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カテゴリー「お仕事」の40件の記事

2016年12月16日 (金)

研究報告@明大。

 @東京。本日中には帰熊airplane

Img_1071 きのう、上京して、研究報告させていただきました。紫紺がスクールカラーのこの大学の「知財研究グループ」で申請された科研に研究分担者として参加させていただいているので。

 ただ、ここのところ勉強pencilできていないのでcoldsweats01、テーマは、昨年、師匠の古稀記念論集に寄稿した論文をもとにした「著作物のパロディ」について憲法学的視点から考察するもので許していただきました。

 研究会では、ここのところ、著作権法解釈と憲法理論は密接に関連しつつある、という認識を共有することができました。と同時に、そのなかにあって、わたしはすこし取り残されつつあるということも。とくに、一緒に研究報告をした気鋭の論者の最近の業績をみるにつき、そう感じますcoldsweats02

Img_1070 まぁ、そうはいっても、わたしにはわたしのペースというものもあるので、あまり気にしないで自分の仕事をしていくだけかなぁ、と思います。できる範囲のことしかできないわけですから。

 それにしても、東京の大手私大は、すごいですね。都心の一等地に機能的な校舎を配して・・・、地方大の田舎研究者としては、気後れするばかりです。まぁ、それでも「書いたもの勝負」のこの業界、ここにはどこに住んでいるか、どこに所属しているかは、関係ありませんものね。ここでも“自分として自分の仕事をどう評価しているか”ということが重要なことだと感じました。

Img_1073 こんなことを感じたのは、懇親会での話題から、です。(あ、そうそう、わたしパクチーというものを食べたことがなかったので、流行にのって食してみました。カメムシの・・・というの、よくわかりました。もう、しばらくは食さなくていいかと・・・)。

 で、懇親会の話題というのが、業績評価のことです。ある大学では、毎年の研究業績リストを学部に報告し、それに学部長がAとかBとか・・・評価をするとのことなのです。これも、きっと全学的な予算配分の絡みがありやりたくてやっているものでもないとは思うのですが・・・。でも、その制度が、いわゆる「書けない人」、「書けなくなっている人」にいらぬプレッシャーを与えていて、より「書けない」という状態に追い込んでいるのでは、というようなお話でした。

 われわれ研究者は、研究(文系では「論文を書くこと」pen)するのが仕事なので、毎年、論文を書いて公表していくことが当たり前であるとも言えるのですが・・・。いつもいつも論文を書けるわけでもないのです。いや、書かなければいけない、というのはその通りなのですが、「書けるか」といわけると、いろいろな事情とかスランプとかあるわけで・・・。って、こういう言い訳も一般社会からすると甘い、のでしょうが・・・。

 また、まだ学生のうちはそれぞれに先生というのがいて、ときに厳しく指導されることもあるのでしょうが、それで「守ってもらっている」部分もあるけれど、ひとたび大学にポストを得ると、もう一人立ちして生きていかないといけない(そうでないと、学生を指導していくというわけに行きませんよね。だれかに指導されている立場にある人に学生も指導されたくはないですよね)。ということで、本当の意味で自分のことを批判できるのは自分だけということになります。こういう状態で論文を書いていかないといけない・・・結構、厳しい職業ですね(って、それが甘い!のか)。

 ということで、地震があり、「そういえば熊本には大日方ってのがいたなぁ・・・」と思い出していただいたおかげで、ここのところ、研究報告のご用命をたくさんいただきました。ありがとうございました。

 われわれの業界は「活字」にしてはじめて研究業績。ここのところの学会、研究会でご意見、ご質問いただいたことをうけて、はやく「活字」にしていきたいと思います。





2016年4月 2日 (土)

昨年度の成果。

Img_0089 さくら、満開!

 新年度になると、たくさんの提出物があるのは、大学教員も同じ。科研の実績報告書や自己点検自己評価的な・・・。そのなかに、わが社では毎年「〇〇年度研究計画書」という、昨年度の研究概要・成果と本年度の研究計画を認めた文書の提出が課されてます。ということで、あまたある提出物の皮切りに、きょうは、「平成28年度研究計画書」を書きました。

Img_0083 で、これを書くために、昨年度(平成27年度)のわたしの研究業績を並べてみました。せっかくなので、ちょっとだけ、コメントを。

 (1) 著書『憲法Ⅰ 総論・統治機構論』(有信堂)。一昨年度の『憲法Ⅱ 基本権論』(同社)をうけての出版です。これで、憲法学体系の一通りを論じることができました。ようやくスタートです!

