は、憲法上改正規定の拘束(国会両院総議員の3分の2以上による発議、国民投票過半数)をうけている。ということは、憲法を制定する権力と憲法を改正する権力は、その法力(権力としての力)に差があるはずである制憲権/改正権)。

 ② これを前提知識として、憲法の実体(内容)の改正に限界があるか否か(改正できない条文があるか否か)については、

 (ⅰ) 改正規定に従いさえすれば、憲法改正権に実体的限界はないとする、憲法改正限界「否定説」があることを説明しました。この説は、改正規定によれば、憲法が依って立っている「国の基本方針(Constitution)」をも改正できるとするところに特徴があります。

 (ⅱ) これに対しては、手続的とはいえ法的拘束をうける改正権は制憲権とは別物であることを起点にして、憲法改正には実体的(内容的)限界があるとする、憲法改正限界「肯定説」があると説きました。

 ③ で、わたしの見解はというと、たしかに、手続的拘束と実体的拘束は別ものとはいえ、「手続/実体」の相対性に鑑みるとき、憲法改正権に対する手続的拘束は何らかの実体的拘束を内包する(したがって、憲法改正に内容的限界がある)とするものである、とも述べています。

 そして、では、日本国憲法の何か改正の限界にあるかについては、それは主権の所在(誰が主権者であるのか)が改正の限界であるとしました。

 憲法制定の第一義は、主権者を確定させ、同者が行使し得る権限を憲法上に規定することで、同権限の行使を形式的にも手続的にも制限することである、とこの講義では説いてきました。したがって、主権の所在(誰が主権者であるのか)は、その憲法においては重要な形式(価値ではない)にあたるものです。価値依存的ではないわたしの憲法の見方もここに出ていると自分では思っています。

 ということで、日本国憲法の基本的な価値とされているものは論者によってまちまちでしょう(基本的人権の尊重である、平和主義もである、国際協調主義もだ、など)。そうだとは思いますが、それでも、憲法改正権の限界はこうした特定の価値ではなく、憲法の第一義、それは、主権の所在にある、とわたしは考えています。

 次回は、この議論の延長線上にある「憲法改正規定を改正規定で改正できるか」(うーー、👅かみそう)の問題を扱ったあと、象徴天皇制についてみていこうと思います。

 

 

2017年4月18日 (火)

演習Ⅰ(第2回)。

 sun。本日2回目のブログ更新。午前中にあった3年生のゼミ「演習Ⅰ」の第2回目です。

 先週発足したゼミなので、ゼミ生全員、そして、報告班毎の親睦もかねて、教室は体育館にしました(笑)。

 で、レビューは、N・Gさんにお願いしました。

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Photo_2 こんにちは! 大日方先生の粋な(?)計らいによって、本年度からの新企画としてゼミ生による「ブログ当番」が始まりトップバッターを務めることになりました。よろしくお願いします。

 さて、今回の演習では親睦を深めるためにバレーボールをしました! 終始笑い声が聞こえてきて親睦が深まったように感じました。

Photo_3 最も勝ち数が多かったのは我が大日方先生のいた4班さんでした。華麗にサーブを決め、とてもご満悦な大日方先生でした企画をしてくれたゼミ長や準備をしてくれた方々、ありがとうございました!

 次回は「夫婦同氏規定」についてのディベートを行います。当番はユーモアある方なので、わかりやすく面白く紹介してくれると期待しています👋

 

演習Ⅱ(第2回)

 sun 本年度から、ブログ新企画として、わたしが担当している「大講義」とゼミの様子を講義終了と当時にレビューする企画をはじめました。

 そのうち、ゼミについては、ゼミ生がリレーしてレビューしてもらうことにしています。で、そのトップバッターは4年生のS・Iくん。きのう(4月17日)の演習Ⅱについてレビューしてもらいました。

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3488_2 今年度から「ブログ当番」を、誕生日の逆順で担当することになり(何らかの陰謀を感じるのですが)先陣を切らせていただきます。

