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2017年5月

2017年5月31日 (水)

第4回熊本公法研究会。

Img_1941 きのう、第4回目となった熊本公法研究会(略称、「熊公研」)が開催されました。

 今回の報告者は本学LSで行政法を担当する2名の教員。お題は百選担当判例の検討でした。具体的には、

 第1報告:地方議会議員の懲罰と司法審査に関する最大判昭35・10・19(民集14巻12号2633頁)の検討。これ、憲法判例としても有名ですよね。部分社会の法理のところで。地方議会議員の出席停止の懲罰には司法権が及ばないというもの。本件裁判書中には除名処分の場合には司法権が及ぶ旨の先例引用がある点、学生諸君も確認してください。

 第2報告:対潜水艦戦作戦センター(ASWOC)の設計図及び建築申請の資料公開請求に関する最2判平13・7・13(訟月48巻8号2014頁、判自223号22頁)。那覇市情報公開条例に基づく公開請求で一旦は非公開となったものが異議申立により取り消されたので、国がその取り消しを求めて出訴したもの。防衛上の秘密云々・・・というところもあるのでしょうが、最高裁は、本件を「法律上の争訟」(裁3条1項)として認めたものの国の原告適格性(行訴9条)は否定する、という結論にいたっています。「法律上の争訟」の第1要件(原告に具体的な権利、利益の損害が認められること。主観争訟性)と行訴法9条のいう原告としての適格性の関係とか、いろいろ考えました。

Img_1945 ということで、研究会終了後は、恒例の懇親会。指導教官や関係者の退官なり、古稀なりの論文集、献呈式なんかが話題になりました。

 そうそう、平日ということもあり、わたしは、研究会を中座して別の全学会議に出席し、そのあと、また研究会に戻るという・・・ ああ、大学では研究だけ(と、学生と話すだけ)でよかったらいいのに・・・ よく考えたら、会議より勉強の方が重要だったなぁ、と・・・、優先順位を間違えたか。それでも、お役目からして、全学会議に出ないわけにはいかなかったか・・・

2017年5月27日 (土)

演習Ⅱ(第6回)。

 きょうもsun。今週の月曜日(22日)の4年生のゼミの様子です。レポーターはK.Hさんです。

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前回のブログの紹介文、完全に煽られていますね、、もはや合っているのはサークル名だけ(笑)私は洋楽のラップを歌うのですが、性格とのギャップからか笑われがちです。かっこいい!といつか皆に言わせたいです(笑)

今回のテーマに入る前に、大日方先生のお誕生日をお祝いしました! 

おめでとうございます!!!ポロシャツをプレゼントしました。喜んで頂けて嬉しいです。

先生今後ともご教授よろしくお願いします!

さて、今回のテーマは「安保法案、違憲訴訟を提起するとしたら?」でした。

安保法案とは、国際平和支援法案と自衛隊法改正案など10の法律の改正案を一つにまとめた平和安全法制整備案からなり、集団的自衛権、自衛隊の活動範囲の拡大などが盛り込まれています。

違憲訴訟の方法としては差し止め訴訟、無効等確認訴訟、国家賠償訴訟の3つがあり、発表班の見解は次の通りでした。差し止め訴訟に関して、平和的生存権は抽象的・不明確であるために、当事者の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であると言えず、付随的審査制を採用しているわが国では審査の対象とならないため認められません。国家賠償訴訟に関しては、安保法案の成立によって直ちに国民に損害が生じているとは言えないため、認められません。自衛隊の隊員による安全保障関連法の憲法違反を根拠にした命令拒否に対する懲戒処分の取り消し訴訟に関しては、安全保障関連法という極めて高度な政治的な性質を有しており、この是非は専ら民主的基盤を有する政治部門において判断されるべきという統治行為論により違憲審査の対象になりませんが、仮に司法権の限界にないとすると、憲法解釈上違憲と解される集団的自衛権を理由になされた懲戒処分は隊員の上司の裁量権を逸脱したものであると考えられるため、取り消し訴訟が認められるとしています。全体では国際平和支援法案によって集団的自衛権を行使をした場合に、自衛隊員が亡くなり、その遺族が憲法9条2項の交戦権否認違反を理由に国家賠償訴訟を提起したときに違憲を争えるのでは、という意見もありました。

安保法案に関して有識者の中でも意見が対立していますが、我が国の安全保障と考える上で大切なのは国民の生命と平和な暮らしを守る最適な方法を見つけることです。そのためにも、一人ひとりが集団的自衛権のメリットデメリットは何か、個別的自衛権に依拠する安全保障の問題について考えていかなけばなりません。以上です。

次回のテーマは「地方自治-住民投票条例について」です。

ブログ担当は我が大日方ゼミのスーパーアイドル、S・S君です。乞うご期待ください!

Img_1926

2017年5月25日 (木)

憲法Ⅱ(第12回)。

 ちょっと、じ~めっとしてますね。で、きょうの憲法Ⅱのレビューです。

 (0) まずSBSから、

 ① 日本国憲法(代表民主制)下における「代表」概念について、わたしは、憲法43条1項(いずれの選挙区、選出母体から選出されたとしても「全国民」の代表者である)及び同51条(演説、討論、表決について院外で責任を負わない)の法的効果を考えれば、日本国憲法の「代表」観は自由委任代表であろう、と考えています。

 ② ただ、そうだとすると国民主権といいながら「代表者(統治者)/国民(被統治者)」となってしまうという命令的委任代表観からの批判に応じて、二者の政治的意思に事実上の一致を制度として求める社会学的代表観が有力に唱えられてきている、とも解説しました。

 社会学的代表観をとる論者が、代表者と国民の間の政治的意思の一致を事実上確保するものであるとみた制度が、普通選挙制(制限選挙制よりもより多くの国民を有権者としているので)と衆議院解散(二者の意思に乖離がみられるときには代表者の組織体を解散→選挙することで一致をとりもどす)であるとも講義しました。

 ③ わたしは「事実上〇〇となっている」から、、、というのは法理論、法的言説ではないので、日本国憲法下における代表観はあくまで自由委任代表で社会学的代表はそのヴァリエーションにすぎないとみていますが、ここは論者により評価が違うところだと思います。また、政治学、経済学、哲学等の影響下にある憲法理論、とくに統治論の奥深さを想起するなら、わたしのように単純に言い切ってしまうことには慎重であるべきかもしれません。

 ④ ここまでの議論をふまえて、プリントP25の【Q】の回答を用意してください。そこでは地自法80条1項のような地方議会議員に対する解職請求制度を国会議員との関係で設置することの憲法適合性を聞いています。

 (1) 日本国憲法の代表観を自由委任代表であるとすると、まず、党議拘束の是非について問題になるのでは、と講義しました。そこでは、かりに党議拘束違反に対する党内処分に議員資格喪失のような効果をもたせるような法制度を創設するなら、それは同代表観(憲法条文でいえば、43条1項、51条)に反するのではないか、とお話ししました。

 これとの関係で、プリントではすこし下にあるのですが、日本新党繰上補充事件について検討してみてください。現行法上、除名その他の党内処分は団体内部の自治にゆだねるべきものですが(憲21条1項〔結社の自由〕)、ただ、除名処分が繰上当選を阻むような制度は憲法適合的でしょうか

