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カテゴリー「憲法Ⅱ(統治機構)」の27件の記事

2017年8月 1日 (火)

速報!憲法Ⅱ試験結果!

 定期試験、お疲れ様です。7月31日に実施した「憲法Ⅱ(統治機構)」の採点が終了しました。結果を速報値でお知らせします。

 なお、成績のSOSEKI入力はあす8月2日(水)中には実施する予定です。実際の成績は翌日の8月3日(木)には閲覧できると思います。

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 登録者総数:236名

 受験者数:220名(受験率:93.22%)

 秀:36名(16.36%)

 優:47名(21.36%)

 ここまでで、83名(37.73%)

 良:40名(18.18%)

 可:50名(22.73%)

 単位取得者数:173名(78.64%)

 不可:47名(21.36%)

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 受験してくれた220名のみなさん、まずはありがとうございました。また、合格した173名のみなさん、おめでとうございます。

 ただ、それよりも不可をつけざるを得なかった47名のみなさん。わたしの力不足でみなさんにきちんとした憲法の知識を授けることができずに申し訳なく思います。とくに、「司法権の範囲の問題」と「司法権の限界の問題」、あまりできていませんでした。それと、「部分社会の法理」はなぜ「司法権の限界の問題」であるのかも。きっとこれはわたしの教え方がよくなかったのではと思っています。それでも、最後まで諦めずに最後まで試験問題と格闘した跡がみれて、有難く思いました。

 わたしのことは嫌いになっても、憲法は嫌いにならないでください

 ツイッターでも「つぶやき」ましたが、手違いがあち110点満点のテストでしたが、素点の1位は103点、2位は97点、3位は2人いて96点です。

 あす以降、解答例とコメントをMoodleに掲載します。是非、確認してください。

 

2017年7月24日 (月)

憲法Ⅱ(最終回)。

 はれ。ということで、講義終わりにゲリラ豪雨に見舞われた憲法Ⅱの最終回講義のレビューです。

 (0) まずSBSでは、客観訴訟の意義そのなかでの違憲審査の留意点について、結構、お話ししました。これも、一面で国会による官僚団の統制手法ですが、反面で、司法の抑制にも関係する問題。憲法の「大局観」から回答してみました。

 (1) 本編では、あえてすべてを講義することをせず、残った問題はみなさんの自学に委ねることにして、統治行為論と似て非なる司法審査権の抑制法理をお話ししました。

 ① 政治問題の法理については、郵便貯金目減り訴訟を例にお話ししました。これ、結局は政府の経済政策の是非を問うものになっているのですが、だとすると、「法律上の争訟」性に欠ける(具体的には「事件性の要件」の第2要件に欠ける)と考えればよいと思います。統治行為論は、「法律上の争訟」であっても、直接国家統治の基本に関する高度の政治性ある問題には司法審査権の発動は控えるという法理論であるので、政治問題の法理とは異なることになります。

 ② 政治部門の裁量については、砂川事件を例にお話ししました。同事件では日米安保条約という高度の政治性ある条約の憲法適法性が争われたわけですが、このような問題は政治部門に与えられた外交処理権の範囲内の問題であると考えられるので、一見極めて明白に違憲無効と考えられる場合だけ、裁量権の逸脱濫用になる、そうでない場合には、不当であっても違法ではない、と考えればよいと思います。統治行為は司法審査権を行使しない場合であるのに対して、外交処理権については、司法審査権を行使している点が違うところです(政治部門に与えられている裁量権がものすごく広範なだけ)。

 (2) 講義の最後には、この憲法Ⅱでわたしがお話ししたかった統治機構論の見方を大局的にお話ししました。

 本年度も、無事、憲法Ⅱの講義を最後まですることができました。これもひとえに受講生のみなさんのお陰です。とくに、この学年は、質問カードをたくさんだしてくれたことで、印象に残る学年になりました。それだけ、講義にみなさんも参画してくれていたのだなぁ、と思います。わたしも勉強できました。本当に、ありがとうございました。

 あとは、来週の月曜にある定期試験を残すだけになってしまいました。試験勉強はみなさんにとって辛いものだと思います。ただ、辛ければ辛いだけ、みなさんの「憲法する力」はきっと伸びると思います。恐れず、怯まず、手を抜かず、果敢に挑戦してください。みなさんの健闘を祈っています。

2017年7月21日 (金)

憲法Ⅱ(第25回)。

 きょうも猛暑、酷暑の予感。ということで、憲法Ⅱ(統治機構)の第25回講義のレビューを。おっとその前に、講義後もらったSBSカードのなかに「今回が最後の講義ということでSBSはもう出ないので感想とさせていただきます・・・」というものがありました。が、まだ講義はあと1回あります(24日が最終)。それと、その24日にもらった質問は、やはりSBSプリントにまとめて、Moodleに掲載しようと思います。ひとまず、ここ重要! 講義はもう1回あります

 (0) SBSで、

 ① 「司法権の範囲」の問題と「司法権の限界」の問題の違い、もう理解できたでしょうか。

 ② 上に関連して、議院自律権政治部門の裁量のところで「司法権は及んでいる」ということの意味あいについての質問がありました。これについては、議員の懲罰決議については司法権は「及ばない」、議院の議事手続決定権については議事録掲記主義なので完全ではないが司法権は「及んでいる」(完全なら口頭証拠主義)、政治部門における裁量についてもたとえば「合理的期間」を設定してその範囲内であるか否かをみるのは司法権が「及んでいる」ことになる、というように回答しました。これもSBSで確認してください。

