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2017年7月

2017年7月24日 (月)

憲法Ⅱ(最終回)。

 はれ。ということで、講義終わりにゲリラ豪雨に見舞われた憲法Ⅱの最終回講義のレビューです。

 (0) まずSBSでは、客観訴訟の意義そのなかでの違憲審査の留意点について、結構、お話ししました。これも、一面で国会による官僚団の統制手法ですが、反面で、司法の抑制にも関係する問題。憲法の「大局観」から回答してみました。

 (1) 本編では、あえてすべてを講義することをせず、残った問題はみなさんの自学に委ねることにして、統治行為論と似て非なる司法審査権の抑制法理をお話ししました。

 ① 政治問題の法理については、郵便貯金目減り訴訟を例にお話ししました。これ、結局は政府の経済政策の是非を問うものになっているのですが、だとすると、「法律上の争訟」性に欠ける(具体的には「事件性の要件」の第2要件に欠ける)と考えればよいと思います。統治行為論は、「法律上の争訟」であっても、直接国家統治の基本に関する高度の政治性ある問題には司法審査権の発動は控えるという法理論であるので、政治問題の法理とは異なることになります。

 ② 政治部門の裁量については、砂川事件を例にお話ししました。同事件では日米安保条約という高度の政治性ある条約の憲法適法性が争われたわけですが、このような問題は政治部門に与えられた外交処理権の範囲内の問題であると考えられるので、一見極めて明白に違憲無効と考えられる場合だけ、裁量権の逸脱濫用になる、そうでない場合には、不当であっても違法ではない、と考えればよいと思います。統治行為は司法審査権を行使しない場合であるのに対して、外交処理権については、司法審査権を行使している点が違うところです(政治部門に与えられている裁量権がものすごく広範なだけ)。

 (2) 講義の最後には、この憲法Ⅱでわたしがお話ししたかった統治機構論の見方を大局的にお話ししました。

 本年度も、無事、憲法Ⅱの講義を最後まですることができました。これもひとえに受講生のみなさんのお陰です。とくに、この学年は、質問カードをたくさんだしてくれたことで、印象に残る学年になりました。それだけ、講義にみなさんも参画してくれていたのだなぁ、と思います。わたしも勉強できました。本当に、ありがとうございました。

 あとは、来週の月曜にある定期試験を残すだけになってしまいました。試験勉強はみなさんにとって辛いものだと思います。ただ、辛ければ辛いだけ、みなさんの「憲法する力」はきっと伸びると思います。恐れず、怯まず、手を抜かず、果敢に挑戦してください。みなさんの健闘を祈っています。

2017年7月21日 (金)

憲法Ⅱ(第25回)。

 きょうも猛暑、酷暑の予感。ということで、憲法Ⅱ(統治機構)の第25回講義のレビューを。おっとその前に、講義後もらったSBSカードのなかに「今回が最後の講義ということでSBSはもう出ないので感想とさせていただきます・・・」というものがありました。が、まだ講義はあと1回あります(24日が最終)。それと、その24日にもらった質問は、やはりSBSプリントにまとめて、Moodleに掲載しようと思います。ひとまず、ここ重要! 講義はもう1回あります

 (0) SBSで、

 ① 「司法権の範囲」の問題と「司法権の限界」の問題の違い、もう理解できたでしょうか。

 ② 上に関連して、議院自律権政治部門の裁量のところで「司法権は及んでいる」ということの意味あいについての質問がありました。これについては、議員の懲罰決議については司法権は「及ばない」、議院の議事手続決定権については議事録掲記主義なので完全ではないが司法権は「及んでいる」(完全なら口頭証拠主義)、政治部門における裁量についてもたとえば「合理的期間」を設定してその範囲内であるか否かをみるのは司法権が「及んでいる」ことになる、というように回答しました。これもSBSで確認してください。

 ③ 部分社会の法理については、一般市民法秩序と関係する事柄であれば「司法権の範囲」にあると考えられるれどもそれについては「司法権の限界」の問題もある、という点に質問がありました。その意味は、対象者の一般市民法秩序における法的地位に変動をもたらす団体の処分・決定については、それが「適正な手続」によってなされているのかについては裁判所で判断できるけれども、その処分・決定の実体としての当否については、裁判所で判断できるわけではないということろが「司法権の限界」の問題であることを確認してください。

