無料ブログはココログ

わたしの著書

  • 憲法Ⅰ 総論・統治機構論
  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
  • ロールズの憲法哲学

カテゴリー「落語」の11件の記事

2012年11月11日 (日)

落語の履歴書

 あさからの雨もあがり、温暖です。

 ひま、ではないですが、山本進さんの『落語の履歴書』(小学館新書、2012年)を読みました。

 本書は、そのタイトルの通り、戦国時代末期の落語の発祥、江戸、明治時代という近代落語の形成期、大正から第二次大戦をへて昭和にかけての復活、そして平成の落語ブームという、まさに「落語の履歴」をコンパクトにまとめています。

 最近、落語ブームといわれています。ここ5年ぐらいをみても、平成20年に桂米團治(5代目)、平成22年に三遊亭圓楽(6代目)、本年24年に桂文枝(6代目)、そして、桂文治(11代目)と、大看板のあいつぐ襲名が披露されています。

 こうして、400年ぐらい続く古典芸能は、ときに代替わりしつつ、なお隆盛をめざしています。

 ところで、相次ぐ大看板の襲名ですが、そのなかでも“大看板中の大看板”は、いまだに空席のままです。そのひとつが、三遊派の源流・三遊亭圓生と、柳派の総帥・談洲楼燕枝です。こうした大名跡を引き継ぐのは大変なことなのでしょう。実力はもちろん、運のようなものも必要ですものね。

 そういえば、憲法学界も大看板の代替わりの時期になっているように思います。一門を率いていくというのは、どの世界でも大変なことなのでしょうね。そういう世界からはほご遠いわたしですが、せめて「真打」になれるよう、日々研鑽を怠らず、というところでしょうか。

2010年2月 3日 (水)

林家正蔵・壱

 はれました。

 修論審査の準備も整ったので、8代目林家正蔵さんの落語でリラックス。

 最近、6代目三遊亭圓楽さんの襲名が話題になりましたが、この8代目正蔵さんは、3代目の圓楽さんです。また江戸期から続く大名跡の林家正蔵は、海老名家のもので、初代三平さんからこの正蔵さんが借り受けていたものを、三平さんの死後、海老名家に返上したことは有名な話ですよね。8代目正蔵さんは、その後、林家彦六を名のっています。また9代目の林家正蔵さんは、かつて林家こぶ平を名のっていたことは、記憶に新しところです。

 ところで、きょう聴いたのは「中村仲蔵」、「鰍沢」、「あたま山」の3話です。サスペンスものの「鰍沢」、ナンセンスな面白さで無条件に笑える「あたま山」もいいのですが、「中村仲蔵」は賢妻のいい話です。

 歌舞伎役者の仲蔵がようやく「名題」という最高位についたのに、ついた役がせいぜい「名題下」が演じる役(斧定九郎)。悔しがる仲蔵にその妻が、「いままでにないいい定九郎を演じて」と声をかける。その期待にこたえようと仲蔵は発奮します。発奮し精一杯、定九郎を演じるのですが、どうも聴衆からは期待した反応がない。これは失敗したと思い、修業しなおそうと上方へ向かう途中で、仲蔵は、自分の演技を評価してくれる声を聞きます。仲蔵は「広い世界でたった一人でも自分の芸をわかってくれる人がいた」と思い、このことを感謝の気持ちとともに妻に伝えようと、自宅に帰えったら、そこには座長・師匠の使いが来ていて、仲蔵の定九郎をほめてくれる。そのことの感謝を妻に・・・という話です。

 正蔵さんの奥さんも賢妻であったとのこと。落語家や役者、それからプロスポーツ選手の奥さん、家族というのは、いろいろ大変でしょうね。学者の奥さんはどうでしょうか・・・。学者といっても、大学人は、普通のサラリーマンですからね~。

 ところで、きょうは、所属している大学院の研究科長選挙があります。どこの組織でも「長」のつく職、また最近では「理事」の選挙でもいろいろありますよね~。そういうわけで、これから「一門会」です(笑)。