 ③ 部分社会の法理については、一般市民法秩序と関係する事柄であれば「司法権の範囲」にあると考えられるれどもそれについては「司法権の限界」の問題もある、という点に質問がありました。その意味は、対象者の一般市民法秩序における法的地位に変動をもたらす団体の処分・決定については、それが「適正な手続」によってなされているのかについては裁判所で判断できるけれども、その処分・決定の実体としての当否については、裁判所で判断できるわけではないということろが「司法権の限界」の問題であることを確認してください。

 ④ 「司法権の範囲」(「法律上の争訟」該当性)、「司法権の限界」といった法理論は、団体の内部的自律権を認める近代法の大原則(私的自治)や司法権に対する政治的中立性の要請にも関係することも講義しました。とくに後者は重要です。政治的な事柄から隔離されていてこそ裁判所は政治的に中立な立場において国民の権利救済を実現することができ、その結論について法的な正当性を担保できると考えられるのです。国家統治を担う「政治原理部門」(=国会と内閣)と「法原理部門」(=裁判所)の役割分担、国家統治の正当性を判断するのは第一義的には政治原理部門の役割であること(例外として国民の権利救済に付随して違憲審査権を行使しうる)、法原理部門は国民の権利救済に原則としてその役割は限定されるべきこと(例外として客観訴訟において国家行為の適法性を審査)、という権力分立論をよく理解してください。本編でお話した統治行為論もこうした思考基盤から生まれてきた判例法理です。

 本編は、違憲審査制についてお話しました。

 (1) まずは、違憲審査制とは何かを確認したあと、各国がとる違憲審査制には抽象的審査制(憲法裁判所型)付随的審査制(司法裁判所型)の二類型あり、わが国の制度は、警察予備隊違憲訴訟からすると後者であることを理解してください。日本国憲法が採用している違憲審査制は、付随的審査制(司法審査制)であるとすると、それは76条1項の司法権(「事件性の要件」を満たす「法律上の争訟」を裁判する権限)を行使することに付随して81条の違憲審査権を行使し得るということになります。

 (2) で、上のように考えると、客観訴訟で違憲審査することには疑問が生じることになります。客観訴訟とは、紛争当事者の個人的な権利利益の保護とは関係なく、行政活動の適法性維持や公共政策の是正を目的とするために提起される訴訟(お馴染みの例でいうと、議員定数不均衡訴訟〔公選204条〕、政教分離訴訟〔自治242条の2〕)だからです。それは、司法権の行使ではないのです。

 これについては「事件性の要件」を擬制し得るもの客観訴訟における違憲審査は限定されなければならない。ドイツ風の抽象的規範統制は現行の日本国憲法では認められていないであろうから、と講義しました。つまり、① 法律が制定された段階、② 当該法律に基づく行政活動があった場合、③ 国民の権利が侵害された段階と3段階を考えると、裁判所が違憲審査権を行使し得るのは③(司法権の行使)と法律において訴訟類型が規定された②(「事件性の要件」が擬制できる客観訴訟)に留まるべきで、①の段階における違憲審査は許されないと考えるべきであることになります。

 こう考えると、公選法204条に基づく議員定数不均衡訴訟において違憲審査することは憲法上の疑義があることになります。プリントP70の【Q】ですが、青本P319で確認してください。

 (3) 違憲審査制(司法審査制)には憲法上の大きな法原理からの疑義があります。それが、① 民主制との関係での正当性、② 権力分立制との関係での正当性の問題です。これについては、プリントP77~P78及び講義中に指示した青本該当箇所を熟読してください。

 (4) 最後に「司法審査権の限界」の問題をお話しました。司法審査権の限界とは、ある紛争が司法権の対象となる(したがって「法律上の訴訟」性=「事件性の要件」を充足)としても、民主制や権力分立構造に配慮して裁判所は司法審査権を発動しない、という事態のことです。この典型例は「統治行為」であるとも講義しました。

 国家機関の行為のうち「直接国家統治の基本に関する高度の政治性ある国家行為」のことを「統治行為」といいます(参照、苫米地事件)。このような国家行為については、それが「事件性の要件」をみたしており、したがって憲法76条1項の司法権の対象とはなり得るとしても、争われている行為が「統治行為」であるとの理由から、憲法81条の違憲審査権の対象から外されるために、結果として裁判所は76条1項の司法権の行使もできなくなる、という判例法理のことを「統治行為論」といいます。

 なぜこのような法理論が適切なのか。この点については、統治行為論が「二元的裁判制度」をとる大陸法由来の法理論(念頭にるのはフランス)であることから解説しました。彼の国においては、統治に関する高度の政治判断は司法裁判所ではなく、執政府、行政裁判所(行政機関の一種)が行っています。したがって、「一元的裁判制度」ととるわが国であっても「統治行為」に該当する国家行為の是非は国民に政治的責任を負っている国家機関で判定されるべき事柄であり、司法裁判所における審判に適さない事柄であると考えられるのです。