 (2) つぎに、党籍変更について、お話ししました。

 ① 衆参の比例代表選出議員について、平成12年改正前法(国会法、公選法)では、党籍変更をしても当選を失いませんでした。

 ② 平成12年改正法で、選挙時に存在していた既存政党への党籍変更については、当選を失うと法改正されました(現行法)。

 ③ 但し、現行法でも、除名、脱退後、無所属になったり新党を結成することは、当選を失うことはありません(このあたり、丸括弧連続条文になれるために、是非、国会109条の2、公選99条の2を慎重に読んでみてください)。

 で、ここで【Q】を板書しました。

 【Q1】現行国会法109条の2、公選法99条の2は憲法適合的であろうか(上の②の合憲性)。

 【Q2】かりに③まで当選を失うとする法改正はどうか。なぜなら、現在の政党国家現象、政党政治の下、有権者は政党の政策に一票を投じていると考えられるので。

 【Q3】現行制度(②)と改正前制度(①)とでは、どちらが国民主権、間接民主制、憲法43条1項、同51条の意義に適合的な制度であろうか。

 【Q4】ブログで追加。衆参の(小)選挙区選出議員についても②の制度を導入したとすると、同制度は憲法適合的であろうか。

 (3) さらに、国会の構成については、二院制の意義についてお話しました。

 ① 第二院の存在理由について、そして、参議院の存在意義については、プリントP27で確認してください。

 ② A・シェイエスは「第二院は何の役に立つのか、その意見が第一院と同じであれば無用であり、異なるなら有害である」と言ったといいます。この言葉をうけて、P27には「参議院不要論をどう評価するか」という【Q】を付しておきました。各自、論述できるようになっておいてください。

 わたしは、青本P152で、二院制の意義は国政に国民の多様な意見を反映させるためではなく、Ch・モンテスキューの顰に倣って、権力分立にあるとしました。議会内部を二つにわけることの本来的意義は、民意の反映ではなく、議会権限の抑制にある、と思います。

 (4) 講義の最後の方では、国会における審議、会議の原則、ルールについて、すこしお話しました。

 「正義」というものをを形式的、手続的に捉えようと試みているこの講義では、会議で何が決められるのかという「実体」面ではなく、議案提出の方法とか誰が提案権者なのかとか、会議のルール(それは成文のものもあれば、先例など不文のものもある)といった会議の「形式的、手続的」側面を検討してみることが重要です。

 これはある種のゲームのルールです。ゲームのダイナミックさやプレイヤーのパフォーマンス(これらを実体面とすると)、これらを引きだすのがゲームのルールです。だって、ルールがなければゲームそのものがない、つまり、実体面も成立しないのだから。

 法というものの重要性もこれと同じように説明できると思います。法がなければ社会そのものがない(「社会あるところ法あり」)、憲法がなければ国家そのものがない(「国家あるところ憲法あり」、ここでいう憲法とは実質的意味の憲法ですね。だから成文の場合もあれば不文のものもある)のです。

 ということで、一見、無味乾燥的で眠くなるテーマですが、会議のルール、意思決定の方法を検討することは、法の本質をとらえるために重要なところだとわたしは思っています。

2017年5月23日 (火)

演習Ⅰ(第6回)。

 cloud バースデーbirthday・ウィークも一段落。きょうの3年生のゼミのレポートがとどいています。

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 今回ブログを担当させていただきます! M.N です!

 今回のテーマは団体の基本権と構成員の自由で、株式会社による政治献金や、司法書士会などの寄付行為は認められるのかというものです。八幡製鉄政治献金事件や南九州税理士会政治献金事件、群馬司法書士会災害復興支援金事件の判例の理論の目的の範囲であるのか、などを論点として見てきました。

Photo 結論としては、会社は定款に定められた目的の範囲内であって、公共の福祉に反しない限り、政治献金の寄付の自由を有するため、株式会社の当該寄付行為は違憲ではないとされました。また、株式会社ではなく税理士会などの強制加入団体の場合は、会社とは法的性質を異にする法人であり、構成員は政治献金の寄付の協力を義務づけることはできないため、寄付行為は法人の目的の範囲外であると解され、税理士会の当該寄付行為は違憲とされました。さらに、政治献金ではなく災害支援金だった場合、その支援金は業務の円滑な遂行を目的とし当該寄付行為は法人の目的の範囲内であるといえるため、違憲ではないとされました。

 団体が何かということでも、政治献金だからダメ、支援金の寄付だからいいということではなく、寄付行為の目的が法人の目的の範囲内であるかどうかという問題が大事なのがわかりました。

 質問タイムでは、いい質問がかりで大日方先生も「今日はいい質問ばかりだね。」と褒めてくれました。質問によってより深く内容を理解できて、自分が考えもしなかった質問が出ると、こういう考え方もあるのだなという発見もあって、自分の考え方が広がりました。

 そして!!今日は大日方先生のお誕生日のお祝いをしました! 私たちからはベルトをプレゼントさせていただきました! 喜んでいただけてよかったです!

Photo_2 これからも楽しく学んでいきたいと思いました。

 

 

 

2017年5月22日 (月)

憲法Ⅱ(第11回)。

 半期4単位の憲法Ⅱは週に2回あるため、もう11回。でも、3回分くらい、遅れているか。とくに、きょう、一生懸命しゃべったわりには、進まなかった。もうしわけありません。

 と同時に、いつもにくわえて、抽象的議論のオンパレードだったと思います。判例や法令の解釈の基盤、背景にある法理論こそ重要なのですが、まぁ、そこは難解なものだとわりきって、判例・法令の解釈に直接関係あるところだけを抽出して理解につとめてください。

 (0) SBSでは、日本国憲法における直接民主制の評価、イギリスの議会任期固定法(2011年制定)、公選部門が非公選部門を統制すべきであるという「民主的コントロール」論、といったお堅いところから、眞子さま報道についてまで、はばひろい質問をもらいました。プリントを参照し、もしわからなかったら、また質問ください(口頭でもOKです)。

 (1) で、本論ですが、衆議院議員定数不均衡訴訟に関する昭和51年の大法廷判決は、実に、重要な判例です。ここでくり出されたさまざまな「法理論」のすべてをその背景まで理解できたなら、統治機構論の相当部分を理解できたといっても過言ではないと思います(少なくとも、半分以上は理解できたはずです)。だからこそ、この判決内容をモデルにした定期試験問題を平成27年度の憲法Ⅱでは55点で出題しています。ぜひ、Moodleにアクセスし、過去問集のところからダウンロード等するなどして、十分に検討してください。

 (2) ようやく「総論」がおわり、統治機構論の本体部分にはいりました。わたしの青本は、統治機構論をまず「政治原理部門」(国会、内閣、地方政府)と「法原理部門」(裁判所)にわけて論じています。さらに、そのうちの「政治原理部門」は、法律制定(国会)、執政(内閣)、財政(内閣、国会)、地方統治(地方議会、地方政府)という作用を、「法原理部門」は司法、違憲審査(いずれも裁判所)という作用を担っていることを意識して記述しています。目次を眺めるだけでも、日本国憲法の統治機構論の全体像がわかるので、時宜に応じて目次を参照してください。

