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2017年5月 8日 (月)

憲法Ⅱ(第7回)。

 suncloud。蒸してる。連休も順調にあけて、ちょうじょうちょうじょう。

 で、第7回「憲法Ⅱ」のレビューです。

 (0) まずはいつものようにSBSから。

 ① 昨年8月8日の天皇の「退位表明」は、国事行為なのか、公的行為なのか、という質問。まず、国事行為は憲法6条・7条に列挙されたものだけなので、国事行為ではないですよね。では公的行為か。何か公的行為に該当するのかについての法令の規定はないので、不明確ですが、通常の公的行為とされているもの(国会開会式での「おことば」とか地方巡幸とか)と比べてみると、「退位表明」はやはり違うのかと。では、何か。

 講義では、誕生日のときの定例会見のようなものと法的効果は同じはず・・・とお話ししました。ただ、皇位継承について何らかの意見を表明し、それは意図したかどうかわかりませんが(意図すべきであり予想できたとも思いますが)その後、政府がそれについて対応したところをとらえると、やはり政治的行為をしたと評価されざるを得ないのでは、としました。みなさんは、どう思いますか。

 ② また、国連憲章や国際法の履行確保についても質問がありました。これについては、さすがに国際法や国際関係論(国際政治学)で聞いてください、とお答えせざるを得ないのですが・・・。通常の国内法なら国家刑罰権を背景に履行確保ができますが、国際法規の履行確保は国際機関によるなんらかの「制裁」等、必ずしも「軍事的措置」によらない履行確保の方法が継続的に模索されている、としておきました。

 国内法なら国家刑罰権で履行確保ということですが、法の履行確保方法はこの単純なものだけでなく、非暴力的、実力行使を伴わないものもある。こうした視点は、法学にとって非常に重要です。違法ならすぐ刑罰で、と、単純なものではないのです。刑罰、軍事によらない法の履行確保の模索について、是非、国際法等で学んでください。

 そのほか、たくさんの質問をありがとうございました。配布した「かえってきたSBS」で確認してください。

 で、本篇にはいって、

 (1) きょうは「自衛権」のお話しからはじめました。自衛権とは「外国からの急迫または現実の違法な侵略に対して、自国を防衛するために必要な一定の実力を行使する権利」である、としました。その行使要件としては、① 必要性の要件、② 違法性の要件、③ 均衡性の要件があり、これら3要件を満たす実力行使は憲法が禁止している武力行使ではない、とも講義しました。

 (2) つぎに、個別的自衛権と集団的自衛権との違いについて。

 ① 個別的自衛権とは、(ⅰ) わが国に急迫不正の侵害があって、(ⅱ) 他にこれを防衛する手段がなく、(ⅲ) 必要な限度の実力行使にとどまっているものです。この「自衛権」は、国家である以上、不可譲であり、したがって、法令によって放棄を規定できない(かりに規定していても効果をもたない)であろう、と講義しました。

 ② これに対して、集団的自衛権とは、その典型的は形態のものは、自国と密接な関係にある外国への武力攻撃を、自国が直接には攻撃されていなくても、実力をもって阻止する権利のことである、と定義しました。

 ③ ところで、国連憲章51条は、自衛権について、個別的自衛権も集団的自衛権も「固有の」ものであると規定しています。この点については、たしかに、個別的自衛権は国家を構想する以上、固有のものと言えそうです。ただ、集団的自衛権については、安全保障上の問題について「大国一致の原則」(憲章27条3項)をとる国連への加盟国を慫慂するための「国際政治上の思惑」(青本P95一番下)、決して「固有の」ものではないとわたしは考えています。

 ④ 日本国憲法下における自衛権の行使は個別的自衛権の行使に限られるとする憲法解釈が確立した後、2014年には、当時の内閣が集団的自衛権の行使を認める閣議決定を行いました。この内閣の閣議決定による憲法解釈の変更は、憲法慣習法として成立しているであろう規範の意味を代表者によって組織される国会による議論を経て変更したものではないので、憲法上は許されるものではないと思います。

 ただ、内閣のいう集団的自衛権は、上の②で定義した典型的な意味におけるそれとはどうも違うようです。なぜなら、内閣は、つぎのように言っています。(ⅰ) わが国またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされることで国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が認められる場合で、(ⅱ) これを排除しわが国の存立を全うし国民を守るために他に適当な手段がなく、(ⅲ) 必要最小限の実力行使にとどまるならば、憲法9条の下でも自衛権行使は許されている、と。

 自衛権とは国家の権利のはず。自国民の救助は、それこそ、われわれが国家という統治体を構想している本質的な理由であるはず。これを自衛権の行使の正当化理由とすることには大いに疑問があります。

 (3) そして、講義は、9条、自衛隊をめぐる裁判例の紹介にむかいました。

 ① まず、最大判昭34・12・16の砂川事件。この争点は、駐留米軍の合憲性(9条2項の「戦力」に該当しないか)。最高裁は、9条2項が禁止する「戦力」とは、わが国の政府に指揮権、管理権があるものを指すという論理により、駐留米軍はこれにあたらない、と判示しています。

 なお、刑訴規則による跳躍上告前の原審は、駐留米軍を憲法に反すると判示しています(伊達判決として有名です)。

 ② つぎに、札幌地判昭42・3・29の恵庭事件。この争点は、当初は、自衛隊及び自衛隊法の憲法9条適合性におかれていたと思われました。ところが、判決は、通信線を切断するという行為は、自衛隊法121条の構成要件に該当しない、とするもので、自衛隊の憲法適合性について何らかの判断がなされるを考えていた周囲にとっては、まさに「肩すかし判決」でした。

 ところが、権力分立制下における司法審査には民主的正当性に関する疑義があり、この疑義を解消するために、付随的審査制を採用していること、「憲法判断回避の原則」(本件はこれ)や「合憲限定解釈」という法理が判例法理として導出されていることを講義しました。是非、このあたり、板書したことと、青本P322~P323で復習しておいてください。

 ③ さいごに、札幌地判昭48・9・7の長沼事件。これ「公益上の理由」が必要であるとされる保安林指定解除の理由において、自衛隊基地建設はそれにあたるかが問われました。

 上の第1審は自衛隊を違憲の組織体と判示しているのですが、控訴審では保安林指定の取消を争う「訴えの利益」(行訴9条1項)が1審原告に失われたことを理由に第1審判決が取り消され、上告も棄却されていているので、第1審の判示内容が確定判決にはなっていません。

 やく1回分進捗が遅れている本講義は、次回は「日本国憲法の統治構造」と題して、法の支配、権力分立、議院内閣制といった日本国憲法の統治の基本原理について講義します。とくに、議院内閣制下における権力分立はいわゆる「三権分立」ではないことを、是非、理解してください。

 

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