 統治行為論と似て非なる法理論として、「政治問題の法理」(郵便貯金目減り訴訟)と「政治部門の裁量」(砂川事件)がありますが、タイムアップだったので、最終回はここから講義します。

2017年7月14日 (金)

憲法Ⅱ(第24回)。

 昨日の第24回憲法Ⅱのレビューです。

 (0) まず、SBSでは、

 ① 憲法94条は地方公共団体に法規創造権を付与した条文であると理解できるとお話しました。だから、ここでいう「条例」は地方議会が制定する形式的意味での条例のはずであると。

 ② 「横出し条例」、「上乗せ条例」の一応の区別はあるのですが、それよりも、国法先(専)占論とナショナル・ミニマム論を理解したあと、後者を超える規制がなぜ許されるのかについて理解することが重要です。

 ③「司法審査」(judicial review)という言葉ですが、これには3つの用法があります(青本P278で確認してください)。

 (ⅰ)裁判所が国家機関の行為の「合憲/違憲」と判定すること。これ、憲法でよく使われる用法で、憲法81条が裁判所に付与した権限もこの司法審査権です。

 (ⅱ)裁判所が行政機関の行為の適法性を審査すること。これ、行政法他、下位法の分野でよく使われる用法ではないでしょうか。

 (ⅲ)上級裁判所が下級裁判所の判断を審判すること。これは、あまり使われない用法だと思うので、上の2つを理解してください。

 ④ 熊本なら忘れてはいけないハンセン病「特別法廷」問題ですが、これは憲法76条2項が禁止している特別裁判所には該当しません(参照、裁69条1項・2項)。しかし、憲法が刑事被告人に保障している権利(37条1項)には反している疑いが強いこと、努々わすれないでください。

 (1) 本編にはいって、まずは「司法権の範囲」についてお話しました。ここでは、憲法76条1項にいう「司法権」について、それは裁判所法3条1項の「法律上の争訟」のことをいうと講義しました。そして、何が「法律上の争訟」に当たるのかについては、判例が「事件性の2つの要件」を示していることも。

 逆から辿っていくと、「事件性の2つの要件」を満たすものは「法律上の争訟」に該当するので、裁判所が司法権を行使して解決し得る「司法権の範囲」にある事件ということになります。

 (2) さらに、上の(1)をよりよく理解するために、司法権の範囲外とされた事例について、判例を確認してください(詳しくは、青本P277~P278で)。

 ① 警察予備隊違憲訴訟は事件性の要件の第1要件に欠けるとされた事例です。

 ② 「板まんだら」事件は事件性の第2要件に欠けるとされた事例です。

 ③ 技術士国家試験事件は、第1要件、第2要件ともに欠けているとされた事例です。

 (3) つぎに「司法権の限界」の問題についてお話しました。これは、「事件性の2つの要件」を満たし、したがって「法律上の争訟」ではあるけれども、何らかの論理により裁判所の審判権が及ばない(又は、その審査密度が低下する〔たとえば、手続的審査はできるけれども実体に関する審査はできない〕)とされる事例のことです。プリントP68にも注記しましたが、「事件性の2つの要件」を満たすか否かという上の「司法権の範囲内外」の問題とは違うことについて、確認してください。

 (4) 上の「何らかの論理により」については、① 憲法が明文で定めれいるもの(議員の資格争訟の裁判、裁判官の弾劾裁判)、国際法上の限界(日米安保条約に基づく地位協定による刑事裁判権の制限)、② 政治部門の自律権(議院自律権や内閣の自律権)、③ 政治部門の裁量にかかわる限界を検討したあと、④ 団体の内部事項に関する問題、いわゆる「部分社会の法理」についてお話しました。

 (5) 部分社会の法理とは、国家内部にある団体の運営について、国家機関は、その自律権を尊重しこれに介入すべきではないという法理論のことです。但し、司法権が及ばない領域(それは、国民の権利救済がなされない領域である)を包括的には認めないようにするために、「団体の純然たる内部的措置一般市民法秩序にかかわる措置」を区別し、前者にはなお裁判所の審判権は及ばないが後者には審判権が及ぶとする法理論が生成されてきました。

 このことを確認するために、つぎの判例を検討しました。

 ① 地方議会出席停止事件地方議会除名処分事件。前者は部分社会内部の措置ですが、後者は一般市民法秩序にかかわる措置であるので、裁判所の審判権は及ぶとされています。

 ② 富山大学単位不認定事件富山大学専攻科修了不認定事件。単位の認定行為は一般市民法秩序と直接関係しないので「法律上の争訟」に該当しない(したがって、司法権の範囲外)ですが、後者、すなわち、教育課程の修了認定をしないということは、一般市民がもつ国立大学利用券を否定する効果をもつとされ、「法律上の争訟」性が認定されています。

 ここまでなら「司法権の範囲の内外」の話であって、「司法権の限界」(司法権の範囲内なんだけど、ある理由で裁判所の審判権が及ばない、あるいは、弱まる)の問題ではないようにも見えるのですが・・・

