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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の641件の記事

2017年5月22日 (月)

週末遠征。

 suncloud

 先週末の金曜日から、bullettrain広島 → rvcar広島 → bullettrain帰熊 → airplane東京と遠征しました。

Img_1895 まず、金曜日の19日に広島にいったのは、わたしの先生と遊ぶためです。先生は「引退2年目」。隠遁生活にも慣れたようで、椎茸やら、ほうれん草やら、春菊やらを栽培して、お暮らしでした。

 とはいうものの、まぁ、ひまになって「寂しくなった」ので遊び相手がほしかったのでしょう。金曜日午後と土曜日朝にテニスしました。

Img_1924 先生の「山の家」を出て、土曜日の20日には、「先生の先生」の米寿をお祝いする会に出席しました。「先生の先生」は、人格者で学界でも顔の広い人。某有名大学(志願者数日本一)の学長もされた人です。あちこちでの挨拶や書き物をあつめた記録集をいただきました。

 この二人の先生は、ともに「豊かさ」を感じる生活をされています。リタイヤされたからなのか、もともと「豊か」だったのか。憧れの生活です。現役時代の精進の賜物でしょう。

Img_1921 で、土曜にいったん帰熊して、日曜日の21日には、東京のKO大学に行きました。逆光の福澤先生です。

 用務は、10月に行われる学会の報告者うちあわせ会に出席してきました。実はこの学会、憲法・行政法学者の集まりではもっとも大きい学会なのですが、報告者、内容は、原則、運営委員会からオーダーがはいります。多くの学会は報告者が自薦するそうなので、そこが大きな違いです。(そういえば、昨年の別の学会も、少し前の別学会も、わたしが報告させてもらった全国規模の学会は、すべて、報告者指名制度の学会でした)。

 ということで、指名されるのは大変名誉なことなので、お引き受けしたのはいいのですが・・・これから10月までちゃんと勉強しないといけない! と思った週末でした。





2016年12月27日 (火)

忘年会も終わり。

 rain

 公私にわたってくり広げられた一連の忘年会beerbottleも終わり、年末気分ができていました。ということで「公」的な忘年会の反省を。

Img_1087 まずは、なんといっても職場の忘年会。毎年、12月教授会のあと、恒例となっています。

 ところで、この忘年会は、3部局が合同で実施しています。で・・・、あれ・・・、2部局しかありませんね。ここに掲記されていないあの部局こそ、来年度以降の改革の主役であるだけに・・・。ここに掲記されていないことが、いまのあの部局を象徴しているように思われて仕方ありません。

Img_1088 ただ、法学部構成員(したがって、わたしも)にとって、このことは他人事ではありません。むしろ、他人事のようにしてきた(見て見ぬふりしてきた)われわれにこそ、責任があるともいえる問題。過去どうだった、あの人がいけない、この人がいけなかった・・・ゆうてもダメですよね(いってしまいましたが)。いまこれから、自分たちはどうするのか、というところが重要ということでしょう。将来しか変えられませんものね。

 なんてことをcancercancercancerをいただきながら、考えました。職場の忘年会は、いつものように毒はきすぎました。反省(でもなおっていない)。

 で、昨晩は、お世話になっている県庁のお仕事の忘年会でした。

Img_1102 会場は、下通りダイエー横(これ、いつまで通用する呼び名でしょうか。いまの1年生とか、飲みの集合場所、なんていっているのでしょうか)の“青柳”さん。久しぶりにお世話になりました(なお、水曜日ではないので、舞妓さんはいなかった)。

Img_1103 この青柳さん、お部屋にあった屏風によると、釜めし屋さんとして名を馳せていたとのこと。昔は庶民派だったのですね。いまでは、有名店のひとつだと思います。

 で、この県庁のお仕事、ことしで3期目になりました。思えば、2期6年も務めさせていただいているのですね。最後のスマ×スマの放送日だったきのう、ふと、自分はこの6年どうだったのか、とか考えました。円滑な公共事業の実現の一翼を担う行政委員会であるだけに、すこしでも(すこしだけでしょうが)お役に立てていたならいいなぁ、と思いました。

