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2018年5月

2018年5月 6日 (日)

蔵書一代

Img_3532 連休最終日、rain

 連休前に、紀田順一郎さんの『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸すののか』(松籟社、2017年)を読んだのですが、そこに、「蔵書とは雑然としていては積ん読にもならず、また蔵書の名に値せず、単なる紙束の堆積(粗大ゴミ)に過ぎない」という一節がありました(54頁)。

 この一節に感化され、連休中に、ちょっと蔵書整理しようと思っていたのです。

Img_3534 というのも、わたしの蔵書、整然と並んでいるようで、すでに本棚に入らなくなっておるものもあり、結構「雑然と」しはじめていたからです。

 ただ、連休最終日になり、いまからやると途中で心折れたときに取り返しがつかないことになりはしないかと思って、結局、この連休にやることは自重してしまいました、、、

 この商売をしていると、どうしても蔵書が増えてきます。それをなんとか本棚にようやく入れてはいたのですが、、、

Img_3537 実は、いまではこんな感じで、2段になってしまっています。これもよくない状態ですよね、、、これでは背表紙が見れないので、蔵書の効用、効果が半減してしまっています。わかっていはいるのですが、入らないんですよね、、、

Img_3547_2 ウィトゲンシュタイン全集なんて弱虫ペダルの背後になっちゃっているし、、、ということで、近々、蔵書の整理、必要なんですよね、、、

 ところで、「蔵書」、みなさんどうしているんですかね。わたしは、仕事柄、まず憲法関係は一応、多いと思います。とくに、2014年、2015年に出した概説書を書いていたときには(2013年、2014年あたりか)、いままで持っていなかった憲法関係の本、随分と集めました。それと、最近は知財関連の本も。

Img_3539 また、大学院からの流れで、法哲学・法思想っぽい本も、何冊かあります。とくに、ロールズ、ドゥオーキン、ノージック、サンデルとか・・・。もっとも、あまり読まなくなってしまいましたが、、、(いかんですね!)

 それと、上のウィトゲンシュタイン(指導教官の影響と思われる)の全集をはじめ、カント、ヘーゲル、ニーチェ、フロイトなんかももっています。パラパラみることはあるんですが、「研究」って感じではないですね。なんか、買っちゃうんですよね、、、

Img_3541 指導教官の影響といえば、ハイエク関係ももっています。これはいずれ勉強しようと思っているので、もっててもいいのですが、、、その「いずれ」という日々がくるのか、心配ではあるんですが。ハイエクはまだわかりますが、ウィトゲンシュタインとかで憲法を語るなんて、すごいですよね。

Img_3543 買ってしまった、という流れでは、「人類の知的遺産」シリーズや写っていませんが「世界の名著」シリーズももっています。ただ、これは、意外と読んだ(っていってもわずかですが)し、なんかたしか安かったと思うので、まぁ、よしとしています。これからも読むでしょうから。

Img_3551 ところで、洋書側をパノラマでとってみました(正直、こんな時間があるなら整理せい、という感じですが)。洋書は、あんまりもっていません。複写して単語の意味とか書き込まないと読めないので。てな感じですが、もっと勉強しないといけないですよね。

Img_3554_6 文庫や新書の類は、研究費で購入してもらったものを除いて、自宅にもっていっています。子どものころからそんなに本を読む人ではなかったので、多くのものは大学、大学院の頃からのものです。そして、学生のときは、やっぱりそんなにお金もないので、文庫、新書が多かったのですが、、、

Img_3559 それも、こうみるとずいぶんと増えましたね。いま新書をいれているこの本棚にスキができる程度にしか本をもっていなかったと思うのですが、「人に歴史あり」、「蔵書に歴史あり」ですね。いまでは、文庫、新書だけでもずいぶんな量になりました。

 そうそう、紀田さんの本には、災害は蔵書の大敵で、もちろん、戦争のときには蔵書もちの人はそれを疎開させるに一苦労(いまのように道路が発達していたわけではなく、また、人手も徴兵されるので大変)だったとあるのですが、地震も警戒すべきものであると記されています。

Img_3555_2 そうなんですよね。地震にあいました。本自体もそうですが、本棚も、損傷をうけました。ただ、家のは全然、高価な棚ではないので、まぁ、いいのですが。

 ということで(?)、自宅の本棚もこんな感じで2段になってしまっているので、背表紙がみれるようにしたいのですが、いかんせん、スペースがない!

 紀田本にもあるように、蔵書について、家族はいい顔しませんよね。リビングとか、廊下の片隅とか、わたしからするとまだまだスペースあるように思うのですが、置かせてもらえないですよね。もっとも、まだなんとかなっているところを見ると、わたしくらいの量ならまだ「蔵書家」ではないのかもしれませんね。みなさん、玄関やらトイレやら・・・にもあふれているようですから。

Img_3540 またまた、話は前後しますが、大学の頃からといえば、有斐閣さんの「法学教室」、ずっ~と買っています。学部生の頃から購入し始めて、はじめて任期のないポストについたときに、バックナンバーも揃えました。

 という感じで、まだまだ本が増えていく気配があるので、いまのうちにスペースつくりたかったんですが、、、このGWには作業できませんでした。つぎのチャンスは、夏休みでしょうか。

 そうそう、さいごに、紀田さんの本にもお父様の蔵書の様子が書かれたくだりがあります。そこには鈴木三重吉編『少年文学集』について、つぎのように記されています。

 「いまでも父親がこの巻を購入した動機ないしは意味を考えることがある。昔の親は、自分が読まなくても、いつか子どもが読むことを期して全集本を揃えたという話を耳にしたことがあるからだ」(88頁)。
Img_3561 実はわが家の父親にもすこし蔵書があり、ほとんどは実家に置いているのですが、そのなかにあった講談社の『世界童話文学全集』はこっちの家にもってきています。これ、すべての漢字にフリガナがふられていて、子ども心に非常に読みやすかったことを覚えていて、娘のためにこっちに持ってきているのですが、発行はわたしがまだ生まれる前。すでに大人になっていたであろう父・母が読むわけでもないので、将来の子どものためのものだったのでしょう。いまは、孫に引き継がれています。

 もう個人の蔵書、よっぽどの価値あるものでないと、引き取り手がないとのこと。なんか、もったいないですよね。わたしのものもきっと、研究室を出なければならない時に、きっと困るんでしょうね。それでも買ってしまうんですよね。

Img_3544 そうそう、研究室の一角にはトミカもあります。これなんとかすれば、またスペースができるのですが、そういうわけにはいきませんよね(笑)。



















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