 今回の演習では、「積極的安楽死を認めるべきか」というテーマについてディベートを行いました。私の班は否定派の立場で検討しました。主な争点としては、「致死量の薬を投入する行為は殺人に当たるのではないか」「自己決定権を尊重すべき」といったことが挙げられ、それぞれの班の立場でしっかりと議論がなされたと思います。

 しかし私自身としては、自分たちの意見や立場を相手に端的に伝えることができなかったと反省しています。今後数回のディベートが予定されているので、そこで挽回できるよう準備をして臨みたいと思います。

 なお、今回の演習に遅刻をし、10分以上皆を待たせた筋肉自慢の彼は、今後どのような形で反省の色を見せてくれるのか非常に楽しみにしています。

 さて、次回のブログ当番は、最近ゼミ内でいじられキャラが定着しつつあるあの人です!乞うご期待!

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 本日のディベートのテーマは、高橋昌一郎『哲学ディベート』(NHKブックス、2007年)を参考にしました。

2017年4月17日 (月)

憲法Ⅱ(第3回)。

 rain 本日はお足もとの悪いなか、憲法Ⅱの講義にきていただき、あつく御礼もうしあげます。

 では、本日の2限目のレビューをします。

 (0) SBSではいろいろお話ししたのですが、やっぱり、憲法は「価値中立的」な法規範である、という点を再確認してほしいと思います。それは、特定の「よい」というもの(「よい状態」とか「よい生活」とか)を構想して憲法は解釈適用すべきではない(されるべきでもない)というものです。「よい」を実現していない政府は「悪い政府」であるというのを実体的統制としましょう。

 では、憲法はどのような法規範であるのかというと、国家機関の権力行使を形式的、手続的に統制する法規範であると思います。それは、たとえば、法律の制定という権力行使について、権限ある国家機関の提案からはじまり、審議・議決、署名・連署等、それぞれが適正になされているか、そして、議事手続が法令に規定されているものに則っているか、そういった点を憲法は規定しているのである、というものです。

 で、そうではなく、憲法は一定の「よい状態」や「よい生活」の実現を政府に要請しているはずであると憲法を解釈適用しようとするものを「価値依存的」と表現しました。ただ、すべての人びとにとって「よい」とされるものは画一的に存在しているとは思われないので、「よい」とされるものは、常に特定の個人や団体にとっての「よい」ものにならざるを得ないであろう、とも注意喚起しました。

 憲法条文をよく読めば、国家は××、△△してはいけない(消極的規定)と規定しており、政府は〇〇しなければならない(積極的規定)とする規定は例外的(で抽象的)である、ということも講義しました。やはり、憲法は特定の価値を信奉する法規範ではないと思います。

 (1) 講義の本体部分のはじめは、前回の続きで「明治憲法の特質と病理」をお話ししました。

 ① 特質(もいろいろとあると思うのですが)、ここれは、とくに大臣助言制が重要です。その仕組は、明治憲法55条にあるとおり、明治憲法下で制定されるすべての法律、勅令、詔勅等には、国務大臣の署名を要するとすることで、天皇の権力行使を抑制するものです。その意義としては、天皇が直接大臣を任命し、その助言、進言により国政運営するという点においては天皇親政的制度であるが、反面で、その国政運営に誤りあるときには、担当大臣を批判することで間接的ながら天皇の統治の責任を問う憲法上の制度であることも、講義では説明しています。大臣助言制を中核とする立憲君主制は絶対王政とは違のです。

 ② 病理としては「統帥権の独立」(明憲11条)について解説しました。「統帥事項」については議会や内閣の関与が許されない事項とされたために、軍務に関しては統帥権発動を擬制した軍部による独裁的慣行を許してしまったのであると。

 で、講義中に紹介した田原総一朗さんの本がこれです。軍部も官僚組織、その生態が戦争を生んでしまったことが書かれています。

 (2) 講義の後半では、戦争に負けたわが国にまっていたGHQによる占領政策において、もっとも重要な課題であった明治憲法の改正(日本国憲法の制定)に関するマッカーサー・ノートについてとりあげました(プリントP7です)。

 マ・ノートには、① 天皇制の存続、② 戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認、③ 封建制廃止、貴族制改革が唱えられており、このうち、解説が必要だと考えた③について、つぎのように分説しました。