 (3) そして、まず「国民代表機関としての国会」というテーマの下、「代表」概念についてお話ししました。日本国憲法は代表民主制(間接民主制)を採用しているのですが、そこにいう「代表」概念については、おおきくわけて「命令的委任代表」(選出母体の意思に法的に拘束)と「自由委任代表」(代表者に選出母体による法的拘束なし)にわかれることを説明しました。

 さらに、日本国憲法における「代表」は自由委任代表であると思われるけれども、その純粋形態は「統治者/国民」となる法理論であるので、両者の間に事実上の一致を求める「社会学的代表」が通説的見解であるということも述べています。うえに日本国憲法の代表観はおおきくわけて2つであると述べたのは、この社会学的代表は、純粋代表の変種であると、わたしは理解しているからです(ということで、3つあるとする論者もいるはずです)。

 うえの「代表」概念を語るのは、憲法条文で言えば、43条1項と51条の法的意味が何であるかを検討するときに必要になるからです。この両条文の意義は、つぎのように説明することができると思います。

 ① 43条1項-国民の代表。どの選挙区から選出されても、その選挙区の利益を代表し絵居るのではなく、全国民を代表しているということ。実体としてこういうことはあり得ないので(利害を共通にする「国民」という統一体は存在していない)、この条文の法的効果は、選挙区の利益に反する行動をした議員に対する解職請求制(リコール制)を否定することにある

 ② 51条-免責特権。議員としての活動に法的責任を負わせないことを制度として保障している。

 (4) そこで、最後に【Q】として、地方自治法80条1項のような制度を国会議員に導入することはできるか、という問題を付しておきました。上を参照して、理由をふして、答えてみてください。

 (5) ということで、日本国憲法がとっている「代表」観は、自由委任代表(純粋代表)又はせいぜいその変種であると思われるのですが、そう考えるとすると、いくつかの問題が生じます。それがプリントP26に書いてあることです。次回は、そこから講義を再開します。

週末遠征。

 suncloud

 先週末の金曜日から、bullettrain広島 → rvcar広島 → bullettrain帰熊 → airplane東京と遠征しました。

Img_1895 まず、金曜日の19日に広島にいったのは、わたしの先生と遊ぶためです。先生は「引退2年目」。隠遁生活にも慣れたようで、椎茸やら、ほうれん草やら、春菊やらを栽培して、お暮らしでした。

 とはいうものの、まぁ、ひまになって「寂しくなった」ので遊び相手がほしかったのでしょう。金曜日午後と土曜日朝にテニスしました。

Img_1924 先生の「山の家」を出て、土曜日の20日には、「先生の先生」の米寿をお祝いする会に出席しました。「先生の先生」は、人格者で学界でも顔の広い人。某有名大学(志願者数日本一)の学長もされた人です。あちこちでの挨拶や書き物をあつめた記録集をいただきました。

 この二人の先生は、ともに「豊かさ」を感じる生活をされています。リタイヤされたからなのか、もともと「豊か」だったのか。憧れの生活です。現役時代の精進の賜物でしょう。

Img_1921 で、土曜にいったん帰熊して、日曜日の21日には、東京のKO大学に行きました。逆光の福澤先生です。

 用務は、10月に行われる学会の報告者うちあわせ会に出席してきました。実はこの学会、憲法・行政法学者の集まりではもっとも大きい学会なのですが、報告者、内容は、原則、運営委員会からオーダーがはいります。多くの学会は報告者が自薦するそうなので、そこが大きな違いです。(そういえば、昨年の別の学会も、少し前の別学会も、わたしが報告させてもらった全国規模の学会は、すべて、報告者指名制度の学会でした)。

 ということで、指名されるのは大変名誉なことなので、お引き受けしたのはいいのですが・・・これから10月までちゃんと勉強しないといけない! と思った週末でした。





2017年5月18日 (木)

憲法Ⅱ(第10回)。

 きょうも sun。憲法Ⅱ日和 good

 ということで第10回講義のレビューです。ただ、なんかきょうは(も?)講義があんまちり進まなくてごめんなさい。

 m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン

 講義が進んでいかない原因は何でしょうね。「法セミ」のPRに時間をとったか、それとも、昨夜の「意見交換会」の話が長かったからか、、、

 (0) いま講義で扱っているところが統治と政治が混在(それが「統治機構論」の特徴でもあります)しているところなので、SBSも統治と政治が混在している質問が多かったですね。わたしが「これは政治の問題ですが」といいつつお話ししたところは、わたし専門家ではないので、是非、いろいろな先生の意見を聞いてみてくださいね。

 ここで内閣による解散のタイミングの話をしたのが、講義が進まなかった原因かもしれませんね。

 (1) 衆議院の解散については、内閣は、どのような憲法上の根拠、論拠に基づいて衆議院を解散できるのか、についてお話ししました。

 ① それには、まず69条限定説があります。非選出機関である内閣を選出機関である国会(衆議院)の下に置こうとするこの説は、内閣が憲法上衆議院を解散できる根拠と条件を明確に示しているだけに法的には説得的ですが、実務的にはありません(過去23回の解散のうち5回しか69条解散はありません)。

 ② で、69条非限定説ですが、それは、以下3つに分かれます。

 ⅰ) 7条説。ただ、7条に列挙されている天皇の国事行為は、すでに7条以外の憲法上の根拠、論拠により形式的行為になっているはずなので、7条を根拠に内閣は衆議院を解散できるとは言えないと思います。また、かりにそうだとすると、この根拠に基づく解散を統制する(非選出機関を選出機関の下におく)法理論はないことになります。ただ、実務的にはこの説にたっていると思います(したがって、解散は無条件に行い得る)。

 ⅱ) 65条説。立法作用でも司法作用でもない解散は行政作用であるとするこの説は、安直な感じがしますね。また、65条権限を天皇大権に由来する執政権であると考えて衆議院解散も内閣の執政権行使であると考えることはできると思いますが、そうすると、やはり選出部門の統制は及ばない権限になってしまうと思います。

 ⅲ) 制度説。そうすると、日本国憲法は議院内閣制をとっているのだから内閣には解散権があり、69条の規定みると解散を当該法上の場合に限定するようには読めないから、憲法が議院内閣制をとる以上、内閣は衆議院を解散しうるとする制度説が残ります。これ、説得的のようなそうでないような、、、ですが、内閣の解散権に限界を画そうとする下の法理論は、議院内閣制に関する責任本質説と解散権に関する制度説に基づいて説かれてきていると思います。

 ③ 内閣の解散権行使は議院内閣制の下、「統治方針一致の原則」が崩れたとき限定されるべきである、と考えられています。具体的場合については、青本P127~P128を参照してください。

 (2) つぎに「選挙と選挙制度」の項目(プリントP22中ごろ)にはいって、選挙権の法的性質について「権利一元説」と「(義務と権利)二元説」があること、後者が通説的地位にあることをお話ししました。この説によれば、権利能力以外に、国家機関につく資格として一定の条件を求めても憲法に反しないことになります(参照、公選11条、同252条)。