2010年1月 9日 (土)

古今亭志ん生・弐

 晴れました。

 新年になり勤務再開から1週間。なんだか毎日、肩で息をしながら生活しているような感じです。この時期は大学人にとって、一番忙しいときなのでしょうか。

 昨年のいまごろ、落語を聴き始めようと、小学館の「落語 昭和の名人 決定版」CDつきマガジン26巻を定期購読しはじめたのですが、結局、いままでに8枚しか聴けていません。すでに配本は終わっているので、今年こそは、全巻の完聴を目指したいところ。

 そこで、今日はすこし肩の力を抜くつもりで、古今亭志ん生さんを聴きました。

 収録されていたのは「黄金餅」、「千早ふる」、「二階ぞめき」の3題です。音源は、いずれも志ん生さん69~71歳の円熟期のものです。

 「黄金餅」は、吝嗇家のお坊さんが財産を飲み込んだまま亡くなったのを知った長屋の住人が、そのお坊さんの死体を火葬して飲み込んだお金をいただこうと、長屋の仲間とともに、江戸の街を横断する話しです。

 「千早ふる」は、『百人一首』の在原業平の歌「ちはらぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」を知ったかぶりで解釈する隠居のお話しです。

 「二階ぞめき」は、吉原を“冷やかして”歩くこと(「ぞめき」とは冷やかして歩くことの意味のようです)が好きな若旦那のため、番頭が大工の棟梁に頼んでお店の二階に吉原そっくりな遊郭をつくるというお話しです。

 明治23(1890)年生まれの志ん生さんは、昭和48(1973)年まで生きていたのですが、昭和43年の78歳のときに高座を引退されています。わたしが生まれる前に引退されているので、また小さい頃は笑点しか見ていなかったので、志ん生さんの映像つき落語を見た(聴いた)ことがありません。CDを聴く限りではなかなか面白い語り口なので、是非、映像を見てみたいと思います。

2009年11月18日 (水)

三遊亭金馬

 一昨日、昨日の雨も上がり、今日は晴れです。でも寒くなりました。

 月末の論文締切日に向け、ロング・スパートです。とその前に、久しぶりに落語でリラックス。今日の落語は、三代目・三遊亭金馬の「居酒屋」、「孝行糖」、「藪入り」の3題です。

 「居酒屋」は、酔っぱらいがいい気分で、店の小僧をからかいながら酒を飲む話しです。文句なしのおもしろさです。小僧の立場にはなりたくありませんが、こういう絡み方をする人、いまでもいますよね。

 「孝行糖」は、長屋の愛すべき与太郎に、親孝行のために飴売りをさせるお話しです。「孝行糖、孝行糖。孝行糖の本来は・・・」という飴売りの言い立て、先程の「居酒屋」で小僧が肴の言い立てをするところと同様、金馬さんのリズミカルな口調が見事です。

 最後の「藪入り」。「居酒屋」や「孝行糖」のような滑稽噺を得意とした金馬さんのなかでは珍しい人情噺ではないでしょうか。「藪入り」とはお休みのこと。江戸時代の奉公人は年に2度、1日ずつある「藪入り」のときだけ、里に帰ることができなそうです。しかも奉公に出てから3年ぐらいは里心がつく、ということでお休みはなかったとのこと。奉公に出してから3年たち、はじめての「藪入り」で帰ってくるわが子を待ちわびる里の両親(とくに父親)の舞い上がった気持ちが聴き所です。

 1964年(昭和39年)に亡くなっている金馬さんの映像はあまりないそうです。それでも「出っ歯」がトレードマークのその姿、落語を、いずれDVDででも観てみたいものです。

2009年8月 1日 (土)