 そして、この集まりには珍しく、2次会までいきました(みなさんがリーダーと慕う弁護士さんに連れられて)。で、昨晩だったので、「スマップしばり」のカラオケ(一部、ミスチルあり)。盛りあがっているところで課長にお電話が・・・。南関で鳥インフル発生の一報が・・・。

 ああ、思えば、今年の熊本は大変な一年でした。2回の地震集中豪雨阿蘇噴火、そして、年末のここにきて鳥インフル・・。直接は関係しない部署のようですが、それでも、県庁はじめ行政はこれから数日、てんやわんやでしょう。なんとかうまく終息してほしいと祈るばかりです。

 という感じで、やはり、ついつい飲み食べ過ぎています。年末年始があけたら、節制しようと思います。で、きのういただいたもののリストを・・・

Img_1106Img_1108Img_1111Img_1112Img_1113Img_1114




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2016年12月16日 (金)

研究報告@明大。

 @東京。本日中には帰熊airplane

Img_1071 きのう、上京して、研究報告させていただきました。紫紺がスクールカラーのこの大学の「知財研究グループ」で申請された科研に研究分担者として参加させていただいているので。

 ただ、ここのところ勉強pencilできていないのでcoldsweats01、テーマは、昨年、師匠の古稀記念論集に寄稿した論文をもとにした「著作物のパロディ」について憲法学的視点から考察するもので許していただきました。

 研究会では、ここのところ、著作権法解釈と憲法理論は密接に関連しつつある、という認識を共有することができました。と同時に、そのなかにあって、わたしはすこし取り残されつつあるということも。とくに、一緒に研究報告をした気鋭の論者の最近の業績をみるにつき、そう感じますcoldsweats02

Img_1070 まぁ、そうはいっても、わたしにはわたしのペースというものもあるので、あまり気にしないで自分の仕事をしていくだけかなぁ、と思います。できる範囲のことしかできないわけですから。

 それにしても、東京の大手私大は、すごいですね。都心の一等地に機能的な校舎を配して・・・、地方大の田舎研究者としては、気後れするばかりです。まぁ、それでも「書いたもの勝負」のこの業界、ここにはどこに住んでいるか、どこに所属しているかは、関係ありませんものね。ここでも“自分として自分の仕事をどう評価しているか”ということが重要なことだと感じました。

Img_1073 こんなことを感じたのは、懇親会での話題から、です。(あ、そうそう、わたしパクチーというものを食べたことがなかったので、流行にのって食してみました。カメムシの・・・というの、よくわかりました。もう、しばらくは食さなくていいかと・・・)。

 で、懇親会の話題というのが、業績評価のことです。ある大学では、毎年の研究業績リストを学部に報告し、それに学部長がAとかBとか・・・評価をするとのことなのです。これも、きっと全学的な予算配分の絡みがありやりたくてやっているものでもないとは思うのですが・・・。でも、その制度が、いわゆる「書けない人」、「書けなくなっている人」にいらぬプレッシャーを与えていて、より「書けない」という状態に追い込んでいるのでは、というようなお話でした。

 われわれ研究者は、研究(文系では「論文を書くこと」pen)するのが仕事なので、毎年、論文を書いて公表していくことが当たり前であるとも言えるのですが・・・。いつもいつも論文を書けるわけでもないのです。いや、書かなければいけない、というのはその通りなのですが、「書けるか」といわけると、いろいろな事情とかスランプとかあるわけで・・・。って、こういう言い訳も一般社会からすると甘い、のでしょうが・・・。

 また、まだ学生のうちはそれぞれに先生というのがいて、ときに厳しく指導されることもあるのでしょうが、それで「守ってもらっている」部分もあるけれど、ひとたび大学にポストを得ると、もう一人立ちして生きていかないといけない(そうでないと、学生を指導していくというわけに行きませんよね。だれかに指導されている立場にある人に学生も指導されたくはないですよね)。ということで、本当の意味で自分のことを批判できるのは自分だけということになります。こういう状態で論文を書いていかないといけない・・・結構、厳しい職業ですね(って、それが甘い!のか)。

 ということで、地震があり、「そういえば熊本には大日方ってのがいたなぁ・・・」と思い出していただいたおかげで、ここのところ、研究報告のご用命をたくさんいただきました。ありがとうございました。

 われわれの業界は「活字」にしてはじめて研究業績。ここのところの学会、研究会でご意見、ご質問いただいたことをうけて、はやく「活字」にしていきたいと思います。





2016年12月 8日 (木)