 (3) つづいて、日本国憲法における選挙の原則について、お話ししました。

 ① 普通選挙の原則(15条3項)- これは制限選挙制を否定するものです。制限選挙は、誰が国家代表にふさわしい人物かを適切に判断するためには、一定の経済的余裕、教育、見識が必要だという理由で正当化されていたことがあります。ただ、その真意は、為政者が、当該社会で長期にわたって差別や不利益扱いの対象となってきた集団(社会的少数派。必ずしも人数の多寡の問題ではない)の反体制的・反政府的投票を恐れて、彼らを選挙から排除することにあった、と解説されています。

 ② 平等選挙の原則(14条1項、44条)- 有権者の選挙権の内容に格差を設ける選挙が「不平等選挙」ないし「等差選挙」と呼ばれます。平等選挙の原則はこれを否定するものです。歴史的な例としては「男子普通選挙制」のもとで、35歳以上で妻子があるなど、一定の要件を満たす有権者に3票までの投票をみとめたベルギー下院選挙法(複数選挙制)や、有権者を納税額によって3グループにわけ、少人数の高額納税者に圧倒的多数の低納税学者と同数の下院議員を選出する権利をみとめていたプロイセン階級選挙制度が有名です。

 ③ 直接選挙の原則(国政レヴェルについて明記なし。地方公共団体の長や議員について93条2項) - 間接選挙制、複選制(それぞれ青本P135)を否定。有権者が「中間選挙人」を選出し、中間選挙人が公職就任者を選出する制度が間接選挙制。また、市議会議員が市長を互選する仕組みのように、ある公職者が別の公職者を選出する制度が複選制です。

 ④ 自由投票制、⑤ 秘密投票制(15条4項)については、青本P136でそれぞれ確認してください。

 とくに、選挙の公務性(二元説)を勘案すると、棄権に制裁を科す強制投票制(義務投票制)の導入の可否ついては、争いがあります(強制投票制の例として、オーストラリア、ベルギー、シンガポール等があります)。

 (4) 議員定数不均衡の問題については、途中で鐘がなったので、次回にもう一度お話しします。その際、衆議院議員選挙に違憲判決を下した昭和51年の最大判をとりあげますので、百選Ⅱ-153(できれば民集30巻3号223頁)を熟読してきてください。そのさいに注意すべき点を列記すると・・・

 ① 訴訟提起段階では、これが「法律上の争訟」(裁3条1項)といえるか。参照、公選法204条。但し、典型的な公選法204条訴訟ではない。

 ② 本案審理段階

 ⅰ) 被告は統治行為論(青本P276)を展開 → 司法審査権の限界の問題。

 ⅱ) 相対的平等 - 議員定数不均衡問題の本質は何か。地域(居住地)による較差に合理的理由があるか。

 ⅲ) 定数配分にあたりなぜ人口的要素ではなく行政区画等の非人口的要素に配慮してよいか - ゲリマンダーの防止。

 ⅳ) 一定の較差で「違憲状態」。なせ「違憲」でないのか → 合理的期間論

 ⅴ) 合理的期間を経過して「違憲」。しかし「無効」ではない。

 ・「憲法の所期しない結果」とは。それはなえ生まれるのか。

 ・ それを回避するために「事情判決の法理」。とは?

 講義ではまだやっていないところが多いので、予習として青本のP137~P140を読むさいの参考にしてください。

 

2017年5月17日 (水)

演習Ⅰ(第5回)。

 sun きょうは、これから野球です。

 で、きのうの3年生のゼミのレポートです。

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 こんにちは!!今回ブログを担当させていただきますA.Hです。

 先週からグループ発表が始まり、国会が二回目ということもあり、終始和やかな雰囲気で進みました!!

Photo 今回のテーマは、私人間効力論で、学生時代に政治活動を行っていたことを身上書や面接で秘匿したことを理由に、試用期間満了直前に採用を拒否されたが、これは思想・良心の自由に反するとして労働関係存在の確認を求める主張は認められるか、というものです。三菱樹脂事件の判例をもとに検討しました。この時代当時は、日米安保法案に対する学生運動が盛んな時代だったということもあり、時代背景なども考慮にいれながら考えることが重要だとわかりました!!

 そして、会社が個人の特定の思想を理由に本採用を拒否したり、面接の際に尋ねることは違法かという問題については、私企業には契約締結の自由があるため、違法ではないという結論でした。

 その後の質問ダイムでは、おびにゃんゼミの飲み会係である古谷君の質問によって、三菱樹脂事件の全体像をとらえることができたので、大日方先生にも「いい質問だったね」と褒められていました♪ 下の写真はうれしそうな古谷君(笑)

Photo_2これからのゼミもこれくらい活発にしていきたいです(*^.^*)

2017年5月16日 (火)

演習Ⅱ(第5回)。

 cloud とつぜん、なんだか肌寒い日になりました。

 きのうの4年生のゼミ・演習Ⅱのレポートがとどきました。

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 こんにちは!!前回のブログで紹介されました kjkj です。紹介の通り、ゼミ飲みの際にお酒が弱いため、1次会のあとに酔っぱらって熊本城近くの川でいつの間にか寝てしまったという忌まわしい記憶があります。さらにゼミ生でもなく綺麗なお姉さんでもなく(笑)なんと知らないおじさんに助けられました。しかもみんな私をほっといて二次会で楽しんでいたみたいですね。(友だちがいない 悲)

 許さぬ!!!!!!!

 理想と違い人生は甘くないようですね!!お酒の飲みすぎには注意しましょう。ということで今日はこの辺りにしておきます。ありがとうございました。

 という冗談は置いといて本日のゼミのテーマは「緊急事態条項とは何か」です。本日からはグループ発表ということで報告班が発表をし、内容についての質問をされ、それに答えていくという形式で行われます。ちなみに私は報告班です。気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

 緊急事態条項とは大規模災害や他国から攻撃を受けた際などの緊急時に対応するため政府や国会に強い権限を与える法的な規定のことです。我が国ではいまだに憲法で定められていませんが、自民党の日本国憲法改正草案には盛り込まれています。これによると首相が緊急事態を宣言すれば内閣が法律と同じ効力を持つ政令を定めたり、首相が地方自治体の首長に必要な指示をすることができます。諸外国でも個別の法律で国家が緊急事態のときに対応するための規定が定められているところもあります。

 緊急事態条項は東日本大震災を経て改正憲法草案に盛り込まれ、2016年4月14日の熊本地震で再び注目されることとなりました。しかし規定の曖昧さがあり、どの程度の災害に適用されるかが明確ではありません。さらに警察法や災害救助法などにも緊急時の対応が定められており、緊急事態条項が本当に必要なのかを考えていかなければなりません。

 これに賛成の立場からは東日本大震災の後に緊急事態条項を定めていれば最初から国が前面に出て対処することができることや国と地方自治体での考えや対策の差を無くすためにも国が都道府県に指示する方が一元化されすばやい対応をすることができるという主張がされています。

 また否定の立場からは現行の日本国憲法の下ですでに高度に整備された法制度が存在していること、東日本大震災において迅速に対応することができなかった理由としては法制度があるにもかかわらず平時から災害に備えた事前の準備がされていないためであるなどの主張がなされています。私もこの意見に賛成です。熊本地震のときでさえ現行の法制度があまり使われなかったことや災害などに対応するのは地方であり、現場を知らない国側からの指示が本当に正しいものなのかについても疑問があります。