 ③ 共産党袴田事件は、一般市民法秩序にかかわる措置であったとしても、裁判所の審判権には限界があることを明らかにしたものでした。本件は、政党による除名処分が宿舎の明渡請求に関係ているので、当該除名処分の適法性について裁判所の審判権が及ぶとされているのですが、政党という部分社会の自律権に基づき定められた内部規範、それがなければ条理により、当該処分が適正な手続によるものであったか否かについてのみ裁判所は判断できるとされています。つまり、裁判所はなお除名処分の実体的適法性については判断できないとされているのです。このあたりに、一連の部分社会の法理の問題を司法権の限界の問題として検討した所以があります。

 (6) さいごに、部分社会の内部的措置にはなぜ裁判所の審判権が及ばないのか(プリントP69の【Q】)について。青本P281では、それは事件性の要件の第1要件に欠けるからである、と述べました。そこにはつぎのようにあります。「団体の『純然たる内部的措置』により何らかの不利益が課されたとしても、それはいまだ団体の決まり、ルール上の不利益にとどまり、国法上の権利、利益が侵害された状態とは評価できないので『法律上の争訟』にあたらない」との自説を展開しています。みなさんはどう考えますか?

 

2017年7月10日 (月)

憲法Ⅱ(第23回)。

 じめ~~っとした感じ。

 で、憲法Ⅱの第23回の講義レビューをします。

 (0) SBS

 ① まず、「都の区」(自治281条1項)と「指定都市の区」(同252条の20)の地位と権限との違い、是非、地方自治法で確認してください。

 ② また、地方自治制度について、二層制をとった方が民主制的にも権力分立原理的にも妥当であると思われる点についても【341】あたりで確認してください。

 ③ さらに、「都の区」も現行法上は「基礎的な地方公共団体」とされているのですが(参照、自治281条の2第2項)、これと憲法上の地方公共団体との関係についてどう考えるべきかについても、いい質問をもらいました。わたしとしては、基礎的地方公共団体は憲法上の地方公共団体であると解釈できると思いますが、地自法上は必ずしもそのあたりが整理できていないのでは、という疑問も提示しておきました。

 (1) 条例制定権については、まず、憲法94条(条例の所管事項について「法律の範囲内」としている)と地自法14条1項(条例の効力について「法令に反しない限り」としている)の規定振りについて確認したあと、法律留保事項について条例で制定できるかについて検討してください。

 わたしは、地方公共団体の憲法94条上の条例制定権は、所管事項の限定があるとはいえ、国の憲法41条上の法律制定権と同じ性質をもつと考えてます。したがって、国が41条権限により財産権を制限し、課税し、刑罰を科すことができるのと同様、地方公共団体も94上権限により、同じことができると考えればよいのではないか、と思っています。

 (2) さらに、島市公安条例事件(昭和50年最大判)の法律と条例に関するところの判旨を熟読してください。そのさい、国法先占論の意義、ナショナル・ミニマム論の意義、そして、上乗せ条例、横出し条例とは何かについて、確認してください。

 ① 国法先占論とは、法律と同一目的で同一事項を条例では規制できない。法律なき場合でも、それが当該事項を規制しないという国会の意思表示である場合でも同様、という法原則です。

 ② ナショナル・ミニマム論とは、国法が全国的に一律、同一内容の規制を施す趣旨でない限り、地方公共団体の地域性、自主性を尊重して、同一目的又は(及び)同一事項に関する条例による規制も許されるとする法理論のことです。

 ③ この法理論により、(ⅰ)上乗せ条例(法律と同一の対象を別目的でより重く規制する条例のこと)、(ⅱ)横出し条例(法律と同一目的で法律が対象としていない事項を規制する条例のこと)も許されると考えられています。

 ④ 但し、わたしは、法律と条例の関係については、条例が国法との関係で上のような形式的正当性を有するというだけではなく、条例により規制される行為の性質に応じて、真に地方の「固有の自治事務」の範囲といえるのか否かについて、実体的正当性についても検討されるべきである、と講義しました。徳島市公安条例事件でいうと、デモ行進の規制が表現行為に対する規制であることに鑑み、公安目的での表現規制は条例でなすべきものであるか否かについても検討されるべきだったのではないか、と思います。

 (3) そして、講義は、いよいよ最後の単元「法原理部門」にはいり、きょうは、憲法76条の文言理解をしました。それについては、

 ① 76条1項にいう「司法」を、41条にいう「立法」、65条にいう「行政」(執政)との関係で、実質的意味で理解すべきことを、まずお話ししました。このあたりは、プリントP66の上半分で確認してください。

 ② この司法の範囲については、民刑事の事件にくわえて、行政事件についても含まれることについて講義しました(明憲61条と比較してください)。そのさい、特別裁判所(通常裁判所の系列に属さない特別の裁判機関のこと)及び行政機関による終審裁判の禁止(したがって、前審としては許される)という76条2項の理解について注意してください。

 (4) さいごに、内閣総理大臣異議に関する東京地判昭44・9・26の概要についてお話ししました。この憲法上の問題については、青本P275で確認してください。

 次回は、司法権の範囲と限界の問題、そして、客観訴訟及び客観訴訟の憲法適合性についてお話しします。この2つ、この講義の最後のヤマ場ではないかと思いますので、心して聞いてください。

2017年7月 6日 (木)