 ④ 「司法権の範囲」(「法律上の争訟」該当性)、「司法権の限界」といった法理論は、団体の内部的自律権を認める近代法の大原則(私的自治)や司法権に対する政治的中立性の要請にも関係することも講義しました。とくに後者は重要です。政治的な事柄から隔離されていてこそ裁判所は政治的に中立な立場において国民の権利救済を実現することができ、その結論について法的な正当性を担保できると考えられるのです。国家統治を担う「政治原理部門」(=国会と内閣)と「法原理部門」(=裁判所)の役割分担、国家統治の正当性を判断するのは第一義的には政治原理部門の役割であること(例外として国民の権利救済に付随して違憲審査権を行使しうる)、法原理部門は国民の権利救済に原則としてその役割は限定されるべきこと(例外として客観訴訟において国家行為の適法性を審査)、という権力分立論をよく理解してください。本編でお話した統治行為論もこうした思考基盤から生まれてきた判例法理です。

 本編は、違憲審査制についてお話しました。

 (1) まずは、違憲審査制とは何かを確認したあと、各国がとる違憲審査制には抽象的審査制(憲法裁判所型)付随的審査制(司法裁判所型)の二類型あり、わが国の制度は、警察予備隊違憲訴訟からすると後者であることを理解してください。日本国憲法が採用している違憲審査制は、付随的審査制(司法審査制)であるとすると、それは76条1項の司法権(「事件性の要件」を満たす「法律上の争訟」を裁判する権限)を行使することに付随して81条の違憲審査権を行使し得るということになります。

 (2) で、上のように考えると、客観訴訟で違憲審査することには疑問が生じることになります。客観訴訟とは、紛争当事者の個人的な権利利益の保護とは関係なく、行政活動の適法性維持や公共政策の是正を目的とするために提起される訴訟(お馴染みの例でいうと、議員定数不均衡訴訟〔公選204条〕、政教分離訴訟〔自治242条の2〕)だからです。それは、司法権の行使ではないのです。

 これについては「事件性の要件」を擬制し得るもの客観訴訟における違憲審査は限定されなければならない。ドイツ風の抽象的規範統制は現行の日本国憲法では認められていないであろうから、と講義しました。つまり、① 法律が制定された段階、② 当該法律に基づく行政活動があった場合、③ 国民の権利が侵害された段階と3段階を考えると、裁判所が違憲審査権を行使し得るのは③(司法権の行使)と法律において訴訟類型が規定された②(「事件性の要件」が擬制できる客観訴訟)に留まるべきで、①の段階における違憲審査は許されないと考えるべきであることになります。

 こう考えると、公選法204条に基づく議員定数不均衡訴訟において違憲審査することは憲法上の疑義があることになります。プリントP70の【Q】ですが、青本P319で確認してください。

 (3) 違憲審査制(司法審査制)には憲法上の大きな法原理からの疑義があります。それが、① 民主制との関係での正当性、② 権力分立制との関係での正当性の問題です。これについては、プリントP77~P78及び講義中に指示した青本該当箇所を熟読してください。

 (4) 最後に「司法審査権の限界」の問題をお話しました。司法審査権の限界とは、ある紛争が司法権の対象となる(したがって「法律上の訴訟」性=「事件性の要件」を充足)としても、民主制や権力分立構造に配慮して裁判所は司法審査権を発動しない、という事態のことです。この典型例は「統治行為」であるとも講義しました。

 国家機関の行為のうち「直接国家統治の基本に関する高度の政治性ある国家行為」のことを「統治行為」といいます(参照、苫米地事件)。このような国家行為については、それが「事件性の要件」をみたしており、したがって憲法76条1項の司法権の対象とはなり得るとしても、争われている行為が「統治行為」であるとの理由から、憲法81条の違憲審査権の対象から外されるために、結果として裁判所は76条1項の司法権の行使もできなくなる、という判例法理のことを「統治行為論」といいます。

 なぜこのような法理論が適切なのか。この点については、統治行為論が「二元的裁判制度」をとる大陸法由来の法理論(念頭にるのはフランス)であることから解説しました。彼の国においては、統治に関する高度の政治判断は司法裁判所ではなく、執政府、行政裁判所(行政機関の一種)が行っています。したがって、「一元的裁判制度」ととるわが国であっても「統治行為」に該当する国家行為の是非は国民に政治的責任を負っている国家機関で判定されるべき事柄であり、司法裁判所における審判に適さない事柄であると考えられるのです。

 統治行為論と似て非なる法理論として、「政治問題の法理」(郵便貯金目減り訴訟)と「政治部門の裁量」(砂川事件)がありますが、タイムアップだったので、最終回はここから講義します。

