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カテゴリー「沖縄」の13件の記事

2017年1月25日 (水)

ゼミ旅行@沖縄(2日目、3日目)。

 南の島から帰熊して、さむ~。

 ゼミ旅行2日目、3日目の様子です。

Img_1357 2日目のスタートは、恩納村のホテルを出て、本部(もとぶ)の八重岳にヒカンザクラを見に行きましたcherryblossom

 ここ、わたしも昔はよくいきました。まだすこし早いかなぁ、と思っていましたが、それでも花見を十分楽しめました。

Img_1375 そのあと、名護の沖縄そば店noodleで昼食後、美ら海水族館へpiscesfish

 わたしは何度かきたことがあるのですが、それでも、ジンベイザメやマンタの迫力はすごかった!海の神秘にふれることができる場所でした。

Img_1452 で、つぎにいったのは、古宇利(こうり)島。今帰仁(なきじん)村にあるこの島、わたしはじめていきました。と、思っていたら、やっぱり、わたしが居た頃は、橋が架かっていなかったようです。沖縄版「アダムとイブ」話が伝わるハッピー・アイランドのようです。詳しくは →

 古利島ガイド

Img_1432 二日目の夜は、国際通り近くにある居酒屋さんを予約してbeerbeer

 なんでも某君の彼女の父君が沖縄で大学の先生をしていて、その先生のご紹介のお店とのこと。まさに権威によわいわがゼミらしいお店のチョイス方ですが、実においしいお店でした。

Img_1445 きのう、沖縄到着早々にむかった琉球ガラス工房で各自つくったグラスもとどき、もりあがって・・・、感謝モードになり・・・

 までは、よかったのですが・・・。でも、ああなったのも楽しかった証拠。そして、これで最後。4月からはそれぞれに与えられた役割を果たすために各自の道へ進む彼・彼女が喜び多い人生を送れるよう、切に祈っています。

Img_1486
 3日目は、Tくんをピックアップして首里城へ。ここもすこしずつ改装されているように思います。記憶のなかにあった首里城とは違い、見所多い施設でした。さすが、世界遺産。

 そのあと、国際通りをぷらぷらして、空港へ。

Img_1504 使用便到着遅れのなか、最後の1枚です。

 卒業までのカウントダウンはものすごっく早いと思いますが、新しい生活のための準備として、よい思い出をたくさんもっていってほしいと思います。



 

2017年1月22日 (日)

ゼミ旅行@沖縄(1日目)

 From 沖縄、さむ~

Img_1171 恒例になった(いや、まだ恒例にしたい、という段階か)ゼミ旅行の日になりました。

 今年は沖縄wwww。しおりまで準備してもらいました。。。きょうから2泊3日の行程です。

 いま、ちょうど現2年生を対象としたゼミ募集が締め切られた段階。思えば、この世代も2年前、わたしにゼミ申込書を提出してくれた面々です。そう考えると時の流れは感慨深いものが。

Img_1177 で、まず空港について、はじめてむかったのは北谷のアメリカン・ヴィレッジ。ここで、ゆっくりと昼食とお買い物を・・・の予定だったのでしょうが、そこは大日方ゼミ。結構、急ぎ足の滞在となりました。

 写真はメキシコ・タコス屋さん。多くの人はここでおやつのような昼食でした。

Img_1180 そして、恩納に移動して、琉球ガラス工房へ。急ぎ足、急ぎ足。

 ここでは、琉球ガラスのグラスづくり体験をしました。一人ひとり、好きな形と色のモデルとなるグラスを選んで・・・

Img_1283 こんな感じで作業しました。って、ほとんど工房の方に手伝ってもらってやるのですが、それでも、個別に作業できて楽しいものでした。また、ここでつくったものは、あすの午後、うけとれるとのこと。あすの部屋のみは、自分のグラスでとなる(のか)。

Img_1316 夕食は、真栄田岬でBBQ。なのはいいのですが、きょうは風もつよく、沖縄とはいえ、ひーさよ。沖縄とは思えない時化模様の海でした。。。

 まぁ、そうはいっても、そこはおびゼミの4年生。ハジケキッタBBQになりました。
Img_1324 BBQはこんな感じで。寒かったので、この火で暖をとりつつのBBQとなりました。。。まさに「肉厚」のおいしいお肉~でした。

 そんなこんなでドタバタ感ありありでしたが、それでも、1日目の全行程を無事終了できました。

Img_1329 で、いま、ホテルで部屋のみ中です! Img_1337







 