 このような報告を行った後の質問タイムではこの緊急事態条項をつくったときのデメリットや改正草案の第99条3項の例示条文などの質問が挙がり、そもそも判例がないことやいまだつくられていないため答えることが難しいと感じました。

 また先生からはそもそもこの緊急事態条項は常設の内閣が存在していることを前提としており、内閣がもし無くなってしまうといった緊急事態にはだれがどのようにして対応するのかといったことが全く記されていないという点について指摘がありました。確かに私も内閣が絶対になくなるわけないという前提で考えていましたが、見事に打ち砕かれました(立ち直れない)。またこれからの日本は想定を超える大地震やシンゴジラのような非現実的な生き物の登場(笑)、他国からの攻撃など様々なことが起きてもおかしくない状況下であり、緊急事態条項の必要性を考えていかなければなりません。以上です。

 次回のゼミのテーマは「安保法案、違憲訴訟を提起するとしたら?」です。議論の白熱を期待しておきます。

 ブログ担当はゼミのヒゴペラで1番の美人さんであるK・Hさんです。(あれ、、他にもヒゴペラいたっけなぁ、、、、 まあいいや)彼女はあの全米も泣いた超高速英語のラップを軽々と歌える才能の持ち主だそうです。どのくらい速いのだろうか、聞いたところによると1秒間に地球を7周半してしまう光の速さにも負けないくらいの速さらしいです。乞うご期待。

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2017年5月15日 (月)

憲法Ⅱ(第9回)。

 sun 沖縄が本土に復帰して、45年を迎えたこの日の憲法Ⅱのレビューをします。

 (0) まずは、SBSから。

 ① 日本国憲法は三権分立(完全分離型の権力分立)を採用していない、とくり返しくり返し講義してきました。これとの関連で、では、なぜ「日本国憲法は三権分立をとっている」と説明されてきたのか、という質問がありました。これに対するわたしの回答は青本P118(3)を読んでください。そこには、司法権も政治的権力である立法権や行政権(正確には執政権)と同質の国家作用を担うものであると誤解したことが原因である、としていあります。

 国家の統治権を三分割する、というか、3つしかない、と考えるのは誤りです。立法権は、、、行政権は、、、司法権は、、、というけれど、では、外交権や財政権とかは、どこにいってしまったのでしょうか、と講義しました。

 ② アメリカの大統領はなぜ「拒否権」という強力な権限をもっているのですか、という質問もありました。拒否権の根拠条文は合衆国憲法1条7節2項です。

 で、これに対するわたしの回答は、ひとことでいえば「民主制に対する警戒である」というものです。アメリカは民衆の力が革命を起こしたことを目の当たりにしているので(フランス革命、独立戦争)、なによりも民衆の力、それを代表する議会権限の発動を警戒して憲法を制定しています。だから、議会権限は1条8節に列挙されているものとしているのに対し、大統領権限は2条1節に包括的規定をもつのみです。ということで、議会権限が暴走しないように、大統領にそれを阻止する権限を与えているのです。

 これに対して、日本国憲法はデモクラットであったGHQが制定しているので議会権限を信頼すると同時に、天皇権限を引き継ぐ内閣権限を警戒したつくりになっています。国会権限は41条に包括的に規定されているのに対し、内閣権限は65条だけみると包括的のようですが、内容は73条に列挙されています。

 但し、内閣は65条の「行政権」(正確には「執政権」)や73条1号の「国務を総理する」権限に基づき、国家統治に関する包括的な権限を有すると解さざるを得ない、と思います。統治のプラクティスからして当然である。これも講義しましたよね。

 ちょうど、合衆国憲法と日本国憲法とでは、政治的権力の担い手に関する警戒場所が対照的なのです

 ③ 今回もいつもと同じようにその他にも注目すべき質問をもらいました。「かえってきたSBS(8)」を(誤字脱字をなおしつつ)熟読してみてください。この作業を講義ごとにくり返してくれれば、みなさんの「憲法する力」は必ず向上すると思いますので。

 (1) 本論にはいってですが、なんだか、進捗状況がはかばかしくないですね。結構、一生懸命に講義しているわりには、進まないというか、、、

 ということで、まずは、日本国憲法にみられる権力分立についてお話ししました。そこでは、前回お話しした立法作用に関する相互作用型の権力分立にくわえて、

 ① 財政の中心である予算制定過程においても、内閣に作成権・提出権(73条5号)、国会に予算決定権(60条)という相互作用型の権力分立がみられる。

 ② 同じように、外交の中心である条約締結過程においても、内閣に条約締結権、国会に条約承認権(73条3号)という相互作用型の権力分立がみられる。

 などと講義しました。また、統治権そのものについても、中央政府と地方政府(第8章)というかたちで権力分立を構想していることをお話ししました。

 (2) こうした伝統的な(教科書レヴェルでの)権力分立論を一応理解したでしょうから、つぎに、すこし統治の現実のプラクティスとの関係で問題となっているいくつかの点について自学してほしいと考えたのが、プリントP20の(6)にある【Q】です。「権力分立の変容とは」について、行政国家現象政党国家現象司法国家現象という問題との関係で考えなさい、というのがそこでの課題です。

 その課題の問題それぞれについて、①〇〇国家とは何か、②権力分立との関係で何が問題か、③どうすれば(どう考えれば)よいか、を、青本P119~P121などを参考に記述しておいてください。

 講義でもお話ししましたが、ヒントをいうと、

 ① 行政国家現象との関係では、専門官僚団の権限をいかに統制するか。

 ② 政党国家現象との関係では、インフォーマルな「擬似国家機関」をいかに統制するか。そのことは、憲法21条で保障されている結社の自由との関係で、どのように考えればよいか。

 ③ 司法国家現象との関係では、政治原理部門の権限行使を裁判所が統制すべきか、それは、裁判所が統治することにならないか、抽象的審査権を認めることにならないか。

 (3) つぎに、議院内閣制について。これは、すでに何度かお話ししているテーマなので、定義はいいとして、同制度は、実は、憲法上の明記されていません。そこで、どのような憲法上の制度、規定があると(論拠)、それをとらえて「議院内閣制を採用した」と評価するのかについては、いくつか学説があります。そのうち、有名なのが、講義でもお話しした、責任本質説と均衡本質説です。

 ① 内閣の存立が国会(法的には衆議院)の信任に依拠していることをもって議院内閣制であるとする説を「責任本質説」といいます。つまり、63条、67条1項前段、68条1項後段などが、議院内閣制の論拠であるとするのです。

 内閣の統治は常に国会の下に置かれるべきであるとするこの説が学界では有力だと思います。法学界もまだデモクラットが通説的地位を占めていると思われるので。

 ② これにくわえて、国会(法的には衆議院)の不信任議決権をそれに対する内閣の衆議院解散権が法定されていることに議院内閣制の論拠をみる学説を「均衡本質説」といいます。つまり、69条が、議院内閣制には本質的であると考えるということです。

 この違いは、内閣による衆議院解散の論拠の問題と関係します。つまり、内閣は、いつ、どのような場合に、衆議院を解散できるのか、という問題です。

 (4) これについては、① 69条限定説と、② 69条非限定説にわかれたあと、② については、さらに、(ⅰ) 7条説、(ⅱ) 65条説、(ⅲ) 制度説に分岐しています。①の69条限定説については、それなりにお話ししたのですが、次回は、もう一度、そこから講義します。

2017年5月14日 (日)

演習Ⅱ(第4回)。

 sun。今週末、わが社では、新入生・阿蘇合宿が実施されました。この合宿、昨年は熊本地震の影響で中止されただけに、無事に開催できて、まずはよかったと思います。

 そんな中、4年生のゼミ・演習Ⅱのレポートがとどきました。担当は、M・Nさんです。

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 前回のブログで、わたしの紹介に、「ウイスキーを水のこごく飲む」とありましたが...全くの誤解です!

