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わたしの著書

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  • 憲法Ⅱ 基本権論
  • 著作権と憲法理論
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カテゴリー「訃報」の9件の記事

2014年2月10日 (月)

いまさらながら(1)。

 くもり/雨。週末は、各地で大雪でしたね。

Dsc_0004 ところで、いまさらですが、タブレット、購入しました。スマホの買い替えに出向いたら、こっちまで・・・。ということで、これを撮影したスマホも新機種になっているのだが。まるで、アクアを買いにいったら、プリウスになってしまったときの気分。

 なにはともあれ、これで勉強にも、遊びにも、「幅」ができれば、と思います。

 【訃報】

Dsc_0006 きょうの朝日新聞に、アメリカの政治学者ロバート・ダールさんの死亡記事がありました。 98歳とのこと。ダールさんには『ポリアーキ』や『デモクラシーとは何か』などの著書があり、アメリカ憲法、立憲主義にも造詣が深い政治学者でした。

 謹んで、ご冥福をお祈りします。

2013年9月 4日 (水)

碧海純一先生、逝去。

Dsc_0741 法哲学者の碧海純一先生の逝去記事にふれました。7月18日に89歳でお亡くなりになっていたとのこと。

 碧海先生といえば、ポパーやラッセルにもとづく批判的合理主義の提唱者として、高名です。

 ここに、わたしの書棚にあるご著書をかかげ、ご冥福をお祈りいたします。

2013年2月16日 (土)

ドウォーキン先生逝去。

 sun

Dsc_0517 今朝の新聞で、米国出身の法哲学者、ロナルド・ドウォーキン先生が亡くなったことを知りました。81歳とのこと。研究室にあるドウォーキン本を並べてみました。

 「平等な尊重と配慮をうける権利」と称する独自の平等論は、英米法哲学だけでなく、わが国の法哲学学界、憲法学界にも大きな影響を与えました。

 かくいうわたしも、“ロールズの正義論とドウォーキンの権利論をやります”といって修士課程に入学し、博士課程に進んだ後も・・・、ロールズしかできませんでした(それも、不十分)。

Dsc_0518 また、助手に採用されたあとも、学振まで申請して研究しようとしたのに、最初の勤務校に採用されたのをいいことに、そのままに・・・

 いまは少し違うテーマで“飯を食って”いますが、研究生活の最後は、意外とはじめに戻るという話しも聞くので、捲土重来があったなら、英米規範哲学と憲法理論を架橋する研究に従事したいと思います。

2013年1月 5日 (土)

ベアテ・シロタ・ゴードンさん逝去。

 本日も、はれ、という感じ。

 実家から帰って年明けの新聞をみていたら、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが、年末、12月30日に89歳で亡くなった、との記事にふれました。ベアテさんは、新聞各紙(1月3日のものが多いと思います)で報じられているように、少女時代に家族で日本に住み、のちGHQの民間職員として日本国憲法の草案作成に加わりました。憲法に、とくに家族生活における男女平等をもたらした人として、有名です。その背景には、少女時代の日本での体験、すなわち、「女性の権利が全くない状況」についての思いがあった、と思われます。

 ここに、講義でも紹介したことのある、ベアテさんの自伝を再掲して、ご冥福をお祈りいたします。

2011年1月 5日 (水)

伊藤正己

 どんよりと曇っています。

 昨年末の帰省中に、東京大学で英米法を教え、最高裁判事にまでなった伊藤正己先生の訃報に接しました。12月27日に、91歳で亡くなったそうです。ご冥福をお祈りいたします。

 伊藤先生は、憲法、英米法の領域で、多くの業績をあげられています。また、最高裁判事としては、とくに表現の自由や信教の自由が問題になった事案で、独自の見解を表明されています。その一部は、わたしも講義のなかで紹介したりしています。

 たとえば、青少年の憲法上の権利は成人のそれとくらべて相対的である、と述べた平成元年の最高裁第3小法廷判決(岐阜県青少年保護育成条例事件)や、パブリック・フォーラム論を展開した昭和59年の第3小法廷判決(駅前ビラ配布事件)などが、その例です。これらは、判例百選でも伊藤裁判官の補足意見として、紹介・解説されています。

 また、公選法の戸別訪問禁止規定の合憲性が争われた昭和56年の第3小法廷判決では、哲学者ジョン・オースティンの理論に依拠した「構成ルール/統制ルール」論を展開し、「構成ルール」である公選法の規定については厳格な違憲審査の基準がなじまないことを論じています。「構成ルール」というのは、ゲームそのものをつくるルールのことで、それがなければいわばゲームそのものがない、という性質のルールです。

 わたしは「構成/統制」ルールの違いを講義では、バスケットボールのルールになぞらえて、“バイオレーションとファールの違い”と説明しています。なぜダブルドリブルやトラベリングがルール違反なのかといえば、それがバスケットボールそのものをつくっているルールだからです(打ったらなぜ3塁側ではなく1塁側に走るのかと同じ)。でもプッシングやチャージングがルール違反なのは、これとは違う理由からです。この違いを知っていた伊藤先生は、選挙運動のルールはそもそも「構成ルール」だから、それがなければ選挙運動というゲームそのものが存在しない考えて、厳格な違憲審査にはなじまないと考えたのでしょう。