 (ⅰ) 戦争の経済的基盤であった財閥の解体

 (ⅱ) 階級社会、特権階級の廃止。これは、あまり参照される条文ではありませんが、憲法14条2項・3項で実現しています。

 (ⅲ) 農地の特権的所有制度を改革するための農地解放。昭和28年の最高裁大法廷判決は、この農地の一種の「社会化」(国家による公法的規制。私有地を公有したあと安価な払い下げ)の是非が争われた事例でもありました。こういう私有財産の「社会化」は、日本国憲法がすでに制定されていたとはいえ占領下であったことによるもので、本来なら、29条1項が禁止しているのは、このような私有財産の公有化である、とも講義しました(このことは、昨年の「憲法Ⅰ」でも講義しました。緑本のP252も参照してください)。

 (3) この他にも、太平洋戦争に関連して、戦争とは宣戦布告にはじまり終結条約に終わる法状態のことであるから、1945(昭和20)年8月15日の「終戦の日」も重要な日であるが、国際法上は、同年9月2日の米戦艦ミズーリ号上での「降伏文書」調印が終戦協定にあたること、そして、その後、わが国はGHQの軍隊による占領下にはいるが、1951(昭和)年9月8日調印の「サンフランシスコ平和条約」の発効(翌年4月28日)により、わが国は主権を回復したことを論じました。

 ということで、次回(第4回)には、いよいよ日本国憲法制定過程お話しをして、象徴天皇制とは何か(第1条の解釈)に入ろうと思います。

2017年4月16日 (日)

村木嵐『やまと錦』(光文社、2017年)。

 sun。昨年より、温暖。昨年は外にいたので、よくわかる。

 明治憲法制定に奮闘した井上毅(作中名・多久馬)を題材にした、村木嵐『やまと錦』(光文社、2017年)を読みました。村木嵐さんは京大法学部卒。参考文献の欄では、大石眞先生の『日本憲法史』(有斐閣)から貴重な示唆を得たとあります。

 いまちょうど憲法の統治機構に関する講義で「日本憲法史」と題して明治憲法制定の意義を説いているところです。あすの講義では日本国憲法の制定過程について講義します。

 その明治憲法制定の意義ですが、講義では、① 外的要因として、憲法をもつ近代国家になって、江戸幕末に締結した不平等条約を改正すること、② 内的要因として、民権運動を抑制して天皇制国家を確立することである、と説いたところです。その様子が本書は生き生きと描かれています。

 また、社会秩序を維持するために、いかに天皇が利用されていたのかについても、作中のいたることをで垣間見ることができます。たとえば、西郷・板垣の征韓論を抑えるところ(45頁あたり)や欧米のキリスト教のかわりとされているところなど。

 ところで、本書は「法」というもの、について主人公に次のように語らせています。「法とは無から作るものではなく、歴史のなかで少しずつ発達してきたもの・・・。法を定めるとは、すでに私たちの中に蓄積されてきているものを書き起こす作業だ」(134頁)と。これ、わたしが昨年の講義(基本権領域を講じた「憲法Ⅰ」)ではじめの頃にお話ししたことですよね。その端緒・発祥の一点を見れば「人為性」があるのだろうが、しかし、法とはその人為性が薄れてきて普遍性・一般性を得たものである。こうした非人為性をもつ規範による統治が「法の支配」であると。

 さらに、この本を読んでいると、形式的意味の憲法(ここでは明治憲法)が制定されてはじめて「国家」というものが成立するのではなく、すでに実質的意味の憲法に基づく官僚組織体があって、その中の担当者が憲法を制定していったことがわかると思います。実質的意味の憲法に基づく官僚組織体こそ、われわれが頭の中で「国家」と思っているものの正体であるとも講義ではくり返しています。

 その明治憲法も、臣民の権利を保護することで君主の権力を抑制するものなのですが、同時に、もっとも恐れなければならいのは民権派の暴力である(186頁あたり)であったことも。憲法は急進的な動きを抑制して統治を安定させるためのものなのです(このことも、くり返し講義で説きました)