憲法Ⅱ(第22回)。

 大雨rainrainrain。でも、講義あり。正直、大講義受講生全員に瞬時に連絡できるすべがあったら、休講にしたかもしれない(もっとも、1限はあったんだよね)。きのうのゼミはラインがあったので、月曜のうちに休講にできました。

 そんななか、憲法Ⅱの第22回講義にお越しいただき、ありがとうございます。ということで、レビューです。

 (0) まず、SBS。

 ① 国会開会中なら、財政統制の原理からして、予備費支出ではなく暫定予算等で対応するべきであること、理解できましたか。

 ② 幼児教室違憲訴訟からすると、宗教法人が設立母体である学校法人にも補助金支出が許されることも、理解できましたか。同判決は「公の利益」にかなうものなら「公の支配」は緩和されてもいいというものでした。この理屈からすると、「公の利益」にかなう事業をしているのに、宗教法人が設立母体であることを理由に同事業体に補助金を支出しないことの方が平等の要請にもとるとも考えられます。これに関しては、緑本のP133も参照してください。そこでは【宗教法人に対する非課税措置】について記述しています。

 ただし、このような解釈は憲法89条の規範力を弱める結果につながると思われます。このことも【336】の一連の質問及びその回答のところで確認してください。

 ③ 統治権を中央政府と地方政府に分割したとするなら、それは「垂直的権力分立」ではなく「水平的権力分立ではないか」という質問、そして、(地方レヴェル選挙は直接選挙と規定されているのに)なぜ国政レヴェルには直接選挙と規定されていないのかという質問、それぞれ興味深いものでした。いずれも「中央政府」と「地方政府」で憲法上の地位、想定が違うのだということを手掛かりにして回答を試みています。【333】と【338】はその意味で同類の質問だと感じました。

 (1) で、本編ですが、まずは、憲法95条の意義からお話しました。これ住民自治のひとつの要素である住民投票について規定されている条文です。「国会単独立法の原則」の例外であること、そして、真に95条の手続を経なければならない法律としては、① 特定の地方公共団体の地方統治権、組織編成権に関するもの、② 特定の地方公共団体の住民の権利・自由を制限するもの、このいずれかの場合であること。したがって、いままでの実施例には真に95条の手続を経ることを必要とした法律はなかったのではないか、ということについて講義しました。

 (2) つぎに、地方公共団体の種類について、お話しました。地自法は、普通地方公共団体として「基礎的な地方公共団体」である市町村と、それを「包括する広域の地方公共団体」である都道府県を、そして、特別地方公共団体として、東京都の特別区、地方公共団体の組合、財産区を規定していることを確認してください。

 (3) このうち、普通地方公共団体が憲法上の地方公共団体であることについては、一応の見解の一致があります。ただ、東京都の特別区が憲法93条2項にいう地方公共団体に該当するか否かには争いがあります。これについて、特別区間接選挙事件においては、憲法上の地方公共団体であるための要件として、① 事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもっているという社会的基盤が存在すること、② 沿革的にみても、また現実の行政の上においても、相当程度の地方自治の基本的権利を附与された地域団体であることを要するとして、当時の東京都の区はこれに該当しないと判示しています。

 (4) 上の判例のなかで跳躍上告という訴訟手続が出てきたので、すこし説明しました。是非、刑訴法406条、刑訴規則254条1項にあたっておいてください。なお、跳躍上告の有名な例として砂川事件をあげました。これは日米安保条約に基づく駐留米軍の合憲性について争われた事件です。東京地裁での第一審(伊達秋雄裁判官による伊達判決として有名)による駐留米軍は憲法9条2項で所持を禁止された戦力に該当するとした判決に対して、検察は跳躍上告しています。

 (5) で、憲法は地方公共団体として、市区町村と都道府県といういわゆる二層構造を要求しているのかについても、お話しました。結論的には青本の250頁を読んでください。そこでは「憲法が地方公共団体について、いわゆる二層構造を保障しているということについては、憲法慣習法的規範が成立しているといえるのではなかろうか」と記述しておきました。その前に理由がありますので、そのあたりも確認してください。ただ、これも講義中でお話したことですが二層構造でありさえすればいいと思われますので、法律を改正して道州制を導入することも憲法が禁止しているとはいえないと思います。

 (6) 地方公共団体の職務については、1999(平成11)年改正前地方自治法と改正後の現行法上のものについて、プリントP63~P64、青本P254~P256に記述がありますので、一読しておいてください。

 ということで、来週は、条例制定権についてお話したあと、法原理部門のお話へと進みたいと思います。

2017年7月 3日 (月)

憲法Ⅱ(第21回)。

 土曜日の熱投疲れから、右手が上がりづらい感じ・・・(とぶつくさ言ってしましましたが)、気を取り直して、憲法Ⅱの21回目の講義のレビューをします。

 (0) まず、いつものようにSBSから

 ① 支払った金銭とサーヴィス提供が対価関係にないなら、なぜ、租税の納入義務があるのかという質問は、国家統治権の根源に迫る質問だと思います。で、わたしの回答は青本P13にあるのですが、ようするに、国家というものを構想する以上、国家統治権への一般的服従義務は当然のものとして前提されている、というものです。わかったようなわからないような回答かもしれませんが、あまり深入りせず、こういうものだという程度にとどめておいて大丈夫だと思います。