2017年7月19日 (水)

演習Ⅰ(第12回)。

 教授会、無事終了~。で、3年生のゼミ(演習Ⅰ)の第12回のレポートです。

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Img_00361 こんにちは☆今回ブログを担当させていただきますM.Nです。

 今日は、長~い夏休みsun前最後のゼミ!ということで・・・

 反省会という名のピザパーティーをしましたdiamond

 もちろん、その前に判例発表もありましたpencil

Img_00381 今日の発表は「信教の自由」。判例は◎日曜日参観訴訟(東京地判昭61.3.20)、◎神戸市立高専剣道拒否事件(最2判平8.3.8)という二つの判例でした。

 どちらの判例でも、信仰を理由に一般的な法的義務の履行を免除し得るか否かが問題になります。これについて、信仰を理由に一般的な法的義務を免除することが憲法上要請されるという問題と、免除することが憲法上許されるかという問題の二側面があります。仮に免除を憲法上の要請としてしまえば、特定の信仰をする者に対して優遇措置をとったこととなり、政教分離原則に違反してしまうため、これに反しない範囲においては免除を許可するという立場の方が妥当です。よって結論としては、信仰を理由とする一般的な法的義務の免除は、政教分離原則に反しない範囲において可能であると考えられます。

Img_00391 憲法が保障する自由権の中でも、「信教の自由」は宗教など、人の心に関することなので判断基準を考えるのが難しかったですが、今回のゼミで理解が深まったのではないかと思います。

 勉強後のピザパーティーheart02は、楽しく盛り上がりました。企画してくださった大日方先生ありがとうございますheart04

 来週からテスト期間に入ります(泣)。夏休みを楽しみに、フル単目指して頑張りましょう!!

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2017年7月15日 (土)

演習Ⅰ(第11回)

 はれ。あじ~。

 第11回の3年生のゼミのレポートがとどきました。

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 こんにちは。今回ブログを担当させていただくS.Nです!

 先週は台風の影響で休講だったので2週間ぶりのゼミでした!今回は、憲法19条の保障内容や保障領域に関する見解について、2つの判例を挙げての発表でした。

Img_20281 平成19年2月27日では、入学式の国歌斉唱の際に音楽専科の教諭等が「君が代」のピアノ伴奏をする行為は、一般的、客観的に見て特定の思想を有することを外部に表明する行為であるとは評価し難く、また特定の思想を持つことを強制あるいは禁止するものではないため、本件職務命令が直ちに対象者の有する思想・良心の自由を侵すものでなく憲法19条に違反しないとしました。

 また、平成23年5月30日の最高裁判決では、「君が代」斉唱の際に起立・斉唱を求める本件職務命令は個人の思想及び良心の自由を間接的に制約している部分はあるものの、職務命令の目的及び内容などを総合的に較量すれば、上記の制約には許容しうる程度の必要性及び合理性が認められるべきであるとしています。

 今回の内容は少し難しかったのですが、大事な自由権の一つである思想・良心の自由についてより理解を深めることができたと思います!

 来週は前期最後のゼミです!がんばりましょう!

2017年7月14日 (金)

憲法Ⅱ(第24回)。

 昨日の第24回憲法Ⅱのレビューです。

 (0) まず、SBSでは、

 ① 憲法94条は地方公共団体に法規創造権を付与した条文であると理解できるとお話しました。だから、ここでいう「条例」は地方議会が制定する形式的意味での条例のはずであると。

 ② 「横出し条例」、「上乗せ条例」の一応の区別はあるのですが、それよりも、国法先(専)占論とナショナル・ミニマム論を理解したあと、後者を超える規制がなぜ許されるのかについて理解することが重要です。

 ③「司法審査」(judicial review)という言葉ですが、これには3つの用法があります(青本P278で確認してください)。

 (ⅰ)裁判所が国家機関の行為の「合憲/違憲」と判定すること。これ、憲法でよく使われる用法で、憲法81条が裁判所に付与した権限もこの司法審査権です。

 (ⅱ)裁判所が行政機関の行為の適法性を審査すること。これ、行政法他、下位法の分野でよく使われる用法ではないでしょうか。

 (ⅲ)上級裁判所が下級裁判所の判断を審判すること。これは、あまり使われない用法だと思うので、上の2つを理解してください。

 ④ 熊本なら忘れてはいけないハンセン病「特別法廷」問題ですが、これは憲法76条2項が禁止している特別裁判所には該当しません(参照、裁69条1項・2項)。しかし、憲法が刑事被告人に保障している権利(37条1項)には反している疑いが強いこと、努々わすれないでください。

