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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の645件の記事

2018年5月 6日 (日)

蔵書一代

Img_3532 連休最終日、rain

 連休前に、紀田順一郎さんの『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸すののか』(松籟社、2017年)を読んだのですが、そこに、「蔵書とは雑然としていては積ん読にもならず、また蔵書の名に値せず、単なる紙束の堆積(粗大ゴミ)に過ぎない」という一節がありました(54頁)。

 この一節に感化され、連休中に、ちょっと蔵書整理しようと思っていたのです。

Img_3534 というのも、わたしの蔵書、整然と並んでいるようで、すでに本棚に入らなくなっておるものもあり、結構「雑然と」しはじめていたからです。

 ただ、連休最終日になり、いまからやると途中で心折れたときに取り返しがつかないことになりはしないかと思って、結局、この連休にやることは自重してしまいました、、、

 この商売をしていると、どうしても蔵書が増えてきます。それをなんとか本棚にようやく入れてはいたのですが、、、

Img_3537 実は、いまではこんな感じで、2段になってしまっています。これもよくない状態ですよね、、、これでは背表紙が見れないので、蔵書の効用、効果が半減してしまっています。わかっていはいるのですが、入らないんですよね、、、

Img_3547_2 ウィトゲンシュタイン全集なんて弱虫ペダルの背後になっちゃっているし、、、ということで、近々、蔵書の整理、必要なんですよね、、、

 ところで、「蔵書」、みなさんどうしているんですかね。わたしは、仕事柄、まず憲法関係は一応、多いと思います。とくに、2014年、2015年に出した概説書を書いていたときには(2013年、2014年あたりか)、いままで持っていなかった憲法関係の本、随分と集めました。それと、最近は知財関連の本も。

Img_3539 また、大学院からの流れで、法哲学・法思想っぽい本も、何冊かあります。とくに、ロールズ、ドゥオーキン、ノージック、サンデルとか・・・。もっとも、あまり読まなくなってしまいましたが、、、(いかんですね!)

 それと、上のウィトゲンシュタイン(指導教官の影響と思われる)の全集をはじめ、カント、ヘーゲル、ニーチェ、フロイトなんかももっています。パラパラみることはあるんですが、「研究」って感じではないですね。なんか、買っちゃうんですよね、、、

Img_3541 指導教官の影響といえば、ハイエク関係ももっています。これはいずれ勉強しようと思っているので、もっててもいいのですが、、、その「いずれ」という日々がくるのか、心配ではあるんですが。ハイエクはまだわかりますが、ウィトゲンシュタインとかで憲法を語るなんて、すごいですよね。

Img_3543 買ってしまった、という流れでは、「人類の知的遺産」シリーズや写っていませんが「世界の名著」シリーズももっています。ただ、これは、意外と読んだ(っていってもわずかですが)し、なんかたしか安かったと思うので、まぁ、よしとしています。これからも読むでしょうから。

Img_3551 ところで、洋書側をパノラマでとってみました(正直、こんな時間があるなら整理せい、という感じですが)。洋書は、あんまりもっていません。複写して単語の意味とか書き込まないと読めないので。てな感じですが、もっと勉強しないといけないですよね。

Img_3554_6 文庫や新書の類は、研究費で購入してもらったものを除いて、自宅にもっていっています。子どものころからそんなに本を読む人ではなかったので、多くのものは大学、大学院の頃からのものです。そして、学生のときは、やっぱりそんなにお金もないので、文庫、新書が多かったのですが、、、

Img_3559 それも、こうみるとずいぶんと増えましたね。いま新書をいれているこの本棚にスキができる程度にしか本をもっていなかったと思うのですが、「人に歴史あり」、「蔵書に歴史あり」ですね。いまでは、文庫、新書だけでもずいぶんな量になりました。

 そうそう、紀田さんの本には、災害は蔵書の大敵で、もちろん、戦争のときには蔵書もちの人はそれを疎開させるに一苦労(いまのように道路が発達していたわけではなく、また、人手も徴兵されるので大変)だったとあるのですが、地震も警戒すべきものであると記されています。

Img_3555_2 そうなんですよね。地震にあいました。本自体もそうですが、本棚も、損傷をうけました。ただ、家のは全然、高価な棚ではないので、まぁ、いいのですが。

 ということで(?)、自宅の本棚もこんな感じで2段になってしまっているので、背表紙がみれるようにしたいのですが、いかんせん、スペースがない!