ゼミ見学会からの交流会。

 きょうはsun模様。

 きのう、来年度のゼミ生募集の一環として実施されている「ゼミ見学会」がありました。

 わがゼミも張り切ってゼミ生募集なので、どのくらいの2年生が見学会に来てくれるのか、期待と不安が渦巻いていました(なんか、緊張感あった)。それでも、おかげさまで、たくさんの2年生が見学してくれて、担当教員として嬉しいかぎりです。あわよくば、そのまま応募してくれると、なお有り難い

 で、ゼミの内容は、昨年の国税・財務専門官試験に出題された事例問題をアレンジしたもの。いつもはこういう題材設定はしないのですが、実は、ゼミ見学会用に仕向けてみました。とはいっても、問題はいたってオーソドックス。西陣ネクタイ事件をイメージさせるその問題を考えるために、小売市場開設距離制限事件と薬局開設距離制限事件で営業の自由に関する「目的二分論」を理解したあと、在宅投票制廃止事件で国賠法上の違法性について確認し、あとはそれらの法理論を問題にあてはめて検討していく、というものです。

 実は、同じ題材で前日にも見学会の予行練習をしました。とうことで、一部、「シナリオ」があったわけですが(笑)、それを乱した人もいましたね・・・誰だ?まぁ、準備してきた質問ばかりというのも面白くないですものね。報告班は「話が違う・・・」と思ったでしょうか。それでもまぁ、「」のゼミも垣間見られてよかったのでは。それでも、質疑応答は立派だったと思います。

 と、フォローしつつ・・・、この憂さは週末の忘年会beerbottlebarで晴らしてください。

 それから、ゼミ見学会にきてくれた2年生、本当にありがとうございました。教室、寒かったですよね。また、ちょっと難しい!と感じたようにも思います。ただ、そういう感じはいまの3年生も去年のいま頃、感じていたはず。きっと1年たつと、みなさんも先輩たちのようなゼミができるようになります。そこは安心してください。まぁ、ちょっと「よそいき感」はありましたよね。普段は、もっとリラックスムードです。

 ゼミ見学会がおわったあと、熊大法卒県庁若手職員と現役熊大法生の交流会に参加しました。

Img_1029 熊大法を卒業して県庁職員となったOB・OGと法学部生(2、3年生)との交流会は、今年で3回目となりました。このなかには、3年生のときこの企画に参加して、こんどは県職員となってこの企画に参加してくれたゼミOGもいて、有り難く感じました。また、これもいつものように先方の窓口になってもらった方あっての企画なので、学部長になり代わって(かわれませんが)深く感謝いたします。

 ところで、ここに参加してくれた法学部生は、2年生と3年生、あわせて16名でした。それぞれの学年の取りまとめ役を務めてくれた学生にも、この場を借りて御礼もうしあげます。県庁側の協力をいただいているからこその企画ですが、学生側のとりまとめをすることも、それなりの気苦労とか心配とかあったはず。わたしは人選等、丸投げでお願いしただけですが、こうして交流会が無事できたのも、参加してくれた熊大生、そして、取りまとめ役を引き受けてくれた2人の学生あってのこと。ありがとうございました。

 きのうの交流会、現役生にとっては、進路等の相談をざっくばらんにできる機会として、非常に貴重なものになったと思います。また、日頃の業務のなかではあまり絡むことのない熊大法学部卒「若手」県庁職員の交流の場ともなっているのでは、と自負しています。大学は卒業生にとっても貴重なものだと思うので、卒業生が自慢できるような大学、法学部でありたいと思いました。

2016年4月23日 (土)

ビフォー & アフター。

 cloudsprinkleになるらしい。

Img_0147 いやいや、凄い地震でした。まず14日(木)の「前震」、ケンミンショーみてたら、ドスンときました。でも、当日はそのまま自宅にとどまり、翌15日(金)には大学にいき、研究室の散乱した本を棚におさめ、まぁ、こういうこともあるか、と思い帰宅したのを覚えています。

 で、帰宅して、ロード走までしてお風呂はいって寝て・・・、16日(土)の未明、ズドドドドーーン!とりあえず、着の身着のままで自宅前の公園へcar。余震はくるとは思っていたのですが・・・、こんなすぐとは・・・、しかも「本震」がくるとは・・・。近所の方は、みんな来てました。