 (1) 本編にはいって、まずは「司法権の範囲」についてお話しました。ここでは、憲法76条1項にいう「司法権」について、それは裁判所法3条1項の「法律上の争訟」のことをいうと講義しました。そして、何が「法律上の争訟」に当たるのかについては、判例が「事件性の2つの要件」を示していることも。

 逆から辿っていくと、「事件性の2つの要件」を満たすものは「法律上の争訟」に該当するので、裁判所が司法権を行使して解決し得る「司法権の範囲」にある事件ということになります。

 (2) さらに、上の(1)をよりよく理解するために、司法権の範囲外とされた事例について、判例を確認してください(詳しくは、青本P277~P278で)。

 ① 警察予備隊違憲訴訟は事件性の要件の第1要件に欠けるとされた事例です。

 ② 「板まんだら」事件は事件性の第2要件に欠けるとされた事例です。

 ③ 技術士国家試験事件は、第1要件、第2要件ともに欠けているとされた事例です。

 (3) つぎに「司法権の限界」の問題についてお話しました。これは、「事件性の2つの要件」を満たし、したがって「法律上の争訟」ではあるけれども、何らかの論理により裁判所の審判権が及ばない(又は、その審査密度が低下する〔たとえば、手続的審査はできるけれども実体に関する審査はできない〕)とされる事例のことです。プリントP68にも注記しましたが、「事件性の2つの要件」を満たすか否かという上の「司法権の範囲内外」の問題とは違うことについて、確認してください。

 (4) 上の「何らかの論理により」については、① 憲法が明文で定めれいるもの(議員の資格争訟の裁判、裁判官の弾劾裁判)、国際法上の限界(日米安保条約に基づく地位協定による刑事裁判権の制限)、② 政治部門の自律権(議院自律権や内閣の自律権)、③ 政治部門の裁量にかかわる限界を検討したあと、④ 団体の内部事項に関する問題、いわゆる「部分社会の法理」についてお話しました。

 (5) 部分社会の法理とは、国家内部にある団体の運営について、国家機関は、その自律権を尊重しこれに介入すべきではないという法理論のことです。但し、司法権が及ばない領域(それは、国民の権利救済がなされない領域である)を包括的には認めないようにするために、「団体の純然たる内部的措置一般市民法秩序にかかわる措置」を区別し、前者にはなお裁判所の審判権は及ばないが後者には審判権が及ぶとする法理論が生成されてきました。

 このことを確認するために、つぎの判例を検討しました。

 ① 地方議会出席停止事件地方議会除名処分事件。前者は部分社会内部の措置ですが、後者は一般市民法秩序にかかわる措置であるので、裁判所の審判権は及ぶとされています。

 ② 富山大学単位不認定事件富山大学専攻科修了不認定事件。単位の認定行為は一般市民法秩序と直接関係しないので「法律上の争訟」に該当しない(したがって、司法権の範囲外)ですが、後者、すなわち、教育課程の修了認定をしないということは、一般市民がもつ国立大学利用券を否定する効果をもつとされ、「法律上の争訟」性が認定されています。

 ここまでなら「司法権の範囲の内外」の話であって、「司法権の限界」(司法権の範囲内なんだけど、ある理由で裁判所の審判権が及ばない、あるいは、弱まる)の問題ではないようにも見えるのですが・・・

 ③ 共産党袴田事件は、一般市民法秩序にかかわる措置であったとしても、裁判所の審判権には限界があることを明らかにしたものでした。本件は、政党による除名処分が宿舎の明渡請求に関係ているので、当該除名処分の適法性について裁判所の審判権が及ぶとされているのですが、政党という部分社会の自律権に基づき定められた内部規範、それがなければ条理により、当該処分が適正な手続によるものであったか否かについてのみ裁判所は判断できるとされています。つまり、裁判所はなお除名処分の実体的適法性については判断できないとされているのです。このあたりに、一連の部分社会の法理の問題を司法権の限界の問題として検討した所以があります。

 (6) さいごに、部分社会の内部的措置にはなぜ裁判所の審判権が及ばないのか(プリントP69の【Q】)について。青本P281では、それは事件性の要件の第1要件に欠けるからである、と述べました。そこにはつぎのようにあります。「団体の『純然たる内部的措置』により何らかの不利益が課されたとしても、それはいまだ団体の決まり、ルール上の不利益にとどまり、国法上の権利、利益が侵害された状態とは評価できないので『法律上の争訟』にあたらない」との自説を展開しています。みなさんはどう考えますか?