 (2) 論説「著作物のパロディと表現の自由 - 憲法学の視点から」阪本昌成先生古稀記念論文集『自由の法理』(松井茂記=長谷部恭男=渡辺康行編、成文堂)。近年の研究テーマ「知的財産権と表現の自由」にくわえる一章です。知財門外漢なので、大胆なこと、言ってしまいました。

 (3) 論説「商標と表現の自由(一)」熊本法学136号。木村俊夫教授退職記念号に寄稿させていただきました。が、半分で力尽きてしまいました。これも「知的財産権と表現の自由」の一部分です。

 (4)判例評釈「進行中の公訴時効を廃止することが憲法39条、31条に反しないとされた事例」新・判例解説Watch憲法No.106。法定刑に死刑が定められているものについて公訴時効を遡及的に廃止する「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(平成22年法律第26号)の憲法適合性が争点となった最一判平成27年12月3日の判例評釈です。刑事手続と憲法について考える切っ掛けを与えてもらいました。

 (5)著書『判例アシスト憲法』(大沢秀介=大林啓吾編、成文堂)。「81 博多駅テレビフィルム事件」、「82 沖縄密約事件」、「83 NHK記者取材源秘匿事件」、「84 NHK期待権事件」を執筆させていただきました。

 (6)著書『高校から大学への憲法〔第2版〕』(君塚正臣編、法律文化社)。「第3章 国民主権」を分担執筆させていただきました。

 ここまでが、年度内に刊行されました。画像あり。

 (7)著書『謎解き 日本国憲法〔第2版〕』(阪本昌成編、有信堂)。「第5章 自由な社会に不可欠の権利」のうち「第1節 信教の自由」、「第2節 思想・良心の自由」、「第3節 表現の自由」を分担執筆させていただきました。第2版とはいえ、初版の担当は司法権のところ(初版「第9章 法の砦としての裁判所」)だったので、書き下ろしです。

 (8)著書『憲法判例クロニクル』(吉田仁美=渡辺暁彦編、成文堂)。「外務省秘密電文漏洩事件」、「サンケイ新聞事件」、「泉佐野市民会館事件」、「ハンセン病国家賠償訴訟」を分担執筆させていただきました。

 以上の2つは、校了済みです。まもなく出版されるはず。

 ところで、研究業績の分類って、なんか人それぞれですよね。かく言うわたしも、少しでも多く見せようと・・・以下、自粛。

 まぁ、単著や編者になっている共著以外は「著書」ではないですよね(諸説あり)。うえでは、業績リストを立派に見せようと「著書」にしちゃってますが・・・。分類にもよりますが「その他」でしょうか・・・。




2015年8月10日 (月)

先週末のこと。

 sunsunsun

 先週末の土曜日、勤務校ではオープンキャンパスが開催されました。

20150810111902 わが社では、午前中の形式的意味での「オープンキャンパス」のあと、午後から「体験入学」というのが実施され、大きな教室での講義を聴いた後、20名程度のクラスにわかれた模擬ゼミを「体験」してもらいました。

 わたしも「代理出産 是か非か」というテーマで、模擬ゼミをしました。

20150810111956 子どもをもつこと、家族をもつことは「憲法上の権利」であると考えられるけど、夫婦の約1割が不妊に悩んでいるとのこと。そんななか、生殖技術の進歩により、さまざまなかたちでの人工生殖が安全に利用できるようになってきています。そのうちのひとつに、代理出産があります。そうした手段を利用してでも子どもをもつ権利はあるのか、他人に子どもを産んでもらうという契約は、はたして公序良俗に反しないか・・・、ゼミでは、ひとしきりわたしが基本知識をお話ししたあと、ゼミ生に手伝ってもらって、5~6名ずつのグループになって、いろいろ議論してもらいました。