Img_0141 で、学校にいって研究室を見てみると、この有様です。15日になおしておいたものが・・・「倍返し」されました。完全に、心折れて、心配してきてくれたゼミ生と何やら話したのですが、あまり覚えていません。帰宅しました。

 ただ、帰宅してなにげにTLみていると、なんとゼミ生が勉強している画像が・・・(これ、きっと「前震」のあとのものだと思われる)。なんだか勇気づけられました。そして、ちょっと勉強してみたら、元気でてきました。

 ということで、17日(日)には、研究室をはやく復旧したいという気持ちに駆られて再び大学へ。

Img_0163 ありがたいことに、ゼミ生、そして、院生に手伝ってもらって、17日のうちには机で仕事ができる状態に、18日(月)には、すべての本を棚に戻すことができました。

 このあたりになると被害状況がだんだん具体的、現実的になってきて、当初は4月25日に再開するとしていた大学も、立て続く余震と復旧作業を考えて、5月連休明けの9日(月)からということになりました。そして、17・18日あたりには、地元のある学生は避難・帰省していきました。

 研究室を一応とはいえ復旧できたわたしは、では、つぎに何をすれば・・・と考えていたところ、他大学の何人かの先生から、帰省中の学生に図書館利用や講義聴講の便宜をいただけるという申出をいただき、その仲介をすこしだけしました。

 ただ、この間、20日(水)には教授会が開かれたのですが(定足数も満たして成立した)、そこでは、まずは在学生に十分なことをしなければならないという方向のお話しだったとは思うのですが、では、学部として具体的に何をするのかということについては・・・、お話、でたでしょうか。わたしだけが理解できなかったのでしょうか。たしかに、安否確認は複数回しました。いろいろな情報も個人的にはSNSで伝えているつもりです。でも、大学、学部としてはどうなのでしょうか。どうすればいいのでしょうか。被災された先生、研究室の復旧がまだままならない先生が多いなかで、致し方ないのかもしれません。わたし自身、意外とコンディションいいだけに、何もしていない自分に、なんだか歯痒い思いです。

Img_0146 4月なのに、学生のいない大学は、なんだか寂しげです。大学は、やっぱり、学生あっての大学なんだ、あらためて思いました。

 (トミカ、とりま、復旧しました。でも、まだ、完全ではありません)。








2016年3月23日 (水)

送別会。

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 きのう、本年度最後の教授会があり、そのあと、本年度末で退職される先生の送別会がありました。

 本年度末で退職される先生は2人、定年退職される憲法の先生と、異動される経済学の先生。前者の先生は、体調不良で送別会は欠席されたので、昨晩の送別会には、経済学の先生にささげるものとなりました。

 この先生、大学院修了後、すぐわが社に赴任されているので、同年代ですがすでに勤続18年とのこと。温厚な学生思いの先生でした。

 わたし、不勉強なので、また、この先生の専門が経済学ということもあり、この同僚先生の研究業績について、あまり知ることもありませんでした。ただ、昨晩は、司会を務められた先生(同じく経済学)から、去りゆくこの先生の研究の紹介があり、あらためて惜しい人をわがは失うんだなぁ、と感じました。

 また、近年、博士の学位も取得されたとのこと。日々の勤務を続けながら学位を取得するのは実に大変なことなので、立派だなぁ、と感じました。

 昨晩は期せずしてお一人だけの送別会となったので、何人かの先生がこの先生との「思い出」を語るスピーチもありました。わが社がいろいろな意味でよき大学だった頃のお話が聞け、大学たるものそうでなければならない、と深く思いました。やはり、学問するには十分な心の余裕が必要なのです。

 ただ、こうした優秀な先生がいなくなってしまうのはを失うのは残念なことなのかもしれませんが、大学院を出てすぐ赴任した人をこうした優秀な人材に育てられたわが社は、まだ研究教育機関としてその役割を果たせているのでは、とも感じました。

 それにしても、「いい人からいなくなる」というのは、よく言ったものです。わたしも、この同僚先生にあやかりたい。

2016年3月 8日 (火)

昇進のお祝い@ROSSO。

 蒸している?