 ② 「通達課税」の問題については、パチンコ球遊器通達課税事件の判旨でコンパクトに論じられていますので、是非、それをよくよ読んでください。

 ③ なぜ、課税要件法定主義法治主義の要請であるのに対して、課税要件明確主義法の支配の要請であるという点についても質問がありました。で、回答としては、法治主義にいう「法」とは「法律」のこと。課税要件法定主義は行政立法(法律ではない)による課税及び慣習税法(制定法でないので法律でもない)で課税してはならないという法原則なので、法治主義の要請である。これに対して、課税要件明確主義の方は、課税要件を法律で定めていても(したがって、法治主義の要請は満たしていても)同要件が明確でなければ納税者の権利を保護できないことから要請された法原則です。法律は国会が制定、つまり、国会という国家機関をも統制する法原理からの要請ということで、法の支配の要請であると説明しました。この質問を通して、法治主義と法の支配の違い、もう一度確認してください。

 (1) 本編では、まず、予算と法律の不一致についてからお話しをはじめました。この問題については、法律に対する予算従属性の原則を是非、よく確認してください。それは、予算はあくまで法律の目的を実現するための財政措置なので、法律が制定されるまで予算のみではその執行ができるわけではない、という法原則です。この法原則を基に、① 予算は成立したのに法律が制定されない場合、② 法律は制定されたのに予算化されていない場合のそれぞれについて、検討してください。

 (2) つぎに、公金支出、公の財産の利用制限、すなわち、憲法89条の意義について検討しました。このテーマについては、下記の点を確認してください。

 ① 憲法89条前段は、特定の思想信条に対する国家の中立性を要請した法規範である。これに対し、同条後段は、公の財産の濫費防止を要請する法規範であること。

 ② 89条前段にいう「宗教上の組織若しくは団体」該当性については、かつては、当該団体が宗教上の教義教典を組織的背景にもつか否かによって判定されていた(したがって、遺族会は該当せず〔参照、箕面忠魂碑・慰霊祭訴訟〕)けれども、近時は当該団体が宗教的行為を行っているか否かで判定するようになっている(したがって、宗教上の教典を組織的背景にはもたない氏子集団が該当するとされた〔空知太神社事件〕)こと。

 ③ 89条後段にいう「公の支配に属する」(条文上は「属しない」)該当性については、事業の「公の性質」により「公の支配」の程度(たとえば、人事、予算に権力的な介入がある)が緩和されるとする説が実務上の回答であること(参照、幼児教室違憲訴訟)。

 ④ うえの裁判例に対するわたしの評価は青本P240の一番下からP250にかけてありますので、P250の【私学助成】についての見解とともに、読んでおいてください。

 (3) 決算は省略しまして、つぎは、新しい章「地方の統治制度」にはいり、地方自治の意義、とくに、地方自治の本旨(92条)について、お話ししました。このうち「地方自治の本旨」とは、通常は住民自治団体自治をその内容として説かれていることを確認し、

 ① 住民自治は、地方統治に対する住民参画の最低限の手続保障を定めていること(憲93条2項、95条)。

 ② 団体自治は、地方公共団体は中央政府から独立した統治主体であること、それにふさわしい実体的権限として94条の権限(財産管理権、事務処理権、行政執行権、条例制定権)が憲法上地方公共団体に与えられていること。

 次回は、住民自治の一部である憲法95条の地方特別法に関する理解をお話ししたあと、憲法上の地方公共団体とは何か、地方公共団体のおもな事務とは、そして、条例制定権の範囲と限界等についてお話しします。

2017年6月29日 (木)

憲法Ⅱ(第20回)。

 あめ、降りませんね。大丈夫でしょうかね。

 ということで、憲法Ⅱの第20回講義のレビューです。

 (0) SBSは、憲法83条(財政の基本原則)憲法89条(公金支出の制限)について、多くの質問をもらいました。それぞれ回答したものを読んでもらえばいいと思いますが、国民主権原理、そこでいう「国民」とは、あるいは、議院内閣制による統治プラクティクスなどを駆使して回答していますので、それぞれ復習してみてください。

 (1) 本編にはいり、まずは、租税の定義、概念についてお話しました。租税とは「報償性ないもの」をいう点、確認してください。

 それとの関係で、憲法84条の「法律又は法律で定める条件による」と財政法3条の「法律又は国会の議決に基づいて」の違いについても解説しました。前者は租税に関する規定、後者は租税には該当しない課徴金や国が独占する事業の使用料に関するものです。この規定によると、租税なら具体的な金額又は金額算出基準が直接法律で定められていなければならないことになりますが、金銭賦課が租税でないなら料金の根拠や金額決定の手続さえ法律又は国会の議決で定めておけば、料金改定はその手続に従って行政機関で実施することができることになります

 (2) つぎに、租税法律主義についてお話しました。租税法律主義とは、租税の賦課、聴衆は、必ず、国会の議決である法律という形式に基づくものでなければならないという法原則のことです。