 

2017年7月12日 (水)

演習Ⅱ(第10回)。

 ☁ 第10回の演習Ⅱ(4年生のゼミ)のレポートです。

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 今回のブログを担当させていただくS・Kです。ディズニー通というとてもうれしい紹介をしてもらえたので、ウキウキした気分で報告させてもらいます!(笑) ちなみに今年はクリスマスシーズンにディズニーに行く予定です🎵

 今回のゼミでは、発表の前に小雨の降る中、五高記念館前で卒業アルバムの集合写真を撮りました。

Photo 卒業のときが少しずつ近づいてきているのを感じて寂しく感じる気持ちもありますが、最後まで充実した学生生活になるようにたくさん学んでたくさん遊びたいと思います!

 さて、今回のテーマは「実質的平等(アファマティブアクション)とは」で、ある例題に対して設定された問題に対する班の解答を発表するものでした。その例題とは、ある国立大学法人であるA大学法科大学院では、法曹人口における女性の比率を高めるために女性を優遇する入学者選抜制度を採用・公表していて、男性受験者Bは通常の入学者選抜制度であれば合格できた成績順位だったのにその女性優遇制度により不合格になってしまった、という内容で、① Bの立場から当該入試制度の憲法上の問題点の指摘、②Bの主張に対するA大学院の反論を踏まえて班の見解を述べよ、という二つの問題が出されました。

 これに対して発表班は、①Aの入試制度は憲法14条1項上の平等原則に反し、また、Bの憲法26条1項の権利を侵害するものである、②平等に関する法令の違憲審査基準についての学説を紹介したうえで、さらにこれまでの最高裁の判断枠組を考慮て、目的に合理的根拠があることや区別と目的との間に合理的関連性があることを認め、Bに過度な不利益を与えているとはいえないとして、憲法上疑義ある制度とはいえないとしました。

 その後、「当該入試制度の合憲性を判断するうえで告知していたことは重要な要件なのか」や「学説として紹介した平等に関する法令の違憲審査基準ではなく、それよりも緩やかな判断枠組を採用したのはなぜか」という質問ができました。

 また、もしすべての法科大学院がこのような女性優遇制度を採用したらどうなるのか、あるいは、定員を180名と20名に分けたうえで女性の受験者にはどちらかの入学試験しか受けることができないとしたらどうなるかという話にまで発展しましたが、片方を優遇したことによってもう一方が不利益を被ることになったという事例よりも合憲性の判断が難しく感じました。また発表の中でアファマティブアクションに関するアメリカの判例も取り上げられていたので、他の国ではどのような判例があるのかも気になりました。

 次回の担当は飲み会が多めなこのゼミでいつも完璧に幹事を務めてくれているA・Fさん!・・・なのですが、今回で班としての発表は前期最後だったので、次回のゼミでもブログの更新はあるのかわかりませんがご期待ください!(笑)

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 いやいや、わたしのゼミは勉強だけにとどまらない壮大なゼミ。ゼミである以上、次回もゼミブログの更新はあります。

2017年7月10日 (月)

憲法Ⅱ(第23回)。

 じめ~~っとした感じ。

 で、憲法Ⅱの第23回の講義レビューをします。

 (0) SBS

 ① まず、「都の区」(自治281条1項)と「指定都市の区」(同252条の20)の地位と権限との違い、是非、地方自治法で確認してください。

 ② また、地方自治制度について、二層制をとった方が民主制的にも権力分立原理的にも妥当であると思われる点についても【341】あたりで確認してください。

 ③ さらに、「都の区」も現行法上は「基礎的な地方公共団体」とされているのですが(参照、自治281条の2第2項)、これと憲法上の地方公共団体との関係についてどう考えるべきかについても、いい質問をもらいました。わたしとしては、基礎的地方公共団体は憲法上の地方公共団体であると解釈できると思いますが、地自法上は必ずしもそのあたりが整理できていないのでは、という疑問も提示しておきました。

 (1) 条例制定権については、まず、憲法94条(条例の所管事項について「法律の範囲内」としている)と地自法14条1項(条例の効力について「法令に反しない限り」としている)の規定振りについて確認したあと、法律留保事項について条例で制定できるかについて検討してください。