 紀田本にもあるように、蔵書について、家族はいい顔しませんよね。リビングとか、廊下の片隅とか、わたしからするとまだまだスペースあるように思うのですが、置かせてもらえないですよね。もっとも、まだなんとかなっているところを見ると、わたしくらいの量ならまだ「蔵書家」ではないのかもしれませんね。みなさん、玄関やらトイレやら・・・にもあふれているようですから。

Img_3540 またまた、話は前後しますが、大学の頃からといえば、有斐閣さんの「法学教室」、ずっ~と買っています。学部生の頃から購入し始めて、はじめて任期のないポストについたときに、バックナンバーも揃えました。

 という感じで、まだまだ本が増えていく気配があるので、いまのうちにスペースつくりたかったんですが、、、このGWには作業できませんでした。つぎのチャンスは、夏休みでしょうか。

 そうそう、さいごに、紀田さんの本にもお父様の蔵書の様子が書かれたくだりがあります。そこには鈴木三重吉編『少年文学集』について、つぎのように記されています。

 「いまでも父親がこの巻を購入した動機ないしは意味を考えることがある。昔の親は、自分が読まなくても、いつか子どもが読むことを期して全集本を揃えたという話を耳にしたことがあるからだ」(88頁)。
Img_3561 実はわが家の父親にもすこし蔵書があり、ほとんどは実家に置いているのですが、そのなかにあった講談社の『世界童話文学全集』はこっちの家にもってきています。これ、すべての漢字にフリガナがふられていて、子ども心に非常に読みやすかったことを覚えていて、娘のためにこっちに持ってきているのですが、発行はわたしがまだ生まれる前。すでに大人になっていたであろう父・母が読むわけでもないので、将来の子どものためのものだったのでしょう。いまは、孫に引き継がれています。

 もう個人の蔵書、よっぽどの価値あるものでないと、引き取り手がないとのこと。なんか、もったいないですよね。わたしのものもきっと、研究室を出なければならない時に、きっと困るんでしょうね。それでも買ってしまうんですよね。

Img_3544 そうそう、研究室の一角にはトミカもあります。これなんとかすれば、またスペースができるのですが、そういうわけにはいきませんよね(笑)。



















2018年3月26日 (月)

一夜、あけて。

Img_3275 きのう、勤務校では卒業式がありました。本年度卒業された熊大全学生、そして、法学部の学生、おめでとうございます。高校の同級生を基準にするとみんな大学に行っているのでしょうが、中学校・小学校ベースにみれば、大学まで出してもらえたということは、非常にありがたいことだと思います。

 まずは、ここまで育ててもらった親御さんに感謝してください。

 

Img_3272 そして、わがゼミも、いつものようにA1にいく階段で記念写真をとりました。あいかわらず、男子は控え目なんですね。募集者のなかからこのメンバーを選んだわたしは慧眼だったと思います。よい学生ばかりを引き当てました。第9期生たち。

 そして、2年間、はやかったですね。わたしにとっては、つぎからつぎへと卒業されていってしまって、、、

 それでも、なんだか今年は、そんなに「ロス感」ありません。来週になれば4月、まだ、彼・彼女らとゼミするように感じます。初回は下級生にむけて自己紹介して、ピザパして、ゼミ会して、ゼミ旅行の予定とか考えて・・・。実感ないですね、、、なんだかいつでも会えそうな気がしてます。

 でも、現実は受け止めないといけないですね。新4年生がいます。新3年生もいます。つぎは、第10期、第11期にあたります。第9期と同じくよいゼミになれたらと思います。

 ところで、第9期のつぎのゼミ会は、奄美でのようです。といっても、社会人はなかなか忙しいので、是非、あの彼には数年いてもらって、みんなの予定をあわせて奄美に行きたいなぁ。


