無料ブログはココログ

わたしの著書

  • 憲法Ⅰ 総論・統治機構論
  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
  • ロールズの憲法哲学

« 演習Ⅱ(第4回)。 | トップページ | 演習Ⅱ(第5回)。 »

2017年5月15日 (月)

憲法Ⅱ(第9回)。

 sun 沖縄が本土に復帰して、45年を迎えたこの日の憲法Ⅱのレビューをします。

 (0) まずは、SBSから。

 ① 日本国憲法は三権分立(完全分離型の権力分立)を採用していない、とくり返しくり返し講義してきました。これとの関連で、では、なぜ「日本国憲法は三権分立をとっている」と説明されてきたのか、という質問がありました。これに対するわたしの回答は青本P118(3)を読んでください。そこには、司法権も政治的権力である立法権や行政権(正確には執政権)と同質の国家作用を担うものであると誤解したことが原因である、としていあります。

 国家の統治権を三分割する、というか、3つしかない、と考えるのは誤りです。立法権は、、、行政権は、、、司法権は、、、というけれど、では、外交権や財政権とかは、どこにいってしまったのでしょうか、と講義しました。

 ② アメリカの大統領はなぜ「拒否権」という強力な権限をもっているのですか、という質問もありました。拒否権の根拠条文は合衆国憲法1条7節2項です。

 で、これに対するわたしの回答は、ひとことでいえば「民主制に対する警戒である」というものです。アメリカは民衆の力が革命を起こしたことを目の当たりにしているので(フランス革命、独立戦争)、なによりも民衆の力、それを代表する議会権限の発動を警戒して憲法を制定しています。だから、議会権限は1条8節に列挙されているものとしているのに対し、大統領権限は2条1節に包括的規定をもつのみです。ということで、議会権限が暴走しないように、大統領にそれを阻止する権限を与えているのです。

 これに対して、日本国憲法はデモクラットであったGHQが制定しているので議会権限を信頼すると同時に、天皇権限を引き継ぐ内閣権限を警戒したつくりになっています。国会権限は41条に包括的に規定されているのに対し、内閣権限は65条だけみると包括的のようですが、内容は73条に列挙されています。

 但し、内閣は65条の「行政権」(正確には「執政権」)や73条1号の「国務を総理する」権限に基づき、国家統治に関する包括的な権限を有すると解さざるを得ない、と思います。統治のプラクティスからして当然である。これも講義しましたよね。

 ちょうど、合衆国憲法と日本国憲法とでは、政治的権力の担い手に関する警戒場所が対照的なのです

 ③ 今回もいつもと同じようにその他にも注目すべき質問をもらいました。「かえってきたSBS(8)」を(誤字脱字をなおしつつ)熟読してみてください。この作業を講義ごとにくり返してくれれば、みなさんの「憲法する力」は必ず向上すると思いますので。

 (1) 本論にはいってですが、なんだか、進捗状況がはかばかしくないですね。結構、一生懸命に講義しているわりには、進まないというか、、、

 ということで、まずは、日本国憲法にみられる権力分立についてお話ししました。そこでは、前回お話しした立法作用に関する相互作用型の権力分立にくわえて、

 ① 財政の中心である予算制定過程においても、内閣に作成権・提出権(73条5号)、国会に予算決定権(60条)という相互作用型の権力分立がみられる。

 ② 同じように、外交の中心である条約締結過程においても、内閣に条約締結権、国会に条約承認権(73条3号)という相互作用型の権力分立がみられる。

 などと講義しました。また、統治権そのものについても、中央政府と地方政府(第8章)というかたちで権力分立を構想していることをお話ししました。

 (2) こうした伝統的な(教科書レヴェルでの)権力分立論を一応理解したでしょうから、つぎに、すこし統治の現実のプラクティスとの関係で問題となっているいくつかの点について自学してほしいと考えたのが、プリントP20の(6)にある【Q】です。「権力分立の変容とは」について、行政国家現象政党国家現象司法国家現象という問題との関係で考えなさい、というのがそこでの課題です。

 その課題の問題それぞれについて、①〇〇国家とは何か、②権力分立との関係で何が問題か、③どうすれば(どう考えれば)よいか、を、青本P119~P121などを参考に記述しておいてください。

 講義でもお話ししましたが、ヒントをいうと、

 ① 行政国家現象との関係では、専門官僚団の権限をいかに統制するか。

 ② 政党国家現象との関係では、インフォーマルな「擬似国家機関」をいかに統制するか。そのことは、憲法21条で保障されている結社の自由との関係で、どのように考えればよいか。

 ③ 司法国家現象との関係では、政治原理部門の権限行使を裁判所が統制すべきか、それは、裁判所が統治することにならないか、抽象的審査権を認めることにならないか。

 (3) つぎに、議院内閣制について。これは、すでに何度かお話ししているテーマなので、定義はいいとして、同制度は、実は、憲法上の明記されていません。そこで、どのような憲法上の制度、規定があると(論拠)、それをとらえて「議院内閣制を採用した」と評価するのかについては、いくつか学説があります。そのうち、有名なのが、講義でもお話しした、責任本質説と均衡本質説です。

 ① 内閣の存立が国会(法的には衆議院)の信任に依拠していることをもって議院内閣制であるとする説を「責任本質説」といいます。つまり、63条、67条1項前段、68条1項後段などが、議院内閣制の論拠であるとするのです。

 内閣の統治は常に国会の下に置かれるべきであるとするこの説が学界では有力だと思います。法学界もまだデモクラットが通説的地位を占めていると思われるので。

 ② これにくわえて、国会(法的には衆議院)の不信任議決権をそれに対する内閣の衆議院解散権が法定されていることに議院内閣制の論拠をみる学説を「均衡本質説」といいます。つまり、69条が、議院内閣制には本質的であると考えるということです。

 この違いは、内閣による衆議院解散の論拠の問題と関係します。つまり、内閣は、いつ、どのような場合に、衆議院を解散できるのか、という問題です。

 (4) これについては、① 69条限定説と、② 69条非限定説にわかれたあと、② については、さらに、(ⅰ) 7条説、(ⅱ) 65条説、(ⅲ) 制度説に分岐しています。①の69条限定説については、それなりにお話ししたのですが、次回は、もう一度、そこから講義します。

« 演習Ⅱ(第4回)。 | トップページ | 演習Ⅱ(第5回)。 »

憲法Ⅱ(統治機構)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/499918/70570914

この記事へのトラックバック一覧です: 憲法Ⅱ(第9回)。:

« 演習Ⅱ(第4回)。 | トップページ | 演習Ⅱ(第5回)。 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31