Dsc_3511 昨晩、本年2月1日付で教授に昇進された2人先生のお祝い会をしました。お店は、水道町の ROSSO さんにお世話になりました。

 昇進者が出たというのは、組織として実に喜ばしいこと。これを浮力として、わが社の発展がますます期待できる、というところでしょう。

Dsc_3500 ところで、昇進のお祝いの会ですが、まぁ、結局はいつもの飲み会とそうかわらず・・・。で、わたしは、いま気に掛かっている二つの事項について、同僚先生の意見を聞いてみました。

 1つめが、ある事情があって気になっている、いわゆるPTA訴訟のことです。といっても、その訴訟の帰趨ということではなく、PATという団体の性質について。

Dsc_3502 PTAとは、P(Parent)、T(Teacher)、A(Association)のこと。

 これは、社会教育法10条にいう「社会教育関係団体」に該当するとされていて、任意加入団体であると考えられています(通説?)。

Dsc_3503 このことは、上の「PTA訴訟」における熊本地裁判決(平28・2・25)も、前提となる事実として「児童の福祉と会員の教養を高めることを目的とする入退会自由の任意加入団体」としています。

 ということで、PTAは、法的には任意加入団体だと言えるのでしょう。

Dsc_3504 ただ、反面で、PTAは、本来、学校という教育機関(Government Agency)が提供すべき公共財(Public Goods)の一部を提供してもいると思われます。こういう現状を思い描いたとき・・・

 わたし、件の「PTA訴訟」にふれたときから、PTAが憲法21条的意味でいう任意加入団体である、ということに違和感のようなものをもってきました。もっとも、直感にすぎなののですが。

Dsc_3505 そのことを、昨晩は、当事者(笑)や同僚先生たちにお話ししてみて、自分が抱いている違和感の理由が奈辺にあるのか、そして、もちろん、強制加入団体とはいえないけれど、さりとて、任意加入団体とわり切ってしまっていいのか、という直感についてどう整理していけばいいのかのヒントのようなものをいただきました。

 まぁ、これについて書けたら書こうと思います。

Dsc_3507 で、もうひとつは・・・、これは、先日たち上げた「熊公研」のなかでのお話しと関係するのですが・・・

 わたし、先日書いた判例評釈のなかで、刑事法は、憲法上3つに分類できるという趣旨のことを書かせてもらいました。

Dsc_3506 それは、刑事実体法/狭義の刑事手続法/刑事「訴訟に関する手続」という3分類です。このうち、実体法は憲法41条の要請により、また、狭義の刑事手続法(被疑者・被告人の法的地位に変動をもたらす刑事手続法)は憲法31条の要請により、法律でなければならない(実体法については条例でもよい)のに対し、刑事訴訟に関する手続は、憲法77条1項により、裁判所規則で定めてよいと。

Dsc_3509 で、このうち、国民の自由や権利を制限する(刑事実体法)および被疑者・被告人の法的地位に変動をもたらす狭義の刑事手続法は、法の支配の要請がつよくはたらくので、法の一般性・法の抽象性が求められる。これにたいして、規則事項は、事後的は変更も許されるのでは、という感じで評釈を書いたことがあるのです。

Dsc_3508 問題は、これからで、では、民事法はどうなんだろうか、と。

 民事法も、民事実体法/狭義の民事手続法/民事「訴訟に関する手続」に3分類できるのか、そして、このうちの「狭義の民事手続法」についてて、法律で定めなければならない条文上の根拠、または、法理論上の論拠があるのか・・・。狭義の刑事手続法は、憲法31条から形式的意味での法律でなければならない、とされているのですが、では、民事訴訟法は、法律でなければならないのか・・・

Dsc_3510 ちょうど、デザートになりました。

 なんて感じで、きのうの夜も更けていきました。
















2016年2月12日 (金)

ゼミ会@くすのき会館。

 cloud

Dsc_3464 さくばん、学内の施設「くすのき会館」で、4月からの新ゼミ生の歓迎会をしました。

 現ゼミ生の4年生(12名)、3年生(16名〔含・留学中1〕)、そして、新ゼミ生(22名)のうち、都合のつく人を集めてのゼミ会でした。最大時には40と数名いたと思います。これだけ多いと、全員の都合と体調をあわせるのも大変です。