2018年3月21日 (水)

二人の内野手の移籍。

Img_3222 わが社には、教員野球部があります。4月~7月、10月~12月あたりをシーズンとして、毎週、水曜日の昼休みに練習し、数年前までは熊本学園大学チームと、本年度からはわが社の学生チームと、対抗戦をしています。

 わたしも赴任以来、野球チームにいれてもらっているのですが、昨晩は、わたしよりもず~~っと前から、このチームでレギュラーをはってきた二人の内野手の送別会がありました。

 まもなくシーズンインというこのタイミングで、二人ともメジャーへの移籍とのこと。内野のレギュラーを失うわがチームとしては、立て直しが早急な課題として浮上しています。最近「法」までできるだろ~と上からいわれているあの先生とか、妻帯以来めっきり付き合いが悪くなったあの先生とか、たたけば伸びそうな人材に期待しようと思います。

 それにしても、つねにフリーエージェント!と思っているわたし。このチーム、わたしにとっては実に居心地のいいチームですが、でも、もっとうまくもなりたい。このままこのチームでいられたら楽なのですが、ダメになるようにも感じて・・・

 ということで、メジャーで新たな挑戦をすることを決めた二人の内野手の勇気に、敬意を表するとともに、羨ましく思いました。

2017年12月30日 (土)

2017年のこと。

 年末! ということで、本年の反省をしようかと。

Img_2766 (1)まず、なんといっても研究。大学教員なので。ふり返ると、本年もちょこちょこ書くことができました。上を見ればきりがないのですが、わたしとしてはこんなもんだと思います。

 また、わが社による法セミ連載に参加できたこともよい経験でした。なにより、社としてまとまった企画ができたこと、それにくわわれたことは、本年の収穫でした。

Img_2274 そして、なにより、公法学会での報告の機会を得たことは僥倖でした。きっとわたしにとっては一生に一回の報告機会で、それが本年であったということは、本年はわたしの研究人生における転機となる年だったのだと思います。

 さらに、師の体系書の補訂再版の話を進められたこと、と同時に、研究書出版の依頼をうけたので、これから数年はそこそこ頑張らないといけないように思います。

Img_2763 (2)つぎに、大学教員なので、大学のお仕事もあります。この歳になるといろいろあるのですが、勤務校の広報誌『熊大通信』の編集長の3年目のとしでした。

 本年も各方面のお力をいただき、年4号の発行を確実に実施することができました。大学のお仕事はとかく面白みがないものが多いのですが、このお仕事だけは編集長として名前が残ることもあり、やりがいを感じています。

 (3)ところで、体調面では、本年のとくに10月以降はあまりよくありませんでした。数年来の腰痛が激痛になったことをうけ(これはゼミ生に紹介してもらった整骨院で治ったと思われる)、現在、右ヒザに痛みがあります。「水」を抜いたのですが、まだ歩行困難状態crying

 わたしは、この職についてから(いや、つく前から)、走って汗をかくことで、いろいろなバランスを保ってきました。そのわたしにとって、いまのヒザは「心折れる」状態にあります。いろいろなことがネガティブに感じられる年末になってしまいました。

Img_2757 (4)とまぁ、暗い終わり方もあれなので。そういえば、本年、インスタはじめました(いまさら感)。ということで、撮影風景です。ただ、いまいちインスタの意義を見いだせないところにあります。

 という感じで、2017年、年男の年も終わろうとしています。このギョーカイにいると、形式性のある節目は3月末のように感じますが、それでも一応の節目として、前向きに新年を迎えたいと思います。








2017年5月22日 (月)

週末遠征。

 suncloud

 先週末の金曜日から、bullettrain広島 → rvcar広島 → bullettrain帰熊 → airplane東京と遠征しました。

Img_1895 まず、金曜日の19日に広島にいったのは、わたしの先生と遊ぶためです。先生は「引退2年目」。隠遁生活にも慣れたようで、椎茸やら、ほうれん草やら、春菊やらを栽培して、お暮らしでした。