 ウィスキーは基本ソーダ割です。

 ものによっては水割り、ストレートで飲むのは、バーで他のお客さんに付き合って飲むときくらいですから!

 基本的にマスターに任せています...

 いやいや、そんなことはどうでもいいので、本題に入ります(笑)

 今回は、ディベートの3回目。お題は「少年法61条、是か非か」でした。

 少年法61条は、「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のときに犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」と規定しています。

 肯定側は、プライバシーの保護、少年の将来の更生・社会復帰がしやすくなること、被疑者が冤罪であった場合に本規定により被疑者の名誉が守られることなどを主張していました。

 一方否定側は、表現の自由・報道の自由が制限されてしまうこと、公共の利害に関する事実、社会的関心の高い事実につき国民に知る権利があること、などを主張していたかと思います。

 授業の最後に先生からは、知る権利と公権力監視の観点からいくと少年・成年問わず匿名性は必要性が薄れ、社会的が制裁機能を考えるならば匿名性が必要になってくるかもしれない。現在も報道機関は、実名報道を自粛しているところがあって、たとえ61条がなくなっても、きっとその姿勢は変わらないだろうから、どの程度の報道をするか報道機関自身が決める、それこそ報道の自由だよねなどのお話しをいただきました。

 ディベートは自分の立場の主張をいかに説得力をもって貫けるかで、準備の段階から、相手ならどういう主張をして、どんな尋問をしてくるだろうから、それにはこう返して...など、ある程度作戦をたてて臨むので、少しゲーム感覚もあり、頭の体操にもなるので、ここ3回のゼミはとても楽しかったなと思います。

 次回からはいよいよ発表班による報告です。テーマは「緊急事態条項とはなにか」。

 ディベートの時のように、ゼミ生みんなの積極的な質問や議論の展開を期待します!

 ブログ担当は、酔っ払っていつの間にか熊本城の前で寝ていたことがあるというM・Kくん。

 とびきり面白い記事を書いてくれる...はず...

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 新年度になり、4年生のゼミもウォーミング・アプがおわりました。次回からは、3年生のゼミで得た基本的知識を基に、少し、応用問題・話題性のある問題を検討していきます。

 

2017年5月11日 (木)

憲法Ⅱ(第8回)。

 sun

 きょうも無事、講義を終えることができました。ということで、第8回目の憲法Ⅱのレビューです。

 (0) まず、SBSでは、

 ① 司法権(76条1項)、「法律上の争訟」(裁3条1項)、そして、判例上確立している「事件性の2要件」の関係、理解について、いくつかの質問に回答しました。興味深い質問もありました(刑事事件との関係とか)。

 いずれにしても、青本P269以下でもう一度やりますので、いまはまずは、この法理論が日本国憲法が裁判所という国家機関に付与した「司法権」という国家権限の範囲を画する法理論である、と理解していください。また、この講義が重視している視点から換言するなら、司法権の行使が許される事件・紛争の範囲を画する(私的自治の領域への不介入、政治的問題回避)ことで司法権の行使を限定する法理論であると理解しておいてください。

 ② 上のとの関係では、行政事件訴訟法に規定された抗告訴訟のうちの取消訴訟について、長沼事件を例にお話ししました。ぜひ、行訴法2条、同3条1・2項、同9条1項について、復習してください。そうすると、なぜ長沼事件の控訴審が原判決を取り消したのか、わかるはずです。

 ③ SBSには恵庭事件でとられた「憲法判断回避の原則」のように、司法権が政治的中立性を維持しようとするのはわかるが、では、わたしたちは統治・政治の是正ついて憲法判断を迫ることはできないのか、という質問もありました。これについての、わたしの回答は、講義でお話ししたように、政治的判断への評価を求める先は「政治原理部門」(国会や内閣)であって、個人の権利救済を任務とする「法原理部門」(裁判所)ではない、というものでした。日本国憲法が国家機関にあたえた役割を意識して、青本は、第Ⅰ編「憲法総論」のあと、第Ⅱ編は「政治原理部門」、第Ⅲ編は「法原理部門」とすることで、国会と内閣は連携して政治的権力を行使しつつ統治にあたる国家機関、裁判所はそれを隔離されて個人の権利を救済する国家機関としている、ともお話ししました。

 本編は、きょうから「5 日本国憲法の統治構造」というテーマにはいりました。

 (1) まず「法の支配」とは、人による権力行使(人の支配)を法によって統制しようとする統治原理のことである、としました。ところが、実際に統治に従事するのは法ではなく人。ということで、法の支配は、人為による統治を人為でないものに従属させることを内包する法原理のはずです。

 では、法の支配にいう「法」とは何か。ただし、管見の限りこの記述に成功した人はまだ出ていない、ともお話ししました。

 (2) ただ、まず、法の支配にいう「法」とは何らかの「あるべき秩序」のような実体的なものではない、と述べました。なぜなら「あるべき秩序」といのは、必ずそれを説く人がいるはずで、結局は人為的なもののはずです。法の支配とは、この人為的なものを統制する法理論のはずなので、法の支配にいう「法」とは、形式的、手続的なもののはずである、というところまではわかっている、と述べました。また、「あるべき秩序」というのは、百家争鳴ですよね。どうやって別論を説く人を説得するのでしょうか。その道具が「武力」であったことを歴史は知っています。

 (3) ということで、わたしのいまの知力・力量で説けるぎりぎりのところが、青本P115にあるものです。わたしは、そこで「法の支配にいう『法』とは、国家機関間の権力行使に関する謙抑的な実践の中から浮かび上がってくる規範である」とだけ述べています。

 これがいまのわたしの限界です。みなさんに統治論を説く者として申し訳なく思います。

 (4) また、法の支配の要請として、つぎの原理があげられるとも講じました。それは、一口で言うと、法には「一般性」(特定の者に向けられていない)、「抽象性」(特定の事例に向けられていない)が備わっていなければならず、そして、それらの性質をもつ法が事前に決まっていなければならない。

 こうして、法の支配のお話しを一応終えた後、日本国憲法上の権力分立論へと講義は進みました。

 (5) 日本国憲法が採用している権力分立は、きょうの講義をお聞きになれば、三権分立(立法権を国会に、行政権を内閣に、司法権を裁判所に)ではないことは理解できた、と思います。

 日本国憲法が採用した権力分立の型は、ある権限の行使について複数の国家機関の関与を要請する「相互作用型」の権力分立です。

 (6) 権力分立を唱えたとされているモンテスキューは、立法作用こそ市民にとってもっとも恐ろしい国家作用であると考えました。なぜなら、立法作用は、直接、市民の権利を制限したり、市民に義務を課したりすることができる国家作用であるからです。というわけで、日本国憲法における立法作用の発動をみると、