2015年8月31日 (月)

夏のおわり~。

 sprinkle

 先週半ばから週末にかけて、沖縄にいました。

Dsc_3011 (写真は、西原にある東浜ビーチです)。

 もちろん、観光ではなく、帰省です。沖縄には嫁の実家があり、沖縄のお盆は旧暦の7月13・14・15日で、今年はそれが、新暦の8月26・27・28日だったので、この時期の帰省になりました。

Dsc_2996 毎年、夏には、わたしの実家である長野、嫁の実家の沖縄、そして、師匠の別荘にお呼ばれするという「夏の3つの行事」があるのですが、これで、本年の3つの行事、すべてが終わりました。

 (写真は、フジTV「逃走中」でお馴染みの北谷・美浜地区です)。

 で、帰熊してみたら、もうなんだか涼しくなってきましたね。♪「夏の終わり~」のような感じです。

Dsc_3020 沖縄はまだまだ暑かったので、沖縄にしかないファースト・フード店「ジェフ」(Jef)にいって、ゴーヤー・ジュースほかをいただきました。このジュース、はっきり言って、強烈でした。ゴーヤーそのまま。ちなみに、バーガーは「ぬーやるバーガー」という商品ですが、具はポークとゴーヤーチャンプル風でした。

Dsc_3024 例によって、自分へのお土産。沖縄のスタバにあった、沖縄限定のマグカップです。

 もう、あすから9月。そろそろ「夏の課題」の進捗が気になる頃になりました。










2014年11月15日 (土)

沖縄に行ってきました。

 suncloud

 一昨日の木曜日と、昨日の金曜日、沖縄airplaneにいました。レジャーではなくお仕事で、です。

 わたしは、公共事業の円滑な実施と私有財産の保護との調整をはかる収用委員会の委員をお引き受けしていて、その九州全体の委員が集まって実施される年に1回の研修会が沖縄であったのです。

 ということで、九州8県の収用委員会委員とその事務局(県庁職員)の方が沖縄に一堂に会して研修会が実施されました。

 一日目の研修会は、各県で出しあった「問題」についての検討会ですpen。実際にあった問題をアレンジしたものやこれから起こりそうなことを想定しての問題を検討しました。

 わたしが経験した研修会のうち、これほど事前に準備して、当日も本格的な検討をする会も珍しいように思います。とかく「研修」というと、お偉方のお話を聞く、という形式のものが多いように思うので。

 二日目は「現地視察」。開催県で実施された公共事業や各県の特徴ある建物、文化施設などをまわります。

Dsc_1893 沖縄ということで、いま大きな問題となっている普天間飛行場を見学しました。これは、宜野湾市にある嘉数高台からの普天間飛行場です。修学旅行生もたくさん来ていました。

 真ん中、右あたりの黒いテトラポットみないなのが「オスプレイ」とのことでした。こうしてみると、住宅地にいきなり滑走路があるのがわかります。

 ちょうどこの週末(日曜日)は沖縄県知事選挙。この飛行場の扱いが、まさに争点です。沖縄の街は、選挙カーが忙しそうでした。と思ったら、熊本市長選も同日ですね。

Dsc_1903 そのあと、モノレール・おもろまち駅近くにある、沖縄県立博物館・美術館で琉球王国と沖縄の歴史を学びました。

 写真は中国との貿易につかった進貢船の10分の1の模型と「万国津梁の鐘」(これは、本物。現在首里城にあるのはレプリカとのこと)です。「一国」であった琉球には、ヤマトとは違う独自の文化、歴史があり、大変、興味深いものでした。

 また、ホテルや高層マンションも建設されていて、経済発展も感じました。ことしの旅行客は700万人を超え、将来的には1000万人が目標とのこと。確か、人口も増加中ですよね。でも、県民所得は、たしか最下位だったようにも思います。

 日本のなかの琉球、独自の平和文化と米軍基地、経済発展・観光客増加と所得最下位。穏やかな時間が流れつつも、なんだか複雑な感覚に陥った沖縄出張でした。

 と言いつつ、わたしはここに6年いて、妻もここ出身。この「複雑な感覚」の一端は、そうしたわたしの素性にもあるのかもしれません。そういえば、研修会でも二期上の大学の先輩(弁護士さんになられていた)から声を掛けていただきました。その節はお世話になったはずなのに、すっかり忘れていました。あらためて、沖縄にちゃんと向き合わなければいけない、と思いました。



2014年8月12日 (火)