 とはいうものの、まぁ、ひまになって「寂しくなった」ので遊び相手がほしかったのでしょう。金曜日午後と土曜日朝にテニスしました。

Img_1924 先生の「山の家」を出て、土曜日の20日には、「先生の先生」の米寿をお祝いする会に出席しました。「先生の先生」は、人格者で学界でも顔の広い人。某有名大学(志願者数日本一)の学長もされた人です。あちこちでの挨拶や書き物をあつめた記録集をいただきました。

 この二人の先生は、ともに「豊かさ」を感じる生活をされています。リタイヤされたからなのか、もともと「豊か」だったのか。憧れの生活です。現役時代の精進の賜物でしょう。

Img_1921 で、土曜にいったん帰熊して、日曜日の21日には、東京のKO大学に行きました。逆光の福澤先生です。

 用務は、10月に行われる学会の報告者うちあわせ会に出席してきました。実はこの学会、憲法・行政法学者の集まりではもっとも大きい学会なのですが、報告者、内容は、原則、運営委員会からオーダーがはいります。多くの学会は報告者が自薦するそうなので、そこが大きな違いです。(そういえば、昨年の別の学会も、少し前の別学会も、わたしが報告させてもらった全国規模の学会は、すべて、報告者指名制度の学会でした)。

 ということで、指名されるのは大変名誉なことなので、お引き受けしたのはいいのですが・・・これから10月までちゃんと勉強しないといけない! と思った週末でした。





2016年12月27日 (火)

忘年会も終わり。

 rain

 公私にわたってくり広げられた一連の忘年会beerbottleも終わり、年末気分ができていました。ということで「公」的な忘年会の反省を。

Img_1087 まずは、なんといっても職場の忘年会。毎年、12月教授会のあと、恒例となっています。

 ところで、この忘年会は、3部局が合同で実施しています。で・・・、あれ・・・、2部局しかありませんね。ここに掲記されていないあの部局こそ、来年度以降の改革の主役であるだけに・・・。ここに掲記されていないことが、いまのあの部局を象徴しているように思われて仕方ありません。

Img_1088 ただ、法学部構成員(したがって、わたしも)にとって、このことは他人事ではありません。むしろ、他人事のようにしてきた(見て見ぬふりしてきた)われわれにこそ、責任があるともいえる問題。過去どうだった、あの人がいけない、この人がいけなかった・・・ゆうてもダメですよね(いってしまいましたが)。いまこれから、自分たちはどうするのか、というところが重要ということでしょう。将来しか変えられませんものね。

 なんてことをcancercancercancerをいただきながら、考えました。職場の忘年会は、いつものように毒はきすぎました。反省(でもなおっていない)。

 で、昨晩は、お世話になっている県庁のお仕事の忘年会でした。

Img_1102 会場は、下通りダイエー横(これ、いつまで通用する呼び名でしょうか。いまの1年生とか、飲みの集合場所、なんていっているのでしょうか)の“青柳”さん。久しぶりにお世話になりました(なお、水曜日ではないので、舞妓さんはいなかった)。

Img_1103 この青柳さん、お部屋にあった屏風によると、釜めし屋さんとして名を馳せていたとのこと。昔は庶民派だったのですね。いまでは、有名店のひとつだと思います。

 で、この県庁のお仕事、ことしで3期目になりました。思えば、2期6年も務めさせていただいているのですね。最後のスマ×スマの放送日だったきのう、ふと、自分はこの6年どうだったのか、とか考えました。円滑な公共事業の実現の一翼を担う行政委員会であるだけに、すこしでも(すこしだけでしょうが)お役に立てていたならいいなぁ、と思いました。

 そして、この集まりには珍しく、2次会までいきました(みなさんがリーダーと慕う弁護士さんに連れられて)。で、昨晩だったので、「スマップしばり」のカラオケ(一部、ミスチルあり)。盛りあがっているところで課長にお電話が・・・。南関で鳥インフル発生の一報が・・・。

 ああ、思えば、今年の熊本は大変な一年でした。2回の地震集中豪雨阿蘇噴火、そして、年末のここにきて鳥インフル・・。直接は関係しない部署のようですが、それでも、県庁はじめ行政はこれから数日、てんやわんやでしょう。なんとかうまく終息してほしいと祈るばかりです。

