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2017年5月11日 (木)

憲法Ⅱ(第8回)。

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 きょうも無事、講義を終えることができました。ということで、第8回目の憲法Ⅱのレビューです。

 (0) まず、SBSでは、

 ① 司法権(76条1項)、「法律上の争訟」(裁3条1項)、そして、判例上確立している「事件性の2要件」の関係、理解について、いくつかの質問に回答しました。興味深い質問もありました(刑事事件との関係とか)。

 いずれにしても、青本P269以下でもう一度やりますので、いまはまずは、この法理論が日本国憲法が裁判所という国家機関に付与した「司法権」という国家権限の範囲を画する法理論である、と理解していください。また、この講義が重視している視点から換言するなら、司法権の行使が許される事件・紛争の範囲を画する(私的自治の領域への不介入、政治的問題回避)ことで司法権の行使を限定する法理論であると理解しておいてください。

 ② 上のとの関係では、行政事件訴訟法に規定された抗告訴訟のうちの取消訴訟について、長沼事件を例にお話ししました。ぜひ、行訴法2条、同3条1・2項、同9条1項について、復習してください。そうすると、なぜ長沼事件の控訴審が原判決を取り消したのか、わかるはずです。

 ③ SBSには恵庭事件でとられた「憲法判断回避の原則」のように、司法権が政治的中立性を維持しようとするのはわかるが、では、わたしたちは統治・政治の是正ついて憲法判断を迫ることはできないのか、という質問もありました。これについての、わたしの回答は、講義でお話ししたように、政治的判断への評価を求める先は「政治原理部門」(国会や内閣)であって、個人の権利救済を任務とする「法原理部門」(裁判所)ではない、というものでした。日本国憲法が国家機関にあたえた役割を意識して、青本は、第Ⅰ編「憲法総論」のあと、第Ⅱ編は「政治原理部門」、第Ⅲ編は「法原理部門」とすることで、国会と内閣は連携して政治的権力を行使しつつ統治にあたる国家機関、裁判所はそれを隔離されて個人の権利を救済する国家機関としている、ともお話ししました。

 本編は、きょうから「5 日本国憲法の統治構造」というテーマにはいりました。

 (1) まず「法の支配」とは、人による権力行使(人の支配)を法によって統制しようとする統治原理のことである、としました。ところが、実際に統治に従事するのは法ではなく人。ということで、法の支配は、人為による統治を人為でないものに従属させることを内包する法原理のはずです。

 では、法の支配にいう「法」とは何か。ただし、管見の限りこの記述に成功した人はまだ出ていない、ともお話ししました。

 (2) ただ、まず、法の支配にいう「法」とは何らかの「あるべき秩序」のような実体的なものではない、と述べました。なぜなら「あるべき秩序」といのは、必ずそれを説く人がいるはずで、結局は人為的なもののはずです。法の支配とは、この人為的なものを統制する法理論のはずなので、法の支配にいう「法」とは、形式的、手続的なもののはずである、というところまではわかっている、と述べました。また、「あるべき秩序」というのは、百家争鳴ですよね。どうやって別論を説く人を説得するのでしょうか。その道具が「武力」であったことを歴史は知っています。

 (3) ということで、わたしのいまの知力・力量で説けるぎりぎりのところが、青本P115にあるものです。わたしは、そこで「法の支配にいう『法』とは、国家機関間の権力行使に関する謙抑的な実践の中から浮かび上がってくる規範である」とだけ述べています。

 これがいまのわたしの限界です。みなさんに統治論を説く者として申し訳なく思います。

 (4) また、法の支配の要請として、つぎの原理があげられるとも講じました。それは、一口で言うと、法には「一般性」(特定の者に向けられていない)、「抽象性」(特定の事例に向けられていない)が備わっていなければならず、そして、それらの性質をもつ法が事前に決まっていなければならない。

 こうして、法の支配のお話しを一応終えた後、日本国憲法上の権力分立論へと講義は進みました。

 (5) 日本国憲法が採用している権力分立は、きょうの講義をお聞きになれば、三権分立(立法権を国会に、行政権を内閣に、司法権を裁判所に)ではないことは理解できた、と思います。

 日本国憲法が採用した権力分立の型は、ある権限の行使について複数の国家機関の関与を要請する「相互作用型」の権力分立です。

 (6) 権力分立を唱えたとされているモンテスキューは、立法作用こそ市民にとってもっとも恐ろしい国家作用であると考えました。なぜなら、立法作用は、直接、市民の権利を制限したり、市民に義務を課したりすることができる国家作用であるからです。というわけで、日本国憲法における立法作用の発動をみると、

 ① まず、憲法41条は立法権を国会に与えています。ただ、この立法権は、衆議院参議院という二つの国家機関に分属させられています(憲42条。二院制。「国会」という機関は憲法上に規定がありながら存在していない)。→ すでに、上のように、ある権限の行使について複数の国家機関の関与を求めていることがわかりますか。

 ② つぎに、立法作用の本体は何かと考えると、それは、審議、議決作用であろうと。この部分は憲法41条によって国会のみに配分されているはずである(「唯一の立法機関」)。

 では、審議前の法律案提案を考えてみると、この提案権が憲法上、議員にあることは疑いないであろうと。国会法56条1項はこのことを制度化している。

 じゃあ、内閣や内閣総理大臣には法律案提案権が認められるであろうか。

 まず、内閣総理大臣については、憲法72条に内閣総理大臣は内閣を代表して国会に対し議案を提出できるとされている。で、この「議案」には法律案が含まれると考えればよい。

 では、内閣はどうか。内閣については、憲法73条1項が「国務を総理する」権限を与えており、そこに法律案提案権が含まれると考えられる。

 ということで、内閣総理大臣や内閣まで立法作用に関与していることがわかる(このことは内閣法5条で実務的には解決済み。閣法)。

 ③ さらに、提案→審議→議決された法律には、憲法74条により主任の国務大臣の署名惟と内閣総理大臣の連署が求められています。

 ④ ところで、国会は常設国家機関ではありません。召集から決められた会期の間でのみ活動能力をもっています。で、この召集は誰がするかというと、憲法7条2号は内閣の助言と承認のもとで天皇がする、としています。

 ⑤ 最後に、法律の施行は公布が要件とされています。この公布をするのは、憲法7条1号により、やはり天皇です。

 どうです、日本国憲法は、立法作用について、複数の国家機関が関与することを求めていますよね。これが、日本国憲法上の権力分立の型です。それは三権分立ではないのです。

 (7) しかも、日本国憲法は議院内閣制を採用しています。議院内閣制は、次回講義でもう一度お話ししますが、それは、国会と内閣の間の統治の方針が一定していることを制度として確保しようとする統治制度、と定義することがえきると思います。

 日本国憲法は内閣総理大臣を国会議員のなかから選ぶことを求めています(67条1項)。そして、その内閣総理大臣が内閣を組織するのですが、その過半数は国会議員の中から選ばなければなりません(68条1項)。実際には、ほぼほぼ国会議員で内閣が組織されています。

 ということで、わが国の統治制度は、国会議員のリーダーたちで内閣を構成することを要請しているのです。議院内閣制は、国会と内閣が分立するどことか、連携して統治にあたることを要請する統治制度なのです。

 議院内閣制の下における権力分立が三権分立ではない、また、国会と内閣は分立しているどころか連携している。目から鱗が落ちましたか

 (8) そのほか、形式的法治主義と実質的法治主義との違い、実質的法治主義は法の支配と同視されていることもあるけど、ちがう! ということをお話ししています。プリントのP18~P19、青本P113あたりで確認してください。

 

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