 わたしは、地方公共団体の憲法94条上の条例制定権は、所管事項の限定があるとはいえ、国の憲法41条上の法律制定権と同じ性質をもつと考えてます。したがって、国が41条権限により財産権を制限し、課税し、刑罰を科すことができるのと同様、地方公共団体も94上権限により、同じことができると考えればよいのではないか、と思っています。

 (2) さらに、島市公安条例事件(昭和50年最大判)の法律と条例に関するところの判旨を熟読してください。そのさい、国法先占論の意義、ナショナル・ミニマム論の意義、そして、上乗せ条例、横出し条例とは何かについて、確認してください。

 ① 国法先占論とは、法律と同一目的で同一事項を条例では規制できない。法律なき場合でも、それが当該事項を規制しないという国会の意思表示である場合でも同様、という法原則です。

 ② ナショナル・ミニマム論とは、国法が全国的に一律、同一内容の規制を施す趣旨でない限り、地方公共団体の地域性、自主性を尊重して、同一目的又は(及び)同一事項に関する条例による規制も許されるとする法理論のことです。

 ③ この法理論により、(ⅰ)上乗せ条例(法律と同一の対象を別目的でより重く規制する条例のこと)、(ⅱ)横出し条例(法律と同一目的で法律が対象としていない事項を規制する条例のこと)も許されると考えられています。

 ④ 但し、わたしは、法律と条例の関係については、条例が国法との関係で上のような形式的正当性を有するというだけではなく、条例により規制される行為の性質に応じて、真に地方の「固有の自治事務」の範囲といえるのか否かについて、実体的正当性についても検討されるべきである、と講義しました。徳島市公安条例事件でいうと、デモ行進の規制が表現行為に対する規制であることに鑑み、公安目的での表現規制は条例でなすべきものであるか否かについても検討されるべきだったのではないか、と思います。

 (3) そして、講義は、いよいよ最後の単元「法原理部門」にはいり、きょうは、憲法76条の文言理解をしました。それについては、

 ① 76条1項にいう「司法」を、41条にいう「立法」、65条にいう「行政」(執政)との関係で、実質的意味で理解すべきことを、まずお話ししました。このあたりは、プリントP66の上半分で確認してください。

 ② この司法の範囲については、民刑事の事件にくわえて、行政事件についても含まれることについて講義しました(明憲61条と比較してください)。そのさい、特別裁判所(通常裁判所の系列に属さない特別の裁判機関のこと)及び行政機関による終審裁判の禁止(したがって、前審としては許される)という76条2項の理解について注意してください。

 (4) さいごに、内閣総理大臣異議に関する東京地判昭44・9・26の概要についてお話ししました。この憲法上の問題については、青本P275で確認してください。

 次回は、司法権の範囲と限界の問題、そして、客観訴訟及び客観訴訟の憲法適合性についてお話しします。この2つ、この講義の最後のヤマ場ではないかと思いますので、心して聞いてください。

2017年7月 6日 (木)

憲法Ⅱ(第22回)。

 大雨rainrainrain。でも、講義あり。正直、大講義受講生全員に瞬時に連絡できるすべがあったら、休講にしたかもしれない(もっとも、1限はあったんだよね)。きのうのゼミはラインがあったので、月曜のうちに休講にできました。

 そんななか、憲法Ⅱの第22回講義にお越しいただき、ありがとうございます。ということで、レビューです。

 (0) まず、SBS。

 ① 国会開会中なら、財政統制の原理からして、予備費支出ではなく暫定予算等で対応するべきであること、理解できましたか。

 ② 幼児教室違憲訴訟からすると、宗教法人が設立母体である学校法人にも補助金支出が許されることも、理解できましたか。同判決は「公の利益」にかなうものなら「公の支配」は緩和されてもいいというものでした。この理屈からすると、「公の利益」にかなう事業をしているのに、宗教法人が設立母体であることを理由に同事業体に補助金を支出しないことの方が平等の要請にもとるとも考えられます。これに関しては、緑本のP133も参照してください。そこでは【宗教法人に対する非課税措置】について記述しています。

 ただし、このような解釈は憲法89条の規範力を弱める結果につながると思われます。このことも【336】の一連の質問及びその回答のところで確認してください。

 ③ 統治権を中央政府と地方政府に分割したとするなら、それは「垂直的権力分立」ではなく「水平的権力分立ではないか」という質問、そして、(地方レヴェル選挙は直接選挙と規定されているのに)なぜ国政レヴェルには直接選挙と規定されていないのかという質問、それぞれ興味深いものでした。いずれも「中央政府」と「地方政府」で憲法上の地位、想定が違うのだということを手掛かりにして回答を試みています。【333】と【338】はその意味で同類の質問だと感じました。