 翌日の日曜日は、久しぶりのオフということで、佐藤幸治先生からいただいた『世界史の中の日本国憲法 立憲主義の史的展開を踏まえて』(作品社、2015)を読みました。

 本書は、本年6月6日に石川健治先生の招きにより東大法学部25番教室で1400人の聴衆を集めて行われた講演に加筆されたものです。

 前半は、 「8月15日」とは、「ポツダム宣言受諾」の意味、そして、立憲主義とは何かといった、戦後70年を迎えようとしているわが国へのメッセージとも言える内容です。

 そして、本書の本体部分で、佐藤先生は、

 ① 否定的見方があるとはいえ、立憲制度の定着発展に漸進的にとり組んだ明治政府の経験。

 ② その結果「大正デモクラシー」という憲政の常道をもちえたこと。

 ③ これにくわえて、ポツダム宣言の趣旨を含めて当時の世界動向についての知識や経験を持ち得たならば、

 当時のわが国の国民は、自らの手で日本国憲法に近いものを作り得たのではないか、と推測されています。そして、

 「日本の国民が70年近くにわたって日本国憲法を支持し、様々な問題や困難に直面しつつも真面目にその運用に努めてきたということは、自らの手でこのような憲法を作った可能性を結果的に証明しているのではないか」(85頁)とも。

 最後に、歴史的経験的蓄積の中で築かれてきた規範(憲法)が各国の統治の「土台」として根づきつつある中で、日本国憲法という「土台」に基づく統治が揺らいでいるとさ、有力な政治家から“日本国憲法無効論”が説かれるわが国の現況を悲観されています。

 これから憲法学を継いでいかなければならない者(わたしは、送りバントをする2番打者か、相手のエラーでもいいから塁に出てトップバッターにつなげる9番打者ですが)にとって、憲法学の碩学の書物は眩しく輝くばかりです。

 

 

2015年8月 3日 (月)

出前講義@甲南高校。

 sun。きょうも猛暑の予定。

 きのう、鹿児島の甲南高等学校で「出前授業」させてもらいました。

Photo_4 (いきなり「ご静聴、ありがとうございました」写真ですが・・・)。

 テーマは、一応、「憲法と国際貢献」としました。ただ、オーダーは、つぎのような論題で英語のディベート大会があるので、その勉強会も兼ねて、PKO活動と憲法、あるいは、立憲主義というあたりをお話ししてほしい、というものでした。

 そのディベート大会の論題とは、「日本国は、自衛隊の参加制限を緩和し、国際連合の平和維持活動に、より積極的に貢献すべきである。是か非か」というもの。

 この論題にある「参加制限」というのは、1992年制定の「PKO協力法」に付された「PKO参加5原則」のことです。この5原則を緩和して「より積極的に」国連の平和維持活動に自衛隊を関わらせることは、憲法に反するであろうか、それとも反しないであろうか、という論点を考えるために参考となる講義をしてほしい、ということでした。

 ということで、まず、PKO5原則の背景からお話ししました。上にあるように、1992年にPKO協力法が成立します。このときに、PKO参加5原則というのも同時に表明されるわけですが、当初は、PKO協力法に附則があり、その附則により「PKF活動」への参加は制限されていました。

 ところが、このPKO協力法は2001年に改正され、そのさい、自衛隊のPKF活動への参加を制限していた上の附則が削除されます。こうして、2001年以降は、わが国の自衛隊もPKF活動に参加できるようになったのですが、それでも、このPKFへの参加が憲法9条1項で禁止されている「武力の行使」にはあたらないとするために、附則の削除以降も、なお、PKO参加5原則は維持されました。つまり、PKO参加5原則の維持は、自衛隊のPKF活動が憲法で禁止された「武力の行使」に該当しないための憲法上の要請であると考えられることになります。

 こう考えると、論題への回答は「」という結論になるとお話ししました。

 ただ、憲法は前文、98条2項で「国際協調主義」を採用している、というお話しを皮切りに、つぎは「」という結論を導くお話しもしてきました。

 それは、上の憲法上の要請をうけ、わが国は国連の「集団安全保障」体制に参加しています(集団的自衛権ではありません。集団的自衛権は、わが国の行為としてなされるのに対し、集団安全保障は国連の指揮下のもとで実施されるものです)。その集団安全保障の施策のひとつに、国連軍や平和維持活動(PKO、PKF)があります。つまり、こうした国連監理下の集団安全保障施策への協力も憲法上の要請といえるのです。