 ところで、わたしは平成19年10月に熊大(法)に赴任し、平成20年4月から「演習Ⅰ」という3年生配当のいわゆる「ゼミ」を開講してきました。このときのゼミを1期生とすると、平成28年4月のゼミ生は9期生ということになります。

 ゼミ生数も1期生は1名で、それから、6、12(20)、13、18、16(29)、12、16(19)、ときて、来年度はなんと22(37)。増えていくこと、多いことは、有り難いことですが、それだけ、責任も大きいということで・・・頑張らねば。ちなみに、( )は申込数です。

 ただ、今年は嬉しいことがあります。わたしのゼミ生が10を越えて数年たちます。その間、どの学生をみても、立派な人ばかりでした。個人個人、それぞれパーソナリティや成績等々にいろいろあるのでしょうが、大学生としてダメなのは1人もいなかったと思います。もともとわが社には本来的にダメな学生はいないのでしょう。

 それでも、10名を越えると、だれかが進路を決められずに卒業を向かえていました(成績といったこととはまた違うファクターがあるのでしょう)。これは、確率的には仕方ないことかもしれません。また、いわゆる「凄い進路」を決めて卒業していった人もたくさんいました。ゼミ単位でみれば、学部内でも「優秀なゼミ」なのかもしれません(率という意味では、平均よりずっといいと思われる)。それでも、全員が進路を決めて卒業という学年は、いままでありませんでした。

 でも、今年の4年生、ついに、全員が進路を決めて卒業します(よね)。それぞれに思いはあるのかもしれませんが、それでも、4月から働き初任給をもらえるというのは、有り難いことだと思います。彼・彼女らの未来に幸あることを願うばかりです。

 で、残る3年生には4年生にあやかって是非よい結果を、そして、新ゼミ生(現2年生)には、また新しい「おびゼミ」をつくっていってもらいたいと思います。

 さくばんは、いつもより、いろいろ話せたように思います。「飲み会」が楽しいのはいいことです。でも、もっとも重要なのは。ゼミそのもの。演習が充実していてこその「楽しいゼミ」だと思います。よい春休みをおくって、十分に充電して、春4月をむかえてほしいと思います。わたしも、この間、十分に充電して、新学期と新入生をむかえようと思います。

 

2016年2月10日 (水)

最終講義@熊法。

 sun。このところ、ちょっと尋常ではなく、ブログを書くこともめっきり減ってしまいました。

A1 定期試験の全日程が終了した昨晩、この3月で定年退職される先生の最終講義がありました。

 憲法担当のこの先生は、わたしと同時赴任。ともに8年半、わが社の憲法を担って(わたしはついてきただけだが)きた先生です。

 一口に「最終講義」といっても、いろいろな形式、内容があると思います。

 まずは、担当されている講義の文字通りの最後の講義を「最終講義」とする場合。この場合は、その科目の15回目の内容が最終講義として講じられることになります。

 そして、担当されている講義とは別に最終講義を企画する場合も2パターン(は)あると思います。

 第1に、研究報告(積年のテーマの場合や現在進行中のテーマの場合もある)という形式で行われる場合。昨年末に師匠がした「最終講義」は、現在進行中の研究報告という形式での最終講義でした。

 で、第2に、ご自身の半生(おもに研究生活)を語るという内容のもの。昨日の同僚先生の最終講義はこの類型にあてはまると思います。

 ということで、そこでは、「生い立ち」にはじまり、中学・高校そして大学教養部での読書の様子や、大学院に進学した経緯、大学院およびその後の研究論文(の主なもの)の紹介、職歴や外部審議会委員の経験などをお聞きしました。

 文字通りの最終講義や研究報告する最終講義とは異なり、半生型の最終講義は、専門を同じくしていなくてもわかるものですし、学生にとっても興味深いものでした。

 そして、主催者側の者として何より心配したのは、聴衆の数。最終講義の環境を整えることこそ、わたしの仕事だと思っていたので。

 各方面に、とくに、学生諸君に協力してもらって、なんとか形にはできたと思います。退職される先生をしっかりお送りする(できる)というのは、大学の品格に関するものだと思うので。