 そうはいっても、憲法は政府のためにあるのではありません。作中で“憲法の文言に幅をもたせているのは、未来に向かって国家権力を抑えるために開かれているのであり、為政者に好きに使わせるためではない”と主人公(189頁)および大津事件の際の大審院長であった児島惟謙(247頁)の口から語られています。物語の終盤では「立憲制」の意義が説かれています。

 (立憲君主制の一端について、つぎのような記述があります。「憲法の五十五条には、各省の大臣が天皇を補佐して、責任はその大臣が取ると書いてある。また天皇は議会の協賛がなければ法を定めることができず、詔勅も勅令も、大臣の著名があってはじめて効力を得るとなっている。憲法はそこまでして天皇の個人的な恣意を排除しているのだ」〔220頁〕と)。

 明治維新から流血もなく四半世紀で立憲君主制へ。この統治体制の変革と確立が平穏に行われたことこそ、まさに「革命的」なできごとだったと思います。あと2週間もすれば「憲法ウィーク」(ゴールデンウィークか)。「憲法」というものの基本を考えることができる良書だと思いました。

2017年4月13日 (木)

憲法Ⅱ(第2回)。

 sun cherryblossom、まだいけますね。

 憲法Ⅱは半期4単位ということで、すでに、きょうが第2回の講義です。

 (0) まず、通例にならって「かえってきたSBS」の解説から。ここでは「統治/政治」の区別の例として、なぜ「与党党首の就任」と「内閣総理大臣の指名」(前者が「政治」で後者が「統治」、青本P3参照)を例に説明しているのか「ピン!」とはこなかったという質問について、たしかに、わかるものだと思い込んでいて丁寧に説明していなかったなぁ、と思いました。これから、より丁寧な説明を心掛けようと思いました。

 で、なぜそれを例にしたかというと、与党党首と内閣総理大臣、通常は、同一人物ですよね。というか、与党の党首に就任した人が国会で内閣総理大臣に指名されてきています。ところが、前者は「政治」なのでとくに党首を選ぶ手続等を規律している法令(国法)はないから政党という結社の内部で自由に決めていい、ただ、内閣総理大臣の指名は「統治」なので憲法をはじめとする国法の統制がある。となると、実際には、前者の方を法令によって統制しないと、、、ですが、政党も結社なのでその自律権は憲法で保障されている(21条1項)。で、どうすべきか、、、

 これを例に出したのは、「統治/政治」は「コインの表裏の関係」にあるということも示したかったからです。みなさんは憲法とともに政治学も学んで「で、どうするか」というところに自分なりの見解をもてるようになってください。

 (1) 講義の前半は、前回は近代的意味での立憲主義についてお話ししたところで終わっていたので、それが現代的意味での立憲主義に変容(「立憲主義の変容」、青本P5~P6参照)しているというお話しをしました。そこでは、つぎのことについて講義しています。

 ① 現代立憲主義の要請は、近代立憲主義のもたらした負の遺産(貧富の格差、経済恐慌、失業など)を解消にある。

 ② そのために、憲法は、国家が市民生活に積極的に介入、配慮することを求めている。

 ③ 日本国憲法には、そのことを政府に要請している規定(社会権規定)もある。

 ④ 但し、それは、同時に、わたしたちの自由な生活に政府の干渉を許す論拠ともなっている。

 どうでしょう、みなさんは、いまの立憲主義をどう評価しますか?

 (2) 講義の後半は項目がかわって「日本憲法史」にはいり、明治憲法の制定動機をお話ししました。それには、憲法をもつ近代国家になって江戸幕末に締結させられた不平等条約を改正するという「外的要因」と、民権運動を抑制し天皇支配体制を確立するという「外的要因」がある、と説明しました。

 (3) 教科書(青本)のP3~P25までは、昨年の「憲法Ⅰ(基本的人権)」で講義している(はず)なので省略しています。復習を兼ねて、一読しておいてください。わからないところがあったら、遠慮せずSBSで。

 次回は、わが国はなぜ太平洋戦争をしてしまったのか明治憲法との関係で簡単にみたあと、日本国憲法制定過程における議論を解説する予定です。そこにでてくる憲法改正論議は、5月の「憲法ウィーク」でも例年盛んに議論されていることだと思うので、自分なりの見解をもてるように講義を聞いてください。