 という感じで、やはり、ついつい飲み食べ過ぎています。年末年始があけたら、節制しようと思います。で、きのういただいたもののリストを・・・

Img_1106Img_1108Img_1111Img_1112Img_1113Img_1114




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2016年12月16日 (金)

研究報告@明大。

 @東京。本日中には帰熊airplane

Img_1071 きのう、上京して、研究報告させていただきました。紫紺がスクールカラーのこの大学の「知財研究グループ」で申請された科研に研究分担者として参加させていただいているので。

 ただ、ここのところ勉強pencilできていないのでcoldsweats01、テーマは、昨年、師匠の古稀記念論集に寄稿した論文をもとにした「著作物のパロディ」について憲法学的視点から考察するもので許していただきました。

 研究会では、ここのところ、著作権法解釈と憲法理論は密接に関連しつつある、という認識を共有することができました。と同時に、そのなかにあって、わたしはすこし取り残されつつあるということも。とくに、一緒に研究報告をした気鋭の論者の最近の業績をみるにつき、そう感じますcoldsweats02

Img_1070 まぁ、そうはいっても、わたしにはわたしのペースというものもあるので、あまり気にしないで自分の仕事をしていくだけかなぁ、と思います。できる範囲のことしかできないわけですから。

 それにしても、東京の大手私大は、すごいですね。都心の一等地に機能的な校舎を配して・・・、地方大の田舎研究者としては、気後れするばかりです。まぁ、それでも「書いたもの勝負」のこの業界、ここにはどこに住んでいるか、どこに所属しているかは、関係ありませんものね。ここでも“自分として自分の仕事をどう評価しているか”ということが重要なことだと感じました。

Img_1073 こんなことを感じたのは、懇親会での話題から、です。(あ、そうそう、わたしパクチーというものを食べたことがなかったので、流行にのって食してみました。カメムシの・・・というの、よくわかりました。もう、しばらくは食さなくていいかと・・・)。

 で、懇親会の話題というのが、業績評価のことです。ある大学では、毎年の研究業績リストを学部に報告し、それに学部長がAとかBとか・・・評価をするとのことなのです。これも、きっと全学的な予算配分の絡みがありやりたくてやっているものでもないとは思うのですが・・・。でも、その制度が、いわゆる「書けない人」、「書けなくなっている人」にいらぬプレッシャーを与えていて、より「書けない」という状態に追い込んでいるのでは、というようなお話でした。

 われわれ研究者は、研究(文系では「論文を書くこと」pen)するのが仕事なので、毎年、論文を書いて公表していくことが当たり前であるとも言えるのですが・・・。いつもいつも論文を書けるわけでもないのです。いや、書かなければいけない、というのはその通りなのですが、「書けるか」といわけると、いろいろな事情とかスランプとかあるわけで・・・。って、こういう言い訳も一般社会からすると甘い、のでしょうが・・・。

 また、まだ学生のうちはそれぞれに先生というのがいて、ときに厳しく指導されることもあるのでしょうが、それで「守ってもらっている」部分もあるけれど、ひとたび大学にポストを得ると、もう一人立ちして生きていかないといけない(そうでないと、学生を指導していくというわけに行きませんよね。だれかに指導されている立場にある人に学生も指導されたくはないですよね)。ということで、本当の意味で自分のことを批判できるのは自分だけということになります。こういう状態で論文を書いていかないといけない・・・結構、厳しい職業ですね(って、それが甘い!のか)。

 ということで、地震があり、「そういえば熊本には大日方ってのがいたなぁ・・・」と思い出していただいたおかげで、ここのところ、研究報告のご用命をたくさんいただきました。ありがとうございました。

 われわれの業界は「活字」にしてはじめて研究業績。ここのところの学会、研究会でご意見、ご質問いただいたことをうけて、はやく「活字」にしていきたいと思います。





2016年12月 8日 (木)