 思えば、わが社、地味なのかもしれませんが、講演やシンポ等でお越しいただいた方からは、おおむね高い評価をうけていると思います。わたしも、いつも「手前味噌ですが・・・」と断りつつも、わが社の(とくに学生の)水準の高さを自慢させてもらっています。きのうも、そうした学生のお陰で、大教室をなんとか埋められました。有り難いことです。

 ただ、このご時世、これに甘んじていては現状も維持できないものです。もっと、アカデミックな雰囲気を、学問する感じを、わが社全体で高めていかないといけないと思います。そのために、この大学で禄を食む者として、なにをしなければならないのか。

 退職されていく先生のお話をお聞きすると、いつも自問自答させられます。

 【追伸】

Photo 武夫原会(わが社の同窓会)からお花をいただいていたのに紹介するのをすっかり忘れていました。申し訳ありません。演題に飾らせていただきました。ありがとうございます。

 

2016年1月 2日 (土)

賀正!

 cloud

 みなさま、新年、あけましておめでとうございます。本年もかわらぬご愛顧をよろしくお願いいたします。

Dsc_3399 この年末年始は、実家から来熊ということで、久しぶりに熊本で過ごしています。で、はじめて、加藤神社に初詣にいきました。加藤神社そのものにもはじめてだったような・・・

 正月1日は天気もよく、たくさんの参拝者で賑わっていました。

Dsc_3401 その流れで、1日の入場料は無料とのことだったので、お城にもいってきました。ここも、東アジアの方がたくさんいました。近くにあっても嫌いな国には来ないでしょうから、わが国に、そして、熊本に来てもらうことは有り難いことだと思いました。

 そして、帰宅して、いただいた年賀状チェック。例年にもまして、大学業界の行く末についての嘆き節が・・・

 たとえば、「大学の教育関係の委員会で教育内容の改善に役立ちそうにないことをしています」とか、「国立大学はどうやって人口減少に立つ向かえばよいのでしょうか」とか・・・。これ、いずれも西の横綱大学におられる先生のお言葉。前頭(ではあってほしいと思う)のわが勤務校も推して知るべし、という状況でしょう。

 なかには、朱色で「移籍希望中」と書かれている先生も(!)。東の相当な有力校の先生ですが、お気持ちお察しします。どこでも法学系の部局に大なり小なりメスが入れられている感じです。

 で、わが社ですが・・・わが社もご多分にもれず、もがいています。とくにLSを閉店させた法学部として、今後は、法学部そのものの存在意義が問われるときがくると思います。LSは法学部を維持しておく恰好の理由だったのですから。

 それでも、わが社は、いままで目立たないようにして、よくやってきているとも思います。中央(監督官庁)から遠い、学内では弱小部局、これらはからなずしもマイナスなことばかりではないと思います。なんと言っても、時流に踊らされない学部運営をしても、大勢に影響はないと思えるので。

 であればこそ、なるべく法学部としての体勢をくずさないよう、原点から離れすぎないように、というのがわが社のとるべき道ではないでしょうか。わが社のステークホルダーの需要もここにあるように感じます。古いでしょうか。

 そうそう、新年といえば、心機一転、今年は〇〇を頑張るぞ!とかあるべきでしょうが・・・。毎年のことですが、どうも、大学業界は年度で区切られていると思うことと、本年(および、4月からの次年度)の仕事は、もう受注済みのようにも思うので、なんとなく目標を立てにくい状況にあります。

 まぁ、あえて言うなら、心身ともに健康でありたい、というところです。これ、あたりまえのようで、なかなか実現するのも大変でしょう。いろいろ気をつけなければいけないことも多いので。ただ、心身ともに健康でありさえすれば、そこそこ業績、実績は残せるとも思うので、やっぱり「心身ともに健康で」というのが、本年の抱負です。

 そして、まだ正月2日にして来年(及び再来年度)のことを言うのもおかしいですが、本年(及び来年度)で仕事をサッパリして、来年(及び再来年度)は、わたしも原点に戻りたい、と思います。ここ数年、原点から離れつつあるので。そのための準備期間に本年はあてたい、というところでしょうか。まぁ、こういう「送りバント」みたいな年があってもいいと思います。長い(であろう)人生なので。

 ということで、新年にしては気の抜けた心意気ですが、冒頭ありますように、本年もかわらぬご愛顧をよろしくお願いいたします。

 

 

 


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