 英米の法理論や哲学を熟知したその「少数意見」は、切れ味鋭く鮮やかで、後学の指針ともなっています。わが国の法学界は、また偉大な碩学を失ったといえるでしょう。あらためてご冥福をお祈りいたします。

2010年10月 3日 (日)

小室直樹

 つよく雨が降り出しました。きょうは“校区運動会”があるようですが、どうなるのかなぁ~(中止がいいのかなぁ~)。

 最近、訃報記事を書くことがなかったのですが(それはそれで、喜ばしいことだと思うのですが)、先日の新聞に、小室直樹さんが9月4日に亡くなったとの記事がありました。77歳のようです。わたくし、この小室さんの本、よく読んでいたんですよね~。とくに大学院のときに。

 すごく見識の広い、社会学者でもあり、政治学者でもあり、また法学者でもある。まさに社会科学者という感じでしょうか。小室さんの経歴など、よくは知らないのですが、たしか法社会学者・川島武宜の正統な後継者と目されていたはず。ただ、川島先生の枠も超えた活躍ぶりでしたね。

 小室さんは自主ゼミなどを主宰されていて、橋爪大三郎さんや宮台真司さんはどを輩出されています。

 新聞には顔写真いりで紹介されていましたので、やはり“社会科学の巨星落つ”という感じでしょうか。

2010年1月30日 (土)

J・D・サリンジャー

 きょうも晴れそうです。勤務校でも大学入試センターの追試が実施されます(詳細不明)。

 今月の27日に「ライ麦畑でつかまえて」の作者、J・D・サリンジャーさんが、アメリカ・ニューハンプシャー州の自宅で死亡したとの報道が、昨日ありました。91歳とのこと。またまたわたしの無知無学をさらけ出すようですが、まだ存命だったとは知りませんでした。

 「ライ麦畑でつかまえて」は、日本でも有名なアメリカ小説ですよね。たしかジョン・レノン暗殺犯が犯行時に所持していたとも聞いています。

 この有名な小説、わたしも高校時代と大学時代に読みました。が、結局わたしにはよくわからない小説だったという記憶があります。内容は、名門高校を中退した青年が大人社会を冷めた目で見つめる、というものだったと思うのですが・・・。やはりわたしには文学的センスはないのでしょうね。

 時間があったら(といいながら、きっとないでしょうが・・・)村上春樹さんの訳で読み返してみたいと思っています。

2009年12月15日 (火)

ポール・サミュエルソン

 ちゃっぷい。くもり。

 休刊日あけの今朝、新聞を読んでいたら、ノーベル経済学賞受賞者でマサチューセッツ工科大学名誉教授のポール・サミュエルソンさんの死亡記事にふれました。94歳とのこと。失礼ながらというか、わたしの無知からですが、まだ健在だったのですね。サミュエルソンの『経済学』が経済学の古典中の古典なのも、わたしのそのような意識の原因かもしれません。

 サミュエルソンは、新古典派とケインズを融合した「新古典派総合」経済学を樹立した、と紹介されることが多いと思います。好況時には自由な市場を維持する反面、不況時には一転して政府による思い切った財政出動を要請するその経済学は、いわゆるリーマン・ショック、ドバイ・ショック以降の世界経済にも、重要な示唆を与えるものだと思います。

 近代経済学の父の訃報にふれ、謹んでご冥福を申し上げます。

2009年11月 6日 (金)

レビストロース

 少し雲がありますが、まぁ、晴れでしょう。

 昨日(5日)の新聞で報じられ、今日(6日)の朝日新聞には、橋爪大三郎さんの追悼文が寄せられていますが、フランスの文化人類学者クロード・レビストロースさんが亡くなりました。100歳とのこと。

 レビストロースといえば「構造主義」です(といっても、わたしも『悲しき熱帯』や『構造人類学』といった彼の著書を読んで知っているのではなく、大学院時代に橋爪さんが書いたものを読んで、知っているだけですが・・・)。人類の社会や文化の基底には不変の「構造」が隠れているというのが「構造主義」の考え方です。

 大学院時代に知った、未開社会の婚姻形態を調べるなかで、すべての社会は近親相姦を避けるために女性を交換するさまざまな規則を設けている、それが社会発展、部族維持の礎になっている、というレビストロースの研究は、とても興味深いものでした。

 この訃報に接し、文化人類学、神話研究の発展に大きく功績したフランス思想の巨人の死を悼むと同時に、かつてはこのような思想家の研究にふれ、哲学書をかじるような時間があったのだ、と在りし日の自らの生活を懐かしく思いました。

 いまは雑事に追われて勉強できない、という言い訳をするわたしの生活。なさけない限りです。そいうえば、今月末には年度末に退職される先生方を送るための献呈論文集(業界では「退職記念号」と呼んでいます)の締切があります。そろそろ本格的に執筆しないと「本当の締切」(!)にも間に合いそうもありません。うわぁ。

 追記:レビストロース氏の逝去については、7日付けの朝日新聞でも、川田順造さんの談話とともに報じられています。

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