ゼミ見学会からの交流会。

 きょうはsun模様。

 きのう、来年度のゼミ生募集の一環として実施されている「ゼミ見学会」がありました。

 わがゼミも張り切ってゼミ生募集なので、どのくらいの2年生が見学会に来てくれるのか、期待と不安が渦巻いていました(なんか、緊張感あった)。それでも、おかげさまで、たくさんの2年生が見学してくれて、担当教員として嬉しいかぎりです。あわよくば、そのまま応募してくれると、なお有り難い

 で、ゼミの内容は、昨年の国税・財務専門官試験に出題された事例問題をアレンジしたもの。いつもはこういう題材設定はしないのですが、実は、ゼミ見学会用に仕向けてみました。とはいっても、問題はいたってオーソドックス。西陣ネクタイ事件をイメージさせるその問題を考えるために、小売市場開設距離制限事件と薬局開設距離制限事件で営業の自由に関する「目的二分論」を理解したあと、在宅投票制廃止事件で国賠法上の違法性について確認し、あとはそれらの法理論を問題にあてはめて検討していく、というものです。

 実は、同じ題材で前日にも見学会の予行練習をしました。とうことで、一部、「シナリオ」があったわけですが(笑)、それを乱した人もいましたね・・・誰だ?まぁ、準備してきた質問ばかりというのも面白くないですものね。報告班は「話が違う・・・」と思ったでしょうか。それでもまぁ、「」のゼミも垣間見られてよかったのでは。それでも、質疑応答は立派だったと思います。

 と、フォローしつつ・・・、この憂さは週末の忘年会beerbottlebarで晴らしてください。

 それから、ゼミ見学会にきてくれた2年生、本当にありがとうございました。教室、寒かったですよね。また、ちょっと難しい!と感じたようにも思います。ただ、そういう感じはいまの3年生も去年のいま頃、感じていたはず。きっと1年たつと、みなさんも先輩たちのようなゼミができるようになります。そこは安心してください。まぁ、ちょっと「よそいき感」はありましたよね。普段は、もっとリラックスムードです。

 ゼミ見学会がおわったあと、熊大法卒県庁若手職員と現役熊大法生の交流会に参加しました。

Img_1029 熊大法を卒業して県庁職員となったOB・OGと法学部生(2、3年生)との交流会は、今年で3回目となりました。このなかには、3年生のときこの企画に参加して、こんどは県職員となってこの企画に参加してくれたゼミOGもいて、有り難く感じました。また、これもいつものように先方の窓口になってもらった方あっての企画なので、学部長になり代わって(かわれませんが)深く感謝いたします。

 ところで、ここに参加してくれた法学部生は、2年生と3年生、あわせて16名でした。それぞれの学年の取りまとめ役を務めてくれた学生にも、この場を借りて御礼もうしあげます。県庁側の協力をいただいているからこその企画ですが、学生側のとりまとめをすることも、それなりの気苦労とか心配とかあったはず。わたしは人選等、丸投げでお願いしただけですが、こうして交流会が無事できたのも、参加してくれた熊大生、そして、取りまとめ役を引き受けてくれた2人の学生あってのこと。ありがとうございました。

 きのうの交流会、現役生にとっては、進路等の相談をざっくばらんにできる機会として、非常に貴重なものになったと思います。また、日頃の業務のなかではあまり絡むことのない熊大法学部卒「若手」県庁職員の交流の場ともなっているのでは、と自負しています。大学は卒業生にとっても貴重なものだと思うので、卒業生が自慢できるような大学、法学部でありたいと思いました。

2016年4月23日 (土)

ビフォー & アフター。

 cloudsprinkleになるらしい。

Img_0147 いやいや、凄い地震でした。まず14日(木)の「前震」、ケンミンショーみてたら、ドスンときました。でも、当日はそのまま自宅にとどまり、翌15日(金)には大学にいき、研究室の散乱した本を棚におさめ、まぁ、こういうこともあるか、と思い帰宅したのを覚えています。

 で、帰宅して、ロード走までしてお風呂はいって寝て・・・、16日(土)の未明、ズドドドドーーン!とりあえず、着の身着のままで自宅前の公園へcar。余震はくるとは思っていたのですが・・・、こんなすぐとは・・・、しかも「本震」がくるとは・・・。近所の方は、みんな来てました。