2017年4月11日 (火)

第1回演習Ⅰ、第1回演習Ⅱ。

 sprinklecloud

 きのう、わが社でも本年度の講義が開始され、さっそくきのう演習Ⅱ(4年生のゼミ)ときょう演習Ⅰ(3年生のゼミ)がありました。4年生のゼミは月曜の5限、3年生のゼミは火曜の2限とそれぞれ時間帯が違うのですが、初回のゼミだけは両方をゼミに出てもらって、それぞれの学年にむけて自己紹介してもらいました。

 自己紹介の内容は、名前・出身地・特技等にくわえて、自分の「名前の由来」を話してもらいました。わたし、この「名前の由来」って、結構、好きなんですよね。

 学生にはそれぞれ名前があります。この名前、当たり前ですが、適用につけているわけではないでしょう。それぞれには親御さんやご家族の「思い」が宿っている。また、先祖代々受け継いでいるような漢字があったりする。苗字とのバランスや、呼んだときに「響き」のようなものも重要・・・。そうそう、いまでも画数も重視されています。という具合に、名前、多くは漢字でも平仮名でも1~3字、単純なようで、そこにはたくさんの「思い」や「願い」といったものが含まれているのです。

 ところで、「名は体を表す」といいます。これは、名前はその人がもっている本質を表している、という意味だと思います。でも、そうですよね。生まれてから手が離れるまで、毎日、名前のようになるように願われつつ育てられてきたわけですから。それは、僅かなことかもしれないのですが、それでも、多くの人にはその名前の片鱗を見ることができるように思うのです

 ということで、わたし、自分も自己紹介するときに名前の由来をいったりしているのですが、学生に自己紹介させるときにも、自分の名前の由来をいわせて、その顔や声や雰囲気や・・・からいろいろな「思い」を見ようとしています。

 そうそう、わがゼミ生、3年生22名、4年生21名で、計43名。学年毎でも20名を超えているので、なかなか学年を超えて交流、親睦を深めることが難しいとも思われます。ただ、両学年で交流、親睦できる機会をできるだけつくって、お互いの顔と名前が一致しないなんてことがないようにしたいと思います。

2017年4月10日 (月)

第1回講義を終えて。

 rain わが社は今日から平成29(2017)年度の講義開始! さっそく、本年度わたしが受け持つ大講義「憲法Ⅱ(統治機構)」がありました。

 その概要をまとめておきます。

Img_1766 (1) 教科書は、わたしの『憲法Ⅰ 総論・統治機構論』(有信堂、2015年)です(憲法Ⅱですが、教科書は『憲法Ⅰ』です)。この教科書での講義は2015年につづき2回目です。

 (2) 新2年生が多いということで、新2年生への「はなむけ」の言葉を講義冒頭にお話ししました。林修先生の「いまでしょ!」は古すぎましたが、どうかみなさん、ふり帰ったら「愚直に勉強した学年だった」となるよう、精進してください。

 (3) きょうのメインのひとつは「統治」とは何かという点でした。レジュメP2の一番下では「統治」と「政治」の違いを、内閣総理大臣の指名(統治)と与党党首の決定(政治)を例に説明しています。統治とは国家機関による法令に基づいた権力支配のことです。国家機関に法令により与えられた権限はどのようなものか、憲法はそれをどのように統制しようとしているのかについて、半年間、4単位で講義します。

 (4) もうひとつのメインは「立憲主義」とは何かという点でした。立憲主義とは憲法に基づく統治のこと、この場合の基づくとは「〇〇があってはじめてできる」という意味であるとお話ししました。

 (5) そして、まずは、近代立憲主義よろしく、憲法は、国家による統治権を制限することでわたしたちの「自由の領域」を守ろうとしていることについて講じました。プリントP3にある日本国憲法を近代立憲主義の系譜の中に位置づけようとする試みは、昨年の「憲法Ⅰ(基本的人権)」の講義からわたしが一貫して論じてきたことです。

 次回は、この立憲主義観にも変容がもたらされていることを述べたあと、日本憲法史として明治憲法の制定理由などをお話しします。

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