 ① まず、憲法41条は立法権を国会に与えています。ただ、この立法権は、衆議院参議院という二つの国家機関に分属させられています(憲42条。二院制。「国会」という機関は憲法上に規定がありながら存在していない)。→ すでに、上のように、ある権限の行使について複数の国家機関の関与を求めていることがわかりますか。

 ② つぎに、立法作用の本体は何かと考えると、それは、審議、議決作用であろうと。この部分は憲法41条によって国会のみに配分されているはずである(「唯一の立法機関」)。

 では、審議前の法律案提案を考えてみると、この提案権が憲法上、議員にあることは疑いないであろうと。国会法56条1項はこのことを制度化している。

 じゃあ、内閣や内閣総理大臣には法律案提案権が認められるであろうか。

 まず、内閣総理大臣については、憲法72条に内閣総理大臣は内閣を代表して国会に対し議案を提出できるとされている。で、この「議案」には法律案が含まれると考えればよい。

 では、内閣はどうか。内閣については、憲法73条1項が「国務を総理する」権限を与えており、そこに法律案提案権が含まれると考えられる。

 ということで、内閣総理大臣や内閣まで立法作用に関与していることがわかる(このことは内閣法5条で実務的には解決済み。閣法)。

 ③ さらに、提案→審議→議決された法律には、憲法74条により主任の国務大臣の署名惟と内閣総理大臣の連署が求められています。

 ④ ところで、国会は常設国家機関ではありません。召集から決められた会期の間でのみ活動能力をもっています。で、この召集は誰がするかというと、憲法7条2号は内閣の助言と承認のもとで天皇がする、としています。

 ⑤ 最後に、法律の施行は公布が要件とされています。この公布をするのは、憲法7条1号により、やはり天皇です。

 どうです、日本国憲法は、立法作用について、複数の国家機関が関与することを求めていますよね。これが、日本国憲法上の権力分立の型です。それは三権分立ではないのです。

 (7) しかも、日本国憲法は議院内閣制を採用しています。議院内閣制は、次回講義でもう一度お話ししますが、それは、国会と内閣の間の統治の方針が一定していることを制度として確保しようとする統治制度、と定義することがえきると思います。

 日本国憲法は内閣総理大臣を国会議員のなかから選ぶことを求めています(67条1項)。そして、その内閣総理大臣が内閣を組織するのですが、その過半数は国会議員の中から選ばなければなりません(68条1項)。実際には、ほぼほぼ国会議員で内閣が組織されています。

 ということで、わが国の統治制度は、国会議員のリーダーたちで内閣を構成することを要請しているのです。議院内閣制は、国会と内閣が分立するどことか、連携して統治にあたることを要請する統治制度なのです。

 議院内閣制の下における権力分立が三権分立ではない、また、国会と内閣は分立しているどころか連携している。目から鱗が落ちましたか

 (8) そのほか、形式的法治主義と実質的法治主義との違い、実質的法治主義は法の支配と同視されていることもあるけど、ちがう! ということをお話ししています。プリントのP18~P19、青本P113あたりで確認してください。

 

演習Ⅰ(第4回)。

 2日間ほどぐずつきましたが、きょうは、sun

 火曜日(9日)の3年生のゼミ「演習Ⅰ」のレポートがとどきました。

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 こんにちは!!今回ブログを担当させていただきます T・N です。

 今日の天気は雨の予報通りどんよりしていて、肌寒いですね。

 個人的には五月病や・・・連休明けや・・・雨予報や・・・ブログ当番や・・・遅刻は許されない(普段遅刻魔)・・・まずい・・・と前日から大焦りでした。でもちゃんと目覚まし3つかけて無事五分前に到着できました^^

 さて、本日からはグループ発表が始まりました。事前に決めた班が順番に決めたれたテーマに沿った判例報告を行って、報告班以外の人はその判例に対する疑問やわからない点を挙げておいて質問をしていく、という形でゼミが進行します。

 今回のテーマは外国人と基本的人権、中でも地方公共団体が管理職昇進試験の受験資格に日本国籍を求めることの合憲性についてです。判例は「マクリーン事件」「東京都管理職国籍条項訴訟」を扱いました。

 マクリーン事件は日本における在留外国人の政治活動の自由と在留許可をめぐる訴訟、東京都管理職国籍条項訴訟は地方公務員の管理職の受験資格の制限をめぐる訴訟です。前者は1年生の頃から何度か扱ってきた判例で在留外国人に日本国憲法の人権保障が及ぶのか、という前提を検討して、後者は初めて扱う判例で、直接今回検討するテーマに関連する判例という感じです・・・多分。

Zemi 前置きが長くなりましたが本題です。報告班から事実の概要、判旨、論点の説明を受けて質問タイムです。東京都管理職国籍条項訴訟に関連した「公務員の職務の分類」についての質問が多かったです。私も初めて聞いたものだったので質問させていただきました。そのほか学説についての質問、判旨や試験に出てくる受験資格の制限についての「合理的な」理由の意味などの質問が出されました。

 最後の方に先生から、憲法上の人権規定が定住外国人に及ぶかという問題の学説で、無適用説を否定するための学説である権利性質説も、諸外国含め実際はあまり保障が及んでいないのではというお話しがありました。私個人は憲法上の権利全部とまではかくても一部は保障されるんだから、割と寛容な説なだあと思っていたんですが全然違いましたね・・・

 こんなもんでしょうか(投げやり)。報告班ではなかったのでゼミの中身の充実には少し欠けてしまったかもしれませんが、今回のゼミ形式での初回のブログなので、大目に見てください(笑)。

 報告班の皆さん、お疲れ様でした♪

 すごく長くなりました。指示字数の倍は書いてしまいました。話がまとめられない人なんで許してください。

 次回は報告班の方がブログ担当も兼ねているので、ゼミの中身について充実したブログになるでしょう。ハードルは上げてないです。ハイ。

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 という感じのゼミだったんですね。わたしから、ちょっと補足を。

 わが社のカリキュラムは、憲法を1年生の前期に「憲法Ⅰ(基本的人権)」を4単位で、2年生の前期に「憲法Ⅱ(統治機構)」を同じく4単位で配置しています。で、これを2名の憲法教員で担当するのですが、いわゆる「持ち上がり方式」で担当しています。ということで、ある学年は憲法8単位分を担当するけれども、別の学年は憲法を担当しない学年というのが発生します(2名の憲法教員が人権と統治のどちらかを専ら担当することにすれば、4単位分ですが、すべての学年に「顔見せ」することにはなるのですが)。

 で、いまの3年生の学年はわたしが担当していない学年で・・・ということで、担当していた先生の名誉のために・・・きっと「東京都管理職国籍条項訴訟」も講義ではお話しされていると思いますよ(と、思いたい)・・・牧瀬里穂がかわい・・・(以下、自粛)。

