無料ブログはココログ

わたしの著書

  • 憲法Ⅰ 総論・統治機構論
  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
  • ロールズの憲法哲学

« 研究会@九大。 | トップページ | 演習Ⅱ(第3回)。 »

2017年4月24日 (月)

憲法Ⅱ(第5回)。

 sun なのに~、憲法Ⅱ~。

 で、きょうの憲法Ⅱの講義のレビューです。

 (0) まず、いつものようにSBSから、

 ① 「リベラル」の意味ですが、これ、自由主義と訳すのは、ハッキリ言って「間違っている」か「誤導的である」と講義しました。リベラルは、自由を制限してでも実質的平等という名の結果の平等を実現すべきであるという政治思想です。あえて訳すなら「社会民主主義」であろうと。で、こうした政治思想を私有財産の社会化を通じてでも実現すべきであるという政治思想を「社会主義」というとも講義しました。日本国憲法は、社会権規定により、リベラルな政策は許容されているでしょうが、社会主義化は29条1項により禁止されていると思われます。

 ところで、リベラル派によって占められていたGHQによる日本国憲法制定の意図については、いずれも保守派の論客によるもののようですが、下記二冊をあげておきます。

 ② 憲法改正における「事実の力」による改正について。憲法改正権は実体的/形式的/手続的な拘束をうけるけれども、なおその拘束を超えて改正されるというような現象が起きたとすると、それは「事実の力」による改正ととらえるしかない、と講義しました。

 で、その例はあるのか、という質問について、この「事実の力」は正規の法からするとある種の違法状態とも考えられるので、法治国家では望ましいものではない(したがって、具体例としてあげられるものはない)とも。但し、憲法改正案の発議について(これは96条に権限者が規定されていてそこに国民はない)、「憲法改正手続法」(国民投票法)の附則には憲法改正過程にも「間接民主制」の拘束がある旨、規定されているので、かりに国民による発議がなされてそれが成立したとすると、これ「事実の力」による改正であった、と評価されるのでは、とも回答しました。

 (1) 本論にはいって、まず、憲法改正に形式的限界はあるか(憲法改正規定を改正権により改正できるか)について検討しました。わたしは、制憲者が改正権を現在の形式と手続に厳格に固定する意図ではなかったはずだとして、発議においていずれかの議院に優越を認めるとか国民投票をなくすというようなことを禁止し、しかし「いくぶん」かの改正は許されるとしている通説的見解を否定する論陣をはりました。改正規定をいまのもの(5分の3でもなく2分の1でもなく「3分の2」、要国民投票など)としたのは制憲者であり、これを改めることは改正権の設定と同じなので制憲者にしかできないのでは、と。青本のP45~P46を吟味してみてください。

 (2) つづいて「象徴天皇制」の項目にはいり、憲法1条の意義を検討しました。

 ① まず、1条前段の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であ〔る〕」の法的効果は、政治的に中立な存在であってはじめて象徴としての機能を果たせる考えるなら、機能を失われるような行為を天皇に禁止し、その機能を毀損するような行為を天皇にとらせることを政府に禁止しているものである、としました。

 で、なにが「政治的なるもの」なのかがここでも問題になりますが、これは青本のP64~P65のあとP76~P77を読んでください。わたしは「政治的」という概念も形式的にとらえるべきであると考えているので、何が政治的であるかを実体として検討するのではなく(そうすると百家争鳴)、政治というのは人間社会における人為的営みの集積であろうから、人為的でなければ(非人為的)「政治的ではない」ととらえればよく、たとえば、天皇特例会見における「30日ルール」のようなものを守ったか否かで、政治利用されたか否かを判定するのがよい、との見解を表明しました。

 ② つぎに、1条後段の「〔天皇の〕地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」の意味について。これは、天皇の統治を天孫降臨神話による神勅にもとめた明治憲法の「日本版王権神授説」を否定したものである、と述べました。ただ、これはフィクションであるので、国民の総意により天皇の地位は変更可能かというと、そういう法的効果はやはりないのでは、とも述べました。

 (3) では、こうした天皇は一体何ものか?

 ① 天皇は君主だろうか? これについては、君主とは、国家の統治権の重要部分を行使し、対外的に国家を代表する外交交渉権をもつ独任制国家機関をさすという一般的定義によれば、天皇は憲法4条により国政に関する権能を否定されているので、君主ではないことになります

 ② 天皇は元首だろうか? これについては、元首とは、現在では対外的に国家を代表する機関をさしているとする一般的定義によれば、対外的に国家を代表しているのは内閣(外交交渉権をもつ)であると考えられるので、天皇は元首ではない講義しました。

 ③ これに対して、政府見解は、明治憲法下におけるものとは異なるが日本国憲法下においても天皇は君主であり元首であるとしている、と解しているようであると(参照、第71回国会参議院予算委員会における内閣法制局長官答弁)。しかし、この君主・元首には法的権限の伴うものではないので、そういっても「形式的・名目的」なものにすぎないはずである、とも講義しました。

 (4) さいごに、天皇の特殊な地位に基づく天皇の法的責任についてお話しました。

 ① まず、天皇の刑事責任について。

 (ⅰ) 天皇に告訴権があるかというと、天皇、三后および皇嗣の名誉に関する告訴については内閣総理大臣が代行するとする刑法232条の2からすると、天皇にも告訴権があると考えられると思います。

 (ⅱ) では、逆に、天皇が訴追されることがあるか。天皇が訴追されることがあるか否かについて規定したものはありません。ただ、皇室典範21条は摂政について「在任中、訴追されない」と規定しています。また、国事行為の臨時代行に関する法律6条によると、国事行為を代行している皇族はその間には訴追されないと規定されています。これらの規定からすると、在任中は常に国事行為を担っている天皇には、もちろん、訴追権は及ばないと考えられるのではないでしょうか。

 ② で、天皇の民事責任ついては、かつて最高裁は天皇の象徴としての地位に鑑み、天皇には民事責任も及ばないと判示したことがる、と講義しました。ただ、天皇も財産権の主体であることを考えると、その範囲で、民事責任を肯定するのが適切であると思います。

 ということで、次回(27日木曜日)は、では、君主でも元首でもない天皇が日本国憲法上なし得る行為とは何か(国事行為、「公人としての行為」が許されるか)を説いたあと、「戦争放棄」、9条の規範的意味について検討しようと思います。

 

« 研究会@九大。 | トップページ | 演習Ⅱ(第3回)。 »

憲法Ⅱ(統治機構)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/499918/70366491

この記事へのトラックバック一覧です: 憲法Ⅱ(第5回)。:

« 研究会@九大。 | トップページ | 演習Ⅱ(第3回)。 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30