 この租税法律主義は、一般的には、課税要件法定主義と課税要件明確主義を内容としているといわれています。

 ① 課税要件法定主義は、法治主義の要請に基づくものです。行政立法だけを根拠とする課税、不文の税法による課税を禁止しています。

 ② 課税要件法定主義は、法の支配の要請に基づくものです。法定された要件を明確にすることで、課税庁の裁量を統制し恣意的な課税を防止すると同時に、納税者に課税要件を告知することで課税に法的安定性・予測可能性をもたせる意義があります。

 (3) さらに、租税法律主義に関連する問題としては、つぎの3つをとりあげました。

 ① 条例で課税することができるか。憲法84条にいう「法律」が形式的意味の法律だとすると、地方公共団体の議会が制定する法令である条例では課税できないのでは、との疑問が浮かびます。

 これについては、地方公共団体も憲法上の統治権(地方自治権)をもつので、地方公共団体もそれに含まれる課税権の行使として憲法94条(条例制定権)に基づき条例で租税を課税できると考えればよいと思います。

 ② 条約で課税すること(関税を課すこと)はできるか

 これについては、条約の締結には国会の承認が必要(憲法73条3号但書)であることを理由に、関税も租税法律主義には反しないと考えられています。

 ③ 通達変更による課税。通達に基づく課税は許されていません(通達課税の禁止)。では、通達変更による課税は許されるか。

 これについてはパチンコ球遊器通達課税事件(百選Ⅱ202)を読んでください。本件で最高裁は「課税がたまたま所論通達を機縁として行われたものであっても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件課税処分は法の根拠に基づく処分と解するに妨げがな〔い〕」と判示しています。

 (4) つづいて、お話は予算制度へと続きました。予算については、予算の法的性格について、従来から議論があります。その議論を一通り紹介したあと、予算が法規範性をもつことについては、予算法形式説が有力な説明の仕方であるとお話しました。このあたりは、プリントP55、青本P234で是非復習をお願いします。

 (5) そして、最後に、国会による予算修正の可否について検討しました。

 なぜ、この問題が問われるのかというと、明治憲法下では帝国議会に予算発案権がないことを理由に、議会は原則として予算修正はできないと説かれていました。そして、やはり、国会には予算提案権がない(内閣権限)日本国憲法の下で、国会は予算修正ができるのか、が問題とされてきたのです。

 この点について、財政国会中心主義からすると日本国憲法の下では国会に予算修正権があると考えるべきであること、また国会法に予算の修正動議に関する規定があることで、実務的には国会による予算修正も可能であると解されています。

 但し、憲法上、内閣に予算提出権(予算編成権)があることを考えると、国会による予算修正には限界もある論じられてきています。では、限界はどこかというと、理論的には、国会の予算修正は内閣の予算提出権を損なわない範囲において可能ということができると思います(政府見解もこういいます)。また、実務上の限界については青本のP236に記載しておきましたので、もう一度、読んでみてください。

 (6) 予算と法律が不一致の場合(予算はあるけど法律なし、法律があるけど予算がない)の場合もすこしお話ししましたが、途中になりましたので、次回はここから講義します。

2017年6月26日 (月)

憲法Ⅱ(第19回)。

 空模様はぐずつき気味。で、憲法Ⅱの第19回講義のレビューです。

 (0) まずSBSについて。

 ① 恩赦権恩赦制度については、刑罰権がもともと君主権限であったという歴史的由来に基づいて理解してください。

 ② 行政委員会制度については、行政委員会の業務が政治的・行政的中立性、専門技術性が要請されるので、内閣・内閣総理大臣の統轄下ではなく、それらの所轄下に置かれていること、これらをどう制度設計するのかは、大枠としては、国会の裁量の下(41条又は43条)にあると考えればよいと思います。

 ③ 「統制ルール」/「構成ルール」ついては少し難解だったかと思います。ただ、わたしの統治をみる学問的視点にも関係していることをみなさんの前で話すことができ、よかったと思います。

 (1) つぎに内閣総理大臣の地位と権限について

 ① 日本国憲法が内閣総理大臣に「首長」としての地位を与えている(66条1項)ことの意義をプリントP50の中ごろで復習してください。

 ② つぎに、内閣の代表者としての権限(憲72条)について、原則として、閣議にかけて行使することが要請されていますが、形式的な閣議はない場合にもなお内閣総理大臣の職務権限の範囲内といえるか否か、いえるとして、どのようなロジックがあるのかについては「ロッキード事件丸紅ルート判決」(百選Ⅱ-180)、青本P221で複数してください。

 ③ 国務大臣の訴追同意権(憲75条)についても、条文理解を深めておいてください。とくに、75条後段の意義についても、プリントP51の中ごろで確認してください。

 ④ 内閣総理大臣の異議の制度(行訴27条)については青本P275を一読しておくだけで十分です。

 (2) で、講義は、財政の章にはいって

 ① 財政の定義財政作用に関する権力分立内閣が財政権の主体、国会に財政決定権を配分)をプリントP52で確認してください。

 ② 財政の基本原則について、財政国会中心主義・財政民主主義(憲83条~88条+会計検査院による決算審査の国会への報告〔90条〕、国民への報告義務〔91条〕)を確認したあと、

 ③ この原則に対する構造的制約としての89条の意義をプリントP53で確認してください。内閣は、財政権の主体として、国会の議決に基づいて財政支出を実施します(財政国会中心主義)が、89条は、国会に対して議決してはいけない支出を事前に定め、内閣に対しては国会の議決があっても支出してはいけない使途を事前に定めている、という意義があります