沖縄陸軍病院。

 熊本、sun

 あすから「お盆」ですが、沖縄のお盆は、旧暦の7月13日(ウンケー)、14日(ナカビー、ナカヌヒ)、15日(ウークイ)。新旧の暦の関係で、毎年、新暦での日にちが変わります。今年は、新暦8月の8・9・10日が沖縄のお盆でした。

 ということで、今年もこの間、妻の実家のある沖縄に帰省しました。沖縄のお盆は、いまでも親族一同が集うものなのですが、わたしは、まぁ、外の者ということで、毎年、とくにやることがありません。で、今年は、妻の実家のある南風原町にある「沖縄陸軍病院南風原壕群20号」に義父に連れられて行きました。

Dsc_1296 この陸軍病院、もともとは、1944(昭和19)年5月に熊本で、第32軍の陸軍病院として編成されたものとのこと。その6月に那覇市内で活動し始めたのですが、それが米軍による空襲で焼失したために、南風原の地に移ってきたようです。

Dsc_1299 なかは、こんな感じです。崩れないように、天井および壁が補強されています。縦横1.8メートルくらい、ここに2段のベットをつくり、負傷者を収容しひめゆり学徒(沖縄師範学校女子部・県立第一高等女学校の生徒)が看病にあたったとのことでした。

 壕は第1号から第30号まであったようですが、まだ明確には確認されていないとのことでした。見学したのは第20号。ガイドの方に「ここで手術したのだ」、「ここは士官の部屋に続いている」などと案内してもらいいながら、約70メートルの壕を通りました。

Dsc_1297 また、だいたいこういう施設は、天然の鍾乳洞とかを利用するそうですが、ここは「手掘り」とのこと。病院がこの地に移るということで、南風原の住民総出で手掘りでつくったようです。その道具、つるはしも展示されていました。こういう狭い、鬱屈した空間で過ごさなくてはならない苦労はいかほどか、と思いました。

 1945年4月1日には米軍が上陸し、外傷患者は激増したとのことです。5月下旬には、第32軍司令部は摩文仁(糸満市)への撤退を決定。そのさい、重症患者には青酸カリが配られたようです。

 すぐそばには陸上競技場、野球場とかがあり、わたしが行ったときにもく草野球の試合をしていました。ここにも、戦争跡地で生活する沖縄の一風景がありました。







2014年3月10日 (月)

同期会、20年ぶり。

 曇り空。
 先週末、沖縄にいました。大学の同期会に、出席したのです。
 1年以上前、同期のなかでも、親しくしてもらっていた友人から、卒業後、はじめてメールをもらいました。突然のことだったのですが、懐かしくて、嬉しいことでした。簡単な近況報告と、わたしのアドレスを知った経緯のなかに、来年の(つまり、ことしの)3月8日に同期会をする、との案内がありました。
 これまた、嬉しいお誘いでした。さっそく、1年後の予定に入れていたところ、遂に当日になった、というわけです。
 案内をもらってから、参加したい気持ちでいっぱいだったのですが、同期の皆さんに会うのに、ためらいもありました。わたし、大学時代(いまでも、ちっとも、変わっていないのですが)、気位だけ高く、付き合いにくい人間でした。遠くから沖縄まで来たわりには、沖縄に馴染もうともせず。なんだか、気を使ってもらっていたと思うのです。今回、こうして同期会に誘ってもらって、嬉しい反面、あわす顔もないと・・・
 卒業後、はじめての、同期会でした。沖縄でも、同期で顔を合わせたことも、ほとんどないとのこと。ぞれぞれが、20年ぶり。卒業式の、あれ以来。
 長いようで、短かったと感じた20年。男子は頭とお腹に過ぎた年月が、女子は・・・(以下、自粛)。あの頃に戻った、とはいいませんが、それでも、仕事のこと、子どものこと、有り難い時間でした。
 みんなが、それぞれ就職したあと、わたしは修士まで行って、2年後に、広島の博士課程に進学。沖縄を離れました。妻が沖縄の人なので、沖縄自体にはたびたび行くのですが、なんだか、沖縄に行くと切ないのです。それは、沖縄に「忘れ物」をしているからです。
 沖縄での忘れ物、それは、同期の人たちに別れを告げずに沖縄を離れたことです。あんなによくしてもらって、感謝も言わず。
 今回、この忘れ物だけは、とり戻そうと思っていました。でも、なんだか、言い出せなくて。また、忘れてしまいました。ただ、こんどは、また会える。そのうち、どこかで、また会える。そんな気がします。
 その日がいつなのかわかりません(また、20年後?、笑)。いつでもあえるように、そのときがいつでも大丈夫なように、日々、精進して待ちたいと思います。

2013年8月22日 (木)

帰省(後半)@沖縄。

 熊本は、沖縄より、暑い!