 さらに、わが国の憲法が統制しているのは、国の活動ですが、それは、日本国内外におけるわが国の指揮・監理が及ぶ国の活動であると言えます(最近話題の砂川判決も、在日米軍はわが国の指揮権が及ばないので9条2項が禁止している「戦力」には該当しない、と判示しています)。ということは、国連指揮下で行われる平和維持活動への自衛隊の参加は、日本国憲法の統制が(及ばないわけではないけど)弱くなると考えられるのでは、という見方もお話ししました。日本国憲法の意義は、第一義的には、なんといってもわが国の政府の行為から国民の基本的人権を保護することにあるはずなので。

 というわけで、「是/非」の両論がありうるはずで、あとは、みなさんの議論の説得力にかかっている、と。わたしは、法学者なので、ここでも政策論ではなく、なるべく法解釈から軸足が離れないようにすることを心掛けて、講義したつもりです。

Photo_5 聴講してくれたのは、事前の話では75名の高校生+10名程度の先生方でした。英語ディベートの勉強会ということもあり、会場となった甲南高校生だけでなく、ラサール高校、鶴丸高校、鹿児島中央高校、育英館高校、志學館高校、鹿児島情報高校、ほかにもいたのかな、というインターハイスクールな「出前講義」が実現しました。実際のディベートでは、県大会で敵味方になるかもしれないこうした高校生が、事前の勉強会、練習試合をしながらディベートの力量(しかも英語での)を高めていく雰囲気にふれて、彼ら、彼女らの高いポテンシャルを感じました。一応、わが社のパンフレットも配布させていただきましたが、わが社(が一番いいのですが)だけでなく、是非、こうしたポテンシャルの高い生徒のなかから法学部に関心をもってくれる人がでてきてくれたらなぁ、と思いました。

2015年6月12日 (金)

高校訪問@鹿児島。

 きょうはsun。きのうは凄かったですねrain

Dsc_2678 きょうは「お仕事」で鹿児島に行きました。ということで、写真の観覧車はオアズケです。

 その「お仕事」というのは「高校訪問」です。近年、多くの大学(とくに私大)では、自校の昨年度の就職実績と次年度の入試概要がまとまったところで、「高校訪問」をしていると思います。わたしは、現在の勤務校で、はじめてこの「お仕事」を依頼されたので、きょうは、鹿児島に「高校訪問」に行きました。

Dsc_2686 「お仕事」での外回りということで、途中で立ち寄ったローソンにあった、これらもオアズケです。そういえば、鹿児島はローソンが多かったような・・・

 いくつかの高校の進路担当の先生とお話しさせていただいて感じたことは、わが社はなんて幸せな大学なのだろう、ということでした。

 行った先々でわが社の印象を伺ったら「難関校」、いまは別のところを志望していたとしても、現実的には「一番行きたい大学です」とおっしゃっていただきました。

 それは、前任校とは違う経験でした。前任校でも「高校訪問」を毎年していたのですが(と言っても、前任校には3年半しかいませんでしたが・・・。LSが大変なときに移籍したということで「○○三悪人」と2チャンネルでたたかれたものです・・・遠い目)、そのときにはお世辞でも聞いたことがないお言葉でした。

 また、伺った高校の進路指導の先生方は、みなさん、わが社の入試制度、科目を熟知しておられたのも、上の有難いお言葉を裏づけているなぁ、と思いました。実際に生徒さんをご指導していただけているのだろうなぁ、と。入試制度や科目について、貴重なご意見を伺い、議論できたのも収穫でした。

 「高校訪問」って、世間を知らない(というか、大学に閉じこもり、社会に出たことのない)、わたしには、やっぱり「苦痛」なお仕事で、できれば、あんまりやりたくないと感じていたものです。これは、前任校でも同じです。ただ、実際に高校の先生とお話しさせていただくと、これからの教育や学部運営にとって貴重なご意見をいただいたと感じました。こういう感想も前任校のときと同じです。

 いままでの大学教育は(といっても、若輩者のわたしに何がわかるわけではありませんが)、一方的な教育だったと思います。ただ、これからは、真の意味での「高大連携」が求められるとき。高校訪問を通していただいたご意見を少しでも自分のこれからの教育に生かせればと思います。高校訪問って、こう考えると、FDの一種ですよね。