柳家小さん・弐

 曇っています。蒸し暑い日になりました。

 8月に入りましたが、まだ定期試験を実施していないので、夏休み気分はありません。夏休み末日には重要な原稿の締め切りがあり、また積みに積んだ本もあるのですが、なんとなく勉強する気持ちにならないので、小さんの落語を聴きました。

 本日は3本。「長屋の花見」、「粗忽長屋」、「ろくろ首」を聴きました。後二者の滑稽噺も楽しいのですが、なんといっても「長屋の花見」は、珠玉でした。

 「長屋の花見」は、貧乏な長屋の大家さんとその店子が、なかよく花見に出かけるお話しです。でも“豪華な花見”というわけにはいかず、“番茶のお酒”、“沢庵の玉子焼き”“大根の蒲鉾”をもって、出かけます。番茶で酩酊しようとする店子、歯が悪くて玉子焼きが食べられないという店子、蒲鉾の葉っぱの方が・・・(好きだ)という店子がでてきて、笑いを誘います。

 また大家さんとの会話のなかで、次々にでてくる店子の悪事、長屋の住人の貧乏自慢が、可笑しみを加えています。

 解説のパンフレットも、「旨いねえ、これでインスタントかい?」という永谷園あさげのCMの写真が掲載されていて、懐かしい気持ちに浸れました。

2009年5月 9日 (土)

桂文楽

 清々しい一日になりました。毎日天気がよい土曜日ならなぁ~、と感じるきょうこの頃です。

 連休の疲れがどーっと出て、モチベーションが↓↓なので、落語を聴きました。

 聴いたのは、八代目・桂文楽の「明烏」、「富久」、「締め込み」です(ほんとうは6代目のようですが、縁起がよいので8代を名乗ったようです)。文楽さんは完璧主義者で、30数席ともちネタは少ないのですが、そのどれもが十八番とされているぐらい、稽古に稽古を重ねたお話が聴けます。『大仏餅』の途中で噺を忘れてしまい、そのときに「勉強をし直してまいります」と言い残して高座を降り、それが最後の高座になったそうですが、その「勉強をし直してまいります」という詫び口上まで稽古していた、といわれています。別世界の人とはいえ、学ぶところが多いお人のようです。

 きちっ、きちっ、とした性格がよく現れている落語で、きょう聴いたのは60歳代、70歳代という晩年のものでしたが、そうとは思えないほど若々しいものでした。お手本のような落語を好む人むきの落語家さんです。

2009年4月25日 (土)

古今亭志ん朝・弐

 朝から降り続いていた雨も、もう小雨です。

 三代目・古今亭志ん朝さんの人情話し2話を聴きました。師弟である父子の繋がりを描いた「抜け雀」と、夫がどのくらい自分のことを思っているがその「了見」を知りたがる妻の心を描いた「厩火事」です。

 とくに絵師・父子の、父を仰ぎ見る子と、一度は勘当したもののその行く末を案じていて立派になった子に安堵する父の、2人の心の機微を描いた「抜け雀」は名作だと思います。これを十八番にしていた父・志ん生が子・志ん朝に伝承しているところが、また「いい話」ではありませんか。

 最近、年をとってきたので、なんとなく「いい話」が好きになりました。

 それはそうと、住所地でも定額給付金の支給手続きがはじまりました。まだ実際に支給されるのは先のようですが、これが銀行振り込みなんです。これじゃ~、ダメなんですよね。わたしに給付されないのです。ちょっと煩雑でも、手渡ししてほしいものです。

2009年4月 4日 (土)

三遊亭圓生

 雨降りです。今日は勤務校の入学式・入部式のようです。

 新学期ということでいろいろ気にかかることもあるのですが、ちょっと息抜きに、六代目三遊亭圓生の「火事息子」「百川」「豊竹屋」を聴きました。

 勘当しても切れない親子の絆を描いた「火事息子」は、長さも37分弱と、聴きごたえがあります。ただわたしは、滅茶苦茶な義太夫と口三味線の掛け合いが可笑しい「豊竹屋」が好きです。何回聴いても抱腹絶倒間違いなしです。