Dsc_0739_2 ということで、先週末から、嫁の実家のある沖縄に行ってきました。

 沖縄のお盆は、原則、旧暦の7月13、14、15日。今年は、新暦8月19、20、21日が、沖縄のお盆にあたる3日間でした。

Dsc_0742 空港に降り立ったあと、日本最西端の駅からモノレールに乗りました。沖縄のモノレール(ゆいレール)は、開業から10年を迎えたとのこと。そうでしたか。

 ところで、例年なら旧暦のお盆期間にしか帰省しないのですが、今年は、少し前に沖縄入り。その理由は、義父の叔母さん(?)の法事(沖縄ではスーコーというらしい)があったため。25回忌とのこと。少し長い沖縄滞在となりました。

Dsc_0748 
 妻の実家ということで、いつも以上にじ~~っとしているのですが、そうすると、身も心も緩んでしまうので、時間を作って、ランニングしたりしていました。

 ランニング中にであったシーサーさんです。迫力ありつつ、どことなく愛嬌もあるシーサーさんでした。背景は、ガジュマルの木。沖縄に象徴というところでしょうか。

 

Dsc_0746 ただ、わたくしも、猫の手も借りたいときに、じ~~っとしてばかいいては評価も下がるということで、一宿一飯の恩義を果たそうと、ときにお買い物のお手伝いなど。沖縄でも、くまもん、いましたーーー。

 沖縄のお盆の3日間。初日はご先祖様をお迎えする「ウンケー」、2日目はお中元(お米やツナ缶の詰め合わせ、あるいは、現金が一般的)をもって親戚回りをする「ナカビ」、そしてご先祖様をお送りする「ウークイ」といいます。近年は、やっぱり、いろいろ都合があるので、時間があるときに、親戚を回ったり、迎えたりしているので、3日間は、気が抜けません。

Dsc_0759 という感じで、本年のお盆も無事終え、きょう、帰熊しました。

 これは、機内でいただいた「空弁」です。あぐー豚のメンチカツ・サンド、おいしかった。おやつの“月餅”もいただきました。


2012年5月15日 (火)

エッセンス憲法

 あさから雨rainです。いまは小雨です。

 同僚先生(というのもおこがましいが)木村俊夫先生、それと研究会等で親しくしていただいている、梶原健祐さん(山口大)、栗田佳泰さん(富山大)から、連名でご高著『エッセンス憲法』(安藤高行/編、法律文化社)をいただきました。

 憲法の、まさに“エッセンス”がつまったご本と拝察いたしまいた。ありがとうございます。

 ご自分でその一部でもお書きになったものを講義で利用するというのは素晴らしいことだと思います。わたしなど、数冊の教科書に関わらせていただいておりますが、とても自分の専門の講義で使うような(使えるような)できばえのものがありません。わたしも、いずれは、とは思っているんですが……、いずれにしても、いまはその域にありません。

 はなしはかわりますが、きょうは、沖縄“本土復帰の日”です。1972年5月15日にアメリカから施政権が返還されたので、今年でちょうど、40年ということになります。

 ところでみなさん、なぜ5月15日なのか、ご存じですか?なんとなく、通常なら1月1日とか、年度初ということで4月1日とかになりそうなものですが……。

 実はこの日にちの決定には、諸説あるようです。ある米公文書によると、当年(1972年)の4月1日までには“スペシャル・ウェポン”の撤去が間に合わない……とあるとのこと。

 わたしが聞いたはなしでは、わが国の会計年度が4月1日開始、アメリカの当時の会期年度が7月1日開始で、両国の“都合”にあわせて(中間をとって)5月15日になった、というものです。両国政府の事務的都合にあわせた返還日というのが、日米の都合に振り回されたその後の沖縄を象徴しているようで、なんだか悲しい感じですね。

 【業務連絡】 そういえば、法学部WPの教員リレーエッセイが更新されているようです(発見に遅れました)。

 ここからどうぞ。

 ウィットに富んでる文章ですね。そうとうの才人によるものとお見受けいたしました。

 

2011年1月14日 (金)