Dsc_2694 ということで、きょうの与えられたお仕事は、ひとまず、実現できたと思います。

 アポの予定をこなすのみで「心の余裕」がなかったので寄ることができなかったので、帰宅後、セブンで購入し、きょうの疲れを癒しました。

 きょう、お伺いした高校です。

Dsc_2680Dsc_2683Dsc_2688Dsc_2691












2015年5月28日 (木)

「青本」と「緑本」。

 くもり cloud。空模様とはうってかわって、気持ちは晴れ晴れ。というのも、よ~やく、2冊揃ったからです。

Dsc_2662 右は、昨年の3月に有信堂高文社から出版した『憲法Ⅱ 基本権論』(通称、「緑本」)です。そして、左が、本日の午前10時くらいに大学に届いた『憲法Ⅰ 総論・統治機構論』(通称「青本」)です。

 西側(京都側?)の体系概念に従って、Ⅰで「統治論」を、Ⅱで「人権論」を書きました。ただ、わが社での講義は、1年生に配当されている「憲法Ⅰ」では「基本権人権」論を、2年生に配当されている「憲法Ⅱ」では「統治機構」論を説かなければならないので、出版の順はⅡ(昨年)→Ⅰ(今年)と逆になりました。

 いずれにしても2012年8月6日に1枚目の原稿を書き始めて以来、正確には2015年5月25日(今週の月曜日に出版社に納品されたとのこと)までで2冊、書き上げることができました。

 この2年と10ヶ月、ふり返ってみれば、自分でもよくやったと思います。実際に書き始めるより数年前に「いずれは書いてほしい」とは言われていたのですが、当時のわたしは、わたしの先生のモノを使って講義していたので、それで満足していました。また、先生の「目の黒いうち」(まだ目は黒い)は、先生の手前、自分のものを書くという気持ちにもなれませんでした。

 でも、そんなわたしの心を揺るがす出来事が、3年前の春にありました。ある同僚先生が、わたしの憲法論に「噛みついて」こられたのです(笑)。その先生の法理論とわたしの憲法論はあわないと理解されていたのでしょう。でも、その先生の「勢い」に圧され「及び腰」、「弱腰」。自分の主張を正々堂々と語るその先生が眩しく感じられたものです。

 その先生は、もうこのことは忘れてしまっているでしょう。また、意外と多くの目撃者もいたと思いますが、まわりの先生も、ほぼ、忘れているでしょう。ただ、わたしには、忘れなれない出来事でした。わたしは常々「書いたモノで勝負しなければならない」と思っていたので、講義に一通り目処がつくその夏から筆を執らなければならない、とつよく思ったものでした。

 でも、こんな青二才が憲法学の体系を語るのは、けっこう「しんどい」ことでした。それでも、1枚、また1枚、1節、また1節、そして、1章、また1章と原稿が増えていくうちに、その気になって・・・、なんとか最後までたどり着くことができました。

 同僚先生とのあのやり取りがあって、こうして2冊の本は成りました。執筆開始の動機をいただいたことに感謝しております。刺激的な同僚先生に恵まれたと思います。

 ただ、まだまだ、これでようやく自分の憲法学を講じるスタートラインに着けたに過ぎません。これから、多くの読者を得て、版を重ねられるように、精進していかないといけませんね。「緑本」そして、きょうの「青本」は、まだ通過点に過ぎないのでしょう。

 この「青本」は、現在進行中の講義「憲法Ⅱ」の教科書です。教科書の出版が今頃になってしまったという点については、学生諸氏に迷惑をかけてしまいました。過ぎ去ってしまった時間はいくら誤っても戻ってはこないので、せめて、これからの時間、この本をつかって有意義な「憲法Ⅱ」にしてもらいたいと思います。

2014年1月30日 (木)

WG。

 sprinkle

 きのう「法学部将来構想検討WG」の中間報告会をしました。このWGは、輝かしい実績と伝統のある法学部(自称)が、若干、斜陽化しているという現状分析にたち、これからどう浮揚させていくか(少なくとも、過去の遺産を食いつぶさないようにするにはどうすべきか)を考える会合、という感じでしょうか。わたしもこのWGに関わっており、きのう、報告会をさせていただいたのです。

 (と、なんだか立派な感じですが、要は、日常、あれ変だよね~、もっとちゃんとしなきゃダメだよね~、と感じている四方山のことを出し合って、なんとかしてちょ、と進言するWGという感じでしょうか)。