 三遊派では来春に楽太郎さんが六代目圓楽を継ぎます。おそらくそれよりも注目されるのは、六代目が亡くなってから「止め名」になっているこの圓生の名跡がどうなるのか、ということではないでしょうか。どうやら五代目圓楽の総領弟子である三遊亭鳳楽さん(圓生の孫弟子にあたる)が七代目一番手のようですが、六代目の遺族が「止め名」のままを望んでいるともいわれています(2008年8月24日の朝日新聞の文化欄)。

 落語をはじめ芸の世界は、師匠の芸を継いでいくことが重視されると思います。もちろん自分の色をつけていく継ぎ方もあると思いますが、あえて変えないという継ぎ方もあると思います。

 ところで学問の世界は、どうでしょうか。かつては芸の世界と同じように、師匠の学説を継ぐという役割が弟子にはあたと思います。いまはどうでしょうか。どちらかというと、“隙あらばひとあわ吹かせたい”と思っているお弟子さんが多いのでは(わたしがそうだと言いたい訳では決してありませんが……あはぁ)。もっとも主流派には、それは許されないことかもしれませんが……。

2009年2月21日 (土)

柳家小さん

 少し風がありますが、よく晴れています。

 今日は、落語界初の人間国宝(落語界では三代目桂米朝さんがのちに人間国宝になっている)五代目柳家小さんの落語CDを聴きました。たしか小さんは、長野県長野市生まれのはず。同郷の偉大な先人のひとりです。

 収録されているのは、「時そば」「ちりとてちん」「宿屋の仇討」の滑稽話3話。とくに落語初心者のわたしには、小さんの至芸“蕎麦ッ喰い”が楽しい「時そば」が、印象に残りました。長野で生まれたのですが小さい頃にはもう上京していた小さん。「時そば」ででてくる“しっぽく”(かけそばに竹輪やシイタケがのっているもの)が、どうしても“ひっぽく”としか聞こえないところが、なんとも江戸っ子っぽくて、粋だと思います。

 東京の「時そば」に対して、上方には「時うどん」という噺があるそうなので(もっとも、この「時うどん」を三代目小さんが江戸前にアレンジしたのが「時そば」のようですが)、こっちもいずれ聴いてみたいと思います。

 ※「小さんさん」というのは煩雑だったので、敬称を略しました。

2009年2月 7日 (土)

古今亭志ん生

 くもっていますが、雨が降る様子ではありません。

 昨日は、非常勤にきてもらっている先生を囲んで、いつもの同僚先生と熊本・下通にあるビア・レストラン「オーデン」に行きました。

 オーデンのHP

 日頃、発泡酒(と第3のビール)に飲みなれたわたしにとって、ドイツ・ハンガリー・ベルギー系のビールは、心に沁み入る味でした。

 今日は、大学院の入試があり、出勤しています。研究室の待機時間のいま、5代目古今亭志ん生の落語CDを聴いています。

 演目は「火焔太鼓」「替り目」「唐茄子屋政談」の3つ。とくに「火焔太鼓」は、志ん生さんの十八番中の十八番ということで、聞きごたえのある「くすぐり」(ギャグ)が話の方々に散りばめられている面白い話でした。まるで小気味の良い漫才のようです。とても一人で演じているようには思えません。「半鐘はいけないよ。おじゃんになるから」というサゲまであっという間です。

 残りの2本も、退屈な時間をつぶすにはもってこいです。ともにサゲまで演じられてはいないので、いずれ完全版を聴いてみたいと思います。

 最後に、昨日、国際法の定期試験監督をしました。それとの関連(?)で、お話をひとつ。今日の新聞に、皇太子妃のお父さんである小和田恒さんが、国際司法裁判所の所長に選出されたとありました。日本人がICJの所長を務めるのは初めてのようです。ICJの所長は、裁判官(定数15)の互選により選ばれるようです。

より以前の記事一覧

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30