ムーチー。

 晴!“がんばれ受験生!”「五高日記」は受験生を応援しています。

 ということで、本日の話題。妻の実家からムーチー(鬼餅)をもらいました。

P1010074  「ムーチー」とは、旧暦の12月8日(今年は1月11日だったようです)に沖縄では食べられているお餅のようなお菓子です。月桃の葉につつまれています。

 いわれは、「昔、首里(現在の那覇市首里)から大里に移り住んだ男が夜な夜な鬼になって人畜を襲うことから、その男の妹が憂いて、鉄釘入りのムーチー(鉄の塊とする場合もある)を兄に食べさせ、弱ったところを海に蹴り落として殺した。このように、鬼退治にムーチーが使われたことからと「鬼餅」と呼ばれることとなった。なお、その日が旧暦12月8日であったことから、その日は健康・長寿を祈願してムーチー(釘は入っていないもの)を食べる慣わしとなった。」とのこと(ウィキペデアより)。

 妻の実家から送られてきたものも「釘は入っていないもの」でした(笑)。ムーチーを食べて、あすのセンター試験も頑張ろう!

 以上、月桃の葉の香りたかい研究室より。

2010年8月24日 (火)

沖縄に行ってきました。

 熊本は沖縄より暑いですね。21日(土)から沖縄に行き、きょう帰熊しました。嫁の実家がある沖縄にもお盆に帰省します。沖縄のお盆は旧暦で行われるため、例年、旧暦の7月13・14・15日にあたる日に帰省するというわけです。本年は、新暦8月22・23・24日が旧暦のお盆該当日です。こんな感じで旧暦と新暦のお盆は通常は異なる日のため、「2つの実家」に帰省できるというわけです。(といっても昨年は偶然、旧暦7月13・14・15日が新暦8月13・14・15日でした)。

 例年お盆の前日に沖縄に行き、ウークイ(先祖を迎える日、旧7月13日)、ナカヌヒー(旧7月14日)、ウンケイ(先祖を送る日、旧7月15日)、そしてその次の日に帰るという日程なのですが、明日、県のお仕事があるわたしは、先祖を送る前に帰ってきた、ということです。嫁と娘はもう少し実家にとどまるようです。ということで、暫しの“一人暮らし”です(ウッシッシ・・・)。

 ところで、“沖縄”といえばいまはこれです。

P1000458

 そう、興南高校の甲子園、春夏連覇!です。嫁の実家でとっている「沖縄タイムス」の8月22日(日)の一面と裏一面です。沖縄の盛り上がり方を象徴する紙面づくりですね。この日の朝刊、売り切れ続発のようです。21日(土)の試合中に那覇空港に着いたので、TV画面の前に“黒山の人だかり”ができていました。

P1000446

 モノレール(ゆいレール)も“興南一色”です。高速道路、沖縄自動車道の“高速道路情報”にも、「興南高校、春夏連覇おめでとう」という高速道路情報(!?)が・・・。23日(月)、19:35着のJAL便で帰沖したナイン、那覇空港は大変な盛り上がりのようでした。これも“興南一色”を象徴しているといえましょうか。そのうち、興南高校優勝の“経済効果”は○億円だった・・・なんていう試算もされるでしょうね。

P1000450

 ということで、“ゆいレール”から撮影した“興南高校”です。興南高校は那覇市古島というところにあり、ちょうどゆいレール“古島駅”に面しています。那覇空港の逆の終点“首里駅”を出たところから“首里城”が見えるのですが、そこよりもいまは古島駅から見える興南高校を写真に収める乗客が目立っていました。

 このブログも“興南一色”ですが、沖縄でやるべきことはやってきました。そのうちのひとつ。今回の“帰省”でも、山羊汁(ヒージャー汁)をいただきました。

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 かつての沖縄では家禽類を自宅で飼っていて盆や正月に食していたようです。ヤギもそのひとつで、とくに先祖や親戚がお家を訪れるお盆には、それでご馳走を作っていたとのこと。もちろん、山羊料理を出せるお家は豊かなお家です。お盆に山羊を食べられるのは、有難いことなのです。ということで、わたしも縁起を担いで、お盆には山羊をいただいています。

P1000420

 今回、山羊汁をいただいたのは、沖縄・大里村(← 市町村合併後もこの村、残っているのでしょうか?)にある“まんぷく食堂”です。この食堂に連れて行ってもらうのは2度目ですが、“一見さま”にはちょっとディープな感じなので、観光の方にはちょっと・・・でしょうか。

P1000416

 最後に、おつかいに行ったショッピングモールでのエイサーです。

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