 (1) で、本編ですが、まずは、憲法95条の意義からお話しました。これ住民自治のひとつの要素である住民投票について規定されている条文です。「国会単独立法の原則」の例外であること、そして、真に95条の手続を経なければならない法律としては、① 特定の地方公共団体の地方統治権、組織編成権に関するもの、② 特定の地方公共団体の住民の権利・自由を制限するもの、このいずれかの場合であること。したがって、いままでの実施例には真に95条の手続を経ることを必要とした法律はなかったのではないか、ということについて講義しました。

 (2) つぎに、地方公共団体の種類について、お話しました。地自法は、普通地方公共団体として「基礎的な地方公共団体」である市町村と、それを「包括する広域の地方公共団体」である都道府県を、そして、特別地方公共団体として、東京都の特別区、地方公共団体の組合、財産区を規定していることを確認してください。

 (3) このうち、普通地方公共団体が憲法上の地方公共団体であることについては、一応の見解の一致があります。ただ、東京都の特別区が憲法93条2項にいう地方公共団体に該当するか否かには争いがあります。これについて、特別区間接選挙事件においては、憲法上の地方公共団体であるための要件として、① 事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもっているという社会的基盤が存在すること、② 沿革的にみても、また現実の行政の上においても、相当程度の地方自治の基本的権利を附与された地域団体であることを要するとして、当時の東京都の区はこれに該当しないと判示しています。

 (4) 上の判例のなかで跳躍上告という訴訟手続が出てきたので、すこし説明しました。是非、刑訴法406条、刑訴規則254条1項にあたっておいてください。なお、跳躍上告の有名な例として砂川事件をあげました。これは日米安保条約に基づく駐留米軍の合憲性について争われた事件です。東京地裁での第一審(伊達秋雄裁判官による伊達判決として有名)による駐留米軍は憲法9条2項で所持を禁止された戦力に該当するとした判決に対して、検察は跳躍上告しています。

 (5) で、憲法は地方公共団体として、市区町村と都道府県といういわゆる二層構造を要求しているのかについても、お話しました。結論的には青本の250頁を読んでください。そこでは「憲法が地方公共団体について、いわゆる二層構造を保障しているということについては、憲法慣習法的規範が成立しているといえるのではなかろうか」と記述しておきました。その前に理由がありますので、そのあたりも確認してください。ただ、これも講義中でお話したことですが二層構造でありさえすればいいと思われますので、法律を改正して道州制を導入することも憲法が禁止しているとはいえないと思います。

 (6) 地方公共団体の職務については、1999(平成11)年改正前地方自治法と改正後の現行法上のものについて、プリントP63~P64、青本P254~P256に記述がありますので、一読しておいてください。

 ということで、来週は、条例制定権についてお話したあと、法原理部門のお話へと進みたいと思います。

2017年7月 3日 (月)

憲法Ⅱ(第21回)。

 土曜日の熱投疲れから、右手が上がりづらい感じ・・・(とぶつくさ言ってしましましたが)、気を取り直して、憲法Ⅱの21回目の講義のレビューをします。

 (0) まず、いつものようにSBSから

 ① 支払った金銭とサーヴィス提供が対価関係にないなら、なぜ、租税の納入義務があるのかという質問は、国家統治権の根源に迫る質問だと思います。で、わたしの回答は青本P13にあるのですが、ようするに、国家というものを構想する以上、国家統治権への一般的服従義務は当然のものとして前提されている、というものです。わかったようなわからないような回答かもしれませんが、あまり深入りせず、こういうものだという程度にとどめておいて大丈夫だと思います。

 ② 「通達課税」の問題については、パチンコ球遊器通達課税事件の判旨でコンパクトに論じられていますので、是非、それをよくよ読んでください。

 ③ なぜ、課税要件法定主義法治主義の要請であるのに対して、課税要件明確主義法の支配の要請であるという点についても質問がありました。で、回答としては、法治主義にいう「法」とは「法律」のこと。課税要件法定主義は行政立法(法律ではない)による課税及び慣習税法(制定法でないので法律でもない)で課税してはならないという法原則なので、法治主義の要請である。これに対して、課税要件明確主義の方は、課税要件を法律で定めていても(したがって、法治主義の要請は満たしていても)同要件が明確でなければ納税者の権利を保護できないことから要請された法原則です。法律は国会が制定、つまり、国会という国家機関をも統制する法原理からの要請ということで、法の支配の要請であると説明しました。この質問を通して、法治主義と法の支配の違い、もう一度確認してください。