 具体的には、89条前段は宗教上の組織・団体への公金支出を禁止していますので、政教分離原則を財政面から保障している説かれてきました。また、後段は公の支配に属さない慈善・教育・博愛事業への公金支出を禁止しています。この意義については、プリントP58にいったときに解説します。

 ④ 租税制度については、租税の定義(報償性がないことがポイント)をお話ししたところでタイム・アップとなりましたので、次回は、もう一度、租税の定義を確認したあと、憲法84条と財政法3条の意義の違いからお話しします。

2017年6月22日 (木)

憲法Ⅱ(第18回)。

 定期試験の時間割も決まり、俄然、やる気満々、てところでしょうか coldsweats02

 では、きょうの第18回憲法Ⅱのレビューです。

 (0) SBS、いつものようにたくさんの質問、ありがとうございます。きょう確認しておくことは、

 ① 「執政/行政」の区別は、ざっくり言うと、統治の基本方針を決定しそれを基に法律を制定される作用が「執政」、国会の制定した法律を執行する作用が「行政」ということになります。また、「国務大臣・行政大臣兼任制」の図を参照しつつ、執政権を国務大臣の組織体である内閣が行使し、行政権は行政大臣及び下位行政機関(行政各部)が行使することも確認してください。

 ② 「平成の行政改革」は、議会統制によるものではないので民主制の後退であるとの批判に対して、憲法73条4号に基づく内閣の行政組織監督権限を強化するものであるとしたSBSのP102の一番下の□の質問、意見。お見事でしたgood

 ③ あと、「憲政の常道」(衆議院第一党の党首が首班指名されて内閣を組織すべきであるとする憲政思想)、シビリアン・コントロール(軍隊を公選部門で統制することで軍部の暴走を防ぐ統治制度)、「鉄のトライアングル」(政財官の癒着関係)など、なにを意味しているのか確認しておいてください。

 (1) 講義の本体にはいって、きょうは、憲法73条に列挙された内閣権限についての概説からはじめました。

 【1号】 内閣に憲法上与えらえれている権限(執政権)からすると、1号は「法律を誠実に執行させ、国務を総理すること」と読み換えられるべきであるとお話しました。

 そのさい、法令違憲の法律まで執行させる義務はないことを昭和48年の尊属殺重罰規定違憲判決後の運用を例に、また、「国務」とは執政のことであることもお話しています。

 【2号】【3号】 これは、内閣に外交処理権が与えられ(2号)、そのうちのおもなものである条約締結行為について、その実体的権限を内閣に手続的統制権を国会に与えている(3号)ことを確認しました。

 【4号】 官吏に関する事務を掌理に関しては、官吏の任用、昇進について、猟官制(政治任用)ではなくメリット・システム(成績制)を採用していることをお話して、憲法15条2項「全体の奉仕者」、国公法102条「政治的行為の禁止」、人事院規則14-7(禁止される政治的行為)の意義について確認しました。

 【5号】 予算作成権・提出権(あわせて予算編成権)については、86条が国会に与えた予算議決権との関係がありますので、財政の章でお話します。

 【6号】 政令制定権については、行政立法は法規命令(法規性あり)と行政規則(なし)に分けることができ、さらに、法規命令は委任命令(法規性あり)と執行命令(なし)に分けることができることを青本P212~P213の【行政立法】を読みつつ解説しました。

 【7号】 恩赦権については、恩赦の意義を青本P213で確認したあと、上の昭和48年最大判のときの個別恩赦の意義などをお話しました。

 (2) 憲法73条以外の条項に基づく内閣権限及び内閣の責任(憲66条3項)については、プリント及び青本で確認しておいてください。

 (3) で、本日のメインイベントは、行政委員会の憲法適合性の問題でした。

 ① 国家行政組織法1条からすると国の行政機関は、内閣の統轄の下に置かれていなければなりません。「統轄」とは、国の行政機関全体が系統的に作動するようにその舵取りをする作用のことをいいます。

 ② ところが、人事院や公正取引委員会に代表される行政委員会は、内閣又は内閣総理大臣の所轄の下に置かれています。「所轄」とは、具体的権限行使については上級官庁の指揮命令に服さない法関係のことをいいます。

 ③ ということで、憲法は内閣を頂点とする一体的責任体制の下で行政機関が国務及び行政事務にあたるとこを要請しているのに、内閣又は内閣総理大臣の統轄下にない行政機関の存在を認めることには憲法65条(内閣の権限)及び憲法72条(内閣総理大臣の権限)との関係で憲法上の疑義があることになります。

 → これが「行政委員会の憲法適合性」の問題です。

 ④ で、解法については、プリントP49~P50、青本P219に記載していますので、各自で確認してください。

 この行政委員会の憲法適合性(独立行政委員会の合憲性)の問題、そろそろ裁判所事務官の採用試験あたりで出題されてもいいとここ数年思っていますが、まだ、出題されていません。そろそろではないでしょうか・・・・

 ということで、次回は内閣総理大臣の地位と権限を検討したあと、財政の章にはいります。定期試験に向けて、試験範囲、フルスロットルで拡張中です!!!

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