 このWG自体、当初はどうこに着地するのか・・・という感じもあったのですが、なんだか立派なことを言えたのではと思っています(自画自賛ですが。ちなみに、この自画自賛、このギョーカイでは「じこてんけんじこひょうか」と読みます)。また、言ってしまえばもうすっきりした、というところで、一種のガス抜き効果も。

 まぁ、とにかくこのWGももう八合目、九合目というところなので、あとは、下りを一気に、というまとめ方で〆たいところです。はやいとこ、この手のものから、足を洗って、勉強しないといけないので。

 ということで、もちろん、夜は「飲み会」winebar(これ、このギョウ~カイでは「いけんこうかんかい」と読みます)。きのうは、安政町の“BUNZO(ブンゾー)さんというパン屋さん+イタリアンにお世話になりました。夜は、夜で、お偉い先生を相手に、言いたいことを言ったので、もうスッキリ。あとは、お歴々にお任せです。

 こんな感じのお料理をいただきました。一部、省略されています。また、一枚、二次会のものがあります。

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2013年9月 6日 (金)

科研費セミナー。

 sun。最近、なんだか30℃超えると、安心します。

 さくじつ、「文科系における科研費『研究計画調書』の点検と改善」と題するセミナーに参加しました。

 「科研費」とはいえ、すでに「理系のもの」という意識はないのですが、「科研費セミナー」というと、いまだに「理系のもの」というイメージがありました。今回は「文科系」と題されていたので、出席してみました。

 セミナーの内容は、非常に有益なものでした。研究調書の書き方、その項目の内容、分量、アピールすべきところ、使うとまずい表現まで、実に、丁寧に教えていただきました。セミナーの先生の要求をクリアーできれば、確かに採択されるだろうなぁ~、と思います。

 最近は、科研費を「もっているかどうか」で、研究者としての価値まで判断される風潮にあります。これは、絶対に、間違っていると思います。研究者は、とくに文系研究者は、どのような資金をもっているかではなく、なにを書いたかで評価されるべきであろうから。

 ただ、科研費を申請し、できれば、獲得することが、最近の大学業界では求められています。わが社でも、例にもれず、申請が奨励されています。この獲得が、大学の評価のひとつとされているとのこと。(わたしの見解からすると、獲得したかではなく、ファカルティーの業績で評価すべきだと思いますが・・・)。

 ともあれ、やっぱり、てきと~に申請書を書いても、ダメなんだなぁ~、と思いました。いまは、運よく科研費、当たっているので、つぎに申請するであろう2年後には、是非、きのうのセミナーのお話を参考に、「研究計画調書」を作成したいと思いました。

 

2012年10月15日 (月)

シンポジウム@ムサビさん。

 本日も快晴なり!sun

Dsc_0369 週末、シンポジウムのパネリストとしてお呼ばれしたので、東京・立川市にある武蔵野美術大学にいきました。

 写真は、ムサビさんの図書館&美術館です。芸術家のタマゴさんたちが、語らっていました。

Dsc_0372 この建物のなかにある“美術館ホール”がシンポの会場でした。

 普段、芸術的、文化的ところからほど遠いところで生きているわかしにとって、なんだか場違いでしたが・・・

 まぁ、なんとかお役目はたせたと思います。それより、文化、芸術、アートというのは、その先端で国家規制と対峙しやすい領域であることも、あらためて感得しました。今後、折に触れ、考えていかなければ、と思った次第です。

Dsc_0373 ということで、シンポ終了後は、招聘いただいた先生、パネリストの先生、そして参加者の方を含めて、「お疲れ様会」を。最寄りの(といっても、タクシーで20分はかかったか?)のJR駅・国分寺駅近くの“恵比寿屋”さんで。この夏に、そして、夏まえに受注していたお仕事をひとつ終え、わたしも少しホッとしました(その時だけは・・・)。

Dsc_0357  ちなみに、今回は、費用を出していただく出張だったので、迷惑をかけるわけにもいかず、空路で上京しました。わたしが乗った、ソラシド・エアライン機です。

2012年10月 8日 (月)