Img_0141 で、学校にいって研究室を見てみると、この有様です。15日になおしておいたものが・・・「倍返し」されました。完全に、心折れて、心配してきてくれたゼミ生と何やら話したのですが、あまり覚えていません。帰宅しました。

 ただ、帰宅してなにげにTLみていると、なんとゼミ生が勉強している画像が・・・(これ、きっと「前震」のあとのものだと思われる)。なんだか勇気づけられました。そして、ちょっと勉強してみたら、元気でてきました。

 ということで、17日(日)には、研究室をはやく復旧したいという気持ちに駆られて再び大学へ。

Img_0163 ありがたいことに、ゼミ生、そして、院生に手伝ってもらって、17日のうちには机で仕事ができる状態に、18日(月)には、すべての本を棚に戻すことができました。

 このあたりになると被害状況がだんだん具体的、現実的になってきて、当初は4月25日に再開するとしていた大学も、立て続く余震と復旧作業を考えて、5月連休明けの9日(月)からということになりました。そして、17・18日あたりには、地元のある学生は避難・帰省していきました。

 研究室を一応とはいえ復旧できたわたしは、では、つぎに何をすれば・・・と考えていたところ、他大学の何人かの先生から、帰省中の学生に図書館利用や講義聴講の便宜をいただけるという申出をいただき、その仲介をすこしだけしました。

 ただ、この間、20日(水)には教授会が開かれたのですが(定足数も満たして成立した)、そこでは、まずは在学生に十分なことをしなければならないという方向のお話しだったとは思うのですが、では、学部として具体的に何をするのかということについては・・・、お話、でたでしょうか。わたしだけが理解できなかったのでしょうか。たしかに、安否確認は複数回しました。いろいろな情報も個人的にはSNSで伝えているつもりです。でも、大学、学部としてはどうなのでしょうか。どうすればいいのでしょうか。被災された先生、研究室の復旧がまだままならない先生が多いなかで、致し方ないのかもしれません。わたし自身、意外とコンディションいいだけに、何もしていない自分に、なんだか歯痒い思いです。

Img_0146 4月なのに、学生のいない大学は、なんだか寂しげです。大学は、やっぱり、学生あっての大学なんだ、あらためて思いました。

 (トミカ、とりま、復旧しました。でも、まだ、完全ではありません)。








2016年3月23日 (水)

送別会。

 cloud

 きのう、本年度最後の教授会があり、そのあと、本年度末で退職される先生の送別会がありました。

 本年度末で退職される先生は2人、定年退職される憲法の先生と、異動される経済学の先生。前者の先生は、体調不良で送別会は欠席されたので、昨晩の送別会には、経済学の先生にささげるものとなりました。

 この先生、大学院修了後、すぐわが社に赴任されているので、同年代ですがすでに勤続18年とのこと。温厚な学生思いの先生でした。

 わたし、不勉強なので、また、この先生の専門が経済学ということもあり、この同僚先生の研究業績について、あまり知ることもありませんでした。ただ、昨晩は、司会を務められた先生(同じく経済学)から、去りゆくこの先生の研究の紹介があり、あらためて惜しい人をわがは失うんだなぁ、と感じました。

 また、近年、博士の学位も取得されたとのこと。日々の勤務を続けながら学位を取得するのは実に大変なことなので、立派だなぁ、と感じました。

 昨晩は期せずしてお一人だけの送別会となったので、何人かの先生がこの先生との「思い出」を語るスピーチもありました。わが社がいろいろな意味でよき大学だった頃のお話が聞け、大学たるものそうでなければならない、と深く思いました。やはり、学問するには十分な心の余裕が必要なのです。

 ただ、こうした優秀な先生がいなくなってしまうのはを失うのは残念なことなのかもしれませんが、大学院を出てすぐ赴任した人をこうした優秀な人材に育てられたわが社は、まだ研究教育機関としてその役割を果たせているのでは、とも感じました。

 それにしても、「いい人からいなくなる」というのは、よく言ったものです。わたしも、この同僚先生にあやかりたい。

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