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2017年5月25日 (木)

憲法Ⅱ(第12回)。

 ちょっと、じ~めっとしてますね。で、きょうの憲法Ⅱのレビューです。

 (0) まずSBSから、

 ① 日本国憲法(代表民主制)下における「代表」概念について、わたしは、憲法43条1項(いずれの選挙区、選出母体から選出されたとしても「全国民」の代表者である)及び同51条(演説、討論、表決について院外で責任を負わない)の法的効果を考えれば、日本国憲法の「代表」観は自由委任代表であろう、と考えています。

 ② ただ、そうだとすると国民主権といいながら「代表者(統治者)/国民(被統治者)」となってしまうという命令的委任代表観からの批判に応じて、二者の政治的意思に事実上の一致を制度として求める社会学的代表観が有力に唱えられてきている、とも解説しました。

 社会学的代表観をとる論者が、代表者と国民の間の政治的意思の一致を事実上確保するものであるとみた制度が、普通選挙制(制限選挙制よりもより多くの国民を有権者としているので)と衆議院解散(二者の意思に乖離がみられるときには代表者の組織体を解散→選挙することで一致をとりもどす)であるとも講義しました。

 ③ わたしは「事実上〇〇となっている」から、、、というのは法理論、法的言説ではないので、日本国憲法下における代表観はあくまで自由委任代表で社会学的代表はそのヴァリエーションにすぎないとみていますが、ここは論者により評価が違うところだと思います。また、政治学、経済学、哲学等の影響下にある憲法理論、とくに統治論の奥深さを想起するなら、わたしのように単純に言い切ってしまうことには慎重であるべきかもしれません。

 ④ ここまでの議論をふまえて、プリントP25の【Q】の回答を用意してください。そこでは地自法80条1項のような地方議会議員に対する解職請求制度を国会議員との関係で設置することの憲法適合性を聞いています。

 (1) 日本国憲法の代表観を自由委任代表であるとすると、まず、党議拘束の是非について問題になるのでは、と講義しました。そこでは、かりに党議拘束違反に対する党内処分に議員資格喪失のような効果をもたせるような法制度を創設するなら、それは同代表観(憲法条文でいえば、43条1項、51条)に反するのではないか、とお話ししました。

 これとの関係で、プリントではすこし下にあるのですが、日本新党繰上補充事件について検討してみてください。現行法上、除名その他の党内処分は団体内部の自治にゆだねるべきものですが(憲21条1項〔結社の自由〕)、ただ、除名処分が繰上当選を阻むような制度は憲法適合的でしょうか

 (2) つぎに、党籍変更について、お話ししました。

 ① 衆参の比例代表選出議員について、平成12年改正前法(国会法、公選法)では、党籍変更をしても当選を失いませんでした。

 ② 平成12年改正法で、選挙時に存在していた既存政党への党籍変更については、当選を失うと法改正されました(現行法)。

 ③ 但し、現行法でも、除名、脱退後、無所属になったり新党を結成することは、当選を失うことはありません(このあたり、丸括弧連続条文になれるために、是非、国会109条の2、公選99条の2を慎重に読んでみてください)。

 で、ここで【Q】を板書しました。

 【Q1】現行国会法109条の2、公選法99条の2は憲法適合的であろうか(上の②の合憲性)。

 【Q2】かりに③まで当選を失うとする法改正はどうか。なぜなら、現在の政党国家現象、政党政治の下、有権者は政党の政策に一票を投じていると考えられるので。

 【Q3】現行制度(②)と改正前制度(①)とでは、どちらが国民主権、間接民主制、憲法43条1項、同51条の意義に適合的な制度であろうか。

 【Q4】ブログで追加。衆参の(小)選挙区選出議員についても②の制度を導入したとすると、同制度は憲法適合的であろうか。

 (3) さらに、国会の構成については、二院制の意義についてお話しました。

 ① 第二院の存在理由について、そして、参議院の存在意義については、プリントP27で確認してください。

 ② A・シェイエスは「第二院は何の役に立つのか、その意見が第一院と同じであれば無用であり、異なるなら有害である」と言ったといいます。この言葉をうけて、P27には「参議院不要論をどう評価するか」という【Q】を付しておきました。各自、論述できるようになっておいてください。

 わたしは、青本P152で、二院制の意義は国政に国民の多様な意見を反映させるためではなく、Ch・モンテスキューの顰に倣って、権力分立にあるとしました。議会内部を二つにわけることの本来的意義は、民意の反映ではなく、議会権限の抑制にある、と思います。

 (4) 講義の最後の方では、国会における審議、会議の原則、ルールについて、すこしお話しました。

 「正義」というものをを形式的、手続的に捉えようと試みているこの講義では、会議で何が決められるのかという「実体」面ではなく、議案提出の方法とか誰が提案権者なのかとか、会議のルール(それは成文のものもあれば、先例など不文のものもある)といった会議の「形式的、手続的」側面を検討してみることが重要です。

 これはある種のゲームのルールです。ゲームのダイナミックさやプレイヤーのパフォーマンス(これらを実体面とすると)、これらを引きだすのがゲームのルールです。だって、ルールがなければゲームそのものがない、つまり、実体面も成立しないのだから。

 法というものの重要性もこれと同じように説明できると思います。法がなければ社会そのものがない(「社会あるところ法あり」)、憲法がなければ国家そのものがない(「国家あるところ憲法あり」、ここでいう憲法とは実質的意味の憲法ですね。だから成文の場合もあれば不文のものもある)のです。

 ということで、一見、無味乾燥的で眠くなるテーマですが、会議のルール、意思決定の方法を検討することは、法の本質をとらえるために重要なところだとわたしは思っています。

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