 もうひとつ、最後のマクリーン事件・権利性質説のところ、これ、わたしの疑問でもあります。マクリーン事件は、外国人の権利を保障した判例(もちろん、権利の性質に応じてということですが)として一般的には紹介されていると思いますが、実際には、在留期間更新申請のさいに在留期間中の行為を不許可の理由としても違法ではない、とされた判例ですよね。これ、権利が保障された、というのでしょうか?「権利が保障される」という日本語には、当該行為をしたときにたとえば逮捕や制止されないということにくわえて、その行為をしたことで何らかの不利益をうけないということも意味していないでしょうか。

 マクリーン事件は、外国人の権利は在留制度の枠内でしか保障されない、といった判例だと思います。このあたり、緑本P32以下に書いています。参考にしてください。

 

2017年5月 8日 (月)

憲法Ⅱ(第7回)。

 suncloud。蒸してる。連休も順調にあけて、ちょうじょうちょうじょう。

 で、第7回「憲法Ⅱ」のレビューです。

 (0) まずはいつものようにSBSから。

 ① 昨年8月8日の天皇の「退位表明」は、国事行為なのか、公的行為なのか、という質問。まず、国事行為は憲法6条・7条に列挙されたものだけなので、国事行為ではないですよね。では公的行為か。何か公的行為に該当するのかについての法令の規定はないので、不明確ですが、通常の公的行為とされているもの(国会開会式での「おことば」とか地方巡幸とか)と比べてみると、「退位表明」はやはり違うのかと。では、何か。

 講義では、誕生日のときの定例会見のようなものと法的効果は同じはず・・・とお話ししました。ただ、皇位継承について何らかの意見を表明し、それは意図したかどうかわかりませんが(意図すべきであり予想できたとも思いますが)その後、政府がそれについて対応したところをとらえると、やはり政治的行為をしたと評価されざるを得ないのでは、としました。みなさんは、どう思いますか。

 ② また、国連憲章や国際法の履行確保についても質問がありました。これについては、さすがに国際法や国際関係論(国際政治学)で聞いてください、とお答えせざるを得ないのですが・・・。通常の国内法なら国家刑罰権を背景に履行確保ができますが、国際法規の履行確保は国際機関によるなんらかの「制裁」等、必ずしも「軍事的措置」によらない履行確保の方法が継続的に模索されている、としておきました。

 国内法なら国家刑罰権で履行確保ということですが、法の履行確保方法はこの単純なものだけでなく、非暴力的、実力行使を伴わないものもある。こうした視点は、法学にとって非常に重要です。違法ならすぐ刑罰で、と、単純なものではないのです。刑罰、軍事によらない法の履行確保の模索について、是非、国際法等で学んでください。

 そのほか、たくさんの質問をありがとうございました。配布した「かえってきたSBS」で確認してください。

 で、本篇にはいって、

 (1) きょうは「自衛権」のお話しからはじめました。自衛権とは「外国からの急迫または現実の違法な侵略に対して、自国を防衛するために必要な一定の実力を行使する権利」である、としました。その行使要件としては、① 必要性の要件、② 違法性の要件、③ 均衡性の要件があり、これら3要件を満たす実力行使は憲法が禁止している武力行使ではない、とも講義しました。

 (2) つぎに、個別的自衛権と集団的自衛権との違いについて。

 ① 個別的自衛権とは、(ⅰ) わが国に急迫不正の侵害があって、(ⅱ) 他にこれを防衛する手段がなく、(ⅲ) 必要な限度の実力行使にとどまっているものです。この「自衛権」は、国家である以上、不可譲であり、したがって、法令によって放棄を規定できない(かりに規定していても効果をもたない)であろう、と講義しました。

 ② これに対して、集団的自衛権とは、その典型的は形態のものは、自国と密接な関係にある外国への武力攻撃を、自国が直接には攻撃されていなくても、実力をもって阻止する権利のことである、と定義しました。

 ③ ところで、国連憲章51条は、自衛権について、個別的自衛権も集団的自衛権も「固有の」ものであると規定しています。この点については、たしかに、個別的自衛権は国家を構想する以上、固有のものと言えそうです。ただ、集団的自衛権については、安全保障上の問題について「大国一致の原則」(憲章27条3項)をとる国連への加盟国を慫慂するための「国際政治上の思惑」(青本P95一番下)、決して「固有の」ものではないとわたしは考えています。

 ④ 日本国憲法下における自衛権の行使は個別的自衛権の行使に限られるとする憲法解釈が確立した後、2014年には、当時の内閣が集団的自衛権の行使を認める閣議決定を行いました。この内閣の閣議決定による憲法解釈の変更は、憲法慣習法として成立しているであろう規範の意味を代表者によって組織される国会による議論を経て変更したものではないので、憲法上は許されるものではないと思います。

 ただ、内閣のいう集団的自衛権は、上の②で定義した典型的な意味におけるそれとはどうも違うようです。なぜなら、内閣は、つぎのように言っています。(ⅰ) わが国またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされることで国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が認められる場合で、(ⅱ) これを排除しわが国の存立を全うし国民を守るために他に適当な手段がなく、(ⅲ) 必要最小限の実力行使にとどまるならば、憲法9条の下でも自衛権行使は許されている、と。

 自衛権とは国家の権利のはず。自国民の救助は、それこそ、われわれが国家という統治体を構想している本質的な理由であるはず。これを自衛権の行使の正当化理由とすることには大いに疑問があります。

 (3) そして、講義は、9条、自衛隊をめぐる裁判例の紹介にむかいました。

 ① まず、最大判昭34・12・16の砂川事件。この争点は、駐留米軍の合憲性(9条2項の「戦力」に該当しないか)。最高裁は、9条2項が禁止する「戦力」とは、わが国の政府に指揮権、管理権があるものを指すという論理により、駐留米軍はこれにあたらない、と判示しています。

 なお、刑訴規則による跳躍上告前の原審は、駐留米軍を憲法に反すると判示しています(伊達判決として有名です)。

 ② つぎに、札幌地判昭42・3・29の恵庭事件。この争点は、当初は、自衛隊及び自衛隊法の憲法9条適合性におかれていたと思われました。ところが、判決は、通信線を切断するという行為は、自衛隊法121条の構成要件に該当しない、とするもので、自衛隊の憲法適合性について何らかの判断がなされるを考えていた周囲にとっては、まさに「肩すかし判決」でした。

 ところが、権力分立制下における司法審査には民主的正当性に関する疑義があり、この疑義を解消するために、付随的審査制を採用していること、「憲法判断回避の原則」(本件はこれ)や「合憲限定解釈」という法理が判例法理として導出されていることを講義しました。是非、このあたり、板書したことと、青本P322~P323で復習しておいてください。

 ③ さいごに、札幌地判昭48・9・7の長沼事件。これ「公益上の理由」が必要であるとされる保安林指定解除の理由において、自衛隊基地建設はそれにあたるかが問われました。

 上の第1審は自衛隊を違憲の組織体と判示しているのですが、控訴審では保安林指定の取消を争う「訴えの利益」(行訴9条1項)が1審原告に失われたことを理由に第1審判決が取り消され、上告も棄却されていているので、第1審の判示内容が確定判決にはなっていません。

 やく1回分進捗が遅れている本講義は、次回は「日本国憲法の統治構造」と題して、法の支配、権力分立、議院内閣制といった日本国憲法の統治の基本原理について講義します。とくに、議院内閣制下における権力分立はいわゆる「三権分立」ではないことを、是非、理解してください。

 

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