 (1) 本編では、まず、予算と法律の不一致についてからお話しをはじめました。この問題については、法律に対する予算従属性の原則を是非、よく確認してください。それは、予算はあくまで法律の目的を実現するための財政措置なので、法律が制定されるまで予算のみではその執行ができるわけではない、という法原則です。この法原則を基に、① 予算は成立したのに法律が制定されない場合、② 法律は制定されたのに予算化されていない場合のそれぞれについて、検討してください。

 (2) つぎに、公金支出、公の財産の利用制限、すなわち、憲法89条の意義について検討しました。このテーマについては、下記の点を確認してください。

 ① 憲法89条前段は、特定の思想信条に対する国家の中立性を要請した法規範である。これに対し、同条後段は、公の財産の濫費防止を要請する法規範であること。

 ② 89条前段にいう「宗教上の組織若しくは団体」該当性については、かつては、当該団体が宗教上の教義教典を組織的背景にもつか否かによって判定されていた(したがって、遺族会は該当せず〔参照、箕面忠魂碑・慰霊祭訴訟〕)けれども、近時は当該団体が宗教的行為を行っているか否かで判定するようになっている(したがって、宗教上の教典を組織的背景にはもたない氏子集団が該当するとされた〔空知太神社事件〕)こと。

 ③ 89条後段にいう「公の支配に属する」(条文上は「属しない」)該当性については、事業の「公の性質」により「公の支配」の程度(たとえば、人事、予算に権力的な介入がある)が緩和されるとする説が実務上の回答であること(参照、幼児教室違憲訴訟)。

 ④ うえの裁判例に対するわたしの評価は青本P240の一番下からP250にかけてありますので、P250の【私学助成】についての見解とともに、読んでおいてください。

 (3) 決算は省略しまして、つぎは、新しい章「地方の統治制度」にはいり、地方自治の意義、とくに、地方自治の本旨(92条)について、お話ししました。このうち「地方自治の本旨」とは、通常は住民自治団体自治をその内容として説かれていることを確認し、

 ① 住民自治は、地方統治に対する住民参画の最低限の手続保障を定めていること(憲93条2項、95条)。

 ② 団体自治は、地方公共団体は中央政府から独立した統治主体であること、それにふさわしい実体的権限として94条の権限(財産管理権、事務処理権、行政執行権、条例制定権)が憲法上地方公共団体に与えられていること。

 次回は、住民自治の一部である憲法95条の地方特別法に関する理解をお話ししたあと、憲法上の地方公共団体とは何か、地方公共団体のおもな事務とは、そして、条例制定権の範囲と限界等についてお話しします。

2017年7月 2日 (日)

教員野球 vs. 3年生。

 sun つゆ、あけたんだろうか。

 きのう、熊大法学部第1回教員対学生野球大会baseballが開催されました~

 実は、わが社には教員の野球チームがあり、毎週水曜日の昼休みに練習をして、春秋と年2回、ご近所の熊本学園大学さんのチームと対戦してきました。

 その対戦は100回戦をこえ(ということで50年以上続いている)たのですが、近年、さまざまな事情から、教員野球が滞っていました。ということで、この2年半くらい、わが社のチームは対戦相手がいないということで、練習も一応のもので身が入らない、という状況にありました。

 学園大さんとの野球の様子は、この五高日記の「教員野球」のカテゴリーをごらんください。教員野球のカテゴリ

 その一方で、なにか学生とできることはないか、と模索していたわれわれは、それではということで、学生有志に声をかえて、野球で対戦することにしたのです。

Vs20170701 まだ梅雨なので天気が心配でしたが、それでも、きのうはまぁsunで、教員学生ともいい汗を流すことができました。

 いつもは教壇から見下ろす感じの教員・学生間ですが、野球となると、話は別。打たれたり、打ち取ったり、ミスしたり、好プレーがでたりで、楽しい時間でした。結果は3対4で学生チームの勝利。教員側としては悔しい結果となりました。

 それでも、学生と何かできた、はじめられた、というのはよかったと思います。これ、きのうの最高の収穫でした。一応、あえて「第1回」と銘打ってみました。つぎは、後期に卒業を控えた4年生を迎えて、卒業祝賀試合とかしたいと思います。まぁ、教員に負けるようでは、卒業させるわけにはいきませんよね(笑)。

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