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2017年6月19日 (月)

憲法Ⅱ(第17回)。

 くもりcloud きょうの憲法Ⅱのレビューです。

 (0) SBSは、国会議員の不逮捕特権(憲50条)、免責特権(同51条)について、おもにまとめてありますので、各自、復習してください。

 で、きょうから本格的に内閣の章にはいりました。が、内閣の章は、イマイチ、盛り上がりに欠けるように思います。ので、レビューというより、きょうの講義のポイントだけ記します。

 (1) 憲法65条が内閣に与えた「行政権」とは何かについて、積極説と消極説があることについては、プリントP43で確認してください。

 それよりも、わたしは、同権限は、英語では executive power とあり、これは administrative power とは違うことを強調しました。これから、前者は「執政権」と表記し、後者を「行政権」と表記します。

 で、執政と行政の違いですが、執政とは、国家統治の基本事項(内務、外交、防衛、財政、司法など、明治憲法下においては天皇大権事項だったもの)について国家の基本方針を策定し、下部行政機関に実施させる権限である、と説明しました。これに対して、行政は、法律の執行である、とも説明しました。両権限の決定的な違いを誤解を恐れずに言えは、前者は国会に法律を制定させる権限であるのに対し、後者は国会が制定した法律を執行する権限です

 そして、実は、この違いは日本国憲法も知っていることを講義しました。というのも、65条、66条3項にある「行政」の英文は executive でるのに対し、72条、73条柱書の「行政」は administrative だからです。この区別は制定者(GHQ)も下にふれるように知っていました。知らないのは日本国憲法の日本文と一部の法学者だけでしょう。

 (2) で、この執政権、日本国憲法では内閣に与えられているのですが、合衆国憲法では大統領に与えられています。英文で確認すると、、、

 日本国憲法65条:Executive power shall be vested in the Cabinet.

 合衆国憲法2条1節1項:The exective power shall be vested in a President of  the United States of America.

 ね、よく似ているでしょう。そして、日本国憲法と合衆国憲法では政治部門(執政府と立法府)について条文構造が違うというお話しもしました。というのも、日本国憲法は民主的勢力(の代表者である立法府)を信頼しているの対して、合衆国憲法は民主的勢力を警戒し伝統的勢力(君主、選挙された君主である大統領)を信頼しているのです。

 ① 日本国憲法は、明治憲法の天皇権限を内閣がひき継いでいるので、憲法上、内閣権限を統制するために、65条で執政権の帰属先を内閣としつつも、この権限の中身を73条に列挙することで限定しようとしています。これに対して、民主的勢力には期待をしているので、国会権限は41条、43条1項で包括的権限が与えられています。

 ここにも、日本国憲法制定にかかわったGHQメンバーの影響が見られると講義しました。彼らは、デモクラット(デモクラシ-・民主制に期待、信頼をおく人たち)だったのです。だから、彼らは、国会を内閣の上におき、国会の制定する法律で内閣による統治を抑制するよう日本国憲法を構想しました。

 ② 合衆国憲法は、自らが革命から成立したものであるがゆえに、また、フランス革命後の混乱を知っていたので、革命を起こした民主的勢力が統治を不安定なものにすることを警戒しました。そこで、民主的勢力の代表者からなる議会の権限を1条8節に列挙することで限定すると同時に、伝統的・保守的勢力である大統領権限には上の2条1節1項のように執政権を包括的に与えているのです。

 国家機関の政治部門(執政府、立法府)のどちらを警戒(どちらを信頼)して統治構造をデザインするのかについて、日本国憲法と合衆国憲法は、ことほどさように違うのです。

 (3) ということで、「統治の民主化」、国会による内閣統制を目指したと思われる日本国憲法ですが、そのことは、(1) でみた「執政」の広範性(法によって規制することが困難な国家作用)であったことと議院内閣制(国会のリーダーが内閣を組織し、その内閣と国会が統治方針において一致していることを制度として確保しようとする統治制度)のために、実現するのは困難なことでした。内閣は、常に、国会の上位国家機関として統治を舵取り(ガバメント)する国家機関になっていったのです。

 (4) また、国家統治における内閣の優位性は、1999年の行政改革以降において、決定的なものになったということも講義しました。

 1999(平成11)年には、わが国の「政官関係」において、いまからしても重要な枠組変更が行われました。それまでは、明治憲法以降の伝統をふまえた業種・産業ごどの省庁編成を続けてきたのですが、それが、政財官の癒着、「縦割り行政」(官僚権限の肥大化)、国会統制の欠落(族議員は官僚と連んでいるので)を生んでしまったのです。そこで、もう一度「政官関係」を政治主導のものにくみ変えようとしたのが、1999年の内閣法改正、内閣府設置、国家行政組織法改正に代表される「平成の大改革」だったのです。

 これ以降、昨今話題となった、内閣官房に置かれた内閣人事局で各省庁の局長級以上の人事を掌握することに象徴されるように、内閣が官僚組織を統制するという形式における「政官関係」が実現してきたのです。

 (5) ところで、20世紀末には上の「平成の大改革」と同時に大きな改革があった、とお話ししました。それは、衆議院選挙において小選挙区制を導入したことです。これで、政権交代を容易にすることで、内閣に公正な統治(下野する場合もあるという緊張感による統制の下での統治)が実現するはずでした。ところが、すべてを小選挙区制にしてしまうと当選者を出せない政党もあるわけで・・・ということで、比例代表並立制にしました。その結果、政権交代の可能性まで薄れてしまって・・・長期政権が実現していますよね。

 つまり、上の内閣主導の下での官僚統制という「政官関係」の組み替えは政権交代が容易である選挙システムの変更と一体のはずだったのです。ところが、その片翼が折れることで、つよい内閣だけが残ってしまいました。長期政権にあるときには、やはり、官僚は内閣の意向を忖度しながら政策実現していくしかなかったのではないでしょうか。つまり、いまの状態は、わが国の憲法以下の統治制度によって予想できた統治状況であるといえるのではないでしょうか。

 第192回常会がある種の混乱のなかで閉会したあとの憲法の講義として、すこし国家統治の大きな見方みたいなものもお話ししようと思って講義してみましたが、理解できたでしょうか。わたしの見解が正しいわけではないことをまずはお断りして、憲法の統治論というのは、条文のチマチマした解釈というよりも、こうした大きな統治の流れを政治の展開とともに分析してみる、といところに醍醐味があると思います。

 受講生のみなさんは日本国憲法下における国家統治をどう見ていますか? 是非、みなさんの統治論もいずれ聞かせてください。

 

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