学会出張@東京。

 暑いくらいに、よく晴れていますsun

Dsc_0327 この週末、学会のため、東京に出張しました。わたくし、ちょっと飛行機苦手のため、迷った結果、このたびも鉄路bullettrainで上京しました。

 ということで、復元された東京駅に降り立ちました。たくさんの人が撮影されていました。

Dsc_0340 土・日の学会に備え、前日の金に上京し、その夜は、わたしの先生に連れられて、豊島区西池袋にあるベトナム料理店“フォーベト レストラン”にいきました。先生は、この近くにあるR教大学におられたことがあるので、先生のお薦めのお店ということでした。それにしても、R教大の佇まいと裏腹に、西池袋は、喧騒のなかにありました。

Dsc_0333  フランス領だったとのことで、ベトナム・ワインも意外とよい、とのこと。ということで、赤wineをいただきました。クワの実配合、そして、アルコール12度ということで、飲みやすいワインでした。

 近況(といっても、夏に会っているので、そんなにご無沙汰ではない)や、いまの問題関心とかお話しして・・・

Dsc_0335  ベトナム・ビールもいただきましたbeer。“バーバーバー・ビール”とメニューにあり、どんな意味~、と思っていたところに“3・3・3”が・・・。そういうことでしょうか?(って、どういう意味?)。ん~~、ベトナム・ビールって、こんな感じか・・・と思いました。

 ということで、最後は“フォー”をいただきました。

Dsc_0338  いただいたのは、鶏肉のフォーと牛しゃぶ(?)のフォー。写真は“牛しゃぶのフォー”です。これ、ベトナムにはないのでしょう。

 それにしても、今回の学会では、先生の名前をよく聞きました。引用され、賞賛され、ときに批判され・・・。通説からはほど遠いはずですが、こんなに注目されている人の謦咳にふれることができ、幸せに思わないといけないと思います。日頃、ついつい、忘れていますが(笑)。

Dsc_0341 夜が明けて、学会初日の朝ご飯。定宿・品プリ・メインタワー1階の“ハプナ”というレストランで、バイキングしました。欲深いわたしは、ブッフェ・スタイルというと、つい、食べ過ぎます。みなさんもそうだと思います(に違いない!)。

 てなわけで、お腹いっぱいの状態で向かった会場は、市ヶ谷にある法政大学です。大学の写真は取りわすれました。ということで、あっ-という間に午前が終わり・・・

Dsc_0342 昼食は、この近辺では美味しいと有名らしい“中国飯店”の市ヶ谷店にいきました。ランチメニューのひとつ、豚角煮メインのセットをいただきました。ボリューム満点!

 土曜の東京は、ジメジメしていました。そして、午後の学会の間に、雨が降り出しました。

Dsc_0346 夜は、市ヶ谷にある“武蔵乃”というスッポン料理店に行きました。写真は、ということなので、スッポン鍋です。

 今回は、大学院の後輩たちと会食しました。といっても、それまたよく会っているメンバーなので、あまり学問的ではない共通の話題で盛り上がりました。ただ、今回は、同じく大学院の後輩ですが、出版社で編集をしている人物と一緒だったので、昨今の出版事情などを聞きつつ、自分の仕事の方針なんかも考えました。

Dsc_0349  学会2日目の朝は、がつんとカレーということで、品プリ・イーストタワー1階の“カフェレストラン24”でカレー・ブッフェをいただきました。その名も「目覚める朝カレー」。

 ところで、今年の学会テーマは「公法における人」ということで、公法学は人の「属性」をどう扱ってきたか(また、どう扱うべきか)とか、国家はどのように個人を把握してきたか(そして、その反面、プライヴァシーなどの権利をごう保護すべきか)というとうなお話しを聞きました。

Dsc_0352 そうこうしているうちに、帰路となり、2日目の昼食は、新幹線のなかで。

 新大阪で降りる師と、新神戸(のあと姫路)の後輩とともに、500beerいただきました。いつまでたっても超えられぬ師と、それでも、そろそろ殻を破らないといけない、とも感じつつ、学会にいくと、やはりまだまだだ、と。

 この10月にある学会が、公法をやっている者にとって、一番大きな学会です。その意味では、公法人にとって、ひとつの区切りでもあると思います。来年には受注した仕事の前半部分を入稿して学会を迎えるのが、当面の目標です。

 ということで、また「喰ったもの」中心のブログですが、それでも、たくさんのことを勉強した連休でした。

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